学位論文要旨



No 129134
著者(漢字) 平野,智久
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,トモヒサ
標題(和) 複核金属中心を有する新規ポリオキソメタレートの合成と協奏的触媒機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 129134
報告番号 甲29134
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8025号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 山口,和也
 中央大学 准教授 山下,誠
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

アニオン性の金属酸化物クラスターであるポリオキソメタレート(POM)は優れた耐熱性・耐酸化性を有し、構造を原子レベルで制御可能である。構造・構成元素を変えることにより化学的性質を制御可能であるため、POMを基盤として高機能分子の設計が可能である。複核金属構造を有するPOMを開発することで、複核金属中心における協奏的分子活性化・複数の分子の同時活性化などの協奏的触媒機能による高い触媒活性が期待できる。これまでに協奏的触媒機能を有するPOMについての研究が行われてきたが、異なる二つの分子を同時活性化可能な複核金属構造を有するPOMは報告されていない。本研究では複核金属中心を有する新規POMの合成と協奏的触媒機能に関する検討を目的として、(1) Pd二置換シリコデカタングステート [y-H2SiW(10)O(36)Pd2(OAc)2](4-) (I)の合成とニトリル水和触媒反応系の開発、(2) アセタト配位子の交換反応を用いた有機-POM 複合体[{(y-H2SiW(10)O(36)Pd2)(O2C(CH2)nCO2)}2](8-) (n = 1 (II)、3 (III)、5 (IV))の合成、(3) Se中心二核ペルオキソタングステート[SeO4{WO(O2)2}2](2-) (V)の合成と過酸化水素を酸化剤とした酸化触媒反応系の開発、を行った(Figure 1)。

2. Pd二置換シリコデカタングステートの合成とニトリル水和触媒特性

アミドは潤滑油、ポリマー原料等に用いられる有用な化合物である。ニトリル水和反応はアミドの重要な合成方法であるが、強酸・強塩基を用いた従来の水和反応ではカルボン酸の副生や量論量の塩が生成するといった問題点があるため、高効率な触媒的ニトリル水和反応系が求められている。本研究では新規Pd二置換シリコデカタングステート[y-H2SiW(10)O(36)Pd2(OAc)2](4-) (I)を合成し、ニトリル水和触媒特性の検討を行った。

TBA-SiW10 (TBA-SiW10, TBA = [(n-C4H9)4N]+)と二当量のPd(OAc)2をアセトンとH2Oの混合溶媒中で反応させることによりTBA4[y-H2SiW(10)O(36)Pd2(OAc)2] (TBA-I)を合成した。IR、CSI-MS、元素分析、単結晶X線構造解析を用いた検討から、Iがアセタト配位子によって架橋されたPd二核構造を有するPd二置換シリコデカタングステートであることを明らかとした(Figure 1)。

TBA-Iを触媒としてベンゾニトリル(1a)の水和反応を行うと、96%の収率でベンズアミド(2a)が得られた(Table 1、反応条件A)。このとき安息香酸の生成は確認されなかった。無触媒の条件やTBA-SiW10あるいはPd(OAc)2のみを用いた場合の2aの収率はいずれも10%以下であった。TBA-Iは様々な置換基を有する芳香族ニトリル(1b-1e)の水和反応に活性を示し、対応するアミドが高収率で得られた。ヘテロ芳香環を有するニトリル(1f-1h)にも高い活性を示した。1f (4 mmolスケール)の水和反応におけるTOFは860 h(-1)、触媒回転数(TON)は700であった。このTOF値は既報のPd触媒反応系の値(0.02-80 h(-1))よりも高い値であった。脂肪族ニトリル(1i、1j)や、α,β-不飽和ニトリル(1k、1l)を基質とした場合にも高い収率で対応するアミドが得られた。TBA-SiW10と二当量のPd(OAc)2を組み合わせてin situでTBA-Iを生成させた反応系でもTBA-Iと同等の触媒活性を示した (反応条件B)。

1H NMR、CSI-MSスペクトルからIはH2Oと反応し、アセタト配位子が脱離した種(I')を生成することが示唆された。オルト位にメトキシ基を有する1dは、パラ位にメトキシ基を有する1bと比べて反応性が低下し、Pdへのニトリルの配位が示唆された。種々のパラ置換ベンゾニトリルと1aとの競争反応におけるハメットプロットのρ値は+1.7となり、ニトリル炭素へのH2OまたはOH-の求核攻撃が示唆された。以上より、本水和反応は、(i) IとH2Oとの反応によるI'の生成、(ii) I'にニトリルが配位した中間体(I'')の生成、(iii) I''のニトリル炭素へのH2OまたはOH-による求核攻撃、の3ステップからなると推定された。

速度論の検討より、反応初速度(R0)は触媒濃度に対して一次の依存性、ニトリル及びH2O濃度に対して飽和することが明らかとなった。H2OとD2Oをそれぞれ用いた1aの水和反応におけるR0の比(kH/kD)は0.9であり、O-H結合の解離は律速段階ではないことが示唆された。量子化学計算を用いてPd二核部位による協奏的分子活性化について検討した。エネルギーダイアグラムからOH-のニトリル炭素への分子内求核攻撃が律速段階であり、それぞれのPd上でH2Oとニトリルが活性化される遷移状態が示唆された(Figure 2)。以上の反応機構の検討から、本水和反応の高い触媒活性の発現がPd二核活性点上でのニトリルとH2Oの同時活性化に起因すると推定した。

3. アセタト配位子の交換反応を用いた有機-ポリオキソメタレート複合体の合成

Iの反応性の検討から、Iのアセタト配位子と他のカルボキシラト配位子との間で交換反応が生じることが示唆された。アセタト配位子を適切な有機配位子と交換することで、様々な構造を有する有機-POM複合体の合成が期待できる。本研究ではIとジカルボン酸とを反応させることで、環状型二量体構造を有する有機-POM複合体を合成した。さらに複合体の可逆的な分子収着能と固体構造変化について検討を行った。

TBA-Iを溶液中でマロン酸、グルタル酸、ピメリン酸と反応させることにより、有機-POM複合体TBA8[{(y-H2SiW(10)O(36)Pd2)(O2C(CH2)nCO2)}2] (n = 1 (TBA-II)、3 (TBA-III)、5 (TBA-IV))を合成し、その構造を明らかとした(Figure 3)。アセタト配位子の交換反応を用いた有機-POM複合体の合成はこれまでに報告例がなく、有機-POM複合体の新規な合成法として期待できる。TBA-IVの結晶構造内には1分子のIVに対して10分子の1,2-ジクロロエタン(DCE)が結晶溶媒分子として取り込まれていた。DCE吸着等温線とDCE蒸気下におけるin-situ XRDの検討から、TBA-IVがDCEの吸脱着に付随した可逆的な構造変化を示すことを明らかとした。

4. Se中心二核ペルオキソタングステートによる過酸化水素を酸化剤とした酸化反応

種々の有機基質の酸化的官能基変換は有機合成の重要な反応プロセスである。グリーンケミストリーの観点から原子効率が高く副生成物が水のみである過酸化水素を酸化剤とした触媒反応系の開発が注目されている。本研究ではSeを中心元素に有するTBA2[SeO4{WO(O2)2}2] (TBA-V)を新規に合成し、過酸化水素を酸化剤とした酸化反応に対する触媒特性について検討を行った(Figure 1)。TBA-Vを触媒として過酸化水素を酸化剤としたホモアリルアルコール(3a-3d)、アリルアルコール(5a、5b)の酸化反応を行うと、高収率で対応するエポキシアルコールが得られた(Table 2)。3b(10 mmolスケール)の反応におけるTOFは150 h(-1)であり、過酸化水素を酸化剤とした触媒反応系の中で最も高い値であった。スルフィド(7a、7b)の酸化反応を行うと、対応するスルホキシドが高選択的に得られた。

量子化学計算を用いて反応遷移状態について検討を行った。不飽和アルコールのエポキシ化反応では基質のOH基を介して触媒と基質の間に強い水素結合が形成されることで、高い触媒活性が発現することが示された(Figure 4)。タングステン二核部位における過酸化水素活性化能と基質との強い水素結合能の協奏的作用によって酸化剤と基質を同時活性化することにより、TBA-Vが高い酸化反応活性を示すことを明らかとした。

Figure1. Outline of this study.

Table1. Hydration of various nitrilesα

Figure2.Transition-state structure for hydration ofljby I(lengths are inA).

Figure3. Structures of(a)II,(b)III,and(c)IV.

Table2.Oxidation of unsaturated alcohols and sulfides with H2O2 catalyzed by TBA-Vα

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「複核金属中心を有する新規ポリオキソメタレートの合成と協奏的触媒機能に関する研究」と題し、全5章で構成されている。

第1章は序論であり、協奏機能触媒を用いた反応系開発の有用性、ポリオキソメタレートを基盤とした化合物群の特性についてまとめている。ポリオキソメタレートが構造に由来した特異的な触媒活性を発現し、協奏機能触媒として作用することを指摘している。さらに、同時に異なる二つの基質を活性化可能な複核金属中心を有するポリオキソメタレート合成のための触媒設計指針を提案している。

第2章では新規パラジウム二置換シリコデカタングステートを合成し、ニトリルの水和反応に対する触媒特性について検討している。新規パラジウム二置換シリコデカタングステートが、交換可能な二つのアセタト配位子によって架橋されたパラジウム二核構造を有していることを明らかにしている。新規パラジウム二置換シリコデカタングステートが芳香族ニトリル、ヘテロ芳香族ニトリル、脂肪族ニトリルといった様々なニトリルの水和反応に高い触媒活性を示すことを明らかにしている。パラジウム二核部位が水和反応に有効に作用し、水とニトリルがそれぞれパラジウム上で活性化されることにより、対応するアミドが高収率・高選択的に得られることを明らかにしている。

第3章では新規パラジウム二置換シリコデカタングステートを前駆体として、アセタト配位子の交換反応を利用した有機-ポリオキソメタレート複合体の合成について検討している。新規パラジウム二置換シリコデカタングステートとジカルボン酸を反応させることにより、二つのパラジウム二置換シリコデカタングステートが二つのジカルボキシラト配位子によって連結された有機-ポリオキソメタレート複合体が得られることを明らかにしている。ピメリン酸と反応させることで得られる有機-ポリオキソメタレート複合体が、1,2-ジクロロエタンの吸脱着に付随した可逆的な構造変化を示すことを明らかとしている。柔軟な固体構造と結晶構造中における1,2-ジクロロエタンとポリアニオン間の相互作用に由来して、有機-ポリオキソメタレート複合体の可逆的な構造変化が生じることを解明している。

第4章ではセレンを中心元素に有する二核ペルオキソタングステートを合成し、過酸化水素を酸化剤とした酸化反応に対する触媒特性について検討している。リンや硫黄などの様々な中心元素を有する二核ペルオキソタングステートの酸化反応活性に対する中心元素の効果について検討を行い、セレンを中心元素とした場合にタングステンのLewis酸性が向上し、最も高い触媒活性を示すことを解明している。セレンを中心元素に有する二核ペルオキソタングステートが過酸化水素を酸化剤としたスルフィドの酸化反応、アリルアルコールのエポキシ化反応、ホモアリルアルコールのエポキシ化反応に高い触媒活性を示すことを明らかにしている。さらに、タングステン二核部位における過酸化水素の活性化と触媒と基質との水素結合形成による基質活性化の協奏的機能によって、ホモアリルアルコールのエポキシ化反応に高い触媒活性を示すことを解明している。

第5章は全体の総括である。

以上のように、本論文では複核金属中心を有する新規ポリオキソメタレートの合成、およびそれを前駆体とした有機-ポリオキソメタレート複合体の合成を行い、同時に二つの異なる分子を協奏的に活性化することによる高効率な触媒反応系の開発に成功しており、ポリオキソメタレートを基盤とした触媒設計、協奏機能触媒の開発に対して重要な知見を与えるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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