学位論文要旨



No 129485
著者(漢字) 浅井,智朗
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,トモロウ
標題(和) 解析半群論の高階準線形放物型方程式への応用
標題(洋) Analytic semigroup approach to higher order quasilinear parabolic problems
報告番号 129485
報告番号 甲29485
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第400号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 山本,昌宏
 東京大学 准教授 下村,明洋
内容要旨 要旨を表示する

本論文では材料科学の分野、結晶成長の分野から要請された重要な4 階の準線形放物型方程式に対して、その解の存在と一意性について特に初期値の滑らかさが少ない場合や、境界値との整合性のない問題に対して、抽象論である解析半群論を応用させてその解の一意存在を示した。具体的には本論文は以下の3 つのテーマから構成されている。

(1) 4 階曲率流方程式の滑らかでない初期値に対する時間局所可解性,

(2) 最大正則性理論の4 階準線形放物型方程式への応用,

(3) 4 階非整合初期値問題の自己相似解の存在.

[第一章・4 階の曲率流方程式の時間局所可解性]

本章では一次元の表面拡散流方程式とWillmore 流方程式の滑らかでない初期曲線に対する解曲線の一意存在について論じた。これらの方程式は変分構造を持つ幾何学的方程式である。表面拡散流方程式は表面積を表す汎関数のH(-1)-勾配流として表される。一方、Willmore 流方程式は平均曲率のL2-積分のL2-勾配流として特徴付けられる。歴史的には、表面拡散流方程式は材料科学の分野からモデル化された方程式で、Willmore 流方程式は幾何学の分野から要請された方程式である。これら二つの方程式は4 階の準線形放物型方程式として表される。

これらの方程式に対する基本的な問いとして、与えられた初期曲線に対して方程式をみたす解が一意に存在するか?という問題がある。この方面での先行研究では、初期曲面にh(2+α) という正則性の仮定を課して解を得ている。本章の研究目的は、この初期曲面に対する正則性の仮定を緩めることである。具体的に述べると、h(1+α) という曲率が不連続であるような初期曲線に対して方程式をみたす解の一意存在を示すことである。この拡張は自然である。なぜなら、方程式の主要部には未知関数の一階微分しか含まれていないからである。このために、抽象準線形放物型方程式を考え、解析半群論を背景に抽象的な一般定理を作り、その抽象定理を応用することで、表面拡散流方程式とWillmore 流方程式の解の一意存在を示した。抽象定理では、表面拡散流方程式とWillmore 流方程式の方程式の主要部と低階項の構造を反映させた評価の仮定をおいた。

証明のポイントは、低階項(3 階以下の非線形項)に対する評価である。先行研究では、低階項への分類の仕方が適切でなかったため、h(2+α) という強い正則性の仮定を課さざるをえなかった。4 階曲率流の低階項に対する精密な評価を構築したものは本章の研究がはじめてである。したがって、本章の研究は先行研究を改良した新しい結果である、と言える。

[第二章・最大正則性とその応用]

第一章では、一次元の曲線の場合の表面拡散流方程式およびWillmore 流方程式しか扱わなかった。用いた解析半群論も初等的なものであった。さらに、第一章で考えている方程式は元の方程式の微分形であった。そのために、高次元への問題に適用することが難しかった。しかし、第一章の研究を終えたのち、解析半群論の最大正則性定理を用いると、一般のn 次元の超曲面の場合に結果を拡張することができそうである、と予想された。最大正則性定理とは、線形方程式∂tu+Au = f に対し、解u の時間微分∂tu と空間微分Auが外力項f と同じだけの正則性を有する、と主張するものである。最大正則性定理は非線形問題への応用に関して有用である。

一般に連続関数の空間は最大正則性をみたさない。しかし、他の多くの関数空間は最大正則性をみたす。最大正則性定理といっても様々なタイプのものがあるが、本章で用いる最大正則性定理は、連続補間空間(continuous interpolation space)を用いた連続最大正則性定理(continuous maximal regularity)である。ただし、扱う方程式は準線形であるので、第一章と同様に準線形方程式に対する一般的な抽象定理を作り、その抽象定理を応用する、という手法をとった。方程式の主要部に対する仮定は第一章と同じである。異なる点は非線形項に対する仮定である。第一章では、方程式の非線形項に対する仮定がかなり複雑なものになってしまった。本章では、最大正則性定理をうまく用いることにより、非線形項に対する仮定を洗練化して、よりきれいな形にすることが可能になった。この低階項に対する仮定は具体的な4 階方程式に応用する際に、適用可能な形に反映させたものである。証明のテクニックは縮小写像による不動点の構成である。証明においては特に非線形項に対する評価が難しいので、それを注意深く行った。このことにより、扱える方程式の幅が広がり、n 次元表面拡散流方程式、Willmore 流方程式、異方性のある表面拡散流方程式、結晶の微小構造の極限として得られる結晶成長方程式も扱うことが可能となった。

[第三章・非整合初期値問題と自己相似解]

本章では、境界条件付きの一次元表面拡散流方程式の自己相似解の存在問題について考察する。自己相似解とは、空間変数と時間変数についてある種のスケール変換に関して不変な解のことである。本章では上記の問題の自己相似解の一意存在を示す。

考えている問題をよりくわしく具体的に述べていこう。この問題は材料科学において粒界における表面の溝の形成という現象からモデル化された方程式である。一次元の半直線上(x > 0)で表面拡散流方程式を考える。原点x = 0 で境界条件を二つ課す。すなわち、接触角条件(contact angle condition)と流入・流出ゼロ条件(no flux condition)である。ただし、本章では二つ目の境界条件を線形近似した問題を考えている。その条件のもとで、表面拡散流方程式に対する自己相似解を接触角が小さいという条件のもとで構成した。初期条件が境界条件をみたさないという意味で初期値が非整合の問題である。そこを解決することが大きな課題である。ここでは、接触角が十分小さいという条件を課した(「接触角が十分小さい」という条件を外すことができるかどうかは現在のところ不明である)。この方面の先行研究では、線形化方程式(しかも境界条件も線形近似したもの)の場合についてはいくつか結果がある。しかし、非線形問題は4 階であるためまったく結果はなかった。

次に証明の手法について具体的に述べていこう。まず、元の問題である準線形方程式の解を線形方程式の解からのズレとして考察することにした。そして、そのずらした未知関数に関して方程式を新たに書き下すことにした。こうすることにより、もとの方程式では二つの境界条件が非斉次だったものが、ずらした未知関数の方程式の場合では境界条件を斉次にすることが可能となった。境界条件が斉次となったことにより、解析半群論を応用することが可能となった。

証明のアイデアは方程式の主要部を線形化し、残りの項を摂動項とみなして、一つにまとめ、初期値ゼロの積分公式で解を表示し、ノルムの評価を実行することである。ポイントは摂動項の評価である。ここで問題なのは基礎空間の取り方である。例えば、Lp 空間とSobolev 空間を用いると、この二つの空間を実補間した空間はBesov 空間になる。摂動項をBesov ノルムで評価しなければならなくなる。その際に、非斉次Besov ノルムに対するHolder 型の不等式が必要になる。しかし、この問題の場合、斉次な関数を扱っているため、Besov 空間の指数にズレが出てしまい、Lp 型のBesov 空間を用いる方法では困難であることがわかった。そこで基礎空間としてL∞ 空間とHolder 空間を用いることとし、積のHolder セミノルムをHolder セミノルムとL∞ ノルムを用いて忠実に評価した。「接触角が十分小さい」という条件から線形方程式の解の種々のノルムが十分小さいという性質を導くことができ、そのおかげで解のノルムの評価をうまく作ることができる。また、初期値が非整合の問題であるため、摂動項はx = 0 でゼロにならない。そこで、摂動項を定数分だけずらした方程式を考え、Holder ノルムの評価の妥当性を与えた。

審査要旨 要旨を表示する

2階の拡散方程式に対して、その初期値問題の時間局所可解性は、非線形の場合も含めてよく研究されているが、4階となると、最大値原理に代表される2階の手法がうまく使えないため、局所解の存在問題さえ簡単ではない。しかし材料科学で有名な表面拡散流方程式や、微分幾何学で用いられるウィルモア流は4階の準線形放物型方程式である。このような高階の非線形の放物型方程式に対し、できるだけ滑らかさが少ない初期値から解けるかという問題は放物型方程式の平滑化効果を見るうえで重要である。

このような考え方は偏微分方程式的手法で構成する場合にも重要な視点で、2階の方程式に対してはよく知られている。

本博士論文では、次の2つのテーマを扱っている。

1.抽象的放物型方程式に対して、初期値の滑らかさをあまり仮定しない場合の初期値問題の時間局所可解性および表面拡散流方程式等への応用

2.表面拡散流方程式の自己相似解の存在

第1のテーマである抽象的放物型方程式論を用いて、非線形放物型方程式の時間局所解の構成は古くから知られていて、既に多くの研究があるが、具体的な問題に当てはめてみると、初期値の滑らかさを必要以上に仮定しなければ局所解は構成されていなかった。論文提出者は、ここに着目して、滑らかでない初期値を扱えるように、抽象的放物型方程式論を新たに整備した。

方程式の不変性に注目すると、表面拡散流方程式に対しては、初期(値)曲面が連続微分可能とするのが、自然な仮定と考えられる。しかし、これまで知られていた理論では少なくとも2階微分がヘルダー連続であることを必要としていた。幾何学的には曲率がヘルダー連続であることが要請されている。論文提出者は、これに対して初期曲面の1階微分がヘルダー連続という仮定で時間局所解を構成することに成功した。論文提出者は空間1次元の場合に適用できる手法と、より一般の次元でも通用する2つの手法を生み出した。空間1次元の場合は、曲線が関数のグラフで与えられる場合に、方程式の微分形に対して、それに合う抽象的放物型方程式に対しての理論を構築した。

これに対して高次元の問題では微分形には帰着できないので、もとの方程式そのものを取り扱う必要がある。これに対しては、DaPrato-Grivardによる理論を改良して用いる。この理論は時間についての連続性についての最大正則性の理論を基礎にした抽象論であり、準線形放物型方程式の時間局所可解性にも応用できる。論文提出者は、低階非線形項の見方を変え、抽象的準線形放物型方程式に対しての解の存在定理を導出した。この抽象的定理を表面拡散流方程式、ウィルモア流方程式だけではなく、結晶成長現象を記述するさまざまな高階放物型方程式に対して、あまり滑らかでない初期値から滑らかな時間局所解を構成することに成功している。抽象論は大変きれいで極めて自然な結果であり、豊かな応用があることも注目に値する。

第2のテーマは結晶表面の熱的くぼみの形成のモデルの数学解析である。結晶表面を半無限区間で定義された関数のグラフとし、端点で角度条件を課し、半無限区間では関数は表面拡散流方程式を満たすと仮定する。4階方程式なので、もう1つ境界条件が必要で、曲率の微分をゼロと仮定する。この方程式の自己相似解を構成し、それが安定かどうか論じることは、このモデルの理論的裏付けのうえで重要である。

表面拡散流方程式に対しては、すべての条件を線形化した方程式の場合、自己相似解の存在が知られているだけであり、非線形の問題は手付かずであった。自己相似解より問題は4階の常微分方程式の境界条件を満たす半無限区間での問題に帰着されるが、この常微分方程式の大域解の存在をいうことは容易ではない。一方、斉次な初期値を与えて時間発展問題を解くといった手法は、儀我-宮川らによって1990年代に提案された自己相似解の構成手法であり、その後さまざまな方程式に利用されてきた。この手法の利点は、小さい自己相似解とその安定性が証明しやすいことにある。

論文提出者は、難題であるこの自己相似解の構成に対して、時間発展問題を解くことにより、部分的ではあるが構成することに成功した。より具体的には、3階の境界条件は線形化し、方程式は表面拡散流方程式の微分形を考えるという問題である。ここで自己相似解を得るためには初期値をゼロとするのが自然である。しかしこれは境界条件を満たさない、いわゆる非整合の初期値である。抽象論的には主要部の線形作用素の定義域に入らないものである。このような問題に対して初期値問題を解くことに成功した。これはこの分野の他の成果と比べると、接触角に対する条件等がつくが先駆的な結果といえよう。

すべて重要な成果であるといえる。よって論文提出者の浅井智朗氏は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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