学位論文要旨



No 129512
著者(漢字) 金子,雄太
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,ユウタ
標題(和) 簡略電磁流体系における特異現象の挙動解析 : 正準ハミルトン力学構造とその数値計算への応用
標題(洋) Singular phenomena in reduced magnetohydrodynamics system : Canonical Hamiltonian structure and its application to numerical simulation
報告番号 129512
報告番号 甲29512
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第857号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 千葉大学 教授 松元,亮治
 東京大学 特任准教授 Volponi,Francesco
内容要旨 要旨を表示する

1 Introduction

第1章では研究内容につながる基礎的な概念をまとめている。本研究の中心テーマは、正準力学系の枠組みを用いて2次元非圧縮流体方程式、とりわけ簡略電磁流体力学(RMHD) における解の特異性の存在の有無を調べることである。本論文における特異性とは、非常に速い、指数関数以上の解の成長を意味する。

RMHD では局所化した強い電流シートが生成されることが知られており、これは太陽フレアといった爆発を伴う自然現象とも密接に関連している。電流シートの詳細な構造を調べることが、こうした複雑な自然現象を理解することにつながる。関連する先行研究としては、Syrovatskii [1] が磁場のX 点付近に形成される電流シートがその両端で爆発することを示した。また、Biskamp [2]は磁場のX 点近傍が双曲型の関数で近似できるとして、電流シートの成長率は指数関数程度という結論を得た。ただし、この解釈には疑問が残る。指数関数は任意関数の積分を含んでおり、この関数が非常に速い成長率を持てば、指数関数以上の成長率を持つ解も許される。

後半では有限次元のハミルトン力学系の枠組みを議論した。有限次元においては、ダルブーの定理によって、非正準のハミルトン力学系は正準系に変換できることが知られている。正準系に変換する方法はまだ完全に確立されてはいないが、本論文中で述べるクレプシュ変数を用いれば、RMHD を正準系の枠組みで表現することができる。

2 Hamiltonian Mechanics of Fluids and Plasmas

第2章では本論への橋渡しとして、無限次元におけるハミルトン力学系について議論している。プラズマの流体方程式の導入を行った後、非正準のハミルトン力学系の枠組みで、流体方程式を整理した。非正準系におけるRMHD 方程式は以下に与えられる。

ここでU は渦度、H はハミルトニアン、ψは磁束関数である。J (U;ψ) は反対称作用素を表す。∂U と∂ψ は汎関数微分である。このように表現された力学系においては、次の重要な保存量であるカシミール不変量が存在する。

h はψの任意関数である。h の取り方によって、カシミール不変量は無限に存在する。元来、これらのカシミール不変量は安定性解析に用いられてきた。カシミール不変量をハミルトニアンに加えても系の運動は変わらないことから、系の平衡状態は無限に多様化することがわかる。

3 Canonicalized Mechanics of Fluids and Plasmas

我々は非圧縮性流体の系をクレプシュ変数[3] を用いて正準化した。中性流体の場合はこの定式化はよく知られているが、電磁流体の場合は先行研究として[4] があるものの、どのような定式化が可能か定かではなかった。本研究で我々は渦度と磁束関数を次のように変数変換することで系が正準系に変換されることを見出した。

[, ] は[A,B] = ∂xA∂yB - ∂yA∂xB で定義される。またaとβ は実数である。Q, P はクレプシュ変数と呼ばれる。(5) 式の前者の変換の場合は系は次の正準系に帰着する。

後者の変換の場合は

と変換される。尚、これらの正準方程式において

はシンプレクティック作用素である。

4 Numerical Method

導出した方程式の解の性質を調べるため、離散フーリエ空間上の流体方程式を導いた。数値計算法としては、解の成長が速い場面を想定するため、精度の高いスペクトル法を採用している。そのため、離散フーリエ空間における正準系のモデルと非線形項を計算する手順について本章では述べた。非線形項はその計算を実空間上で行うよう離散化した。

5 Numerical Experiments

離散化した方程式の数値実験を行った。擬スペクトル法を用い、空間自由度は10242、時間ステップはΔt = 10(-4) とした。時間発展は4次精度のRunge-Kutta 法で計算した。本章の前半では、主に数値解析プログラムのベンチマークについて述べている。先行研究の結果を再現することで、今回作成したプログラムコードが正しく動作することを確かめた。クレプシュ変数で表現された正準系の数値計算は前例がないため、初期条件を通常のRMHD のものと合わせ、正しく動作することを確かめた。始めに、対称性を有する次の初期条件を選び、電流密度のピーキングを調べる数値計算を行った。

結果として、電流密度や渦度は指数関数的に変化していることがわかった。電流密度の成長率を図示したものがFig.1 の右図である。縦軸は自然対数でスケールしてあり、この図で直線的な変化は指数関数的な成長を意味する。最小二乗法によるフィッティングからFig.1 におけるRMHD の電流密度の成長は∞e(15.48t), Euler の電流密度の成長は∞ e(16.86t) 程度と決定された。次に非対称な場を初期条件に選び、同じく数値計算を行ったが、同様の指数関数的な成長が観測された。最後に

正準系を壊す電気抵抗を入れて数値計算を行った。ここでは、次の方程式系を用いた。

R1,R2 を含む項が電気抵抗を表す。初期条件は磁気島が初期に二つ存在する状況を想定した。本研究では、この電気抵抗の選び方によって、解(電流密度の勾配)の振る舞いが大きく違ってくることを指摘した。数値計算ではR1 = 5 × 10(-3) と固定し、R2 を変化させて解の変化を追った。結果として、R2 がR1 より大きいときは、電流シートの厚みが極端に薄くなり、電流密度が急激に増加することがわかった。Fig.2 に磁気島の合体の過程で生成される電流シートの分布、電流密度の勾配の絶対値の時間変化を示す。非常に薄い層状の電流シートが形成されて、大きな電流密度の勾配が生じていることがわかる。

6 Local Analysis

(6) 式でa = 2; β = 1 とした非線形性の強い正準系を用いて、電流シートの局所解析を行った。結果として、磁場は有限であるが、電流密度が有限時間で爆発する局所解を得ることができた。中性流体の場合は、(6) 式の右辺の相互作用がないため、こうした爆発は起こらない。有限時間の解の爆発には電磁力の存在が重要であることがわかった。

7 Concluding Remarks

本研究では、簡略電磁流体系において、クレプシュ変数を用いて正準ハミルトン力学系の構築と、その数値計算への応用を行った。2 次元オイラー方程式では単一の表現しかないが、RMHD の場合は無限の表現が存在する。正準系の中には、クロスヘリシティといったカシミール不変量が零固定されるクラスがあり、また、クレプシュ変数が非常に速い成長を示す解のクラスもある。正準系の局所解析から、有限時間で爆発するRMHD の局所解を得ることができた。

[1] Syrovatskii, S. I., Formation of current sheets in a plasma with a frozen-in strong magnetic field, Sov. Phys. JETP 33, 933 (1971).[2] D. Biskamp, Magnetic Reconnection in Plasmas (Cambridge University Press, Cambridge,2000), p. 46-47.[3] A. Clebsch,Uber die Integration der hydrodynamischen Gleichungen, J. Reine Angew.Math. 56, 1-10 (1859).[4] P.J. Morrison and R.D. Hazeltine, Hamiltonian formulation of reduced magnetohydrodynamics,Phys. Fluids 27(4), 886-897 (1984).

Fig.1. Left: Distributions of the current density in a canonical RMHD system at time t = 0:35. Right:Maximum values of the current density in a semi-logscale.

Fig.2. Left: Current sheet formation in the coalescence at time t = 1:0. Right: Maximum values of the current density.

審査要旨 要旨を表示する

プラズマの巨視的運動を記述するモデルである電磁流体力学(MHD)方程式は、その基本構造において流体力学のオイラー方程式と類似している。これらの方程式は、数学的に極めて難解な非線形偏微分方程式であり、一般的な条件下では解の存在すら証明されていない。その困難は、流れ場の渦度(あるいは磁場の渦度である電流密度)が局所的に増幅され発散する可能性があることによる。ただし2次元体系のオイラー方程式については正則な解の存在が証明されており、有限時間で渦度が発散することはない。上記のようにMHD方程式はオイラー方程式と類似性があるが、2次元のMHD方程式(簡略MHD方程式;以下RMHDという)に関しては、オイラー方程式より強い非線形効果で局所的な電流密度の特異性が生じる可能性がある。RMHDを用いた様々な数値実験でも、局所化した強い電流シートが生成されることが知られており、これは太陽フレアなどの爆発的なプラズマ現象の原因として関心を集めている。本研究では、RMHD方程式を正準ハミルトン形式に書くことで、その数学的構造を2次元のオイラー方程式と比較しやすくし、またその定式化に基づいた数値シミュレーション手法(シンプレクティック手法)を開発して高精度の数値実験を行い、解の挙動を調べている。さらに局所解析の手法を用いて特異性の芽となる局所構造を明らかにする試みを行っている。論文は七つの章で構成され、各章は以下の内容を記述している。

第1章は序論にあてられている。プラズマや中性流体のモデル、とりわけRMHDにおける解の特異性の問題について、その数学的背景および物理的重要性について俯瞰している。また、有限次元のハミルトン力学系の枠組みを紹介し、次章で述べる無限次元ハミルトン力学系の理論への導入としている。

第2章では、無限次元におけるハミルトン力学系について解説している。流体やプラズマは無限の自由度をもつため、無限次元位相空間(関数空間)で定式化される。プラズマの流体モデルが非正準のハミルトン力学系となることを述べ、また関連する流体モデルを整理している。

第3章では、非圧縮ベクトル場をクレプシュ変数で表現し、非正準ハミルトン力学系の部分系として正準ハミルトン力学系を導いている。これは、位相空間全体をポアッソン多様体と見たとき、その局所部分空間をシンプレクティック多様体として葉層化することに相当する。クレプシュ変数による正準形式は、2次元オイラー方程式では単一の表現しかないが、RMHDの場合は無限の表現が存在することを示している。

第4章では、数値計算に応用するために、正準ハミルトン方程式をフーリエ空間上の方程式に変換している。非線形項は座標空間へ逆変換して評価する擬スペクトル法を採用し、コード化を行っている。

第5章では、離散化した正準ハミルトン方程式を用いて行った数値実験について記述している。時間発展は4次精度のルンゲ・クッタ法を用いている。本章の前半では、主に数値解析プログラムのベンチマークについて述べている。先行研究の結果を再現することで、本研究で開発したプログラムコードが正しく動作することを確認している。RMHDの正準ハミルトン形式を用いた数値実験では、電流密度や渦度が指数関数的に変化することを示している。一方、正準変数には更に強い特異性があり、これらをかけあわせて物理量を構成するとき、特異性がキャンセルする傾向をもつことを発見している。散逸を加えて正準変数のバランスを崩すと、物理量の特異性が強まることを示している。この数値実験は、非線形系の特異性に迫る新しい観点を提示している。

第6章では、正準ハミルトン方程式を用いて、電流シートの構造に着目した局所解析を行ない、電流密度が有限時間で爆発する局所近似解を求めている。この近似解の挙動は数値実験で見られた局所的構造の形成を説明している。

第7章では、本論文における研究成果を結論としてまとめている。

以上を要するに、本論文は、プラズマの巨視的運動を記述する簡略MHDモデルについて、電流シート形成などの特異的挙動を解析するために、正準ハミルトニアン形式を定式化し、理論および数値シミュレーションによって、解の挙動を厳密に解析したものである。この成果は、宇宙・天体現象の理解のための礎となるのみならず、核融合エネルギー開発研究におけるプラズマの制御技術にも応用できる知見を与えることから、先端エネルギー工学、特にプラズマ物理学に資するところが大きい。

なお、本論文の第3章および第6章の成果は、吉田善章氏との共同研究によるものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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