学位論文要旨



No 129575
著者(漢字) 守田,克彰
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,カツアキ
標題(和) 機能性分子を用いた着氷防止コーティング面上の過冷却水滴における静的・動的着氷現象の研究
標題(洋) Study of Static- and Dynamic-Icing Phenomenon of Supercooled-Water Droplet on Anti-Icing Coating using Functional Molecules
報告番号 129575
報告番号 甲29575
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第920号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 准教授 陳,ユウ
 東京大学 准教授 酒井,幹夫
 東京大学 客員准教授 染矢,聡
内容要旨 要旨を表示する

空気中に浮遊する水(主に直径数μm~数mmの水滴)が氷点以下に冷却され、氷結せずに過冷却水(Supercooled-water)となる。それが物体に衝突し、その衝撃をきっかけに過冷却水が氷結する現象を着氷という(Fig.1)。着氷は様々な分野に見られ、それにより引き起される事故は甚大である。特に航空分野では、寒冷地で問題となる地上での着氷に加え、飛行中の気候条件、主に雲中で起こり、寒冷地に限らず着氷が生じる(Fig.2)。一度の着氷事故による被害の甚大さから、他分野と比較してより積極的に、着氷防止対策を行っている。しかしながら現在の防氷システムでも墜落や事故は起こっており、また燃費の問題や化学物質の大量散布、それに関わる環境への影響、コストが問題となっている。

本研究は、着氷防止を行うために、特に積極的に対策を行っている航空分野に限定し、環境に負荷をかけず、機械的システムを利用しない、革新的な着氷防止コーティングを航空機に適用することを最大の命題とした。将来、これを航空機にコーティングすることにより、化学物質の散布、機械的システム、それに関わるコスト、環境問題、人的ミスをなくすことが可能となる。また、他分野への波及により着氷問題解決の大きな一歩となる。

本論においては、上空での航空機の離着陸時における雲中突入条件となる、ウェーバー (We) 数(慣性力と表面張力の比を表す無次元数) 約950、着氷領域内気温(約-30℃)に突入した際に急速降下にてその領域を抜けることが可能な時間約5分間、航行に最も影響がある着氷を形成する温度約0 ~ -10℃を防氷可能な着氷防止コーティングの研究開発を目的としてこれを試みた。

本論において作成したコーティング(Jaxa Coating)は過冷却水滴を弾く防氷を目的とし、液滴との接触面積を小さくするためより表面(凸凹)構造をより強調したコーティングを開発した。また1液型で航空機のコーティング規格を満たした鉛筆硬度Hのコーティングをつくることができた。有機溶剤を必要とせず速乾性を持ち、環境や人体に影響を与えないコーティングを作成することができた(Fig.3) (特願2012-142467)。

またこれらの着氷防止コーティングを評価する為の温度依存性を含む評価モデルと評価装置(接触角・転落角装置)を構築した。その評価により、水噴霧試験時のWe数約33 ~ 118では、含水率0.83g/m3の時、No-Coatingに比べJaxa Coatingは、5分間の噴霧で着氷量約33% 、市販のHirec450は、約49%低減できた。5分間の着氷成長率は、No-Coatingでは約0.014g/sec、Jaxa Coatingでは約0.009g/sec、Hirec450では約 0.007g/secを示し、着氷の成長率を低減できたことがわかった。しかしながら、実機運航に近い着氷風洞試験のWe数約950においてはその効果を得られなかった。

またこれらの評価指標である水滴の評価だけでは、着氷防止コーティングを評価するには不十分であった。その為、より過冷却水滴に着目し、過冷却解消時の挙動や、着氷防止コーティング面上での動的挙動 (We数約131) の検証を試みた。その為に、温度により発光が変化する発光分子を用いた非接触の温度分布計測システムを構築した。今まで行われてきた温度分布計測システムは、定常現象しか計測できなかった。本論ではこれを2色発光水とカラーカメラにより非定常現象の計測を可能とし、過冷却水滴の温度分布計測を行った。2色発光水の組み合わせは、クマリン誘導体とローダミン誘導体の組み合わせが、低温域(-10℃~4℃)でも安定であった。また、この温度領域においては、温度感度平均約-3.5%/℃となり、より温度感度領域を限定したマルチバンドフィルターを用いた場合は、平均約-5.4%/℃の温度感度が得られた。このシステムを用いて過冷却水滴の過冷却状態が解消され相転移に伴い潜熱が放熱され、液体から固体へ状態変化が開始されかつ、その一部が顕熱として吸収され温度上昇した現象の温度分布の変化の様子を捉える事ができた(Fig.4)。また、発光水が完全に凍結するとその発光が得られないことが分かった。

新着氷防止コーティング、評価法を研究開発する為に新たな知見を与えるため、これらのシステムを用いて着氷防止コーティング面上での過冷却水滴の動的挙動について、様々考えられる中の(1)過冷却水滴自身の過冷却解消時間及びその速度と(2)過冷却水滴の衝突時の超疎水性コーティング面上での接触時間について実験的検証を行った。静的過冷却解消現象は、気液界面にて氷核が発生後、それが成長し水滴を包むように氷膜を形成している様子を捉えることができた(Fig.5)。また過冷却温度ごとの氷膜の成長速度を試験した結果、We数約131過冷却温度-8 ~ -14℃では、氷膜の成長速度は約1.0 ~ 1.6 mm2/msecであった。過冷却温度が低温になるほど、氷膜の成長速度が速くなる傾向がみられた。これは、過冷却の温度と氷点の温度差(過冷却度)が氷膜の結晶成長速度に大きく寄与しているためと考えられる。動的過冷却解消現象では、(1) Jaxa Coating (接触角130°) の場合、過冷却水滴衝突後、コーティング面に付着した後、コーティング面より液滴が振動しながら凍結を開始した。(2) Jaxa Coating (接触角145°) の場合、液滴が衝突後、衝突した個所から氷核が多数形成され、その後液滴の表面の流動により氷核が移動しながら氷成長が起った。(3) Jaxa Coating (接触角150°) の場合、過冷却水滴衝突後、液滴は空中に跳ね上がりその後凍結を開始した。これらの結果から、コーティング面の表面状態、表面張力、過冷却度により様々な動的な液滴の凍結挙動を捉えることができた(Fig.6)。

またコーティング面上での接触時間は、20 ~ -10℃の間で約30 ~ 60msecであった。低温になるにつれ、そのコーティング面と接触している時間が長くなる傾向にあった。これは低温になるにつれ液滴の表面エネルギーが増加即ち付着仕事が増加し、液滴がコーティング面に接触した後それを引き離すために時間が長くかかったものと考えられる。またコーティングの表面組織を変化させ接触面積の違いによる液滴との接触時間の違いを検証したが、その違いが顕著に見られなかった。

本研究では、航空機着氷防止を目的とし、新着氷防止コーティングの開発を行いかつその評価手法を確立し、また動的着氷メカニズムのための基礎的な知見を得た。

着氷防止コーティングを作成し、静的評価手法を提案し、これを用いてその有効性を示した。実機の模擬評価試験、We数100付近では、効果を得ることができたが、We数950付近の実機条件では、効果を得ることができなかった。それは過冷却水滴の動的な要因によるものと考えられる。そこで、現状よく知られていない過冷却水滴の凍結時の動的な着氷メカニズムを評価する為、We数100付近の条件において、単一液滴に着目し基礎実験を行った。

その実験を行うため、2色発光水とカラーカメラによる感温分布計測法を構築、過冷却解消現象に適用し、その液滴の温度分布とその現象を評価した。またこのシステムを用い、高速度撮影により静的・動的な液滴の過冷却解消現象を観測することができた。この現象は、コーティング面の表面張力や過冷却度などの影響により様々な凍結現象を引き起こすことを示した。

(1) "Supercooled Large Drop Detection with NASA's Icing Remote Sensing System", David J. Serke, Andrew L. Reehorst, Marcia K. Politovich, The International Society for Optical Engineering(SPIE), Volume 7827, pp.782705-782705-9 (2010)

(Fig.1) Schematic description of an icing process

(Fig.2) In-flight icing on leading edge (1)

(Fig.3) Photograph of Jaxa Coating and a water droplet on Jaxa Coating

(Fig.4) Temperature map of a temperature calibration while the supercooled-water droplet freeze

(Fig.5) Raw images of supercooled-water cancellation (static-icing on Jaxa Coating)

(Fig.6) Raw images of supercooled-water cancellation

(dynamic-icing on Jaxa Coating (left: (1) contact angle 130°)(right: (2) contact angle 145°))

(Fig.6) Raw images of supercooled-water cancellation

(dynamic-icing on Jaxa Coating ((3) contact angle 150°))

審査要旨 要旨を表示する

空気中に浮遊する直系数μmの水滴が氷点以下に過冷却された状態で物体に衝突すると、過冷却水が氷結する着氷現象が生じる。着氷は様々な分野に見られるが、航空機に発生すると、揚力を失い墜落する事にも繋がりかねない。このため、航空分野においては、着氷防止が重要な課題となっているが、その細かいメカニズムについては不明な点も多い。また現在利用されている着氷防止システムにも燃費の問題や化学物質の大量散布、それに関わる環境への影響、コストなどの課題がある。

本研究においては、着氷防止システムとして、翼表面へのコーティング材を塗布する方式を取り上げ、新しいコーティング材の開発を実施した。さらに、このコーティング材の有効性を評価するための手法を開発するとともに、実機に適用する場合の課題を示している。さらに、着氷時の過冷却液滴のダイナミックな挙動を評価する事を提案し、実験による基礎データの蓄積を実施している。

第1章は序論であり、過冷却水滴の着氷による様々な現象を紹介するとともに、人工物への着氷が、事故など数多くの問題を生むことを示している。これらの問題を解決する事を目的として、本研究の位置付けを明らかにしている。

第2章は研究背景であり、着氷現象による各分野、特に航空分野に対する影響をまとめ、その課題と、現状の着氷防止システムに対するレビューを実施している。さらに、着氷のメカニズムとして、液滴及び過冷却液滴の物理的な挙動や、固体表面と接触することによる濡れや付着の原理を紹介し、過冷却水の凍結原理についても議論を進め、現状の知見をまとめている。

第3章は、コーティング材の開発と、そのコーティング材の有効性を実験的に評価している。濡れ性に着目し、環境影響の少ないPTFEをベースとした、超撥水性を持つコーティング材の開発を実施している。このコーティング材については特許出願もしている。作成したコーティング材を従来から存在するコーティング材と比較を行うため、健全性評価試験、静的濡れ性評価試験などを考案し、実験によって、コーティング材の静的特性が優れていることを示している。さらに、動的試験を実施し、We数をパラメータとして、We=100程度であれば、着氷防止に有効である事を示している。しかしながら、実機条件に近いWe=1000程度になると、着氷防止効果が無くなるという問題点も実験的に確認している。

第5章は、前章において違いの確認されたWe=100近傍において、なぜ違うのかを評価するための、温度分布計測システム開発を行っている。これには、レーザ誘起蛍光法を用い、温度感度のある色素と無い色素の2種類を用いることで、レーザ照射ムラや屈折などの影響を除去した、温度計測が可能である事を示している。この手法を、静的な凍結現象に適用し、過冷却解消現象を可視化する事で、過冷却解消現象時の温度分布を計測する事に成功している。

第6章では、過冷却水滴のダイナミックな凍結挙動について実験的な評価を進めている。高速度ビデオカメラを援用し、衝突後の凍結挙動を可視化、分類している。We=100程度の実験ではあるが、衝突後の跳ね返りや、空中での凍結、振動しながらの凍結など、複雑な現象データベースを取得する事が出来ている。

第7章では、本論文のまとめとして、着氷防止を目的とした新しいコーティング材の開発とその特性をまとめるとともに、過冷却水滴のダイナミクスに着目した過冷却水着氷メカニズムに関する知見についてまとめている。

以上の様に、新材料開発と、着氷メカニズムに関する基礎的な知見を得ることが出来ており、環境負荷の少ない安全な着氷防止システム開発に対する有効なデータを提供する事に成功しており、環境学、特に人間環境学の進展に資するところが少なくない。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク