学位論文要旨



No 129513
著者(漢字) 川面,洋平
著者(英字)
著者(カナ) カワヅラ,ヨウヘイ
標題(和) 傾圧効果による渦生成と熱的乱流駆動によって生じるプラズマの大規模構造
標題(洋) Large Scale Structures in Plasma Created by Baroclinic Vorticity Generation and Thermal Excitation of Turbulence
報告番号 129513
報告番号 甲29513
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第858号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 岡野,邦彦
 東京大学 准教授 伊藤,伸泰
 東京大学 特任准教授 Volponi,Francesco
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

プラズマにおける非線形現象は核融合エネルギー開発のみならず,様々な複雑系に生じる物理現象の理解の上で重要である.非線形現象の中でも特に自己組織化と言われる大規模構造の発現が注目されている.プラズマの中に生じるコヒーレントな"渦構造"は核融合装置においてはzonal flowやstreamerとして観測されプラズマの閉じ込めに重大な影響をおよぼす.本研究ではプラズマの渦構造における傾圧効果による渦生成に注目した.傾圧効果は力学的な渦の生成とは異なり熱運動との結合が要請される点が特徴的である.高温プラズマは強い熱力学的非平衡状態なので傾圧効果による渦生成が大きな効果を持つ.本研究では系を流れる熱流から傾圧効果を通してプラズマがエネルギーを吸い上げ,マクロな流れを作り,熱流に対するインピーダンスを変えるというフィードバックサイクル(熱的駆動)を熱力学的視点と,ドリフト波乱流の具体的な解析から考察した.また熱力学的平衡に近い状態で傾圧効果が効かない場合でも相対論効果によって大規模な渦構造が生じることを示した.

2.熱的に駆動された自己組織化する乱流におけるエントロピー生成率

まず渦構造が生じるプラズマ乱流における抽象的な熱力学理論の構築を行った.以前提唱されたzonal flow型の自己組織化現象を記述する熱機関モデル[1]をstreamer型の自己組織化を記述するように拡張した.Zonal flow型は非線形インピーダンスが直列に,streamer型では並列に接続された回路をアナロジーとするように定式化がなされ,それぞれのモデルの解(動作点)をflux-driven条件とtemperature-driven条件の境界条件について求めた.得られた解はいずれの場合も温度或いは熱流が閾値を超えると非線形解に分岐することを示しており,熱力学的安定性の解析の結果,非線形解は常に安定であることを示した.それぞれの非線形解についてエントロピー生成率(EPR)を測ったところ, EPRは最大をとる場合と最小を取る場合が,自己組織化のタイプ(zonal flow型かstreamer型か)及びドライブの仕方(flux driveかtemperature driveか)によって双対的に変化することが分かった.

新しく導入した熱力学ポテンシャル関数Ψ(β),Φ(F)を用いてこの双対性を説明することができた.これらのポテンシャル関数はOnsagerの散逸関数の非線形拡張に相当している.線形系においてはdΨ(β)=dΦ(F)の関係が成立するのでEPRの微分はd(Fβ)=dΨ(β)+ dΦ(F)=2dΨ(β) となりEPRの極値=ポテンシャルの極値となるが,非線形系では最後の等式が成立しないのでEPRは変分の対象ではなくなる代わりにΦ(F)=max[Fβ-Ψ(β)] のように二つのポテンシャル関数の間のルジャンドル変換の母関数となることを示した.

最後にH-modeに特徴的に生じるヒステリシスについて考察した.上で用いたzonal flow型モデルではヒステリシスを記述することが出来なかったが,次のようにモデルを拡張することでヒステリシスの記述が可能となった.直列接続型モデルでは非線形インピーダンスZをマクロな流れを駆動するパワーPに比例すると仮定する,すなわちZ=η0+aPとしていたが比例係数がa(T)のように温度に依存することでヒステリシスが生じ得ることが分かった.ヒステリシスが生じる条件はa(T)が温度に関してある一定より大きい勾配を持つことであることも示した.最後にこの提言をAlcator C-ModにおけるL-H遷移の実験データを用いて確認することができた.

3.熱的に駆動されたドリフト波乱流における自己組織化

この章では第2章で定式化した抽象的な(メカニズムに依存しない)熱力学理論と具体的なメカニズムとの接続を行った.具体的なメカニズムとして核融合装置中の磁化されたプラズマにおける低周波の静電運動を記述するドリフト波を取り上げた.ドリフト波はHasegawa-Mima方程式[2]によって記述されるが,Hasegawa-Mima方程式は熱運動とは分離されているので,まず傾圧効果を含んだHasegawa-Mima方程式(BHM)の導出を行った.得られた方程式は

となった.φは静電ポテンシャルの摂動,sはエントロピーの摂動を示している.これまで多く行われてきたドリフト波の研究では規格化の都合上βが1になっていたが,本モデルでは(α,β)という2自由度がある.またこのモデルがハミルトン力学系をなしていることを示すことができた.

次にBHMの非線形数値計算を行った.まず多くのドリフト波乱流の先行研究と同様に境界条件としてDirichlet(孤立系)条件の計算を行った.パラメータ(α,β)が(1.0,1.0)のときと(0.21,1.6)の二つの場合の計算を行い,図1のように後者のときにzonal flowが発現することが分かった.またzonal flowの成長にともなって逆カスケードが生じていることが観測できた.このような(α,β)の値によってzonal flowが発現するという発見は本研究が初めてのことである.

次に孤立境界条件で系が熱力学的死に向かうようになるために摂動場から背景勾配へのフィードバックがかかるようにした.背景場+摂動場の勾配から改めて(α,β)を計算する.摂動の振幅が背景場と同程度になると背景場+摂動場から求めた勾配が減少し, (α,β)の値が減少し,傾圧効果によるドライブが減少することが分かった.その結果フィードバックのないときと比較してフィードバックのあるときでは終状態における摂動が大きく抑えられる.これによりさらに長時間の計算の後には熱的死へと向かうことが予想される.

最後に熱的ドライブを再現するために境界条件をDirichlet条件からランダムな強制振動条件に変更した.これにより境界においてエネルギーが流入出する.計算の結果,摂動場のフィードバックがあっても摂動の振幅はむしろ孤立境界条件より大きくなることがわかった.従って,境界からランダムな場(乱流)の相関として注入されたエネルギーからマクロな流れのエネルギーへの変換が有意に効いていることがわかった.また背景場+摂動場の温度勾配もより大きくなることが観測できた.従ってマクロな流れが熱力学的なインピーダンスを変化させていることもわかった.これらの結果により第1章で考えていた熱的駆動はドリフト波乱流においても大きくに機能することが示された.

4. 相対論的時空の歪による渦生成のシミュレーション

以上の章では熱核融合装置における高温プラズマの乱流を想定していた.そのようなプラズマでは熱力学的非平衡性が強く傾圧効果 ∇T×∇s が十分効いていると考えられる.しかし比較的熱力学的平衡に近い系においても渦構造が発現することが知られている.宇宙における銀河スケールの磁場がその例である.これは傾圧効果によって説明することができない.そこで最近Mahajan and Yoshida[3]によって提唱された相対論効果による渦生成のメカニズムを直接数値シミュレーションすることで,順圧的な系でも相対論効果によって大規模な渦構造が生じることを示した.数値計算は宇宙論パラメータにおける計算とレーザー実験に適当なパラメータについてそれぞれ行った.宇宙論パラメータでの計算は広大な空間スケール(10(14)cm)に対して短い計算時間(1s)であるので渦の生成は線形であると考えられる.図2は宇宙論パラメータを用いた計算で得られたエンストロフィ(渦の二乗の体積積分)を示していいる.図2(B)では相対論効果を人工的に除いている.すなわち図2(A)が相対論効果とショック近傍の傾圧効果による生成で図2(B)はショック近傍の傾圧効果のみであることを示している.相対論効果による渦生成は傾圧効果による生成の100倍程度であり,予想したように線形発展であることがわかる.また図3は生成された渦の強度分布で図3(B)は図3(A)の拡大である.ショック近傍に局所化した強い渦生成が観測されるが,その10分の1程度の渦がグローバルに存在している.これは相対論効果によって生成されたものである.従って順圧的であっても相対論効果によって大スケールの渦構造が生じる.また実験パラメータの計算の結果,10 fs程度の発展で数100Kgaussの磁場が生まれることが分かった.

[1] Z. Yoshida and S. M. Mahajan, Phys. Plasmas 15, 032307 (2008).[2] A. Hasegawa and K. Mima, Phys. Fluids 21, 1 (1978).[3] S. M. Mahajan and Z. Yoshida, Phys. Rev. Lett. 105, 095005 (2010).

(α,β)=(1.0,1.0)のときの静電ポテンシャル

(α,β)=(0.21,1.6)のときの静電ポテンシャル

図1

傾圧効果+相対論効果

傾圧効果のみ

図2

図3

審査要旨 要旨を表示する

プラズマに現れる複雑な運動の法則性や構造の特徴を理解することは、宇宙・天体現象を理解するための礎として重要である。また、天体のエネルギー生産メカニズムである核融合を利用しようという核融合エネルギー開発においても、プラズマの非線形現象の理解が中心的な課題となっている。とりわけ「渦」の大規模構造が注目されている。プラズマ中に自己組織化される「帯状流」や「ストリーマー」は、渦のコヒーレント構造であり、これがプラズマ中のエネルギー輸送に大きな影響をおよぼす。本研究は、プラズマの渦構造生成において基本的な働きをする傾圧効果に関して、その物理的な基礎づけ、数理的構造の解析、数値シミュレーションをもちいた現象論的特徴づけ、さらに宇宙論やその基礎実験における定量的評価を行い、「渦」の生成メカニズムについての理論に新しい見地を拓いている。論文は五つの章で構成され、各章は以下の内容を記述している。

第1章は序論にあてられている。プラズマ中に生じる渦構造に関する概説と、逆カスケードの概念を中心とした理論モデルを紹介している。続いて傾圧効果による渦生成について解説し、傾圧効果が存在しているときは乱流が熱運動と結合し、従来の力学的な乱流駆動とは異なった、熱的乱流駆動のフレームワークが重要となることを指摘している。

第2章では、プラズマ乱流と自己組織化した渦構造の関係について、抽象的な熱力学理論を展開している。 帯状流型とストリーマー型という二つの異なる渦構造を対比する熱機関モデルを定式化し、それぞれについて熱流束の境界条件と温度の境界条件を与えて解の分岐を調べている。いずれの場合も、熱流束あるいは温度が閾値を超えると渦構造の発現を意味する非線形解が分岐すること、またいずれにおいても非線形解が安定であることを示している。さらに、それぞれの非線形解についてエントロピー生成率を評価し、その最大・最小関係が双対的に変化することを示している。この双対性を、Onsagerの散逸関数を非線形に拡張した新たな熱力学ポテンシャル関数を導入することで説明している。次に、ヒステリシスについて考察している。帯状流モデルにおいて、乱流輸送効果を表わす係数に温度依存性がある場合にヒステリシスが生じる。その条件を、トカマク実験装置におけるL-H遷移の実験データと比較して、モデルの妥当性を示している。

第3章では、前章で構築した抽象的熱力学モデルに対して、メカニズムを具体化する試みがなされている。トカマクを想定して、強磁場中における低周波の静電プラズマ乱流(ドリフト波乱流)を取り上げている。ドリフト乱流波の先行研究と異なり、温度の勾配長と密度の勾配長の2つをパラメタとしている。この2つのパラメタに依存して帯状流が生じるか否かが変わることを発見している。また帯状流の成長にともなって乱流エネルギーの逆カスケードが生じていることを観測している。次に、境界から乱流によってエネルギーが流入出するように境界条件を変化させ、熱的乱流駆動条件をモデル化したシミュレーションを行っている。境界から注入されたエネルギーからマクロな渦構造へのエネルギー変換が起きていることが現象論的に証明されている。

第4章では、相対論効果によって生じる傾圧効果に注目し、相対論的プラズマにおける渦生成の数値シミュレーションを行なっている。相対論効果による時空の歪みは、熱力学的傾圧効果が弱いときでも強力に渦を発生させるメカニズムとして働き、初期宇宙における磁場の起源を説明できるとされている。初期宇宙(MeV era)のパラメタと、初期宇宙現象の模擬実験をめざすレーザー・プラズマ実験を想定したパラメタについて、それぞれのシミュレーション結果が示されている。初期宇宙のパラメタでの計算では、相対論効果は大きな空間スケールで有効に作用することを示している。また、実験パラメタのシミュレーションから、宇宙論的渦(磁場)生成の実験の可能性が示されている。

第5章では本論文における研究成果を結論としてまとめている。

以上を要するに、本論文は、プラズマにおける大規模渦構造の生成メカニズムについて理論と数値シミュレーションによって多角的に研究し、その核となる傾圧効果が核融合プラズマや宇宙プラズマといった非線形なマクロ開放系においてどのように機能するのかを明らかにしたものである。この成果は、宇宙・天体現象の理解のための礎となるのみならず、核融合エネルギー開発研究におけるプラズマの制御技術にも応用できる知見を与えることから、先端エネルギー工学、特にプラズマ物理学に資するところが大きい。

なお、本論文の第2章、第3章および第4章の成果は、吉田善章氏との共同研究によるものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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