学位論文要旨



No 129494
著者(漢字) 古場,一
著者(英字)
著者(カナ) コバ,ハジメ
標題(和) ナヴィエ・ストークス・ブジネスク型方程式の安定性
標題(洋) Stability of Navier-Stokes-Boussinesq Type Systems
報告番号 129494
報告番号 甲29494
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第409号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 准教授 齊藤,宣一
 東京大学 准教授 下村,明洋
内容要旨 要旨を表示する

概要

本研究では、ベキ非線形項や対流・移流項を含む一般的な非線形項を持つ空間非斉次ナヴィエ・ ストークス・ ブジネスク方程式の局所解や大域解の構成、エネルギーを持つ非線形方程式や線形方程式の安定性解析、大気や海洋などの地球流体の流れを支配する方程式の導出に関する考察を行った。熱の影響を考慮した流体の流れはブジネスク近似を用いて導出されたブジネスク方程式で支配されると考えられ、熱の影響を考慮した流体の流れを研究する上でブジネスク方程式が重要な役割を果たしている。また、大気や海洋は地球表面上の大規模流体であるので、地球の自転による回転の影響、成層や熱(重力、浮力) の影響を強く受けると考えられており、地球流体の流れは回転パラメータと成層パラメータ(浮力[重力] パラメータを含む) を含むブジネスク型方程式(地球流体方程式) で支配されていると考えられている。本論文では、流体の速度場、流体の温度(分布)、流体の圧力を未知関数としてそれらを連立した方程式をブジネスク型方程式(ナヴィエ・ストークス・ ブジネスク方程式) と呼び、通常のブジネスク方程式や地球流体方程式を含む空間非斉次ナヴィエ・ ストークス・ ブジネスク方程式の数学解析を行った。一般的に、非線形方程式の解の構成や解の安定性を示すために、もとの方程式を線形化した方程式の具体的な解の表示や解の評価が必要である。また、解の安定性や不安定性を調べるために、方程式の主要部となる線形作用素のレゾルベントやスペクトルの解析を行う必要がある。しかし、ブジネスク型方程式に現れる主となる線形作用素は一般的に自己共役作用素ではなく、さらに、方程式が複雑な構造を持っておりフーリエ変換等を用いて線形作用素を具体的に表示して解析することは非常に困難である。本論文では、方程式の構造とエネルギーから必要な評価を導出し、一般的な設定の下で解の構成や解の安定性解析を行った。この論文の手法を用いることにより多くのエネルギーを持つ非線形方程式や線形方程式の解の漸近安定性を示すことが可能となる。

本論文の内容は以下の4つで構成されている。

1. 一般的な非線形項を持つ空間非斉次ブジネスク型方程式の時間局所解の構成、エネルギーを持つブジネスク型方程式の時間大域的な解の構成と解の安定性解析(強解の構成と強解の非線形安定性解析)

2. エネルギーを持つ線形方程式の解の漸近安定性解析(解析(C(0-)) 半群の安定性解析)

3. 熱や成層の影響を考慮したエクマン境界層の非線形安定性解析(弱解の構成と弱解の非線形安定性解析)

4. 地球流体の流れを支配する方程式の導出に関する考察

第一章・ 空間非斉次ブジネスク型方程式の数学解析

本章ではベキ非線形項や対流・ 移流項を含む一般的な非線形項を持つ空間非斉次ブジネスク型方程式の解の構成と解の安定性(非線形安定性) について論ずる。具体的には、一般的な非線形項を持つ空間非斉次ブジネスク型方程式の時間局所解の構成、エネルギーを持つ一般的な非線形項を持つ空間非斉次ブジネスク型方程式の時間大域的な一意解の構成、その大域解の安定性解析を行う。この章で扱う非線形ブジネスク型方程式を線形化した方程式の解の具体的な表示やLp-Lq 型評価を得ることは非常に難しく、解の構成に必要な評価が導出できないという問題がある。その困難さを克服するために、方程式の構造に制限を加え、ヒルベルト空間上の半群理論、ストークス・ ラプラス作用素の性質を利用し必要な評価を導出して、局所解の構成を行った。さらに、非線形項と初期値に制限を課し、エネルギーと方程式の構造を利用し、時間大域的に一意な強解の構成を行った。また、主要部となる線形作用素に条件を課し、作用素の分数ベキ、最大L2-正則性理論、実補間理論などを用いて解の非線形安定性を調べた。

本章の結果は以下に要約される。

(i) 一般的な非線形項を含む空間非斉次ブジネスク型方程式は初期値がある程度の滑らかさを持ち、主要部となる線形作用素が解析半群を生成すれば、時間局所的な強解を持つ。

(ii) 方程式の解がエネルギー不等式を満たし、かつ、ベキ非線形項に制限を加えれば、初期値が十分小さい場合にはブジネスク型方程式は時間大域的な強解を持ち、かつ、一意である。

(iii) 加えて、主要部となる線形作用素が漸近安定するC(0-)半群を生成するならば、その時間大域的な解は漸近安定する。

応用

二章で扱われる線形安定性解析と本章の非線形安定性解析を組み合わせることで非圧縮性流体方程式や反応拡散方程式系の定常解を摂動とした非線形方程式の安定性解析が可能となる。具体的には、解の構造が具体的にわからなくても大きさを制限することで、小さな定常解の安定性を示すことが可能である。

第二章・ エネルギーを持つ流体方程式の線形安定性解析

本章では、エネルギーを持つ線形作用素の生成する半群の安定性についての研究を行う。ラプラス作用素やストークス作用素を主の線形作用素とする方程式の解は、領域や境界の条件に制限を加えればエネルギー不等式を満たし漸近安定することが知られている。また、全空間や半空間領域では解の具体的な表示を得ることができ解の評価やレゾルベントの解析が可能である。そのため、ラプラス作用素やストークス作用素が有界解析半群を生成することがわかり、解の漸近安定性を示すことは困難ではない。しかし、一般的に全空間や半空間領域における線形方程式は解の存在は示せても解の具体的な表示が得られないことが多い。本章では、解の具体的な表示が得にくい、つまり、レゾルベントの解析が困難な作用素を主要部とする方程式のエネルギー解の安定性について調べる。本章では、線形安定性を示すための抽象的ないくつかの手法とその応用について述べる。

本章の結果は以下に要約される。

解析(C(0-)) 半群を生成する線形作用素を主要部とする線形方程式の解は、エネルギー不等式を満たし、いくつかの技術的な条件を満たせば漸近安定である。

応用

本章では、よく知られている安定性解析の手法とそれを一般化した手法に加え、線形作用素とその共役作用素とエネルギー不等式を利用した安定性解析、接方向の微分演算子とエネルギー不等式を利用した安定性解析、作用素の最大Lp-正則性とエネルギー不等式を利用した安定性解析の三つの新しい安定解析の手法を紹介する。これらの手法を用いることにより多くのヒルベルト空間やL2-空間でエネルギー不等式を満たす線形方程式の解の安定性を示すことが可能である。本章では、変数粘性係数を持つストークス作用素、オセーン型作用素、ストークス・コリオリ・ オセーン型作用素、エクマン型作用素、ブジネスク型作用素を主要部とする線形方程式の解の漸近安定性を調べた。

第三章・ 熱や成層の影響を考慮したエクマン境界層の安定性解析

本章では熱や成層の影響を考慮したエクマン境界層(地球流体方程式のある定常解) の安定性について論じる。大気や海洋などの大規模なスケールの流体のことを総称して地球流体と呼ぶ。地球流体の流れは回転パラメータと成層パラメータ(浮力[重力] パラメータを含む) を含む速度場、温度(分布) と圧力との連立方程式であるブジネスク型方程式(地球流体方程式) で記述される。ここで、大気の流れを考えてみる。地面付近では摩擦等の影響があるため上層とは違う流れ(薄い層)ができると予想され実際に形成される。海洋でも同様な層が形成される。その層を地球流体力学ではエクマン境界層とよぶ。数学的にとらえれば、エクマン境界層とは回転の影響を考慮した流体方程式のある定常解のことである。これまで、熱の影響を考慮していないエクマン境界層(回転流体方程式の定常解) の数学解析が行われており、本章では重力の方向と回転軸の向きが違う場合における成層や熱の影響を考慮したエクマン境界層の構成、その安定性について論じる。本章では、地球流体方程式のエクマン型定常解を構成し、その定常解を摂動した非線形方程式の弱解の構成とその安定性を示す。さらに、弱解の一意性、強エネルギー不等式を満たす弱解の構成、弱解の滑らかさについても論じる。最大Lp-正則性、実補間理論、エネルギー不等式、軟化子を用いて強エネルギー不等式を満たす弱解の構成や非線形安定性の解析を行った。

本章の結果は以下の通りである。

地球流体方程式の係数(パラメータ)がエネルギー不等式を成立させる場合、熱や成層を考慮したエクマン型の定常解はL2 での意味で漸近安定である。より詳しく述べると、摂動を初期値とする時間無限大において減衰する弱解が少なくとも一つ存在するということである。さらに、時間が十分たてば構成した弱解が時間に関して滑らかな解になる。

第四章・ 地球流体の流れを支配する方程式の導出に関する考察

本章では地球流体の流れを支配する方程式の導出に関する考察を行う。本章では回転している球殻領域内の非圧縮性ナビエ・ ストークス方程式を基盤とし、数学的または物理的な仮定から三次元全空間領域に対応する回転・ 熱・ 成層の影響を考慮した地球流体方程式の形式的な導出を行う。この導出の過程から様々な条件下での流体方程式の導出や関係性が理解できる。

審査要旨 要旨を表示する

大気や海洋は地球表面上の大規模流体であるので、地球の自転による回転の影響、成層や熱(重力、浮力)の影響を強く受けると考えられている。流体の運動は非圧縮性粘性流体に対するナヴィエ・ストークス方程式を基礎とするが、これに熱の影響を考慮したブシネスク近似を用いて導出されたブシネスク方程式に回転を考慮したナヴィエ・ストークス-ブシネスク方程式(地球流体方程式)で記述されていると考えられている。この系には回転のパラメータと成層のパラメータ(浮力(重力)パラメータ)を含んでいる。

このような方程式系に対して零解をはじめとする定常解の安定性、不安定性を解析することは単に数学的問題というより、地球流体力学の根源的問題であり、数値計算をはじめさまざまな方法で研究されている。しかし、厳密に数学的意味での安定性を証明することは、方程式系の複雑さのために容易ではない。従来は回転の効果、成層の効果のどちらかの効果だけの問題のみ扱われ、これらの効果がすべて入っているモデルは、数学解析で取り扱われていなかった。

論文提出者はこの難問に対してその問題の本質を見出し、さまざまな安定性定理を確立した。特に半空間のエックマン層の安定性をレイノルズ数が小な場合に示すなど、従来の方法では証明できなかった状況に対して、安定性の厳密な証明を与えたのは画期的であった。

一般的に非線形方程式の解の安定性を示すには、元の方程式を線形化した方程式の具体的な解の表示や解の評価が必要である。また解の安定性を調べるためには、方程式の主要部となる線形作用素のスペクトル解析を行う必要がある。しかし、ブシネスク型方程式に現れる主となる線形作用素は一般には自己共役作用素ではなく、また全空間の問題であっても、線形作用素をフーリエ変換等を用いて具体的に表示して解析することは難しい。

本論文では、方程式の構造とエネルギー不等式から必要な評価を導出し、一般的な設定の下での初期値問題の解の構成やまた安定性を論じた。本論文の手法を用いることにより、エネルギー不等式を持つさまざまな非線形方程式や線形方程式の解の漸近安定性を示すことが可能になった。

本論文の内容は

1.一般的な非線形項を持つ空間非斉次ブシネスク型方程式の時間局所解の構成およびエネルギー不等式を満たすブシネスク型方程式の時間大域的な解の構成と、その解の安定性解析(強解(滑らかな解)の構成と強解の非線形安定性解析)

2.線形方程式のエネルギー不等式を満たす解の漸近安定性解析(解析C0半群の安定性解析)

3.熱や政争の影響を考慮したエクマン境界層の非線形安定性解析(弱解(滑らかかどうかわからない解)の構成と弱解の非線形安定性解析)

を主とし、さらに地球流体方程式モデルの導出についても触れている。

最初のテーマについては、初期値がある程度の滑らかさを持ち主要部となる線形作用素が解析半群を生成すれば、時間局所的な強解を持つことを示し、さらに初期値の小さくエネルギー不等式を満たせば時間大域的に一意な強解を持つことを示した。線形作用素が漸近安定なC0半群を生成すればその時間大域的解も漸近安定になることも示した。2番目のテーマで扱われる線形安定性解析と本非線形安定性解析を組み合わせることで、例えば非圧縮性流体方程式の定常解の安定性解析が可能となる。定常解の構造や、そこでの線形化作用素が具体的にわからなくても、小さな定常解の安定性を示すことが可能になる。

2番目のテーマに対しては解析半群を生成する線形作用素を主要部とする線形方程式の解はエネルギー不等式を満たせば技術的な仮定のもと漸近安定であることを示した。この線形安定性解析はよく知られている安定性解析の手法に加え、(i) 線形作用素とその共役線形作用素とエネルギー不等式を利用した安定性解析、(ii) 接方向の微分演算子とエネルギー不等式を利用した安定性解析、(iii) 作用素の最大LP正則性とエネルギー不等式を利用した安定性解析、といった新しい3手法を確立した。変数粘性係数を持つストークス作用素、オセーン作用素、ストークス・コリオリ・オセーン型作用素、エクマン型作用素、ブシネスク型作用素を主部とする方程式の解の漸近安定性に対して応用が可能である。

3番目のテーマでは、地球流体方程式の係数(パラメータ)がエネルギー不等式を成立させる範囲であるとき、熱や成層を考慮したエクマン型定常解はL2の意味で漸近安定である。具体的には半空間で、エクマン層が任意の摂動を初期値とする時間無限大において減衰する弱解が少なくとも1つ存在することを示した。しかも時間が充分経過すればこの弱解が滑らかになることも示している。これらはナヴィエ・ストークス方程式の結果の自然な拡張である。論文提出者はヒルベルト空間を巧みに用い、他の手法では示せなかったり示すことが困難な問題に対して、解の安定性を示す手法を確立した。

このように柔軟で強力な安定性解析の手法を確立した論文提出者の古場一氏は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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