学位論文要旨



No 129510
著者(漢字) 中西,佑太
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ユウタ
標題(和) 傾斜平板に衝突する適正膨張噴流から発生する音響現象に関する実験的研究
標題(洋) Experimental Study on Acoustics from a Correctly-Expanded Jet Impinging on an Inclined Flat Plate
報告番号 129510
報告番号 甲29510
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第855号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岡本,光司
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 小紫,公也
 東京大学 教授 渡辺,紀徳
 東京大学 准教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

衝突噴流から発生する音響現象は,ロケットや垂直離発着機の運用時に見られる現象である.特にロケットの打上げ時には,排気プルームと火炎偏向板の干渉により強大な圧力波が発生するが,この圧力波がペイロードを加振し破損する可能性が指摘されている.しかし,衝突噴流による音響現象は,発生メカニズム等に不明確な点が多く残されており,十分な精度での音響予測は困難である.そのため,衝突噴流自身がもたらす音響現象の理解と発生メカニズムの解明が求められている.そこで本研究では,斜め平板への衝突噴流を対象に実験を行い,そこで発生する音響現象の理解と発生メカニズムの解明を試みることを目的とする.

2.実験装置

本研究における一連の実験は東京大学柏キャンパスの極超音速高エンタルピー風洞(以下,柏風洞)において行われる.図1に実験装置を示す.衝突噴流から発生する音響現象の物理メカニズムに着目するため,現象を単純化してM j = 1.8の適正膨張噴流を噴流軸に対して傾けた平板に衝突させた.平板はその傾斜角をθ( plate) = 22.5, 45, 67.5 [deg] と変化させられる.ノズルには出口径D = 20 [mm]であり,噴流軸上のノズル出口から衝突板までの距離は5Dと定めた.また座標系を図1(b) のように定め,ノズル軸と衝突板の交点を衝突点とする.実験では1/4"コンデンサダイヤフラムマイクロホンによる音響計測,シュリーレン法による可視化と非定常圧力センサによる衝突板上の圧力変動計測を実施した.

3.噴流計測とその検証

本研究において実験を行った柏風洞は,これまでに詳細な噴流騒音の計測に供されてこなかった.そこで,衝突板を設置しない自由噴流騒音を計測し,他の研究機関において計測されたデータと比較することで,本研究の計測データの妥当性を検証した.

柏風洞を含めた実験系の機器騒音とマイクロホンの周波数特性から,妥当な計測周波数帯は200 Hz以上40,000 Hz以下と確認された.これに対応する周波数帯で,本研究のデータと他の研究機関によるデータを図2に比較する.図2より本研究のデータは他のものに対して最大5 dB程度の差で良好に一致していることが確認される.これにより,本研究の音響データは定量的にも妥当なものとして議論できることが示された.

4.衝突噴流から発生する音響現象とその特徴

まず,衝突噴流場において発生する音響現象について概要とその特徴を探った.

実験により取得したシュリーレン画像を図3に示す.図3から2種類の波動現象の伝播が認められる.一方は細かい波面が複合したような形状の圧力波(図3 (a))であり,他方は比較的明確な波面を持った圧力波(図3 (b))である.これらはそれぞれ衝突板を基準として,概ね90 deg方向と30 deg方向に伝播している.

音響計測の結果として,図3にoverallでの音圧分布を示す.これより,衝突噴流がもたらす音響現象は,特徴的な指向性を2方向へもつことがわかる.これらも噴流軸を基準とすると,一方は概ね90 deg方向(図2 (a))に,他方は概ね30 deg方向(図2 (b))に指向性をもっている.これは図3の圧力波の伝播方向に対応しており,両者には密接な関係性があると判断される.

これらの指向性をもつ音響現象の性質を具体的に探るため,衝突板上方空間の各点で計測した音響データをスペクトルにより考察した.その結果,90 deg指向性の音響現象が伝播する方向では,1,000 Hz以下と4,000 Hz以上の周波数帯において,衝突噴流の音圧値は自由噴流の場合よりも卓越したものとなっており,10,000 ~ 40,000 Hzで最も高いピークを与える.また衝突点を中心として等方的に伝播するような性質が見られた.一方で30 deg指向性の音響現象が伝播する方向では,全周波数帯に亘って,衝突噴流の音圧値が自由噴流の場合よりも卓越し,4,000 ~ 7,000 Hzで最も高いピークを与える.また,衝突点からの距離によってスペクトル形状の変化が見られた.これらのことから,2つの指向性をもつ音響現象は異なる性質を有し,その音源の性質も異なる可能性が示唆された.

5.音響現象発生源の絞り込み

衝突板傾斜角を変化させて同様の計測を行い,各音響現象をもたらす流れ現象の絞り込みを行った.傾斜角をθ( plate) = 22.5 [deg] とした場合,シュリーレン画像,オーバーオール値の音圧分布ともにθ' = 90 [deg] 方向の指向性は十分に確認されず,θ' = 30 [deg] 方向の指向性のみが確認された.90 deg方向の指向性は,特定の周波数で弱く現れるのみで,音響スペクトルの音圧値も小さくなっていた.これは,自由噴流から衝突現象を経て壁噴流へと移行する際の転向角が小さいために,衝突による音響現象の発生が弱まったためと考えられる.しかし,衝突噴流による音場の性質は衝突板を基準とした角度θ' を用いると,衝突板傾斜角θ( plate) = 45 [deg] の場合も含めて整理できることが明らかとなった.その結果,90 deg方向の音響現象の発生は衝突板傾斜角に依存しており,噴流が衝突する作用によって生じるものであり,30 deg方向の音響現象は衝突板傾斜角に関わらず発生し,壁噴流のマッハ波によって生じるものと推察される.

90 deg音響現象について,可視化画像に現れる圧力波挙動を追うことにより,音響現象の伝播の様子を確認し,その発生の起点となる位置について絞り込みを行った.高速度カメラで取得した可視化連続化像の輝度値を解析して,圧力波の位相分布を求めたものが図6である.位相分布中の位相の繰り返し部から,圧力波は衝突板上1.0 < x'/D < 2.0の領域を中心として放射状に伝播していることがわかり,この領域において音源となる現象が生じているものと考えられる.

さらに,音源となる現象が衝突板上にも影響を与えていると考え,衝突板上の圧力変動を確認した.衝突板上圧力の平均値及びRMS値には,2つのピークを有する分布が見られた(図7).このピーク部における圧力変動スペクトルを確認すると,4,000 Hzと10,000 Hzに特徴的なピークが見られた(図8). 10,000 Hzは90 deg音響現象に特徴的な周波数だが,このピークが観察される領域は上で絞り込まれた領域とは異なっており,音源となる現象は直接的には衝突板上の圧力変動に影響を与えないことが確認された.

6.結言

東京大学 柏キャンパス 極超音速高エンタルピー風洞において,自由噴流騒音と衝突噴流騒音について一連の計測実験を実施することにより,以下の結論を得た.

出口径D = 20[mm] のconvergent-divergentノズルからM j = 1.8の適正膨張超音速噴流を5D離れた傾斜平板に衝突させた際に発生する音響現象を議論して,2種類の音響現象の存在を見出し,それぞれの特徴を明確にした.さらに,これらの特徴に基づいて,衝突板傾斜角をパラメータとした実験結果を議論し,音源領域の絞り込みと音源現象の糸口を示した.

(a) Photograph of experimental setup

(b) Schematic of experimental setup and coordinate

Fig. 1 Overview of experimental setup

Fig. 2 Comparison of 1/3 octave band sound pressure levelfree jet noise of present research and other

Fig. 3 Schlieren photograph of M j = 1.8 supersonic jet impinging on an inclined plate

Fig.4 Distribution of overall sound pressure level at impinging jet field

Fig.5 Distribution of overall sound pressure level for θ (plate) = 22.5 [deg]

Fig. 6 Phase contours near the impinging point calculated from Schlieren photographs

Fig. 7 Distributions of wall pressure For θ (plate) = 45 [deg]

Fig. 8 Narrow band pressure level of fluctuation on impinging plate

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「傾斜平板に衝突する適正膨張噴流から発生する音響現象に関する実験的研究(Experimental Study on Acoustics from a Correctly-Expanded Jet Impinging on an Inclined Flat Plate)」と題し,超音速噴流が斜め平板に衝突する際に生じる音響現象を詳細に観察し,その音響的な特性と発生要因について議論したもので,全5章から構成される.

第1章は「緒言」であり,ロケット打ち上げ時に生じる問題の一つとして,ロケット排気と火炎偏向板の干渉によって強力な音響圧力波が生じ,これによってペイロードが加振・破壊される可能性があることを取り上げ,この流動音響場の理解が不可欠であることを指摘している.そして,従来の衝突噴流音響場に関する研究を紹介した上で,対象となる流動音響場に関しては未だ理解が充分ではなく,特に実験データの取得・解析が期待されており,これを研究目的とすることを述べている.

第2章「実験装置及び方法」では,本研究で使用した実験装置,計測手法,及びデータ解析手法について述べている.

第3章「音響計測の検証」では,本実験を行った「東京大学柏キャンパス極超音速高エンタルピー風洞」における音響計測の信頼性について議論している.本設備において,これまでに音響計測実験を行ったことが無かったことから,実験室内の音響特性を様々な条件下において計測し,その信頼性について詳細に述べている.まずスピーカーを用いた音響場計測を行い,その逆二乗特性を議論した.その結果,特に風洞設備に近い位置を除いて,周波数4kHz以上の周波数帯において充分精度良く計測できることを確認した.次に亜音速噴流を用いた音響計測実験を行い,他の風洞設備において計測された結果と比較検討したところ,噴流速度M>0.7かつ周波数200Hz以上の周波数帯において,その結果が精度良く一致することを確認した.最後に,本実験で用いる超音速ノズルを用いた実験を行い,噴流内部の流速分布が想定している条件(マッハ1.8,適正膨張)を満たしていること,及び発生する音響スペクトルが過去の文献に掲載されているものと最大誤差5dB程度で一致していることを確認した.

第4章「衝突噴流騒音」では,マッハ1.8の超音速噴流を斜め平板に衝突させ,そこから生じる流れ場と音響場を計測・議論を行っている.まずシュリーレン法による可視化とマイクロホン音響計測により,対象となる流れ場から生じる音響現象は2種類存在することを指摘した.一方は平板に対して30度前後の指向性を持ち,計測周波数帯域全体に渡って音圧増加が観測されたのに対し,他方は平板に垂直方向の指向性を持ち,700Hz以下及び4kHz以上の周波数帯域のみに音圧増加が観測された.以上のことから,これらの音響現象は異なる発生機構を有すると結論付けた.次に平板角度を変えた実験を行い,2つの音響現象がそれぞれ,平板上の流れ及び噴流の衝突そのものに強く関わっていることを明らかにした.次に,可視化によって得られた動画に対して周波数解析を施し,その周波数と位相を考察し,その伝播過程と音源位置について議論した.その結果,平板上に形成される衝撃波(Plate Shock)の振動周波数は主に5kHz付近であるのに対し,音響現象として特徴が現れるのは10-20kHzとなっており,周波数の点で異なる特徴が観察された.また,平板上壁静圧の非定常計測結果と比較検討したところ,壁静圧では4kHzと10kHzにおいて特徴的な変動が観測されたものの,音響現象とは位置関係の点で結び付けられず,また平板上衝撃波とは振動周波数が異なっており,いずれも直接関連が見出せない現象が現れていることを指摘した.

第5章は「結言」であり,本研究の成果を総括している.

以上要するに,本論文は,斜め平板に衝突する超音速噴流から生じる音響現象について,実験的な手法を用いてその現象を詳細に観察し,それぞれの音響現象の特徴を明らかにした上で,それらの原因となる流動現象について議論考察したものである.この現象は,緒言で述べたロケット打ち上げ時の音響問題だけでなく,物体の冷却や不純物除去など,様々な状況で見られる現象であり,本論文で得られた知見は先端エネルギー工学,特に航空宇宙工学に貢献するところが大きい.よって本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる.

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