No | 129497 | |
著者(漢字) | 久本,智之 | |
著者(英字) | Tomoyuki,Hisamoto | |
著者(カナ) | ヒサモト,トモユキ | |
標題(和) | 線形系に対するベルグマン核の漸近解析とケーラー幾何への応用について | |
標題(洋) | Asymptotic analysis of Bergman kernels for linear series and its application to Kahler geometry | |
報告番号 | 129497 | |
報告番号 | 甲29497 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第412号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | コンパクトな複素多様体X上の函数論と言った場合,正則直線束Lの大域切断の空間H0(X,L)は最も基本的な対象である.テンソル冪を取ればR:=⊕∞κ=0H0(X,L(⊗κ))は環になり,Lが豊富なら実際この環からXが復元できる.Lの計量hを与えれば各κごとにHilbert空間H0(X,L(⊗κ))の再生核,すなわちBergman核が定義され,解析的にはこれらBergman核のκに対する漸近的な振る舞いを調べることが,切断環Rを調べることに相当する.さて,函数論では単なる正則函数だけではなく,例えば与えられた部分多様体においてどのような値を持つ正則函数が存在するかといった問題に興味があるし,また幾何学的な応用のためにも,このような条件付きの正則函数を求めることが重要である.今の場合これはRの次数付き部分環 を考えることに相当している.従って,一般の次数付き部分環に対しBergman核を定義し,それらの漸近的な振る舞いを調べることが必要である.本論文のPart1(論文[8]に相当)では次数付き部分環に対するBergman核の漸近解析を考察し,その結果として,次数付き部分環の体積と呼ばれる不変量 を平衡化計量 の曲率カレントΘhwによって解析的に表示する公式を得る.定義より平衡化計量はBergman核函数の極限であることに注意する.hwが有界な範囲ではウェッジ積Θnhwを取ることができ,hwが非有界な範囲では測度ゼロになるよう一意的に拡張できる. Theorem1.Wを次数付き部分代数とし,十分割り切れる自然数κに対し付随する写像X→PW*κが像の上への双有理写像になっていると仮定する.このとき, が成り立つ. これは[4],[2]がW=Rの場合に示した結果の一般化になっている.次数付き部分環の場合は,[11],[12],[6]らが代数的な側面から研究を行った.Bergman核を用いた解析的な側面からの研究は我々が初めて行ったが,そこでは彼らの代数的な結果を本質的に用いる. 本論文の主要な部分はPart2(論文[10]に相当)である.ここでは,このような次数付き部分環に対するBergman核の漸近解析を,実際に定スカラー曲率Kahler計量の存在問題に応用する. 以下(X,L)を偏極多様体とする.同変的なC*作用を持つ偏曲多様体の平坦族(χ,ι)→Cが(χ1,ι1)=(X,L)を満たすとき,(X,L)のテスト配位と呼ぶ.このデータをしばしばΤで表す.このとき,各自然数kに対してC*作用に関する固有分解をH0(χ0,L(⊗κ)0)=⊕Vλとおけば,漸近展開 が成り立つ.係数F1はDonaldson-二木不変量と呼ばれ,非自明なテスト配位に対し常にF1<0となるとき(X,L)はK-安定であると言う.K安定性は幾何学的不変式論における安定性の一種である.ベクトル束に対する小林-Hitchin対応の類似として,(X,L)のK-安定性は定スカラー曲率Kahler計量(スカラー曲率Sωが平均値Sと各点で一致するようなXのKahler計量ωで,Lの第一Chern類に属するもの)の存在と同値であると考えられている.実際,Donaldson([5])は次の不等式を証明した. 左辺はいわゆるCalabiの汎関数である.∥Τ∥∈R≧0はDonaldsonによって導入された不変量で,漸近展開 によって定義される.上の不等式から特に,定スカラー曲率Kahler計量が存在すればF1≦0,すなわち(X,L)がK半安定であることが従う. ここまで,固有値λの平均(モーメント)が一貫して重要な役割を果たしていた.本論文ではさらに固有値λの分布(スペクトル測度) を調べる.δλはλを中心とするデルタ函数である.ポイントとなるのは,テスト配位が与えられたとき,各λ∈Rに対し次のように次数付き線形系 が対応するという事実である. ここでsはιの有理型切断で,C*作用について不変になるようにs∈H0(X,L⊗κ)をχまで拡張したものである.ちょうどR = ⊕∞(k=0) H0(X,L(⊗k))が(X,L)を復元したようにWλ,κはΤを復元し,λは退化の様子を記述する変数である.実際,体積vol(Wλ)のλに関するLebesgue-Stieltjes測度dvol(Wλ)は を満たす.ここまでは代数的な公式に過ぎない.そこで右辺にTheorem1を適用するのである.λに関するLegendre変換によって平衡化計量はKahler計量の空間の測地線と結びつけられ,Duistermatt-Heckman型の測度が現れる.次がPart2の主結果である. Theorem2.Kahler計量の空間の(弱い意味での)測地線で,始点を指定したとき(χ,ι)から自然に定まるものをωtと書く([13],[14]参照).各t∈[0,∞)に対しωtはLの第一Chern類に属する(退化した)Kahler計量である.測地線の接ベクトルωtはX上の実数値関数を与える.このとき,R上の測度としての収束 が成り立つ. 特に右辺はt及び始点ω0に依らない.t→∞とすることはXを中心ファイバーχ0に退化させることに対応し,C*のχ0への作用が定めるDuistermatt-Heckman測度に相当するものが得られる.この定理ははじめ[15]によって予想された.固定点0∈C上の作用から特性形式が決まるという意味で一種の同変指数定理であり,実際中心ファイバーχ0が滑らかでXと同型な場合は[1]の同変Chern-Weil理論から主張は従う.しかし一般にはχ0は非常に特異的であり,χ0の上で直接Duistermatt-Heckman測度を定義することさえ難しい. 両辺の二次モーメントを取れば直ちに,ノルム∥Τ∥の解析的な特徴付けを得る. Theorem3.∥Τ∥はテスト配位に付随する測地線の接ベクトルのL2ノルム と一致する. 上の結果を用いると,Donaldsonの不等式に変分法的な解釈を与えることができる.さらに一般のLP-ノルムに対応する不変量∥Τ∥pも定義できるようになり,この∥Τ∥pに対してもDonaldson型の不等式が成り立つことが期待できる.実際Fano多様体の場合は[3]の結果と組み合わせることで次が示せた. Theorem4.XをFano多様体,ωを第一Chern類に属するKahler計量とする.関数hを,Ric(ω) -ω =√-1/2π ∂∂hを満たすものとして取り,∫X(eh - 1)ωn/n! = 0が成り立つよう正規化しておく.このとき,1/p+1/q=1を満たす任意の指数1≦p,q≦∞に対し不等式 が成り立つ. 次数付き線形系のBergman核の解析を定スカラー曲率Kahler計量の問題に応用するアプローチはそれ自身新しいものであり,今後さらに研究される余地があると思われる.また,他の様々な幾何学的問題にも応用が期待できる.実際,我々はPart3(論文[7]に相当)で,Xがより大きな多様体Yに閉部分多様体として埋め込まれている場合に,Yまで拡張できる切断が成す次数付き部分環を定義し,対応するBergman核の漸近解析を詳しく調べた.この場合は切断の拡張問題と結びつき興味深い.Part4(論文[9]に相当)ではここから発展して,計量の拡張問題への応用を考察する. | |
審査要旨 | 久本君の研究テーマは修士のころから一貫して, 複素多様体上の正則直線束やその巾から得られるベルグマン(Bergman) 核の研究とその代数幾何や微分幾何への応用です. 正則直線束およびその巾の切断の全体は自然に環になります. 以下Section ring と言います.多様体と直線束の(エルミート) 計量を指定すると, 切断の空間にL2 計量が入り, それに関する正規直交基底の絶対値の二乗和としてベルグマン核が定義されます. 直線束の各巾に対して同じ構成を行うことでベルグマン核の列が得られます. この列で巾をどんどん上げていったときの漸近挙動から直線束や多様体の不変量を取り出すことができます. 切断全体ではなく, Section ring の次数付き部分環に対しても同様な構成・考察ができますが,部分環は様々な幾何学的な設定, 条件, 要請により自然に現れ, 適用できる範囲が格段に広がります. 久本君の学位論文の主要結果は二つあります. まず一般の次数付き部分環の大きさを表わす量であるvolume(体積), これは純粋に代数(幾何) 的に定義される量ですが, これをベルグマン核の列の極限が定めるエルミート計量の曲率(から得られる測度) の積分として表示しました. 次にこの結果を定スカラー曲率ケーラー計量の存在問題に応用しました.スカラー曲率とその平均値とのずれを計る, いわゆるカラビ汎関数というのがありまして,ドナルトソンはカラビ汎関数を二木不変量を用いて下から評価する不等式を示して、定スカラー曲率ケーラー計量が存在すればその偏極多様体が適当な意味で安定であることを示しました. その二木不変量にかかる係数は, これまたいわゆるテスト配置において, 切断の空間のC* 作用に関する固有値の分布の様子から定まる代数的な量です. 久本君はこの係数が, テスト配置に付随したケーラー計量全体のなす空間内の測地線の接ベクトルのL2 ノルムに一致することを示しました. 一つのポイントはテスト配置が与えられると, 各固有値ごとに次数付き部分環が付随していて, 次数付き部分環のvolume の変化の様子が,固有値の分布の様子を記述しているということです. ここで前述の久本君の一般的な定理が力を発揮して, ドナルトソンの評価の幾何的(変分法的)な解釈を与えることに成功しました. 以上のように久本君の研究成果は, ベルグマン核の解析という基礎に基づいて、代数幾何や微分幾何への独創的な応用を与える優れたものであり, よって, 論文提出者久本智之君は, 博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. | |
UTokyo Repositoryリンク |