学位論文要旨



No 129441
著者(漢字) 千代田,幸治
著者(英字)
著者(カナ) チヨダ,コウジ
標題(和) N-Methylwelwitindolinone C isothiocyanateの合成研究
標題(洋)
報告番号 129441
報告番号 甲29441
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1482号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 客員教授 世永,雅弘
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

【序論】N-methylwelwitindolinone C isothiocyanate (1)は、1994 年にMoore らによって藍藻Hapalosiphon welwitschii 及びWestiella intricata から単離、構造決定されたインドリノンアルカロイドである1。本化合物は、P-糖タンパクに起因する多剤耐性を無効化し、また微小管の重合阻害作用を有しており、ビンブラスチンなどの抗癌剤に対して耐性を獲得した癌細胞に対しても有効であるなど、その生物活性は非常に興味深い2。また本化合物は、連続する4 置換炭素と4級炭素を含むビシクロ[4.3.1]デセノン骨格を主骨格とし、イソチオシアナート及びビニルクロリド、インドリノンといった特異な官能基を有する、合成化学的にも非常に興味深い化合物である。このような特徴をもっているために、これまでに数多くの合成研究が行われており、最近になって2 例の全合成と1 例の形式全合成が報告された3-5。筆者もまた、1 の強力な生物活性と特異な構造に興味を抱き、連続する4置換炭素と4級炭素を独自の方法により構築することを目指し、1 の合成研究に着手した。

【逆合成解析】逆合成解析をScheme 12 に示した。インドリノン及びイソチオシアナート、ビニルクロリドは合成の終盤にそれぞれインドール、エステル、ケトンから導くものとし、インドール3 位とケトンα位とを1 炭素を介して結合させることとすると、インドール2 へと逆合成できる。また、ビニルエポキシドをπアリルパラジウム前駆体とする分子内辻-Trost 反応によって、2のC11 位とC12 位を結合させ、連続する4 級炭素を一挙に構築することを考えた。さらに、インドール酢酸エステル4 と、Weinrebアミド5 との縮合反応によってβ-ケトエステル部位は構築でき、Weinreb アミド5 のビニルエポキシド部位は、Sharpless 不斉エポキシ化により、容易に光学活性体として調製可能である。

【結果・考察】鍵反応である辻-Trost 反応の検討を行うため、モデル基質として12 を設定した。実際に行った合成経路をScheme 2 に示す。すなわち、1,4-ブタンジオール(6)の一方の水酸基のみをTBDPS 基によって保護した後、他方の水酸基を酸化してアルデヒド7 を得た。これに対し、Corey-山本らの方法6を用いることでZ 体のアリルアルコール8 のみを選択的に合成した。生じたオレフィン部位をエポキシ化し、水酸基をベンジルエーテルとして保護して9 へと導いた。続いて、TBDPS 基を除去し、生じた水酸基をIBX を用いて酸化することでアルデヒド10 を得た。オルトトリル酢酸エチルとのアルドール反応によりβ-ヒドロキシエステル11 とし、Dess-Martin 試薬によってβ-ケトエステルへと導いた。その後、ベンジル基の除去、水酸基の酸化、Wittig 反応によるビニル基の導入を経て鍵反応前駆体12を合成した。

12 に対し、鍵反応である分子内辻-Trost 反応の検討を行った(Scheme 3)。その結果、ホスフィン配位子を用いた条件においては、πアリルパラジウム中間体は生成しているものの、望みの炭素-炭素結合を形成することは出来ず、エノラート酸素原子からの求核攻撃が進行した14 や15 が得られるのみであった。また、他の遷移金属触媒を用いる条件等も検討したが、連続する4 級炭素を構築することが出来ず、本合成経路での合成は断念することとした。

そこで、新たな逆合成解析を設定した(Scheme 4)。先の逆合成同様、インドリノン、イソチオシアナート、ビニルクロリドは合成終盤で構築するものとし、16 のエノン部位へイソプロペニル基を1,4-付加反応によって導入した後、酸性条件下でインドール3 位からの求核付加反応によってビシクロ[4.3.1]デカノン骨格を構築することとした。16 のインドール部位は、2-アルキニルアニリンに対し、金触媒を作用させることで構築することとし、アニリン17 のアルキン部位は、フェノールをトリフラートへと変換した後に薗頭カップリング反応によって導入することを考え、ラクトン18 へと逆合成した。また、ラクトン18 はBaeyer-Villiger 酸化によってケトン19 から誘導でき、19 のベンジル位4 級炭素は、分子内Heck 反応によってジアステレオ選択的に構築可能であると考えた。

実際に行った検討をScheme 5 に示す。まずはラセミ体での全合成を目指し、フタリド(21)のBirch還元と続くメチル化により4 級炭素を構築した。22 に対し、mCPBA を作用させることで、コンベックス面からエポキシ化が進行し、23 を単一の異性体として与えた。フェニルリチウムによるラクトンの開環は円滑に進行し、生じた水酸基をTBS 基によって保護することで24 へと導いた。分子内Heck反応によりベンジル位4 級炭素の構築を目指し、芳香環オルト位にブロモ基を導入した基質の合成を試みたが、ついに合成することができなかった。

そこで、6 員環を形成する形でHeck 反応を行うことを考え、検討を行った(Scheme 6)。ラクトン部位の加水分解と続く水酸基の保護によりカルボン酸24 へと導き、2,6-ジブロモフェノールとの縮合により、Heck 反応前駆体25 を合成した。25 に対し、分子内Heck 反応の検討を行ったが、種々の反応条件において反応が進行しないか、基質が損壊するのみであり、目的の連続する4 級炭素の構築を行うことが出来なかった。これまでの検討から、分子内Heck 反応によって連続する4 級炭素の構築を行うことは困難であると考え、26 のような連続する4 級炭素を有する3 環性ラクトンを合成するための新たな合成戦略を練ることとした。

後にビニルクロリド部位を構築するための足掛かりとして、18 には水酸基を導入していたが、隣の炭素原子にカルボニル基を有するものでもビニルクロリド部位の構築を行うことができるため、ラクトン27 を合成することを考えた(Scheme 7)。すると、4 位に電子吸引性基を有するクマリン28 と、Danishefsky-Kitahara ジエン29 とのDiels-Alder 反応によって、一挙に連続する4 級炭素の構築を行うことができると考えた。

Jung らの報告7を基に、4-シアノクマリン(30)とDanishefsky-Kitahara ジエン29 とのDiels-Alder反応を行ったところ、反応は円滑に進行し、定量的にDiels-Alder 反応成積体31 を与え、再結晶によりエンド体のみをほぼ単一の生成物として得ることができた(Scheme 8)。続いて、ヨードメタンとHMPA 存在下、LHMDS を作用させることでラクトンα位のメチル化は円滑に進行し、連続する4 級炭素を構築した。32 に対し、ニトリルの水和と続くHofmann 転位を行うことで、4 置換炭素上に窒素原子を導入することに成功した。最後に、低温下でTMSOTf を作用させることでメトキシ基の脱離が進行し、エノン34 へと導いた。

(1) Stratmann, K.; Moore, R. E.; Bonjouklian, R.; Deeter, J. B.; Patterson, G. M. L.; Shaffer, S.; Smith, C. D.; Smitka, T. A. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 9935. (2) (a) Smith, C. D.; Zilfou, J. T.; Stratmann, K.; Patterson, G. M. L.; Moore, R. E. Mol. Pharmacol. 1995, 47, 241. (b) Zhang, X.; Smith, C. D. Mol. Pharmacol. 1996, 49, 288. (3) Huters, A. D.; Quasdorf, K. W.; Styduhar, E. D.; Garg, N. K. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 15797. (4) Allan, K. M.; Kobayashi, K.; Rawal, V. H. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 1392. (5) Fu, T.; McElroy, W. T.; Shamszad, M.; Martin, S. F. Org. Lett. 2012, 14, 3834. (6) Corey, E. J.; Yamamoto, H. J. Am. Chem. Soc. 1970, 92, 226. (7) Jung, M. E.; Allen, D. A. Org. Lett. 2009, 11, 757.

N-methylwelwitindolinone C isothiocyanate (1)

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) NaH, TBDPSCl, THF, 0 °C to rt, 92%; (b) TEMPO, NaClO, KBr, CH2Cl2-aq. NaHCO3, 0 °C, 92%; (c) EtPPh3Br, n-BuLi, THF, –78 °C; n-BuLi, –78 to 0 °C; (HCHO)n, 0 °C to rt, 47%; (d) mCPBA, NaHCO3, CH2Cl2, 0 °C, 86%; (e) NaH, BnBr, DMF, 0 °C, 62%; (f) TABF, THF, 0 °C to rt, 91%; (g) IBX, DMSO, rt, 88%; (h) Ethyl o-tolylacetate, LHMDS, THF, –78 °C; 13, 84%; (i) DMP, NaHCO3, CH2Cl2, 0 °C to rt, 77%; (j) H2, Pd(OH)2/C, EtOH, rt; (k) DMP, NaHCO3, CH2Cl2, rt; (l) MePPh3Br, n-BuLi, toluene, 0 °C, 26% (3 steps).

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

Reagents and conditions: (a) Li, t-BuOH, THF-liq. NH3, –78 °C; MeI, –78 °C to rt ; aq. HCl, reflux, 64%; (b) mCPBA,NaHCO3, CH2Cl2, rt, 59%; (c) PhLi, THF, –78 °C, 64%; (d) TBSCl, imidazole, CH2Cl2, rt, 64%.

Scheme 6

Reagents and conditions: (a) LiOH・H2O, THF-H2O; evap.; TBDPSCl, imidazole, DMF, rt, 51%; (b) 2,6-dibromophenol,DCC, DMAP, CH2Cl2, rt, 38%

Scheme 7

Scheme 8

Reagents and conditions: (a) 29, toluene, reflux, 56%; (b) MeI, HMPA, THF, –40 °C; LHMDS, 96%; (c) acetaldoxime,RhCl(PPh3)3, toluene, reflux, 74%; (d) DAIB, MeOH, 60 °C, 70%; (e) TMSOTf, CH2Cl2, –78 to 0 °C, 70%.

審査要旨 要旨を表示する

N-methylwelwitindolmone C iSothioCyanateは、P-糖タンパクに起因する多剤耐性を無効化し、また微小管の重合阻害作用を有しており、ビンブラスチンなどの抗癌剤に対して耐性を獲得した癌細胞に対しても有効であるなど、その生物活性は非常に興味深い。AT-methylwelWitindolinone C iSothioCyanateは、その強力な生理活性と特異な構造により多くの合成化学者の興味を引きつけており、これまでに数多くの合成研究が行われ、最近になって2例の全合成と1例の形式全合成が報告された。そこで千代田は、N-methylwelwitindoljnone C isothioCyanateの連続する4置換炭素と4級炭素を独自の方法により構築すべく合成研究を行った。

まず、千代田は鍵反応である辻-TroSt反応の検討を行うため、モデル基質として8を設定し、実際に合成を行った(Scheme 1)。すなわち、1,4一ブタンジオール(2)の一方の水酸基のみをTBDPS基によって保護した後、他方の水酸基を酸化してアルデヒド3を得た。これに対し、Corey一山本らの方法を用いることでZ体のアリルアルコール4のみを選択的に合成した。生じたオレフィン部位をエポキシ化し、水酸基をベンジルエーテルとして保護して5へと導いた。続いて、TBDPS基を除去し、生じた水酸基をIBXを用いて酸化することでアルデヒド6を得た。オルトトリル酢酸エチルとのアルドール反応によりβ-ヒドロキシエステル7とし、Dess-Martin試薬によってβ-ケトエステルへと導いた。その後、ベンジル基の除去、水酸基の酸化、Wittig反応によるビニル基の導入を経て鍵反応前駆体8を合成した。

次に、8に対し、鍵反応である分子内辻-TroSt反応の検討を行った(Scheme 2)。その結果、ボスフィン配位子を用いた条件においては、πアリルパラジウム中間体は生成しているものの、望みの炭素-炭素結合を形成することは出来ず、エノラート酸素原子からの求核攻撃が進行した10や11が得られるのみであった。また、他の遷移金属触媒を用いる条件等も検討したが、連続する4級炭素を構築することが出来ず、残念ながら本合成経路でのN-methylwelWidndolinone C isothiocyanateの合成は断念した。

そこで千代田は、連続する4級炭素を分子内Heck反応により構築することを目指し、検討を行った(Scheme 3)。まずはラセミ体での全合成を目指し、フタリド(12)のBirch還元と続くメチル化により4級炭素を構築した。13に対し、mCPBAを作用させることで、コンベックス面からエポキシ化が進行し、14を単一の異性体として与えた。フェニルリチウムによるラクトンの開環は円滑に進行し、生じた水酸基をTBS基によって保護することで15へと導いた。分子内Heck反応によりベンジル位4級炭素の構築を目指し、芳香環オルト位にプロモ基を導入した基質の合成を試みたが、ついに合成することができなかった。

次に千代田は、6員環を形成する形でHeck反応を行うことを考え、検討を行った(Scheme 4)。ラクトン部位の加水分解と続く水酸基の保護によりカルボン酸16へと導き、2,6-ジブロモフェノールとの縮合により、Heck反応前駆体17を合成した。17に対し、分子内Heck反応の検討を行ったが、種々の反応条件において反応が進行しないか、基質が損壊するのみであり、目的の連続する4級炭素の構築を行うことが出来なかった。これまでの検討から、分子内Heck反応によって連続する4級炭素の構築を行うことは困難であると考え、18のような連続する4級炭素を有する3環性ラクトンを合成するための新たな合成戦略を練ることとした。

そこで千代田は、連続する4級炭素を有する3環性ラクトンをDiels-Alder反応によって構築することを目指し、検討を行った(Seheme 5)。Jungらの報告を基に、4-シアノクマリン(19)とDaniShefsky-KitaharaジエンとのDiels-Alder反応を行ったところ、反応は円滑に進行し、定量的にDiels-Alder反応成積体20を与え、再結晶によりエンド体のみをほぼ単一の生成物として得ることができた。続いて、ヨードメタンとHMPA存在下、LHMDSを作用させることでラクトンa位のメチル化は円滑に進行し、連続する4級炭素を構築した。21に対し、ニトリルの水和と続くHofmann転位を行うことで、4置換炭素上に窒素原子を導入することに成功した。最後に、低温下でTMSOTfを作用させることでメトキシ基の脱離が進行し、エノン23へと導いた。

以上、千代田はN-methylwelwitindolinone C isothiocyanateの有する連続した4置換炭素と4級炭素の効率的かつ立体選択的な新規合成法を確立した。千代田が確立した合成法は、立体選択性が高く、これまでの合成法とは異なったアプローチをしており、新規性の高いものである。また現在得られている中間体は、いくつかの工程は必要とするものの、N-methylwelwitindolinone C isothiocyanateへと導くことができる可能性が高いものである。この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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