学位論文要旨



No 129492
著者(漢字) 糟谷,久矢
著者(英字)
著者(カナ) カスヤ,ヒサシ
標題(和) 可解多様体のトポロジー、シンプレクティック幾何学および複素幾何学 : 冪零から可解へ
標題(洋) Topology, symplectic geometry and complex geometry of solvmanifolds : From nilpotent to solvable
報告番号 129492
報告番号 甲29492
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第407号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 二木,昭人
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 小林,俊行
 東京大学 准教授 今野,宏
内容要旨 要旨を表示する

Gを単連結可解リー群とする。Gはココンパクトな離散群部分群Гを持つとする。この時コンパクト等質空間G/Гを可解多様体という。特にGが幕零ならば、G/Гを冪零多様体と呼ぶ。冪零多様体はその幾何構造を調べるのに非常に性質のよい多様体であり、特に冪零多様体のシンプレクティック幾何学や複素幾何学に関して多くの結果が得られている。冪零多様体で成り立つ定理を可解多様体上に拡張することは、自然な問題であり、現代幾何学において重要な課題である。

本論文の目標は、冪零多様体の幾何学における最も基本的な定理であるNomizuの定理、およびその定理のSullivanのde Rhamホモトピーへの応用であるHasegawaの定理、また、symplectic幾何学への応用であるBenson-Gordonの定理とコホモロジー的symplectic冪零多様体のsymplectic性定理の可解多様体への拡張を与えることである。さらに本論文では、Sakane,Cordero-Fernandez-Gray-Ugarte,Console-Fino等による、Nomizuの定理のアナロジーとしての冪零多様体のDolbeaultコホモロジーの計算法をある種の可解多様体に適用できるように拡張する。

1背景

G/Гを冪零多様体とする。gをGのLie代数とする。gの双対複体∧g*をG/Г上の左不変な微分形式がなす、G/Гのde Rham複体A*(G/Г)の部分複体と見なす。野水[7]により、自然な埋め込み∧g*⊂A*(G/Г)はコホモワジーの同型H*(g)≅H*(G/Г)を誘導することが知られている。これより、Sullivanのde Rhamホモトピー理論より、∧g*はA*(G/Г)のminimal modelであることがわかる。このことを応用して、長谷川[6]により、A*(G/Г)がSullivanの意味でformalであれば、Gはabelian特にG/Гはトーラスであることが知られている。

野水の定理は冪零多様体のsymplectic幾何学に重要な応用がある。2n-次元多様体Mが2次コホモロジー類[ω]∈H2(M)で[ω]n≠0を満たすものを持つとき、Mはコホモロジー的にsymplecticであると言う。野水の定理により、冪零多様体がコホモロジー的にsymplecticであれば真にsymplecticであることがわかる。Benson-Gordon[2]により、symplectic冪零多様体G/ГがHard Lefschetz性を満たせば、Gはabelian特にG/Гはトーラスであることが知られている。

野水の定理のDolbeaultコホモロジーに関するアナロジーを考えることができる。G/Гが左不変な複素構造」を持つとき、複素数値左不変な微分形式がなす微分形式∧g*⊗C=∧*,*g*はG/ГのDolbeault複体(A*,*(G/Г),∂)の部分複体となる。これに対して、Sakane[8],Cordero-Fernandez-Gray-Ugarte[4],Console-Fino[3]等により、いくつかの条件の下で、自然な埋め込み∧*,*g*⊂A*,*(G/Г)はコホモロジーの同型H*,*∂(g)≅H*,*∂(G/Г)を導くことが知られている。

2主結果

Hain[5]は多様体の基本群の対角型表現に対して、その表現の像のZariski-閉包を用いて、ある局所系に値をとる微分形式の複体を定義し、この空間が冪零ではない空間のde Rhamホモトピー理論を考えるのに有効である事を示唆した。本論文では、このHainの定義した複体を用いて、de Rhamホモトピー的な意味で、野水の定理を可解多様体に拡張する。

G/Гを可解多様体とする。Gの随伴表現Adの"対角部分"をとる事によって、Gの対角型表現Ads:G→Aut(g)を定義し、代数群Aut(g)の中で像Ad(G)のZariski-閉包Tをとる。G/Гの基本群はГであるので、AdsとTによりHainの複体が定義できる。これをA*(G/Г,σAds)とかく。.A*(G/Г,σAds)の左不変な元全体の空間A*(gc,ads)は部分複体として、ある対角表現に値をとるリー環の双対複体であり、これにTが作用している。このT-作用で不変な元全体の空間A*(gc,ads)Tを考えると次が成り立つ。

定理1自然な埋め込みA*(gc,ads)T⊂A*(G/Г,σAds)はコホモロジーの同型を導く。また、Gから定まるunipotent hullと呼ばれるunipotent代数群UGのLie代数uの双対復体∧u*はA*(gc,ads)Tと同型である。よって、∧u*はA*(G/Г,σAds)のminimal modelである。

この結果により、長谷川の定理の拡張として、次が得られる。

定理2次の2条件は同値:

・A*(G/Г,σAds)がformalである。

・G=Rn×φRm(φは半単純な作用)と書ける。

また、Benson-Gordonの定理の拡張として次が得られる。

定理3可解多様体G/Гはシンプレクティックであるとする。このとき次の2条件は同値:

・A*(G/Г,σAds)のコホモロジーに関してhard Lefschetz性が成り立つ。

・G=Rn×φRm(φは半単純な作用)と書ける。

本論文ではさらに、次の事を示す。

定理4可解多様体がコホモロジー的にsymplecticであれば真にsymplecticである。

Baues[1]は、任意のtorsion-free polycyclic群Гに対し、Гから定まるある冪零リー群UГへのココンパクトで離散的なアフィン作用を定義し、Гを基本群に持つコンパクトaspherical多様体MГ=UГ/Гを構成した。本論文では冪零多様体のアナロジーとして、コホモロジー的にsymplecticなMГは実際にシンプレクティックである事を示す。とくに、Bauesの構成したコンパクトaspherical多様体MГのクラスは可解多様体のクラスを含んでいるので、系として上記定理が成り立つ。

冪零の場合とは異なり、複素可解多様体のDolbeaultコホモロジーの計算法はほとんど知られていなかった。本論文では、特別な条件を満たす場合にDolbeaultコホモロジーの計算法を与える。

Gは半直積Cn×φNであり、次の仮定を満たす物とする。

(1)Nは不変複素構造Jを持つ単連結冪零リー群

(2)各t∈Cnに対し,φ(t)は(N,J)に正則に作用する。

(3)φはNのリー環nに半単純に作用する。

(4)Gは格子Г=Г'×Г″を持つ。

(5)埋め込み∧*,*n⊂A*,*(N/ГN)はコホモロジーの同型H*,*∂(n)≅H*,*∂(N/ГN)を導く。

この時、G/Г上の正則直線束の直和⊕LβLβに値をとるDolbeaut複体

⊕(Lβ)A*,*(G/Γ,Lβ)

を考える事によって、次の事を示す。

定理5⊕(Lβ)A*,*(G/Г,Lβ)の有限次元部分複体A*,*で自然な埋め込み

A*,*⊂⊕(Lβ)A*,*(G/Γ,Lβ)

がコホモロジーの同型を導くものが構成できる。

特に、A*,*の元で、自明な正則直線東に値をとる元の全体をB*,*Гとすると、B*,*ГはDolbeault複体A*,*(G/Г)の有限次元部分複体B*,*Гで、自然な埋め込みB*,*Г⊂A*,*(G/Г)がコホモロジーの同型H*,*∂(B*,*Г)≅H*,*∂(G/Г)を導く。

[1] O. Baues, Infra-solvmanifolds and rigidity of subgroups in solvable linear algebraic groups, Topology 43 (2004), no. 4, 903-924.[2] C. Benson, and C. S. Gordon, Kahler and symplectic structures on nilmanifolds, Topology 27 (1988), no. 4, 513-518.[3] S. Console, A. Fino, Dolbeault cohomology of compact nilmanifolds, Transform. Groups 6 (2001), no. 2, 111-124.[4] L. A. Cordero, M. Fernandez, A. Gray, L. Ugarte, Compact nilmanifolds with nilpotent complex structures: Dolbeault cohomology, Trans. Amer. Math. Soc. 352 (2000), no. 12, 5405-5433.[5] R. M. Hain, The Hodge de Rham theory of relative Malcev completion, Ann. Sci. Ecole Norm. Sup. (4) 31 (1998), no. 1, 47-92.[6] K. Hasegawa, Minimal models of nilmanifolds, Proc. Amer. Math. Soc. 106 (1989), no. 1, 65-71.[7] K. Nomizu, On the cohomology of compact homogeneous spaces of nilpotent Lie groups, Ann. of Math. (2) 59, (1954). 531-538.[8] Y. Sakane, On compact complex parallelisable solvmanifolds. Osaka J. Math, 13 (1976), no. 1, 187-212.
審査要旨 要旨を表示する

糟谷久矢の博士論文の研究対象は,単連結な可解リー群の格子による商空間として表される,可解多様体の幾何学である.べき零多様体については,これまでにいくつかの重要な事実が知られていた.例えば,野水の定理により,べき零多様体のde Rhamコホモロジーが対応するリー環の双対空間の外積代数から計算されることが知られている.この結果はリー環の双対空間の外積代数が,Sullivanの極小モデルを与えることを示しており,この分野において基礎的な役割を果たすものである.

しかしながら,可解多様体に拡張すると,このような定理は,そのままの形では成り立たないことが知られている.糟谷久矢は,可解リー群の随伴表現の指標に対応した局所系に値をとる微分形式の空間のなす次数付き微分代数を考え,この代数のSullivanの極小モデルをあるベキ零リー環の外積代数として構成した.このべキ零リー環の構成には,可解リー群のある代数群への埋め込みが有効に用いられている.糟谷久矢は,この手法を用いて,これまで,べき零多様体について知られていた,さまざまな定理の可解多様体への一般化を与えることに成功した.とくに,可解多様体について,Sullivanの意味のフォーマリティ,強レフシェッツ性などにおいて画期的な成果を得た.フォーマリティについては,リー群をユークリッド空間の半直積として記述した場合の,群作用の言葉で必要十分条件を与えた.また,可解リー群の等質空間がシンプレクティック構造をもつとき,強レフシェッツ性が成立する必要十分条件を同様な形で与えた.さらに,可解多様体がコホモロジーに意味でシンプレクティックであるときに,実際にシンプレクティック多様体であることを証明した.可解多様体が複素数構造をもつときの,Dolbeaultコホモロジーの計算についても,有効な手法を開発した.このように,本論文で糟谷久矢は,べき零多様体に対して知られていた事実を,局所系に値をとる微分形式の空間のなす次数付き微分代数を導入することによって,可解多様体に拡張し,本質的に新しい結果を得た.

本論文は,可解多様体の幾何学について,新しい知見をもたらしたものであり,幾何学の分野に大きく貢献する.よって,論文提出者糟谷久矢は,博士数理科学の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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