学位論文要旨



No 129072
著者(漢字) 岡田,隆一
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,リュウイチ
標題(和) 超音速矩形ジェットから生じる騒音のマイクロジェット噴射による低減
標題(洋)
報告番号 129072
報告番号 甲29072
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7963号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 准教授 寺本,進
 東京大学 准教授 姫野,武洋
 東京大学 教授 加藤,千幸
内容要旨 要旨を表示する

環境適合型次世代超音速ジェット機の実現には高効率の推進システムと共にジェット騒音の更なる低減が不可欠である.ジェットエンジンの排気ジェットが音速を超える場合には,亜音速ジェットで生じる乱流混合騒音に加えて,広帯域衝撃波関連騒音やスクリーチ音が発生し,亜音速機よりも大幅な騒音低減が要求される.ジェット騒音を低減する手段として,シェブロンノズルやタブノズルのようにノズル出口形状に工夫を加えることで主ジェットと周囲大気の混合を促進し,騒音を低減させる方法が提案されている.しかし,騒音規制がない高空巡航時には推力損失の原因となることが指摘されている.

巡航時のエンジン性能の低下を防ぎつつ離着陸時に必要な騒音低減量を得る能動的制御手法として,主ジェットに対して微量のジェットを吹き付けることによって音響場を制御するマイクロジェット噴射がある.高亜音速ジェットを対象としたマイクロジェットに関する研究が種々行われているのに対し,超音速ジェット騒音に対するマイクロジェットの効果を調べた研究例は少なく,詳細な音響場や流れ場の調査が不十分であることから騒音低減メカニズムは未解明である.また,主ノズルを非円形ノズルとした場合のマイクロジェットの騒音低減効果に関する研究例は存在しない.次世代超音速機は概念設計の段階にあり,非円形ノズル使用時のマイクロジェットの騒音低減効果についての知見は有用であると考えられる.

以上のような背景を踏まえ,本研究では図1に示すアスペクト比約10の矩形ノズルからの超音速ジェットを対象にし,マイクロジェットによる騒音低減効果の検証した上で騒音低減要因の解明し,更に適切な噴射方法の提案することを目的とした.目的達成のため実験による音響場の詳細な調査に加え,流れ場の可視化や数値解析を実施した.

高アスペクト比の超音速矩形ジェットから発生する騒音の基礎的特性に関する知見を獲得するため,理論計算や音圧計測,過去の研究で計測されたスペクトルとの比較を行った.その結果,高アスペクト比の矩形ジェットでは主ジェットのフラッピング運動及びスクリーチ音が支配的であり,広帯域衝撃波関連騒音の影響が小さい音響場であることがわかった.

マイクロジェットによる音圧変化とその指向性に関する知見を得るため,マイクロホンを用いた音響計測を実施した.マイクロジェットの噴射口数や間隔,噴射圧をパラメータに,主ノズル内の境界層や主ノズル外のせん断層に対してマイクロジェットを噴射した.ノズル出口マッハ数約1.4の主ジェットの膨張状態を変化させ,マイクロジェットの効果を検証した結果,OASPL値で最大13dB程度の低減効果を持つことがわかった.この場合の主ジェットに対するマイクロジェットの質量流量比は約1.5%であった.音圧のスペクトル解析を実施したところ,図2に示すように低周波数帯域の乱流混合騒音やスクリーチ音が大きく低減することが確認された.乱流混合騒音やスクリーチ音の低減量は高噴射圧ほど大きく,噴射口数には最適値が存在することが示された.一方で主ジェット側方から後方にかけての計測点では,マイクロジェットを噴射することによって高周波数騒音が増大することがわかった.主ジェットが不足膨張状態の場合には,高噴射圧条件やノズル内境界層への噴射時に高周波数騒音の増大が顕著に観察された.高周波数騒音の増大が確認された計測点のスペクトルを比較したところ,増大した高周波数騒音は計測点によって周波数帯域が移動する広帯域衝撃波関連騒音と同様の特性を有していることがわかった.

マイクロジェットによる騒音低減の要因を明らかにするため,流れ場をシュリーレン法により可視化しジェットの非定常挙動について調査した.図3に示すようにマイクロジェット噴射によってせん断層内を発達しながら移流する大規模な乱れの発生や主ジェットのフラッピング振動が抑制されることがわかった.

ジェット内部のショックセル構造やせん断層の変化に関する情報を補うため,流れ場の定常RANS解析を実施した.低周波数音の抑制に加え高周波数音の増大が抑えられたケースの流れ場を解析したところ,マイクロジェット噴射によって生じる圧縮波が主ノズル出口に生じる膨張波の影響を緩和し,下流のショックセル構造が弱められることがわかった.一方で,高周波数騒音が増大した場合の流れ場の解析結果では,マイクロジェットによって生じた衝撃波の影響でノズル出口静圧が増大し,ノズル外の噴流部のショックセルが強くなっている様子が見られた.また,噴射口の間隔が適切な場合にはマイクロジェットの主ジェットへの貫入によりせん断層が波状の形状に変化することが確認された.

音響場と流れ場の検討結果から,高アスペクト比の超音速矩形ジェットから発生する騒音に対しては,スクリーチ音の原因であるフィードバックループの遮断と,低周波騒音の発生要因となるせん断層不安定の抑制によって騒音低減を得ていると考察された.また,マイクロジェット噴射による高周波帯域の騒音増大は主ジェット内に生じたもしくは強化された衝撃波構造によるものであることを示した.

以上のように本研究ではマイクロジェットが矩形ノズルから噴射される超音速ジェットの騒音低減に有効であることを示した.また流れ場の詳細な検討からマイクロジェットによる騒音低減の要因を明らかにすることができた.更にその知見に基づいて主ジェットの状態に応じたマイクロジェットの適切な噴射方法を提案した.

Figure 1 Schematic of main nozzle with microjet injection system

Figure 2 Power spectra (M=1.39, under-expanded main jet)

Figure 3 Instantaneous Schlieren images (upper: w/o microjet, lower: with microjet, M=1.39)

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)岡田 隆一 提出の論文は、「超音速矩形ジェットから生じる騒音のマイクロジェット噴射による低減」と題し、6章から構成される。

環境適合型次世代超音速旅客機の実現には高効率の推進システムと共にジェット騒音の大幅な低減が不可欠である。エンジンの排気ジェットが音速を超える場合には、亜音速ジェットの構成要素である乱流混合騒音に加え、広帯域衝撃波関連騒音やスクリーチ音が発生することから、亜音速機よりも大幅な騒音低減が必要になると考えられている。

ジェット騒音の低減方法として、既に実機に適用されているシェブロンノズルやタブノズルのようにノズル出口形状を変更する方法は、離着陸時の騒音低減は得られるものの、高空巡航時に推力損失を伴ったまま飛行しなければならないという欠点を有する。そこで巡航時のエンジン性能低下を防ぎ、かつ離着陸時に必要な減音効果を得る能動的な手法として、排気ジェットに微量のジェットを吹き付ける、マイクロジェット噴射を利用する方法が提案されている。しかしながら、これまでに超音速ジェットの騒音に関してはマイクロジェットの効果を調べた研究は少なく、マイクロジェットが音響場や流れ場に与える影響について基礎的知見が著しく不足している。このためマイクロジェットによる超音速ジェット騒音の低減機構は未だ明らかでない。また、矩形ノズルからのジェットに対するマイクロジェットの騒音低減効果についてはほとんど研究が行われていない。

これらの課題を踏まえ、本論文では超音速矩形ジェットから発生する騒音の特性を明らかにするとともに、主ジェットの膨張状態に応じたマイクロジェットによる騒音低減効果を明確化し、流れ場の詳細を明らかにすることを目的に実験および流れの数値解析を行っている。

第1章は序論であり、騒音規制強化の動向から次世代超音速機の実現には大幅なジェット騒音の低減が要求されている現状をまとめた後、マイクロジェット噴射技術に関する課題を述べ、本研究の目的を設定している。

第2章では実験方法と流れ場の数値解析方法を述べている。研究に用いたアスペクト比約10の矩形ノズルの概要を示し、マイクロジェットの噴射口の位置や噴射角度、噴射圧力、噴射口レイアウトを変更できることやその設定理由を説明している。次に流れ場の数値解析手法とその選定理由を述べている。

第3章では、過去の文献で示された知見に基づき、超音速ジェット騒音の構成要素について解説した後、円形ジェットや低アスペクト比矩形ジェットの場合と比較しながら、高アスペクト比の超音速矩形ジェットから発生する騒音の基礎特性を述べている。

第4章では音響計測の結果を述べ、マイクロジェットによる騒音低減効果を主ジェットの膨張状態ごとに整理して示している。実験では不足膨張状態の主ジェットに対して質量流量比1.5%のマイクロジェットを噴射することにより、最大約13dBの減音量が得られることを実証した。スペクトル解析の結果から低周波数帯域の乱流混合騒音やスクリーチ音が大きく低下するのに対し、主ジェットの側方や後方で高周波数帯域騒音が増大する場合があることを報告している。また、ノズルを実機スケールに拡大した場合のスペクトルを、実験で得られたスペクトルからスケール則によって推算することにより、マイクロジェットの実機搭載に向けた検討を行っている。

第5章では流れの可視化実験と数値解析の結果に基づき、マイクロジェットによる流れ場の変化と騒音低減機構についてまとめている。瞬時シュリーレン画像から、マイクロジェット噴射によってせん断層の大規模なフラッピング運動や大規模乱れの発達が抑制できることを明らかにした。また、乱流混合騒音やスクリーチ音の低減は、せん断層の変形やマイクロジェットの主ジェットへの貫通高さと相関があることを示している。他方、高周波数帯域の騒音増大は主ジェット内部の衝撃波構造が強化されることに起因すると分析している。これらの結果をまとめ、ジェット騒音の低減には主ジェット内部圧力を上昇させることなくせん断層の変形が誘起されるように、主ジェットの膨張状態に応じてマイクロジェットの噴射形態を変更する必要があることを提案している。

第6章は結論であり、本研究で得られた知見を総括している。

以上要するに、本研究では超音速矩形ジェットから発生する騒音のマイクロジェット噴射による低減効果を広範な条件で示した上、騒音低減の物理的機構を明らかにし、適切なマイクロジェット噴射方法の提案を行った。これらの知見は航空宇宙推進学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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