No | 129491 | |
著者(漢字) | 奥田,隆幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オクダ,タカユキ | |
標題(和) | 等質空間上の固有な作用とデザイン | |
標題(洋) | Proper actions and designs on homogeneous spaces | |
報告番号 | 129491 | |
報告番号 | 甲29491 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第406号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は六つの章からなり,その中でも主要な結果はChapter 1とChapter 6のものである.以降,それらについての要旨を述べる.その他の章の内容についてはChapter 1の要旨の後で簡単にまとめる. Chapter 1の要旨 Gを線形半単純Lie群とし,対称対(G,H)を考える.Gの離散部分群Γが対称空間G/Hに固有不連続に作用しているとき,ΓをG/Hの不連続群と呼ぶ.不連続群は局所対称空間の大域構造と密接に関連しており,幾何学的な動機から重要な研究テーマとなっている.特に次の問題は,対称空間G/Hの不連続群の研究における一つの中心的な問題とされている: 問:G/Hの不連続群はどのくらい豊富にあるか? まず,Hがコンパクトの場合には,G/Hはリーマン対称空間となり,Gの任意の離散部分群がG/Hの不連続群となる.特にこの場合にはG/Hは必ず余コンパクトな不連続群を持つ[A. Borel, Topology(1962)].一方,Hが非コンパクトの場合には,G/Hの(G-不変)計量は不定値となり,Gの離散部分群であってもG/Hの不連続群とは限らない. Hが非コンパクトである場合の不連続群の系統的な研究は,80年代後半の小林俊行の仕事に端を発する.とりわけ,Borelの結果と対照的な定理として,簡約対(G,H)についての以下の小林の結果[Math. Ann. (1989)]が重要である(簡約対は半単純対称対よりも一般的な設定であることに注意): 特に,rankiRG=rankRHとなる簡約対(G,H)に対しては,G/Hの不連続群は有限群に限る.その後,「rankRG>rankRHを満たす個々の(G,H)に対して,どのくらい豊富に不連続群が存在するか?特に余コンパクトな不連続群はあるか?」という問題について,小林を始め,F. Labourie, J. Zimmer, G. Margulis, Y. Benoistなど著名な数学者達による様々な分野の手法を用いた結果が得られている.しかし,この問題は完全な解決には至っていない. 小林の上述の結果では,G/Hが無限不連続群を持つための必要十分条件を与えていたが,それに続く研究として,Y. Benoist[Ann. Math. (1996)]はG/Hが本質的に非可換な不連続群を持つための必要十分条件を与えている.ただしここでは,群が指数有限な可換部分群を持たないときに"本質的に非可換"ということにする. 本論文では,(G,H)が半単純対称対である場合に,上述の小林,Benoistの結果に加え,関口次郎[J. Math. Soc. Japan(1987)]の結果などを援用して,次の定理を示す: 特に重要な点は,G/HがSL(2,R)の固有な作用を持たなければ,本質的に非可換な離散群(例えば曲面群π1(Σg)(g≧2)やランク2以上の自由群など)はG/Hに固有不連続に作用し得ないという主張である. 更に本論文では冪零軌道の組合せ論的側面に注目することにより,上記の同値な条件を満たす半単純対称対(G,H)の(局所的な意味での)分類も与える(Appendix 1. Aの表を参照).また,この分類を用いて,余コンパクトな不連続群を持たない半単純対称空間G/Hの例であって,文献の中に見つけられないものをいくつか発見した(Table 1.2 in Section1.2).ただし,これらの例はBenoistの結果から直接計算によっても得られることを付け加えておく. Chapter 2,3,4,5について Chapter 2,3,4,5の内容は全てChapter 1と関連する話題である.まずChapter 2では,"実冪零軌道はSL(2,R)の固有な作用を構成するのに十分なほど沢山ある"という意味の命題を証明する.この命題はChapter 1の主結果の証明に用いられる(Chapter 1ではスケッチのみ与える).Chapter 3では,(G,H)が対称対という条件を外して簡約対という設定で考えると,一般にはChapter 1の主定理が成り立たないことを示す.Chapter 4では,対称空間の直積G/H1×G/H2に対して,Gの対角的な作用が固有になるための必要十分条件を与え,その分類を行う.その際用いるテクニックはChapter 1と同じものである.Chapter 5では,Chapter 1で得た冪零軌道についての考察を用いて,「実単純Lie環gの極小実冪零軌道の複素化が,複素冪零軌道としては極小でない」という場合について,その複素冪零軌道を具体的に決定する. Chapter 6の要旨 Chapter 6では等質空間上のデザインを主テーマとする.その主結果として,3次元球面S3上の球面デザインの新たな構成法を得る. 以下では球面デザインについて簡単に復習しよう.d-次元単位球面Sd⊂Rd+1に対して,Sdの有限部分集合Xがt-デザインであるとは,任意のt-次以下の多項式関数f(defined on R(d+1))に対して, fのX上の平均=fのSd上の平均 が成り立っこととして定義される[Delsarte-Goethal-Seidel, Geom. Dedicata 6(1977)].これは有限集合XがSdを"よく近似している"ということを定式化した概念である.特にd,tを固定したとき,Xの濃度は小さいほど良いとされる. d,tを固定したとき「如何にしてSd上のt-デザインを構成するか?しかも濃度はなるべく小さく抑えたい」という一つの中心的な問題を考えよう.d=1の場合は正(t+1)-角形をS1上に配置すれば,これはt-デザインとなり,しかもこれが最小濃度である.しかし,d≧2でtがある程度大きいときには,Sd上のt-デザインを具体的に構成することは簡単ではない.特にd=2の場合のt-デザインの具体的な構成については,Chen-Frommer-Lang[Numer. Math.(2011)]により,tが100以下のときに,S2上のt-デザインで濃度が(t+1)2となるものが構成されている.しかし,このような構成が任意のtで可能かどうかについては未解決である. ここで,Sd上の球面t-デザインの最小濃度をN(Sd)(t)と書こう.dを固定すれば,N(Sd)(t)はtについての増加関数である.以降ではNSd(t)の漸近挙動についてについて考えたい. Sd上のt-デザインの構成に有効な方法の一つは,開区間(-1,1)上に"ある重み関数ωdについての区間t-デザイン"と呼ばれるものと,s(d-1)上のt-デザインを掛け合わせて,Sd上のt-デザインを構成するという手法である([Rabau-Bajnok, J. Applox. Theory(1991)],[Wagner, Monatsh. Math.(1991)]).特にKujilaars[Indag. Math.(1993)]はこの構成法を用いて NSd(t) ≪ t d(d+1)/2 であることを示した.ただしここで,f(t)≪g(t)であることを,ある正定数Cが存在して,f(t)<Cg(t)が任意のt>0について成り立つこととしている. 本論文では,次の定理を示す: 特にこの定理とd=2の場合のKuijlaarsの結果から,次が分かる: NS3(t)≪t4. (しかし,V. A. YudinらによるNSd(t)≪tdという予想のd=3の場合の証明には至らなかった.) この主定理の証明のため,本論文では一般論として,"底空間上のデザインと各ファイバー上のデザインの掛け合わせで全体空間のデザインが構成できる"という手法を定式化する(Section 6.3を参照).この手法は上述の区間t-デザインを用いる構成法を一般化したものと思うこともできる. 特に,主結果の設定において,S3はコンパクトLie群(≃ SU (2))であり,S2がS3の等質空間であることに着目し,Gを一般のコンパクトLie群,G/KをGの等質空間とした場合に,G,G/K上のデザインをそれぞれ定義し,上記の定理の一般化も考察する(Theorem 6.5.8). 小林[1]の結果 Chapter 1の主定理(Theorem 1.1.3) Chapter 6の主定理(Theorem 6.1.4) | |
審査要旨 | 局所的な幾何構造が大域的な形をどの程度、束縛するか、あるいは、逆にどの程度の自由度を許すか、という問題は20世紀以来のリーマン幾何学における大きな潮流として発展してきた。幾何構造として、リーマン多様体ということは仮定せず、その代わりに局所対称性という幾何構造に注目して以下の問題を考える。 問題A.完備な局所対称空間はどのくらい豊富にあるか? この問題を群論の問題として定式化することもできる。実際、任意の対称空間はあるリー群Gとその位数2の自己同型の固定部分群の開部分群Hによって、等質空間G/Hとして表すことができ、逆にこのような等質空間は自然に対称空間となる(E. Cartan)。さらに、任意の完備な局所対称空間は等質空間G/Hの不連続群Γ(すなわちG/Hに固有不連続かつ自由に作用するようなGの離散部分群)による商Γ\G/Hとして表記することができる。 従って、問題Aは以下のように述べることができる。 問題B.対称空間G/Hの不連続群はどのくらい豊富にあるか? この再定式化にみられるように、商多様体Γ\G/Hとしての表示においては、等質空間G/Hが局所的な幾何構造を表し、不連続群Γが大域構造を統制するのである。 問題Bについて、歴史的に多くの研究がなされているのはGが線型な半単純リー群、Hがコンパクトの場合である。この場合には等質空間G/Hは不変なリーマン計量に関するLevi-Civita接続によってリーマン対称空間となり、リー群Gの振じれのない任意の離散部分群は自動的に不連続群となる。例えば、任意の完備な双曲多様体はΓ\SO0(n,1)/SO(n)という表示を持つ。不連続群が豊富に存在するという方向の結果としては、数論的部分群の理論を用いることにより証明されたコンパクト局所リーマン対称空間の存在定理が知られている(A. Borel, 1962)。一方、変形できるほど豊富にはないということの定式化として、Selberg-Mostow-Margulis-Zimmer…と系譜が続く剛性定理やMargulisの算術性定理が知られている。 リーマン対称空間の場合を越えて、Hがコンパクトでない場合の不連続群の本格的な研究は1980年代後半の小林俊行の一連の論文に端を発する。Hがコンパクトでない一般の場合、Gの部分群Γが離散部分群であっても、Γは等質空間G/Hに不連続群として作用するとは限らず、問題Bの答えは等質空間G/Hの個性によって大きく変わる。小林俊行の先行研究を受けて、国際数学年の2000年には21世紀の数学の重要な新しいテーマの一つとしてHがコンパクトでない場合の問題Bが紹介された(Margulis2000,アメリカ数学会)。現在では、このテーマは、リー群論・不連続群論・非可換エルゴード理論・ユニタリ表現論など、さまざまな数学と関わりをもって、深い研究が活発に行われている。 論文提出者の奥田氏は、半単純対称空間Xに対する問題Bに取り組み、以下の2つの条件が同値であることを証明した。 (1)Xに等長なSL(2,R)-作用がある (2)曲面群がXの不連続群になりうる。 (2)⇒(1)は、Xが対称空間ではない場合には反例が最近見つかったという事実からも察せられるように、証明は微妙な要素を含む。奥田氏の証明のアイディアは、不定値計量をもつ等質空間への作用に対するKobayashi(1989),Benoist(1996)の固有不連続性の判定条件を用いて、不連続群の問題を冪零随伴軌道の問題に置き換え、次にDynkin-Kostant-Sekiguchiの定理を援用することで,(1)が成り立っかどうかを判断する組み合わせ論的なアルゴリズムを与えるという構想に基づくものである。このアルゴリズムは、計算が効率的であり、それによって奥田氏は曲面群が現れるような半単純対称空間を完全に分類した。 奥田氏の博士論文は総計200頁からなるが、その主要部である上述の分類結果は微分幾何において最も権威のある国際学術誌であるJournal of Differential Geometryに単著論文として、掲載が決まっている。さらに、分類以上の内容として、コンパクト商をもたないような新たな対称空間の例を発見した。 また、上記のアルゴリズムの応用として、奥田氏は極小複素冪零軌道がどのように実リー環と交わるかという問題の研究も行ったが、これは、現在の無限次元表現論の重要な対象である極小ユニタリ表現の研究と接点のある基礎的な結果である。 奥田氏の博士論文の最後の章は、「球面のデザイン」に関するもので、これは、前半部分の不連続群の理論とは異なるテーマである。奥田氏は、ファイバーと底空間のデザインから全空間のデザインを構成するというアイディアを用い、3次元球面において「コストの低いデザイン」の構成法を見出した。奥田氏の構成は自然で簡単なものであることから、デザインの理論の今後の発展を促すきっかけになること期待される。 以上のように,当該論文は不連続群と組み合わせ論に新しい知見を与えたものであり、論文提出者奥田隆幸氏は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
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