学位論文要旨



No 129553
著者(漢字) 前田,雄介
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ユウスケ
標題(和) RNA二重鎖を認識するカチオン性人工ペプチドの合成
標題(洋)
報告番号 129553
報告番号 甲29553
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第898号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 鈴木,穣
 東京大学 准教授 富田,野乃
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

核酸医薬は疾病治療薬として有用だが、その中でも様々な疾病を標的としたRNAi医薬の研究が近年注目を集めている。RNAi医薬とは、RNA干渉を利用して標的mRNAと結合、分解することにより疾病関連タンパク質の発現を抑制する医薬品である。RNAi医薬は、塩基配列を認識するため選択性が高く、創薬開発期間が短いという利点を有する。しかし一方で、生体内での安定性や細胞膜透過性が低く、RNAi医薬単体では有効な活性を示さない。そのため、実用化に向け、標的細胞への効率的なドラッグデリバリーシステム (DDS) の確立が求められている。

RNAi医薬の本体はsiRNAと呼ばれる短鎖の二本鎖RNAであり、RNA二重鎖に結合しかつ、標的細胞へ輸送する機能を有する分子が創製出来れば、RNAi医薬のDDSへの利用が期待される。そこで当研究室では、RNA二重鎖に効率的に結合する分子の獲得を目指している。RNAは、骨格のリン酸基が規則的に配列した負電荷を有しているため、対応する部位に正電荷を有する化合物は、核酸と静電的相互作用により結合することが期待される。既に当研究室では先行研究としてRNA二重鎖に結合するオリゴジアミノ糖の合成に成功している。本研究では、固相合成法が確立しており、多量体の合成が簡便に行えるペプチド誘導体に着目した。更に、その様なペプチドに分子認識能を有するシグナルペプチドを連続して合成できることに加え、末端のビオチン化や蛍光基の導入など機能化が容易であり、RNAi医薬の輸送分子としての有用性が期待される。

本研究では、種々の骨格を有するカチオン性ペプチドを合成し、RNA二重鎖との結合能を比較、検討し、RNA二重鎖への結合において重要な構造を模索すること目的とした。正電荷をもつアミノ基又はグアニジル基を有するペプチドにおいて、官能基の間隔を制御することで、RNA二重鎖上のリン酸と相互作用に適した官能基の配置を検討した。また、主鎖及び側鎖の自由度を変化させるため、環状アミノ酸としてプロリン骨格に着目し、アミノプロリンを用いたペプチドを設計した。種々のカチオン性オリゴペプチドとRNAの相互作用比較から有効な相互作用を形成する構造を考察した。

【実験・結果と考察】

カチオン性人工ペプチド設計

官能基の配置と核酸二重鎖との相互作用の相関を検討するため、種々のアミノ酸を用いてペプチドを設計した (Fig. 1, 2)。まず、官能基間距離と相互作用の影響を検討するため、側鎖長の異なるジアミノプロピオン酸 (Dap), ジアミノブチル酸 (Dab), オルニチン (Orn), リジン (Lys) を用いて、異なるアミノ基間距離を有するペプチドを設計した。また、グアニジル基間距離を制御するため、側鎖長の異なるアミノグアニジルプロピオン酸 (Agp), アミノグアニジルブチル酸 (Agb), アルギニン (Arg) のオリゴマーを設計した。続いて、ペプチドの自由度と相互作用の影響に着目した。側鎖長による結合力の差は、官能基の自由度の差に起因すると考えられる。それに対して主鎖の自由度を増加させるため、Agp8に対して自由度の高いGlyを1, 2, 3ヶ所に挿入することで、主鎖の自由度を増大させたペプチド、Agp8G1, G2, G3を設計した。一方、ペプチドの自由度を制限するため、環状アミノ酸であるアミノプロリン (Amp)を導入したペプチドを設計した。更に、水素結合を形成することが知られているセリン (Ser) やアスパラギン (Asn) とAgpの交互配列を設計し、配列や官能基の組み合わせの影響に関して検討した。これらのペプチドと核酸との結合はペプチド核酸複合体の融解温度 (Tm) から評価した。

融解温度測定

・アミノ基間距離の検討

分子内のアミノ基間距離が異なるペプチド、Dap8, Dab8, Orn8, Lys8とRNAの複合体を形成させ、そのTmからRNAに対する結合能を評価した。ペプチド間でのTm値を比較したところ、側鎖長による有意な差が見られた (Fig. 3)。特に、Dab8, Orn8, Lys8を比較すると、側鎖長が短いほど熱安定性が高い傾向が見られ、Dab8において最も高いTm値が得られた。一方、ペプチドとDNA複合体を形成したところ、いずれのペプチドにおいてもTm値の上昇が見られなかった。これらの結果から、アミノ基提示ペプチドはRNA選択的に結合し、また官能基間距離を制御することにより親和力が向上することが明らかとなった。

・グアニジル基間距離の検討

続いて、リン酸とより強い相互作用を形成することが知られているグアニジル基を提示したペプチドとRNAとの結合能を比較した。アミノ基の場合と同様に側鎖長による有意な差が見られ (Fig. 4) 、側鎖長が短いほど高いTm値を示す傾向が見られた。しかし、アミノ基提示ペプチドとは異なり、最も側鎖長が短いAgp8において最も高いTm値を示した。以上の結果から、グアニジル基提示ペプチドにおいても、官能基間距離を制御することで親和力が向上することが示された。また、Dab8とAgp8を比較するとAgp8の方が8-9 ℃高いTm値を示すことから、正電荷をもつ官能基間でもRNAに対する結合力が大きく異なることが示唆された。

一方、 DNAとの複合体においては逆の傾向が見られ (Fig. 4)、グアニジル基間距離が長いほど高いTm値を示した。これは、DNAのリン酸基間距離がRNAのリン酸基間距離と比較して2倍以上長いため、側鎖長が長いほどリン酸との相互作用に有利であるためと考えられる。このことから、側鎖長を短くすることにより、リン酸と親和力が強いグアニジル基を提示したペプチドにおいてもRNA選択的に相互作用することが示された。

・自由度の検討

上記の結果より、ペプチド側鎖長を制御したことによる親和力への影響が見られた。これは、リン酸基の間隔と官能基の間隔が適合することによる親和力の変化だけではなく、ペプチド自身の自由度の影響が懸念される。そこで、ペプチドの自由度の影響を検討するため、主鎖の自由度を増大させた各Agp8G1, G2, G3とRNA複合体とのTm値を比較した。しかし、いずれのペプチドにおいても同程度の熱安定性が見られ、Glyを導入したことによる熱安定性の変化は見られなかった (Fig. 5)。

一方、アミノ基及びグアニジル基提示ペプチドにおいて、RNAに対して最も高いTmを示したDab8に対して1, 2ヶ所をAmpに置換したペプチドを合成した。それぞれRNAとの複合体を形成したところ、官能基によって異なる性質を示した。Dab8に対してAmpに置換したDab7Amp1, Dab6Amp2において、Amp導入によるTm値の減少が見られた(Fig. 5)。これは、主に側鎖のアミノ基が、直接環構造に提示されているために方向性が制御され、リン酸と有効に相互作用する位置を取れないためと考えている。

・交互配列

グアニジル基の配置や官能基の組み合わせについて検討するため、交互配列のペプチドを設計した。Agpに対し自由度の高いGly及びRNA結合タンパク質中でRNAのリン酸と水素結合することが知られている Ser, Asnとの交互配列、それぞれAgpG, AgpS, AgpNを設計した。RNAに対してAgp4が優位に熱安定性を向上させるのに対してAgpGはTm値の変化が見られなかった (Fig. 6)。この結果より、RNA二重鎖への結合において、Agpの連続した配列が重要な構造単位であることが示唆された。特に上記のAgp8G3においても極めて有効に熱安定性を向上させたことから、Agpの二量体の構造がRNAとの結合において重要な構造単位であることが推測される。一方AgpS, AgpNにおいてもRNAに対する熱安定性の向上が見られなかった。タンパク質中で水素結合を形成するSerやAsnにおいても、Agpとの組み合わせによる有効な相互作用を形成することができず、RNA結合分子の設計において正電荷の官能基の配置の重要性が示された。

等温滴定カロリメトリー (ITC) 測定

ペプチド-RNA間の相互作用の詳細な解析を行うため、等温滴定カロリメトリー (ITC) 測定を試みた。アミノ基及びグアニジル基を提示したペプチドにおいて最も高いTmを示したDab8, Agp8をそれぞれRNA, DNAに対して滴定した。しかし、相互作用を測定したところいずれの場合においても静電的相互作用による発熱を伴う相互作用だけではなく、脱水和や脱リン酸和による吸熱を伴う相互作用も観測され、熱力学的パラメータを算出できなかった。しかし、Dab8, Agp8はRNAに対して相互作用による熱量変化が観測できたのに対して、DNAに対しては熱量変化が見られず、RNA選択的に相互作用していることが示唆された。また、RNAのmajor grooveに結合するネオマイシンを用いて結合阻害実験を行った。過剰量のネオマイシン存在下で相互作用を測定したところ、いずれのペプチドにおいても相互作用の阻害が見られた。このことから、Dab8, Agp8はネオマイシンが結合するmajor grooveまたはその近傍に結合することが示唆された。

CDスペクトル測定

ペプチドの構造及びRNA, DNA-ペプチド複合体の二次構造を確認するためCDスペクトルを測定した。いずれのペプチドにおいてもランダムコイルを示すシグナルが得られ、二次構造による相互作用の差は生じないことが示唆された。続いて、RNA, DNA二重鎖にペプチドを添加した際のCDスペクトルを測定したところ、いずれの場合においても、ペプチドによる核酸二重鎖の構造変化は見られなかった。核酸の構造がペプチドの構造よりも安定であるため、相互作用による構造変化が見られなかったと考えられる。

【結論】

本研究では、非天然アミノ酸を用いて種々のオリゴカチオン性人工ペプチドを合成し、核酸二重鎖との結合を比較した。官能基間距離を制御することにより、RNAに対して選択的に結合するペプチドを獲得した。特に、Agpの連続した配列がRNA二重鎖への結合において極めて重要な構造であることが明らかとなった。本研究で設計したAgp8は、RNA二重鎖に結合する分子として有用であり、他の分子との連結によりRNAi医薬のDDSへの活用が期待される。

【発表状況】

Maeda, Y.Iwata, R., Wada. T. Peptide Science 2011, 2012, 231-232.

Maeda, Y.Iwata, R., Wada. T. Peptide Science 2012, in press

Fig. 1 structures of cationic amino acids

Fig. 2 sequence of oligocationic peptides

Fig. 3 UV melting profile of nucleic acid duplexes-peptides with amino groups complexes.

Fig. 4 UV melting profile of nucleic acid duplexes-peptides with guanidine groups complexes.

Fig. 5 UV melting profile of nucleic acid duplexes-peptides with flexible main chain or proline structures complexes.

Fig. 6 UV melting profile of nucleic acid duplexes-peptides with alternate arrangement complexes.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、RNA二重鎖への結合能を有する新規カチオン性人工ペプチドの合成及びRNA二重鎖との相互作用解析について述べたものであり、序論及び三章からなる本論より構成されている。

序論では、RNA干渉の機構及びこれを医薬へ応用したRNAi医薬の特徴について概観し、実用化における現状の課題を明確にしている。さらに、これらの課題を克服するために行われている先行研究について概観した上で、本研究の合成標的であるRNA二重鎖特異的に結合する分子の重要性について説明している。RNA二重鎖結合性分子として種々のカチオン性オリゴペプチドを考案し、分子の特徴や設計指針、及びこれを用いたRNAi医薬キャリア分子への適用可能性を論じ、本研究の目的、意義、位置づけを述べている。

第一章では、考案した種々のカチオン性オリゴペプチドの設計及び合成について述べている。先行研究から、RNA二重鎖とカチオン性オリゴペプチドとの相互作用で重要と考えられる官能基間距離、キラリティ、自由度、官能基の種類に着目し、これらの要因に関して検討するためのペプチド分子群を設計している。まず、官能基間距離を制御するために、側鎖長の異なるアミノ酸を用いたペプチドを設計している。また、キラリティの影響を検討するため、L-アミノ酸に加えD-アミノ酸を用いたペプチドを設計している。また、ペプチド主鎖の自由度を制御するため、分子中にグリシン及びプロリン骨格を導入したペプチドを設計している。さらに、官能基の重要性を検討するため、リン酸と水素結合の形成が可能な水酸基、アミド基とグアニジノ基との交互配列を有するペプチドを設計している。Fmoc固相合成法によりオリゴマーを合成し、脱保護後に液相中でペプチドをグアニジル化することにより、設計した各カチオン性オリゴペプチドの合成を達成している。また、CDスペクトルの測定から、各ペプチドの二次構造がランダムコイルであることを確認したことについて述べている。

第二章では、第一章で合成した各カチオン性オリゴペプチドと、RNA二重鎖及びDNA二重鎖との相互作用を比較検討している。モデル核酸二重鎖として、12量体のRNAとDNAを用い、RNA二重鎖に対するペプチドの親和性を、RNA-ペプチド複合体の熱力学的安定性により評価している。まず、アミノ基やグアニジノ基を有するペプチドの官能基間距離を制御することで、RNA二重鎖への親和性が向上することを述べている。一方、これらのペプチドは、DNA二重鎖の熱力学的安定性の向上を示さないことから、カチオン性オリゴペプチドが、RNA二重鎖選択的に相互作用していることを示唆している。また、ペプチドのキラリティがRNAとの相互作用に影響を及ぼさないことを述べている。次に、ペプチド主鎖の自由度を制御したペプチドを比較することで、グアニジノ基を有するペプチドがRNA二重鎖と、エンタルピー的に極めて強く相互作用していることを述べている。さらに、水酸基やアミド基とグアニジノ基の交互配列を有するペプチドがRNA二重鎖に結合しないことから、RNA二重鎖との結合において、カチオン性アミノ酸の連続した構造が重要であることを述べている。また、CDスペクトルの測定から、カチオン性オリゴペプチドが、RNA二重鎖に結合する際に二次構造が誘起されることを示している。等温滴定カロリメトリーの測定から、カチオン性オリゴペプチドをRNA二重鎖へ加えると熱量変化が観測されたのに対し、DNA二重鎖の場合では有効な熱量変化がみられないことから、設計したペプチドがRNA二重鎖選択的に結合することを示している。また、RNA二重鎖のメジャーグルーブに結合することが知られているネオマイシンを用いた結合阻害実験により、ペプチドがRNA二重鎖のメジャーグルーブに結合する可能性を示唆している。さらに、蛍光異方性測定測定から、設計したカチオン性オリゴペプチドとRNA二重鎖との解離定数を測定し、ペプチドとRNAの親和性を定量的に評価している。さらに、各ペプチドがRNA結合タンパク質と同等の結合力を有していることを示している。また、先行研究で得られたオリゴジアミノ糖よりも十倍以上強く結合することから、カチオン性オリゴペプチドがRNA二重鎖との結合に適した構造であることを述べている。さらに、各ペプチドのRNAとの結合性とRNAの熱安定性に相関がみられたことから、RNA-ペプチド複合体の熱力学的安定性による結合力の評価法が適切であることを示している。

第三章では、最も強くRNA二重鎖に結合したペプチドを用い、モデルsiRNA21量体との熱安定性、ヌクレアーゼ耐性、RNAi活性に及ぼす影響について調べた結果について述べている。前章までで述べた、RNA二重鎖12量体と比較して、siRNAは複数のペプチドが結合する可能性を考慮し、siRNAとペプチドの混合比を制御して、熱安定性に関する検討を行っている。各ペプチドは、モデルRNA二重鎖と同様にsiRNAの熱安定性を効率的に向上させることを述べている。また、カチオン性オリゴペプチドはsiRNAと結合することによりRNase Aによる分解を阻害することから、生体内でのsiRNAの安定性向上に効果的であることを述べている。さらに、グアニジノ基を有するペプチドが、当量依存的にsiRNAのRNA干渉を阻害するのに対し、アミノ基を有するペプチドはsiRNAのRNA干渉を阻害しないことを見出している。

以上のように、種々のカチオン性オリゴペプチドを設計、合成し、RNA二重鎖との相互作用の比較から、RNA二重鎖に効率的に結合し、その熱安定性を向上させるのに重要な分子構造を明らかにした。また、カチオン性オリゴペプチドは、siRNAの熱安定性を向上させることに加え、ヌクレアーゼ耐性を向上させ、かつRNA干渉を阻害しないという性質を種々の実験により明らかにした。

これらの成果は、タンパク質化学、核酸化学、医学、薬学などの諸分野に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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