学位論文要旨



No 129223
著者(漢字) 山口,和弘
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,カズヒロ
標題(和) 引きボルト式木質ラーメン架構の挙動の解明と解析モデルの提案
標題(洋)
報告番号 129223
報告番号 甲29223
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3928号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲山,正弘
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 工学院大学 教授 河合,直人
内容要旨 要旨を表示する

序論

「公共建築物における木材の利用の促進に関する法律」が施行され,中・大規模建築物の木造化の流れのなかで,木質ラーメン構造に注目が集まっている。しかし、現在は木質ラーメン構造の設計規準が無く,新しい木質ラーメンのシステムを実務の設計において使おうとすると,特定の仕様における種々の試験を行ったうえで,任意評定などを受ける必要がある。そのため,一般に木質ラーメン構造の設計をすることが困難である。

本研究では,靭性に期待した木質ラーメン構造の設計法の基礎資料作成を目的として,引きボルト式モーメント抵抗接合部(図1)の挙動を解明して,靭性を適切に評価することが可能な木質ラーメン架構の解析モデルの提案を行う。木質ラーメン構造の設計においては,フレームの各接合部の剛性の比率を適切に推定することが重要となる。降伏により接合部の剛性は大きく変化する。靭性に期待した設計を行うには,剛性配分が適切に行われるようなモデルとする必要がある。

引きボルト式モーメント抵抗接合部の挙動の解明

梁柱接合部試験12シリーズ(パラメータ:梁せい,せん断長さ,座金の大きさ,樹種,強度等級),柱脚接合部試験13シリーズ(パラメータ:柱せい,柱幅,せん断長さ)の試験を行った。

靭性のある接合部を設計するためには,脆性的な木部のせん断破壊を防ぎ,靭性のある引きボルトの破断に破壊モードを誘導する必要がある。せん断長さをパラメータとした柱脚接合部試験の結果を用いて,せん断破壊についての検討を行った。せん断破壊には大きく分けて2つの種類があった(図2)。ひとつは,柱木口までブロック状に,せん断破壊するもの。もうひとつは,ボルトの曲げ変形のハネ戻しによりボルト穴が横方向にせん断破壊するものがあった。せん断長さの短い試験体は,せん断破壊(ブロック)が多かった。せん断長さが長くなるにしたがって,ボルト破断となるものが増えた。せん断長さが300mmの試験体がもっともボルト破断した試験体が多かった。さらにせん断長さが長くなると,せん断破壊(ボルト曲げ)となる試験体が増え始めた。本研究の柱脚接合部の仕様においては,せん断長さを300mmとした場合が,もっとも靭性のある接合部設計となると考えられる。

梁柱接合部試験は,引張側が(1)柱座金の繊維方向の等変位めりこみ,(2)引きボルトの伸び,(3)梁座金の繊維方向の等変位めり込みの3つの直列バネ,圧縮側が梁木口の三角形めり込みによるバネとなっている(図1)。力のつり合いから,引張側と圧縮側のバネにかかる力の大きさは等しいので,4つのバネは接合部の回転角に関して直列バネとなる。梁柱接合部試験12シリーズについて, 4つの直列バネの降伏順序,変位の比率,応力中心間距離,荷重-変形関係の比較を行った。この比較により,引きボルト式梁柱接合部の挙動と応力状態の解明を行った。各シリーズを比較すると,応力中心間距離は大きくは変わらないが,中立軸位置の移動についてはシリーズ毎に異なる結果となった。

門型ラーメン架構の挙動の解明

6シリーズの門型フレーム試験(図3)を行い,スパンをパラメータとした比較(2P,4P,6P),鉛直荷重の有無の比較(6P,6P-DL),層高をパラメータとした比較(4P,4P-2H),梁上耐力壁の有無の比較(4P,4P-SW)の4つのパラメータの比較を行った。

門型フレーム試験においてシリーズ毎に異なる性質として,各接合部の複合応力の影響がある。ここでは,門型フレーム試験の各接合部のM-θ関係に対して軸力Nがどのような影響を与えるか,門型フレーム試験の各接合部のM-θ関係に対してせん断力Qがどのような影響を与えるか,の2点について,2P,4P,6P,4P-2H,の4シリーズで考察を行った。

門型フレーム試験において全シリーズに共通する性質として,梁材と柱材の幾何学的関係による接合部の回転角の影響が考えられる。木質ラーメン構造は,一般に部材の剛性・強度に比べて,接合部の剛性・強度が低い。よって変形の大部分は接合部の変形となる。部材を剛体,部材の回転中心を接合部の圧縮端と仮定して,門型フレームの変形状態を模式的に描くと,図4に示す通り,フレームの圧縮側(左側)の接合部の方が回転角が大きくなる。たとえば,4Pの試験体寸法の場合,左柱の回転半径=2407mm(左柱の左下端から梁左下端の距離),右柱の回転半径=2825mm(右柱の左下端から梁右上端の距離)となり,各節点の水平移動距離はほぼ等しいので,接合部の回転角の比は回転半径の比の逆比で近似することができ,左側接合部の回転角/右側接合部の回転角≒2825/2407≒1.17と,梁柱接合部,柱脚接合部ともに左側の回転角の方が大きくなる。圧縮側の方が接合部の回転角が大きいということは,負担するモーメントも大きくなるということである。本試験の門型フレームの場合は左側が圧縮側となるので,梁柱接合部,柱脚接合部ともに左側の接合部のモーメント負担が右側よりも大きくなると推察される。一般的な構造芯モデルによるフレームの数値計算だと圧縮側と引張側の負担モーメントの偏りは考慮されない。部材長さに対する部材せいの割合が大きい場合は,解析モデルの作成にあたって,部材せいを考慮する必要があると考えられる。

門型フレームのP-γ関係の試験値のバイリニア曲線についての比較をするために,2種類の方法で数値計算を行った。解析モデル(図5左)は共通で,梁と柱を線材置換して,この構造芯の交点に回転バネを設けたモデルとした。構造芯モデルを用いた数値計算では,スパンの大小,鉛直荷重の有無,梁上耐力壁の有無にかかわらず,初期剛性,仮想降伏点,2次剛性とも,ほぼ同じ値となった。特に塑性域においては試験値との相違が大きかった。材せい寸法の影響,複合応力の影響を適切に考慮できるような解析モデルを用いて数値計算を行う必要があると考えられる。

材せいを考慮した解析モデルの提案

靭性を適切に評価できる解析モデルとするためには,門型フレームの荷重-変形関係を塑性域まで適切に推定を行う必要がある。本研究では材せい考慮モデル(図5左)を提案する。部材は線材置換をした。接合部は材幅の剛域を設けて,引張バネ,圧縮バネ,せん断バネの3つのバネから構成した(図6)。このモデルにより,材せい寸法の影響(図4)を考慮した,荷重-変形関係の推定が可能になる。また,中立軸位置の移動に対応したモデルとなる。木質ラーメン構造では,特に塑性域において,部材の変形に比べて接合部の変形の割合が大きいので,このモデルが有効であると考えられる。門型フレーム試験の結果を用いて検証を行った。

図1 引きボルト式接合部

図2 引きボルト式接合部のせん断破壊

図3 門型フレーム試験の試験体(6シリーズ)

図4 材せい寸法の影響

図5 門型フレームの解析モデル

図6 接合部のバネ

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文は、木質ラーメン構造のうち最も実用性が高い方式である引きボルト式木質ラーメン架構について、柱脚接合部と柱梁接合部のモーメント抵抗試験を行って接合部挙動の解明を行い、スパンや層高や上階耐力壁などをパラメータとした門型フレームの水平加力試験を行って力学的挙動の解明を行い、材成を考慮した解析モデルを提案した内容となっており、5章からなる。

第1章序論では、研究の背景として、木造建築の構造設計基準の中に木質ラーメン構造に関する設計基準が無い現状と問題点について述べている。こうした問題に対して、木質ラーメン架構に関する基礎的な実験資料を整備し構造設計法を提案することが必要であると述べ、これを本研究の目的としている。

第2章では、引きボルト式モーメント抵抗接合部のモーメント加力実験およびその力学的挙動にもとづくモーメント抵抗モデルの検証を行っている。接合部実験については、梁柱接合部試験12 シリーズ(パラメータ:梁せい、せん断長さ、座金の大きさ、樹種、強度等級)、柱脚接合部試験13 シリーズ(パラメータ:柱せい、柱幅、せん断長さ)の試験を実施した。柱脚接合部試験においては剪断長さに対する剪断破壊耐力の関係について要素試験結果を加えてまとめており、本研究の引きボルト式の仕様においては剪断長さを300mmとした場合が最も靱性のある接合部となることを明らかにしている。また、梁柱接合部試験では、その力学的挙動を、引張側が(1)柱座金の繊維方向の等変位めりこみ、(2)引きボルトの伸び、(3)梁座金の繊維方向の等変位めり込みの3 つの直列バネ、圧縮側が梁木口の三角形めり込みによるバネとするモーメント抵抗モデルの力と変形の釣り合い式で表現することができることを示し、実験を行った12シリーズについて、4 つの直列バネの降伏順序、変位の比率、応力中心間距離、荷重-変形関係について比較し、力学モデルの妥当性について検証を行っている。

第3章では、門型フレームの水平加力実験を行い、その力学的挙動にもとづき接合部の複合応力の影響や材成寸法の影響などについて考察を行っている。門型フレームの水平加力実験(6シリーズ)においては、スパンをパラメータとした比較(2P、4P、6P)、鉛直荷重の有無の比較(6P、6P-DL)、層高をパラメータとした比較(4P、4P-2H)、梁上耐力壁の有無の比較(4P、4P-SW)の4 つのパラメータの比較を行って、各パラメータの変化が門型フレームの荷重変形曲線にどのような影響を及ぼすかについての実験事実を得た。これらをもとに、門型フレーム試験の各接合部のM-θ 関係に対して軸力N がどのような影響を与えるか、門型フレーム試験の各接合部のM-θ 関係に対してせん断力Q がどのような影響を与えるか、の2 点について考察を行った。また、門型フレームの試験結果はいずれも圧縮側の柱の接合部のほうが引張側よりも変形角が大きくなり降伏や破壊も圧縮側のほうが先行するが、これは梁の材成を考慮した力学的挙動によって説明できることを明らかにした。

第4章では、材成を考慮した門型ラーメンの解析モデルを提案し、従来型のモデルとの比較検討を行っている。従来の木造ラーメンの解析モデルは、部材を線材置換し節点に回転バネを有するモデルが一般的に用いられてきた。しかし、第3章で実験的に明らかにした複合応力の影響や、接合部の降伏・破壊の順序に及ぼす材成の影響については、この従来型の解析モデルでは再現できないことを示し、かわりにT型の剛域とT型の梁端を2つの軸バネと1つの剪断バネで結ぶ材成考慮モデルを提案した。この材成考慮モデルを用いて荷重増分解析を行って得られた包絡線と第3章で行った門型フレーム実験の荷重変形曲線とを比較検証した結果、複合応力の影響や材成の影響についての実験事実をトレースできることを明らかにし、とくに接合部の変形の割合が大きい塑性域においてこれら影響による差異を表現できる点において材成考慮モデルの有効性が明白に示された。

第5章では、本論文で行った実験により得られた知見および解明された力学的挙動についてまとめている。

以上本論文は、引きボルト式木質ラーメン架構について、柱脚接合部と柱梁接合部のモーメント抵抗試験を行って接合部挙動の解明を行い、スパンや層高や上階耐力壁などをパラメータとした門型フレームの水平加力試験を行って複合応力の影響や材成の影響などについて解明を行い、それらの実験事実を再現できる新たな材成考慮モデルを提案したもので、木質構造における木造ラーメンの分野において学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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