学位論文要旨



No 129621
著者(漢字) 上内,洋輝
著者(英字)
著者(カナ) カミウチ,ヒロキ
標題(和) 医用画像観察下手術支援のための画像提示システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 129621
報告番号 甲29621
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第443号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 正宗,賢
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 国立成育医療研究センター 副センター長 千葉,敏雄
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

術者に"新しい手と目"を提供するコンピュータ外科が普及しており,特に"新しい目"となる医用画像技術を用いた画像誘導下手術や内視鏡手術が盛んに行われている.さらに近年では両者の技術を統合した手術も試みられている.しかし,画像誘導下手術では,患者とモニタとの視線移動が必要であり,医用画像の精確な情報を有効活用しきれないことや,画像誘導に必要な光学式マーカを用いた三次元位置計測装置が高額かつマーカ遮蔽による計測不能の脆弱性といった問題がある.また内視鏡手術では,内視鏡本体を動かし視野を移動させる必要があるうえに,画像が二次元であり奥行き感が乏しく,内視鏡先端部が体内組織に接触し傷つける恐れがあるという問題がある.本研究では,手術環境に適した医用画像重畳表示システムおよび細径化・広視野化を実現する立体内視鏡システムを併用した医用画像提示システムを提案する.

[目的]

本研究では,より低侵襲かつ安全な手術を実現するため,実際の患者に医用画像情報を重畳表示し,体外から体内に存在する患部周辺の状況を大局的に把握できる医用画像重畳表示システムと,患者体内を広範囲に立体視し患部周辺の外科解剖を詳細に把握できる立体内視鏡システムを併用した医用画像提示システムを提案する.そして,その基礎システムを開発する.

・背面カメラおよび慣性センサを搭載したタブレットPCおよび三点のマルチモダリティマーカを用いた手術環境に適した医用画像重畳表示システムを提案する.

・細径化・広視野化を実現する立体内視鏡を提案する.細径化については,空圧振動機構を搭載した単眼立体内視鏡を提案する.さらに,従来研究されてきたビームスプリッタおよび偏光板を用いた視野可変機構との技術統合により,広視野化を実現する.

・上記システムのプロトタイプを製作し、性能評価実験を行い,提案した医用画像提示システムの臨床における有用性を検証する.

[タブレットPCを用いた医用画像重畳表示システム]

本医用画像重畳表示システムは,タブレットPCおよび三点のマルチモダリティマーカにより構成される(Fig. 1).まず,穴が0~2個空いた樹脂性カバーを装着した3個のマルチモダリティマーカを患者に添付し,CTやMRI画像等の医用画像を撮像する.そして,撮像された医用画像から作成されるマーカおよび腫瘍などの関心領域の三次元CGモデルおよび,医用画像座標系上のマーカ中心の座標値をタブレットPCへ転送する.その後,タブレットPCに搭載されている背面カメラで患者に貼付されているマーカを観察しマーカ検出を行う.三点全てのマーカを検出したときは,背面カメラ画像内に映るマーカの中心点座標およびマーカ長軸の長さからタブレットPCと患者との位置姿勢関係 を推定する.そして, の情報をもとに背面カメラ画像が映るタブレットPCの画面上にマーカおよび腫瘍などの関心領域の三次元CGモデルの適切な重畳画像を表示する.マーカ遮蔽によりマーカが二点あるいは一点しか見えていない場合も,タブレットPCに搭載されている慣性センサの情報を活用して,三点のマーカ検出ができていたときのタブレットPCと患者との位置姿勢関係からの相対的な変化を推定することにより, を推定し,背面カメラ画像が映るタブレットPCの画面上に適切な重畳画像を表示させることが可能となる.

Fig.2に評価実験の様子を示す.観察対象としてFig.2-bに示す樹脂製容器を用いた.樹脂製容器内部には傾斜角度λ[deg](λ=0, 30, 45, 60),斜面形状が正方形である傾斜構造物が固定されている.本評価実験においては,樹脂製容器に水を充填し,0.2T Open MRIを用いてMRI画像を取得した.撮像条件はグラディエントエコー法,TR/TE: 50/20ms,NSA: 4,Voxel size: 1.0×1.0×1.0 mm3とした.MRI画像からマーカ中心座標を取得し,さらに傾斜構造物のSTLモデルを作成し,タブレットPCへデータを転送したのち,タブレットPCを傾斜構造物の斜面と平行にしつつ,距離H [mm](H=250, 300, 350)の位置に固定した.画像を重畳させた後,傾斜構造物の斜面正方形の四頂点を標的として画像重畳表示位置誤差(TRE:Target Registration Error)を評価した.その結果,平均TREは1.2mm以下であり,Welch検定を行った結果,有意水準5%で,タブレットPCと対象との距離,角度,マーカ検出個数に関わらずTREに有意差がないことが確認できた.

また臨床適用性評価として,臨床検査室における動脈瘤の画像重畳表示実験を行った.あらかじめ,超音波診断装置により動脈瘤の位置を皮膚上にマーキングしておき,本画像重畳表示システムにより動脈瘤を背面カメラ画像に重畳表示し,超音波診断装置によるマーキングとのズレを確認することにより,臨床適用性を確認した.

[空圧振動および視野可変機構を搭載した立体内視鏡]

本立体内視鏡は,空圧振動機構を搭載した立体内視鏡に視野可変機構を有したスリーブが装着されている.

まず,細径化を実現する空圧振動機構を搭載した立体内視鏡の概要をFig.4に示す.先端部に1/10インチCCDカメラを,根元部に空圧振動機構を搭載したカメラスリーブ(直径5mm),および支点をカメラスリーブ中心に固定するためのガイドスリーブが搭載されている.また,空圧振動機構は全て滅菌可能な樹脂により構成されている.空圧振動機構のPort Aに圧縮空気が流入するとき,スライダは水平右方向へ移動し,Port Bに圧縮空気が流入するとき,スライダは水平左方向へ移動する.この切り替えを繰り返し行うことにより,スライダを水平振動させスライダに接続されたカメラスリーブ根元部を水平振動させる.空圧振動機構から生じた振動は,支点を中心にカメラスリーブを介してカメラスリーブ先端部へと伝達される.これにより,カメラスリーブ先端部に搭載された1/10インチCCDカメラが水平振動することとなり,振動振幅が最大となるときに交互に画像取得し視差画像を得て,立体視用ディスプレイへ出力し,偏光メガネをかけることにより立体視を実現する.

次に,視野可変機構および視野変更原理をFig. 5 に示す.外側スリーブと内側スリーブの二重構造となっており,外側スリーブ先端部には入射光を透過させることも反射させることもできるビームスプリッタが斜めに搭載されている.外側スリーブ側面と内側スリーブ正面の偏光板の向きが揃っているときは斜視方向の観察が可能となり,この状態から内側スリーブを90度回転させることにより,外側スリーブ正面と内側スリーブ正面の偏光板の向きが揃うため直視方向の観察が可能となる.本研究においては,ビームスプリッタの傾き角を最適化することにより,直視と斜視方向合わせて視野角180度の範囲を観察可能とした(Fig. 6).

本立体内視鏡のシステム構成を,Fig.7 に示す.空圧振動機構のPort AおよびBはそれぞれ電磁弁を介して内圧0.5MPaGに保たれている圧縮空気貯蔵タンクに接続されている.電磁弁の開閉を切り替えることによりそれぞれのポートへ圧縮空気を送り込み振動を発生させる.電磁弁の開閉に同期させてカメラ画像を取得することにより,左右眼用視差画像を取得し,立体視用ディスプレイへ出力し,偏光メガネをかけることにより立体視を実現する.

Fig. 8に立体感に関する評価実験の概要を示す.従来の立体内視鏡,空圧振動機構を搭載した単眼立体内視鏡,空圧振動および視野可変機構を搭載した単眼立体内視鏡の3種類を用いて,20~30代の健常成人男女12名にTask A, Bをそれぞれ2回ずつ行わせ,内視鏡外科医2名(1名は若手医師,1名は熟練医師)にTask A, B, Cをそれぞれ2回ずつ行わせた.結果の一部をFig. 9に示す.これにより,本研究で開発した立体内視鏡は,従来の立体内視鏡と同等の立体視を実現できていることが確認できた.また,視野可変および空圧振動機構を搭載した単眼立体内視鏡を用いてブタ腹腔内観察を行った結果をFig.10に示す.これより,立体視可能で,臓器表面を走行する血管が識別できるほど高画質な画像を得ることが可能であることを確認した.

[考察]

タブレットPCを用いた医用画像重畳表示システムでは,一台のタブレットPCと三点のマルチモダリティマーカのみを用いている.タブレットPCと観察対象までの距離,角度,マーカ検出個数に有意差なくTRE1.2mm以下の画像重畳表示を実現していることを確認した.さらに,誤差伝播理論から,TREを数値計算によりリアルタイムに予測できることを示すとともに,TREを最小とするための条件の策定した.

空圧振動および視野可変機構を搭載した立体内視鏡では,先端にCCDカメラを一台搭載し,振動を利用し視差画像を得ることにより,立体内視鏡の細径化を実現するとともに,ビームスプリッタの傾き角を最適化し視野角約180度を実現した.また,評価実験から臨床における有用性を確認できたとともに,経験の浅い医師に対する習熟速度向上に貢献する可能性が示唆された.

[結論]

本研究では, TRE1.2mm以下の精度を実現する手術環境に適した医用画像重畳表示システム,および,細径化を実現するための空圧振動機構と広視野化を実現するための視野可変機構を搭載した単眼立体内視鏡に関して研究を行った.本論文で提案した両者を併用した医用画像提示システムは、体内狭小空間内における安全かつ直感的で高精度な画像誘導下内視鏡手術を安価に実現することができると考えられる.

Fig. 1 System configuration of AR system using a tablet PC and three markers

Fig. 2 Image overlay experiment. (a) Experimental setup. (b) Phantom with three radio-opaque circular markers and slope structure. (c) Position and posture relationship between tablet PC and phantom.

Fig. 3 Result of clinical experiment. (a) Setup of clinical experiment. (b) Overlay image in extracting three markers. (c) Overlay image in extracting two markers. (d) Overlay image in extracting one marker.

Fig. 4 3-D endoscope with a single CCD camera and pneumatic vibration mechanism.

Fig. 5 Field-of-view change mechanism with a beam splitter and polarization plates.

Fig. 6 Field-of-view. (a) Front-diagonal field-of-view. (b) Front field-of-view. (c) Sum of front and front-diagonal fields-of-view.

Fig. 7 System configuration of 3-D endoscope with a single CCD camera, pneumatic vibration mechanism and field-of-view change mechanism.

Fig. 8 Overview of 3-D endoscope evaluation experiment.

Fig. 9 Experimental result of Task A.

Fig. 10 Left: Front view images acquired by 3-D endoscope with FOV changing and pneumatic vibration mechanism in in-vivo experiment. (a) Conventional 2-D endoscopic image. (b) 3-D endoscopic image acquired at the left position. (c) 3-D endoscopic image acquired at the right position.

Right: Diagonally front view images acquired by 3-D endoscope with FOV changing and pneumatic vibration mechanism in in-vivo experiment. (a) Conventional 2-D endoscopic image. (b) 3-D endoscopic image acquired at the left position. (c) 3-D endoscopic image acquired at the right position.

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は,低侵襲手術支援のための,手術環境に適した画像誘導システムおよび,細径化・広視野化を実現する立体内視鏡システムを併用した新しい医用画像提示システムの提案および,その基礎システムの開発に関する研究論文である.

本論文は7章からなり,まず第1章では,医用画像技術を用いた低侵襲手術の代表例である画像誘導下手術と内視鏡下手術の現状と問題点に触れ,関連研究を挙げるとともに本研究の提案手法の位置づけについて述べている.第2章では,本研究の目的として低侵襲手術支援のため,画像誘導システムと立体内視鏡システムを併用した医用画像提示システムの提案を行い,その基礎システムを開発することを述べている.第3章では,具体的な手術対象を設定し,解決すべき課題について明らかとして,画像誘導システムと立体内視鏡システムを併用した医用画像提示システムを提案を行った.またこれに基づき第4章では,手術環境に適した画像誘導システムとして,タブレットPCを用いた医用画像重畳表示システムの開発および評価実験について詳述している.第5章では,細径化・広視野化を実現する立体内視鏡システムとして,空圧振動機構および視野可変機構を搭載した単眼立体内視鏡の開発および評価実験について詳述している.第6章では,評価実験の結果をもとに考察を行い,提案した医用画像提示システムの臨床応用における有用性を検証している.最後に第7章で本論文の結論をまとめている.

まずタブレットPCを用いた医用画像重畳表示システムについてであるが,システムはタブレットPCおよび3個のマルチモダリティマーカのみから構成されている.まず 3個のマーカを患者に貼付後CTやMRI画像等の医用画像を撮像し,撮像された医用画像から作成される関心領域の三次元CGモデルおよび,医用画像座標系からみたマーカ中心の座標値をタブレットPCへ転送する.その後,タブレットPCの背面カメラで患者に貼付されているマーカを観察しマーカ検出を行う.3個全てのマーカを検出したとき,背面カメラ画像内に映るマーカの中心点座標およびマーカ長軸長からタブレットPCと患者との位置姿勢関係を推定する.そして,その情報をもとに背面カメラ画像が映るタブレットPCのディスプレイ上に関心領域の三次元CGモデルの重畳画像を表示することを可能とした.特徴として,マーカ遮蔽によりマーカが全て見えていない場合も,タブレットPCに搭載されている慣性センサの情報を活用して,3個のマーカを検出していたときのタブレットPCと患者との位置姿勢関係からの相対姿勢変化を推定し,背面カメラ画像が映るタブレットPCのディスプレイ上に適切な重畳画像を表示させることを可能とした.ファントムを用いた画像重畳評価実験から画像更新速度約15 Hz,平均画像重畳精度1.2mm以下であることが確認できた.また臨床適用性実験から,実際のヒトの血管に対しても超音波診断装置で確認した位置と同じ位置に画像を重畳表示できることを確認した.従来の外部の三次元位置計測装置を使うことなく,簡便な手法による画像重畳表示可能とした点が評価高い.

一方,局所を観察する手段として,空圧振動機構および視野可変機構を搭載した単眼立体内視鏡を開発した,特徴としては,細径化を実現するための空圧振動機構を搭載した単眼立体内視鏡に,広視野化を実現する視野可変機構を有したスリーブが搭載されている独創的な設計を行った.空圧振動機構を搭載した単眼立体内視鏡は,先端部に1/10インチCCDカメラを根元部に空圧振動機構を搭載したカメラスリーブ(直径5mm),および支点をカメラスリーブ中心に固定するためのガイドスリーブにより構成されている.空圧振動機構から生じた振動は,支点を中心にカメラスリーブを介して1/10インチCCDカメラが搭載されたカメラスリーブ先端部へと伝達される.これにより,1/10インチCCDカメラが振動数10 Hz,振幅±0.25 mmで水平振動し,振幅最大時に交互に画像取得し視差画像を得て,立体視用ディスプレイへ出力し,偏光メガネをかけることにより立体視を実現した.評価実験から,振動が画質に影響を与えず,従来の立体内視鏡と同等の立体視性能を有していることを確認した.また,開発した立体内視鏡が経験の浅い若手医師の習熟速度向上に貢献する可能性が実験により示唆された.

本医用画像重畳システムは,大局的アプローチとして体外から体内の患部周辺の状況を大局的に把握するのに十分な精度・臨床適用性を有し,また局所的アプローチとして本立体内視鏡システムは,細径化・広視野化を両立しつつ,従来の立体内視鏡と同等の立体視性能を有することを示した.両者を併用することにより,これまでにない高い優位性を伴った低侵襲かつ安全な治療をを実現可能であることを示し,次世代治療機器を開拓する基盤をなす成果を得たものといえる.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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