学位論文要旨



No 129499
著者(漢字) 松家,敬介
著者(英字)
著者(カナ) マツヤ,ケイスケ
標題(和) 微分方程式の解の特徴を保った離散化及び超離散化
標題(洋) Discretization and ultradiscretization of differential equations preserving characters of their solutions
報告番号 129499
報告番号 甲29499
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第414号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 准教授 稲葉,寿
 東京大学 准教授 WILLOX,RALPH
 東京大学 准教授 齊藤,宣一
内容要旨 要旨を表示する

微分方程式の離散化及び超離散化を行った.離散化は微分方程式から, あるパラメータに関する極限で元の微分方程式が得られる差分方程式を得る操作である.本稿では半線形熱方程式及び半線形波動方程式の離散化の手法を一つ提案した.また, 超離散化とは差分方程式に対して変数変換及び極限をとることで得られる加法とmax によって記述される方程式を得る操作である.超離散化を行って得られた方程式のうち, その解としてセルオートマトンを与えるものが知られている.離散化や超離散化して得られた方程式の解は元の微分方程式の解の性質を保存している場合がある.ソリトン方程式等の可積分な方程式に対してこういった離散化や超離散化が調べられてきたが, 今回は可積分でない方程式に対して, 離散化及び超離散化を行い, 得られた差分方程式の解が元の微分方程式の解と類似した性質をもつことを示した.具体的には三つの偏微分方程式もしくは方程式系に対して離散化, 超離散化を行い, 得られた方程式もしくは方程式系を調べた.

一つ目は, 非線形項がべき乗の形をした, 爆発解をもつ半線形熱方程式である.この偏微分方程式のDirichlet問題に対して, 初期条件を十分に小さく取ると解の爆発が起こらないことが知られている.この偏微分方程式を離散化することで得られた偏差分方程式に対して差分方程式にとっての解の爆発を定義し, 元の偏微分方程式のDirichlet 問題を考えたときに得られる結果と類似した結果が得られた.

二つ目は, 非線形項がべき乗の形をした, 爆発解をもつ半線形波動方程式である.この偏微分方程式が爆発解をもつ十分条件に関する結果が知られている.離散化して得られた偏差分方程式に対して爆発解を定義し,元の偏微分方程式と類似する結果が得られた.

三つ目は, Gray-Scott モデルと呼ばれる2 種類の物質による反応拡散系である.この偏微分方程式系は方程式系に含まれるパラーメータと初期条件を変えることで様々な空間パターンが得られる.この方程式系を離散化及び超離散化することで微分方程式に対して知られていた空間パターンの類似物を得た.特に超離散化して得られた方程式は, シェルピンスキーギャスケットを与えるエレメンタリーセルオートマトンのルール90を解にもつことが分かった.

審査要旨 要旨を表示する

松家敬介氏の学位論文は,偏微分方程式の解の特徴を保存する離散化および超離散化に関する一連の成果を記述したものである.論文の前半は,爆発解を保存する離散方程式を研究テーマとし,後半ではGray-Scottモデルの解のパターンを保存した離散化および超離散化を取り扱っている.

半線形熱方程式は藤田方程式とも呼ばれ,無限に広がった領域では非線形項のべき指数に臨界値が存在し,指数がその値以下では自明でない任意の非負な初期条件に対して有限時間内で解は爆発し,その値を越えると有限時間内での爆発を生じない非負の初期値が存在するという古典的な結果(藤田の定理)がある.すぐにわかることだが,単純な前進差分や中心差分による離散化では,解の爆発は生じず,爆発解を保つ離散化はかなり非自明な問題である.松家氏は,修士論文において臨界値の存在も含めてまったく同じ振る舞いをする離散半線形方程式を提出した.論文の前半部分は,この結果を,ディリクレ境界条件のついた半線形熱方程式と,無限領域での半線形波動方程式に拡張したものである.どちらの場合にも,提案した離散偏差分方程式系は,偏微分方程式系の解と全く同じ爆発の様相を見せることを証明している.特に,離散波動方程式に関しては,類似の結果はほとんどなく興味深い内容である.これらによって,松家氏の離散化手法が爆発解を持つ偏微分方程式の差分化に普遍的な有用性を持つことを確立したことは,高く評価できると考えられる.

論文の後半では,パラメータの値によって,自己増殖解など様々なパターンを示すGray-Scottモデルの解を保存した離散化と超離散化(セルオートマトン化)に取り組んだ.Gray-Scottモデルは典型的な反応拡散方程式であり,これまでに非常に多くの研究がなされ,現在も続けられている.大規模な数値シミュレーションにより,パラメータの変化によって様々な非自明なパターンを生成することが知られており,その分岐構造についての解析的な研究も行われている.数値シミュレーションは近似的な差分方程式を用いて行われるが,あくまで偏微分方程式の解の探求が重要視され,これまで,十分大きな差分間隔においては,パターンを保存する離散化は行われていない.むろん,超離散化も行われていない.また,解のパターンを保存したまま,差分化しさらに超離散化を行うことはSIR模型などの連立常微分方程式ではいくつか例があるが,非可積分偏微分方程式系ではこれまでに全く例がない.これに対して松家氏は,Gray-Scottモデルを連続極限で含む,非常に巧妙な偏差分方程式系を構成し,適切なパラメータ領域において,偏微分方程式系が示す解のパターンはカオスパターンを除いてすべて再現することを示した.この結果から,偏微分方程式で観測されたカオスパターンは,数値計算上の不安定性であり本質的なものではない可能性が予想されている.さらに,パラメータの自然な極限操作によってセルオートマトンが構成し,自己増殖パターンが,Elementary Cellular Automaton (ECA) のルール90に対応することを示した.ECAルール90は,典型的なフラクタル構造であるシェルピンスキーの三角形を生じる自己相似パターンを持ち,偏微分方程式の解のパターンと明確に対応していることがわかる.これは,これまで無限次元可積分方程式系を中心に行われてきた超離散系研究にとって,非可積分系への拡張の重要な一歩であり,その功績はたいへん大きい.

以上のように,この学位論文は,非可積分な非線形離散方程式分野において,重要な貢献をするものと考えられる.よって,論文提出者松家敬介は博士(数理科学) の学位を受けるに十分な資格があるものと認める.

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