学位論文要旨



No 129500
著者(漢字) 三浦,真人
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,マコト
標題(和) 日比トーリック多様体とミラー対称性
標題(洋) Hibi toric varieties and mirror symmetry
報告番号 129500
報告番号 甲29500
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第415号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 細野,忍
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 准教授 加藤,晃史
 東京大学 准教授 高木,寛通
内容要旨 要旨を表示する

日比トーリック多様体とは有限半順序集合から定まる特殊な射影トーリック多様体である. 本論文では, この日比トーリック多様体の性質を組合せ論を用いて記述し, そのミラー対称性への応用を与えた. 主要な関心は, ゴレンシュタイン日比トーリック多様体の一般的な超曲面完全交叉に退化するような, ピカール数1 の滑らかな複素3 次元カラビ・ヤウ多様体のミラー対称性である. そのようなカラビ・ヤウ多様体の例として, 後述するΣ(19) と(G(2; 5)2) のミラー対称性を調べた.

1 背景

複素3次元カラビ・ヤウ多様体の具体例に対してミラー多様体を構成し,これを調べていくという研究は,より一般的なミラー構成を目指す幾つかのプログラムとともに,ミラー対称性の研究の発展・深化に大きく貢献してきた.理論物理の共形場理論との関わりから最初に発見された5次超曲面カラビ・ヤウ多様体とそのミラー多様体[GP]は,現在でもミラー対称性の最も基本的な具体例として様々な方面からの研究を先導している.射影空間やゴレンシュタイン重み付き射影空間,およびそれらの直積の超曲面完全交叉カラビ・ヤウ多様体がこれに続く例である.さらにバチレフ・ボリゾフによってミラー多様体が構成されたゴレンシュタイン・トーリック・ファノ多様体の超曲面[Bat]および超曲面完全交叉[Bor]カラビ・ヤウ多様体は,ミラー双対に関して閉じたクラスとして非常に豊富な例を含むものであった.

現在,バチレフ・ボリゾフの例を超えた辺境に,新たなミラー対称性の具体例を求めようという幾つかの試みがあり,本論文の研究はその流れを汲むものである.特に,コニフォルド転移を用いたミラー構成法[BCFKvS1]は,まだ予想の段階ではあるが,グラスマン多様体やA型旗多様体[BCFKvS2]の超曲面完全交叉カラビ・ヤウ多様体,4次元ゴレンシュタイン・トーリック・ファノ多様体の端末的超曲面カラビ・ヤウ多様体の変形非特異化[BK]などに対してもミラー対称性の議論を可能にした系統的な構成法である.この範囲で新たに登場する例として,グラスマン多様体G(2,7)の超平面完全交叉カラビ・ヤウ多様体G(2,7)(17)があり,非自明なフーリエ・向井パートナーを持つ3次元カラビ・ヤウ多様体のうち最初にミラー多様体が構成された例として大きな関心を呼んだ([Rφd],[HK]等).

2一般論からの準備

第1章では,日比トーリック多様体の性質を組合せ論を用いて記述した.有限半順序集合Pに対して,順序多面体と呼ばれる|P|次元の整凸単面体Δ(P)が以下のように定義される.

Δ(P):={χ=(χu)u∈P|0≦χu≦χu≦1 fou all u<u∈P}

日比トーリック多様体の射影結合(projective join)はまた日比トーリック多様体であり,日比トーリック多様体の不変部分多様体もまた日比トーリック多様体である.これらはいずれも有限半順序集合の組合せ論を用いて記述され,特異集合にもまた有限半順序集合の言葉を用いた特徴付けが与えられる.特に,有限半順序集合Pが純粋(pure)なとき,日比トーリック多様体PΔ(P)はゴレンシュタイン・トーリック・ファノ多様体となり,従ってその超曲面完全交叉カラビ・ヤウ多様体に対してはバチレフ・ボリゾフによるミラー構成が適用可能になる.

第2章では,トーリック退化の一般論とゴンシューラ・ラクシュミバイによる日比トーリック多様体へのトーリック退化の理論を説明した.特に,ミナスキュール・シューベルト多様体が日比トーリック多様体に退化すること,ゴンシューラ・ラクシュミバイ退化を持つ射影多様体の射影結合もまた日比トーリック多様体に退化することの2点が重要である.

第3章では,ゴレンシュタイン日比トーリック多様体の一般的な超曲面完全交叉に退化するような,ピカール数1の滑らかな3次元カラビ・ヤウ多様体のミラー対称性を議論した.このクラスのカラビ・ヤウ多様体に対しては先述したコニフォルド転移を用いたミラー構成法(予想)が適用可能になる.この構成は滑らかなミラー多様体の存在まで保証するものではないが,ミラー多様体と双有理同値であると期待される,代数的トーラスまたはトーリック多様体内の超曲面完全交叉の族を与えており,ミラー対称性の議論が可能になる.例えば,この族の主周期(fundamental period)に対しては,有限半順序集合の組合せ論を用いた級数公式が得られる.

3ミナスキュール・シューベルト多様体の超曲面完全交叉

第4章では,ミナスキュール・シューベルト多様体の超曲面完全交叉カラビ・ヤウ多様体のミラー対称性を議論した.ミナスキュール・シューベルト多様体はグラスマン・シューベルト多様体を筆頭とする性質の良いシューベルト多様体のクラスであり,その幾何的な性質の多くはヤング図の拡張であるミナスキュール半順序集合という有限半順序集合の組合せ論を用いて記述される.

4.5節では,この組合せ論とトーリック退化(2章)を用い,ミナスキュール・シューベルト多様体の超曲面完全交叉となる滑らかな3次元カラビ・ヤウ多様体の変形同値類を全てリストし,ケイリー平面OP2の,あるシューベルト多様体Σに含まれる新しい例Σ(19)を見つけた.

4.6節では,Σ(19)を例として,ゴレンシュタイン日比トーリック多様体の一般的な超曲面完全交叉に退化するような,ピカール数1の滑らかな3次元カラビ・ヤウ多様体に対し,コニフォルド転移を用いて位相不変量を計算する手続きを与えた.結果得られたΣ(19)の位相不変量はミラー対称性から期待されるものと一致するものであった.

4.7節において,Σ(19)のミラー対称性を議論し,ピカール・フックス方程式のモノドロミーの計算や高次種数インスタントン数の計算から,Σ(19)が先述のG(2,7)(17)と同様に非自明なフーリエ・向井パートナーを持つことが強く示唆される結果を得た.

4グラスマン多様体2つの完全交叉

第5章では,一般の位置にあるいくつかの射影多様体の完全交叉が射影結合の超平面完全交叉と見なせる,という事実に着目しトーリック退化(2章)と合わせて,2つのグラスマン多様体G(2,5)⊂P9の完全交叉カラビ・ヤウ多様体(G(2,5)2)のミラー対称性が議論できることを述べた.この例のピカール・フックス方程式には,同じ(G(2,5)2)の幾何に由来する2つの最大幂等モノドロミー点があり,主周期は量子レフシェッツ公式[Kim]の拡張の存在を示唆するような表式を持つ.

[Bat] V. V. Batyrev, Dual polyhedra and mirror symmetry for Calabi-Yau hypersurfaces in toric varieties. J. Algebraic Geom. 3 (1994), no.3, 493-535.[BCFKvS1] V. V. Batyrev, I. Ciocan-Fontanine, B. Kim and D. van Straten, Conifold transitions and mirror symmetry for Calabi-Yau complete intersections in Grassmannians. Nuclear Phys. B 514 (1998), no.3, 640-666.[BCFKvS2] V. V. Batyrev, I. Ciocan-Fontanine, B. Kim and D. van Straten, Mirror symmetry and toric degenerations of partial flag manifolds. Acta Math. 184 (2000), no.1, 1-39.[BK] V. V. Batyrev and M. Kreuzer, Constructing new Calabi-Yau 3-folds and their mirrors via conifold transitions. Adv. Theor. Math. Phys. 14 (2010), no.3, 879-898.[Bor] L. A. Borisov, Towards the mirror symmetry for Calabi-Yau complete intersections in Gorenstein toric Fano varieties. alg-geom/9310001.[GL] N. Gonciulea and V. Lakshmibai, Degenerations of flag and Schubert varieties to toric varieties. Transform. Groups 1 (1996), no.3, 215-248.[GP] B. Greene and M. Plesser, Duality In Calabi-Yau Moduli Space. Nucl. Phys. B338(1990), 15-37.[HK] S. Hosono and Y. Konishi, Higher genus Gromov-Witten invariants of the Grass mannian, and the Pfaffian Calabi-Yau 3-folds. Adv. Theor. Math. Phys. 13 (2009), no.2, 463-495.[Kim] B. Kim, Quantum hyperplane section theorem for homogeneous spaces. Acta Math. 183 (1999), no.1, 71-99.[Rod] E. A. Rodland, The Pfaffian Calabi-Yau, its mirror, and their link to the Grass mannian G(2, 7). Compositio Math. 122 (2000), no.2, 135-149.
審査要旨 要旨を表示する

複素3次元カラビヤウ多様体は,ミラー対と呼ばれる対を成して現れることが広く観察されていて,ミラー対称性と呼ばれている.このようなミラー対の構成は,トーリックファノ多様体の中で完全交叉として実現されるカラビヤウ多様体の場合には,バティレフ・ボリソフ ミラー構成法と呼ばれる一般的構成法が知られている.これを一般化するものとして,(半)単純リー群Gの等質空間G/Pの中で完全交叉として実現されるカラビヤウ多様体のクラスがあり,この場合には等質空間のトーリック退化を考えてバティレフ・ボリソフ ミラー構成を適用する手法が有効であることが知られている.

特に,minusculeと呼ばれる等質空間の場合には,シューベルトサイクルの集合に自然な分配束の構造が入り,バーコフの定理によって,有限半順序集合が導入される.有限半順序集合の各元を変数とし,元の間の順序を不等号に置き換えると多面体が定義される.この多面体が定めるトーリック多様体は日比トーリック多様体と呼ばれその特異点の構造などの研究がなされている.

提出論文では,minuscule等質空間G/Pの中の完全交叉型カラビヤウ多様体のトーリック多様体について,トーリック退化に基づくミラー対の構成が議論され,特に日比トーリック多様体の組み合わせ論的性質に基づく系統的な考察が与えられた.さらに,シューベルトサイクルの中で完全交叉を考えるという視点が新たに導入されている.その結果,次の主結果が報告された:

1.Minuscule等質空間の一つとして,例外型リー群E6から構成されるケーリー平面がある.この等質空間の1つの12次元シューベルトサイクルを用いて,これまでに構成されていなかった新しい複素3次元カラビヤウ多様体を構成し,それのホッジ数などの不変量を決定した.さらに,minuscule 等質空間とそのシューベルトサイクルを用いて構成する複素3次元カラビヤウ多様体は,既知の11例の他にこの新しい1例の合計12例で本質的に尽きることを示した.

2.新たに見つかったカラビヤウ多様体について,日比トーリック多様体のトーリック退化を考察し,ミラー対の構成がなされた.その結果,この新たに見つかったカラビヤウ多様体は双有理ではないが,導来同値である別のカラビヤウ多様体と,フーリエ・向井対と呼ばれるミラー対とは別の対を持つであろう,という予想が観察された.

3.新たに見つかった複素3次元カラビヤウ多様体について,ミラー対をなすカラビヤウ多様体の周期積分を考察することによって,グロモフウィッテン不変量の計算が種数5まで行われた.

4.多面体の世界で存在するjoinと呼ばれる演算が,トーリック退化を経由して射影幾何学におけるjoinに対応することを観察し,G/Pのjoin の中で完全交叉を考えられることを指摘し,その一例が報告された.

Minuscule等質空間のトーリック退化と,それに基づく完全交叉型カラビヤウ多様体のミラー対の構成に,日比トーリック多様体という視点を導入して統一的な記述を行った点,また,その視点に立ってシューベルトサイクルで完全交叉を考えるという新しい視点が得られたことは論文提出者の独自のアイデアであると認められた.さらに,論文提出者によって新たに見つけられた1例は,先行して発見され研究が進んでいる別の2例に類似するものと認められ,興味深いものと判定された.さらに,論文提出者は,日比トーリック多様体の幾何学の組み合わせ論記述法と,それを用いたカラビヤウ多様体の構成,不変量の決定法,またグロモフウィッテン不変量の計算手法にも精通していることが認められた.

以上の審査の結果、論文提出者は、数理科学に関し、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な学識をもつものと認め、審査委員全員により合格と判定した。

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