学位論文要旨



No 129550
著者(漢字) 額賀,陽平
著者(英字)
著者(カナ) ヌカガ,ヨウヘイ
標題(和) オキサザホスホリジン法によるホスホロチオエートRNAの立体選択的合成
標題(洋)
報告番号 129550
報告番号 甲29550
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第895号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 泊,幸秀
 東京大学 准教授 鈴木,穣
 東京大学 准教授 富田,野乃
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

ホスホロチオエートRNA(PS-RNA)は、高いヌクレアーゼ耐性、細胞膜透過性や薬物動態の向上が期待できるため、siRNAなどのRNA型核酸医薬として最も有望視されている。一方、PS-RNAには、リン原子上にキラル中心が存在するため、絶対立体配置の異なる二つの立体異性体、Rp及びSp体が存在する。ごく最近の研究から、これらのジアステレオマー間では、相補的なRNAと形成する二重鎖の高次構造が大きく異なり、リン原子のキラリティーが生化学的性質、物理化学的性質に多大な影響を及ぼすことが明らかとなっている。この結果を踏まえると、Rp, Sp体のジアステレオマー間では、RNAi活性が大きく異なることが予想される。しかしながら、これまでにリン原子の立体を制御したPS-RNAの合成が達成されていないため、リン原子の絶対立体配置の違いがRNAi医薬としての機能に与える影響について解明されてない。そこで、本研究では、PS-RNAの立体選択的合成法を開発し、リン原子の立体を制御したPS結合をもつsiRNAの機能を評価することにより、実用的なRNAi医薬を開発することを目的とする。

【研究計画】

これまでに、当研究室では、PS-DNAの立体選択的合成法として開発されたオキサザホスホリジン法をPS-RNAの立体選択的合成に応用している。しかしながら、この合成法には、克服すべき問題点が存在する。それは、2'-水酸基の保護基として用いるTBDMS基(t-butyldimethylsilyl基)の立体障害により、モノマーユニットの反応性が対応する2'-デオキシリボヌクレオチド誘導体と比較して、著しく低く、縮合効率が悪いために、RNAi医薬として求められる20量体程度の4種類の核酸塩基を含んだPS-RNAオリゴマー合成が従来法では極めて困難であったことである。そこで、本研究では、2'-水酸基の新たな保護基として、立体障害が小さく、モノマーユニットの高い反応性が期待できる CEM基(2-cyanoethoxymethyl基)を用いて、1) 核酸医薬として求められる4種類の核酸塩基を含んだPS-RNAオリゴマーの立体選択的合成法を開発すること、2) PO/PSキメラsiRNAの立体選択的合成法を確立することを目指した。

【結果・考察】

1. ホスホロチオエートRNAオリゴマーの立体選択的合成

RNA2'-水酸基の保護基として、CEM基を有するオキサザホスホリジン型モノマーユニットが、PS-RNA オリゴマーの固相合成に適用できるのか検討した。固相合成の鎖長伸長反応サイクルは、Scheme 1に示す。まず、N-(cyanomethyl)pyrrolidinium triflate(CMPT)を酸性活性化剤として、ウリジル酸12量体[all-(Rp)-PS-U(12) (1a) 及び all-(Sp)-PS-U(12) (1b)]を固相合成した。その結果、極めて高い縮合反応効率及び、立体選択性で縮合反応が進行し、2'-O-CEM基を有するモノマーユニットは、対応する2'-デオキシリボヌクレオチド誘導体と同等の高い反応性を有することがわかった。(Table 1, entries 1-2)この結果を踏まえ次に、同じ縮合反応条件を用いて、4種類の核酸塩基を含んだ12量体[all-(Rp)-PS-(CAGU)3 (1c) and all-(Sp)-PS-(CAGU)3 (1d)]を固相合成したが、得られた平均縮合効率は、PS-RNAオリゴマー合成には不十分なものであった。(Table 1, entries 3-5)DMTr定量では、4種類のモノマーユニットの中で、特にシチジンモノマーの縮合反応効率が著しく低下していた。そこで、シチジンモノマーの反応性を向上させるため、より求核性の高い酸性活性化剤であるN-phenylimidazolium triflate(PhIMT)を用いて、PS-RNAオリゴマーの固相合成を行った。その結果、PhIMTによって、シチジンモノマーの反応性は大幅に向上し、目的とする12量体[all-(Rp)-PS-(CAGU)3 (1c) and all-(Sp)-PS- (CAGU)3 (1d)]を良好な縮合反応効率で合成することに

成功し、単離することができた。(Table 1, entries 6-7)しかしながら、PhIMTは、求核性の高い活性化剤であるため、繰り返しリン原子を求核攻撃することによって、モノマーユニットのエピマー化を引き起こし、立体選択性を低下させる可能性がある。そこで、PhIMTを用いたときに発現する立体選択性を、ウリジル酸2量体 [ (Rp)-UpsU (2a) and (Sp)-UpsU (2b)] を固相合成することにより評価した。RP-HPLCの保持時間からジアステレオマーを同定して立体選択性を見積もったところ、PhIMTを酸性活性化剤とした場合でも、(Rp)-2aの場合、 dr 98:2、(Sp)-2bの場合にdr >99:1で立体特異的に縮合反応が進行し、いずれの立体においても高い立体選択性で目的物が得られた。

2. PO/PS-キメラRNAオリゴマーの立体選択的合成

オキサザホスホリジン法と従来のRNA化学合成法であるホスホロアミダイト法を組み合わせることにより、任意のリン酸ジエステル結合に立体選択的にホスホロチオエート修飾を加えた、PO/PSキメラRNAオリゴマーの化学合成法を確立することを目指した。はじめに、ホスホロアミダイト法の酸化工程でPS結合の脱硫反応が起こるのか検討した。(Sp)-UpsU 2量体(2b)を合成した後、ホスホロ

アミダイト法で使用されるヨウ素溶液、tert-butyl hydroperoxide(TBHP)、(1S)-(+)-(8,8-dichlorocamphor-sulfonyl)oxaziridine(DCSO)のそれぞれの酸化剤を1時間、室温で反応させ、RP-HPLCにより、PS結合が脱硫した割合を見積もったところ、不斉補助基のアミノ基が遊離である場合、いずれの酸化条件下においても大幅に脱硫反応が進行したが、アミノ基をアシル化剤でキャップ化することにより、脱硫反応をほぼ抑制できることがわかった。そこで次に、Scheme 2の鎖長伸長サイクルに従い、核酸自動合成機で、オキサザホスホリジンモノマーまたは、アミダイトモノマーを用いて縮合反応を行い、オリゴマー中の1か所に立体選択的にホスホロチオエート修飾を加えたPO/PSキメラRNA21量体(3a-b, 4a-b)を固相合成した。目的の配列に合わせて鎖長伸長反応を繰り返し、固相合成した後、RNAオリゴマーをリンカーからの切り出し、保護基の脱保護を行い、立体化学的に純粋な目的物を単離することができた。(Table 2, entries 1-4)次に、単離精製したPO/PSキメラRNA21量体(3a-b, 4a-b)の生化学的性質を調べた。まず、PO/PSキメラRNA21量体(3a-b, 4a-b)をguide鎖、天然型RNA21量体をpassenger鎖としたsiRNAをそれぞれRNase溶液で処理したところ、Rp体(3a, 4a)とSp体(3b, 4b)の二つの立体異性体間でRNaseに対する安定性が異なるという結果が得られた。最後に、これらのsiRNAを乳がん細胞に導入して、立体選択的にホスホロチオエート修飾を加えたsiRNAの遺伝子制御効果をそれぞれ評価した。細胞に導入してから48時間後、いずれのsiRNAにおいても遺伝子制御効果を確認することができたが、Rp体とSp体の間で比較したとき、遺伝子制御効果の有意な差は得られなかった。このように、一か所の修飾では、立体異性体間でRNAi活性にほとんど差がないことから、今後は、ホスホロチオエート修飾を増やしたsiRNAで検討する予定である。

【結論】

本研究では、RNA2'-水酸基の保護基として、CEM基を導入したオキサザホスホリジン型モノマーユニットを用いることにより、4種類の核酸塩基を含んだPS-RNAオリゴマーの効率的な固相合成法を確立した。さらに、オキサザホスホリジン法と従来のRNA化学合成法と組み合わせることにより、任意の位置に修飾を加えたPO/PSキメラオリゴリボヌクレオシドの立体選択的合成を達成した。さらに、本合成法により固相合成した、オリゴマー中の1か所に立体選択的にホスホロチオエート修飾を加えたsiRNAの遺伝子制御効果をin vitroの実験系で評価した。

【発表論文】

Stereocontrolled Solid-Phase Synthesis of Phosphorothioate Oligoribonucleotides Using 2'-O-(2-Cyanoethoxymethyl)-Nucleoside 3'-O-Oxazaphospholidine Monomers.

Nukaga, Y., Yamada, K., Ogata, T., Oka, N., Wada, T. Journal of Organic Chemistry 2012, 77, 7913-22.

SCHEME 1. Synthetic Cycle for Stereoregulated PS-ORNs

TABLE 1. Stereocontrolled Solid-Phase Synthesis of PS-ORN 12mers

SCHEME 2. Synthetic Cycle for PO/PS Chimeric ORNs

TABLE 2. Stereocontrolled Solid-Phase Synthesis of PO/PS Chimeric ORNs

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、オキサザホスホリジン法によるホスホロチオエートRNAの立体選択的合成法の開発、オキサザホスホリジン法とホスホロアミダイト法を組み合わせたPO/PSキメラオリゴヌクレオチドの立体選択的合成法を開発及び塩基性条件下不安定な機能性核酸の合成を可能とするRNA2'水酸基の新規保護基の開発について述べたものであり、序論及び三章からなる本論より構成されている。

序論では、はじめにRNAi医薬の概要とこれに施される化学修飾の特徴とその意義について述べている。続いて、これまでの先行研究を踏まえ、ホスホロチオエートRNAの絶対立体配置の違いが医薬としての機能に及ぼす影響について論じ、本研究の合成標的である立体制御したホスホロチオエートRNAの重要性について説明している。最後に、ホスホロチオエートRNA及び、PO/PSキメラオリゴヌクレオチドの立体選択的な合成方法、RNA2'水酸基の保護基をそれぞれ列挙し、既存の合成法の課題点とともに、これらの課題を克服するための合成戦略を論じ、本研究の目的と意義を述べている。

第一章では、オキサザホスホリジン法によるホスホロチオエートRNAの立体選択的合成法の開発及び、立体制御したホスホロチオエートRNAの性質について述べている。RNA2'水酸基の保護基として、立体障害が小さい2-シアノエトキシメチル基(CEM基)を導入したオキサザホスホリジンモノマーを用いて、ホスホロチオエートRNAオリゴマーの立体選択的合成を行い、良好な縮合反応効率でウリジル酸12量を固相合成したことについて述べている。しかしながら、4種類の核酸塩基を含む12量体の固相合成では、シチジンモノマーの反応性が特異的に低下したため、縮合反応の酸活性化剤を検討し、N-シアノメチルピロリジニウムトリフラート(CMPT)よりも求核性が高い、強力な酸性活性化剤であるN-フェニルイミダゾリウムトリフラート(PhIMT)を用いることによって、ジアステレオ選択性をほぼ損なわずに、シチジンモノマーの反応性が大幅に向上することを明らかにしている。この結果を踏まえて、PhIMTを酸性活性化剤として、4種類の核酸塩基を含む12量体を核酸自動合成機で固相合成し、良好な縮合反応効率で12量体の合成を達成している。次に、立体制御したホスホロチオエートRNAと相補的な配列をもつ天然型RNAと形成するRNA二重鎖の Tm値を測定し、Rp体は、天然型RNAよりも安定な二重鎖を形成する(ΔTm = ca. +0.3 °C/修飾)のに対して、Sp体は、二重鎖を大きく不安定化する(ΔTm = ca. -1.0 °C/修飾)ことを明らかにしている。このように、リン原子の絶対立体配置の違いによって、RNA二重鎖の安定性が大きく異なることを示した。

第二章では、オキサザホスホリジン法とホスホロアミダイト法を組み合わせたPO/PSキメラオリゴヌクレオチドの立体選択的合成法を開発し、この手法により合成した立体制御したホスホロチオエート修飾を含むsiRNAのRNaseに対する安定性、RNAi活性を検討た結果について述べている。短鎖オリゴマーの合成で検討した鎖長伸長反応条件を用いて、オリゴマー中の1か所に立体選択的にホスホロチオエート修飾を加えたPO/PSキメラRNA 21量体を自動合成機で固相合成し、縮合反応をほぼ定量的に進行させ、RNAi活性の検討に十分な量のRNAオリゴマーを獲得することに成功している。精製したPO/PSキメラRNA 21量体をガイド鎖、天然型RNA 21量体をパッセンジャー鎖としたsiRNAのRNase耐性試験を行い、ホスホロチオエートRNAのRp体とSp体の立体異性体間で、RNaseに対する安定性が異なることを示した。次に、これらのsiRNAのRNAi活性を検討し、いずれの修飾体からも遺伝子制御効果が得られたが、Rp体とSp体で比較したとき、一か所の化学修飾では、RNAi活性に有意な差はないという結果を得ている。

第三章では、塩基性条件下不安定な機能性核酸の合成を可能とするRNA2'水酸基の新規保護基の開発について述べている。はじめに、ベンジルオキシメチル骨格の置換基を検討することによって、穏和な酸性条件下、脱保護できる保護基の開発を目指したが、ベンジルオキシメチル骨格を含む保護基は、酸性条件下において極めて安定であったため、RNA鎖の分解反応を伴わない穏和な条件で脱保護することは困難であることを述べている。一方、ベンジルオキシメチル骨格にメトキシ基を導入した4-メトキシベンジルオキシメチル基(MBOM基)は、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノベンゾキノン(DDQ)を用いた穏和な脱保護条件下で定量的に脱保護できることを示した。MBOM基は、DMTr基の脱保護条件下で安定であること、DDQによって定量的に脱保護できることから、RNAオリゴマー合成に適用できることを述べている。次に、ウリジル酸4量体を固相合成して脱保護条件を検討し、反応溶媒としてDDQの分解と伴わない非極性溶媒と有機酸の混合溶媒を用いることにより、定量的にMBOM基を脱保護することに成功している。さらに、本条件をウリジル酸10量体のオリゴマー合成に応用し、縮合時間1分という短時間で99%以上の縮合反応効率が得られ、MBOM基を導入したモノマーユニットは、極めて高い反応性を有していることを明らかにした。最後に、合成したウリジル酸10量体の脱保護条件を検討し、反応溶媒として非極性溶媒と有機酸の混合溶媒を用いることにより、MBOM基をほぼ定量的に脱保護し、目的とするオリゴマーを獲得することに成功し、本合成法がRNAオリゴマーの合成に適用可能であることを示している。

以上のように、本研究では、4種類の核酸塩基を含む長鎖のホスホロチオエートRNA及び、任意の位置に立体制御したホスホロチオエート結合を導入したPO/PSキメラオリゴヌクレオチドの立体選択的自動合成をはじめて達成し、本合成法が立体制御されたホスホロチオエートRNAの実用的な合成手法となることを示した。また、塩基性条件下不安定な機能性核酸の合成を可能とするRNA2'水酸基の新規保護基としてMBOM基を開発し、RNAオリゴマーの合成に応用できることを明らかにした。

これらの成果は、有機合成化学、核酸化学、医学、薬学などの諸分野の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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