学位論文要旨



No 214735
著者(漢字) 稲口,隆
著者(英字)
著者(カナ) イナグチ,タカシ
標題(和) 4K-GM冷凍機に関する研究
標題(洋)
報告番号 214735
報告番号 乙14735
学位授与日 2000.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14735号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は絶対温度4.2K以下の温度を発生可能なギフォード・マクマホンサイクル(GM)冷凍機の開発について行った一連の研究成果についてまとめたものである.

 GM冷凍機は蓄冷器を用いる極低温用の小型冷凍機で,超電導マグネット等に適用されている.超電導マグネットは超電導状態を維持するため,通常液体ヘリウムで冷却されている.従来のGM冷凍機の無負荷時の温度(到達温度)は10K程度が限界であったため,液体ヘリウムの消費を完全に無くすことは不可能であった.このため液体ヘリウムを定期的に補充する必要があったが,この液体ヘリウムの補充作業は煩わしい作業であり,超電導マグネットの普及を阻害する一つの要因になっていた.また一度大気中に散逸したヘリウムを再び採取することは困難なため,ヘリウム資源の浪費にもなっていた.

 そこで,液体ヘリウムの補充が不要な,あるいは液体ヘリウムそのものが不要な超電導マグネットを実現するため,ヘリウムの大気圧下の沸点である4.2K以下の温度を発生可能なGM冷凍機(4K,GM冷凍機)の開発を行った.

 前述のようにGM冷凍機の到達温度は従来10K程度が限界であったが,到達温度が制限される明確な理由があったわけではない.その動作特性があまり理解されていなかったのが実状である.

 そこでまず,GM冷凍機の動作特性を理解するため,単段型GM冷凍機において,各種損失の測定方法を組み合わせて各種損失の分離測定を実施し,従来不明であった各種損失の定量的位置づけを行なった.図1に測定結果を示す.この結果から,蓄冷器損失が最も大きな損失であり,また温度が低くなるほど増大するため,到達温度及び冷凍能力を向上するには蓄冷器損失を低減する必要があることがわかる.そこで,蓄冷器損失に最も関係のある蓄冷材単位体積当たりの熱容量につき,低温で熱容量の大きな蓄冷材を蓄冷器低温部に充填し,それにより到達温度が顕著に下がることを実証し,蓄冷器損失の低減の重要性を検証した.

 次に上記結果を踏まえ,ヘリウム液化可能な4.2K以下の温度を発生させ,4.2Kでの冷凍能力を向上可能な諸条件を実験的に検討した.まず蓄冷材の比熱を大きくしその影響を調べた.図2は2段型GM冷凍機の2段蓄冷材に鉛を充填した場合(図中,白丸)と,鉛より15K以下で比熱が大きいHo1.5Er1.5Ruを充填した場合(図中,黒丸)の冷凍能力の測定結果である.図2の結果から4.2K以下の温度を発生するには蓄冷材の比熱を大きくすることが有効であることがわかる.

 次に図示仕事を増加すること,および膨張空間の体積の増加が有効であることを実験により示すとともに,最適サイクル周波数の向上,異種蓄冷材の積層化,冷却ステージの熱コンダクタンスの改良法を提案し,それを実証した.これらにより,ほぼ全ての産業用超電導マグネットへ4K,GM冷凍機を適用可能な42Kで3Wの冷凍能力を達成することができた.図3は冷凍能力の進捗状況を示したものである.

 上記結果を解析的にレビューするとともに,冷凍能力及び効率向上のための設計指針を得るため,蓄冷器,膨張空間及び冷却ステージから構成され,冷凍能力を精度よく計算可能な計算モデルを提案した.この計算モデルの定式化にあたり,膨張空間の体積変動を考慮するため,流体の方程式を座標軸が時間とともに変動する一般座標系で記述した.図2中の実線と破線はそれぞれ蓄冷材としてHO1.5Er1.5Ruを充填した場合と鉛を充填した場合の計算結果で,どちらも実験結果とよく一致しており,本計算モデルが比熱の影響を精度よく計算可能であることがわかる.この他,諸条件を変更した場合も実験結果とよく一致しており,本計算モデルの有効性を確認した.

 開発した計算モデルにより,蓄冷材の比熱及び蓄冷器形状が冷凍能力に及ぼす影響について調べた.

 蓄冷材の比熱が冷凍能力に及ぼす影響の検討結果から,到達温度は蓄冷材の比熱に大きく依存するが,蓄冷材の比熱は0.8J/(K・cm3)あれば十分であることがわかった.また蓄冷材の比熱が十分ある場合,冷却ステージの熱コンダクタンスを十分大きくとる必要があるとの指針を得た.更に4K,GM冷凍機が原理的に到達可能な最低温度はヘリウムのλ点近傍の温度であることが明らかになった.

 また,蓄冷器形状が冷凍能力に及ぼす影響の検討結果から,蓄冷器の長さ,空隙率,蓄冷材の球径には,4.2Kでの冷凍能力に関し最適値があり,単位処理流量当たりの4.2Kでの冷凍能力では上記のほか蓄冷器の断面積にも最適値があることがわかった.また蓄冷器の断面積や長さの増加により蓄冷材の熱容量を増加させるより,蓄冷材の比熱を大きくし熱容量を増加させた方が,達成可能な冷凍能力及び単位処理流量当たりの42Kでの冷凍能力は勝っていることが明らかになった.

 最後に本4K-GM冷凍機を,クライストロン用の伝導冷却型超電導マグネットへ適用し,液体ヘリウムを必要としない超電導マグネットを実証した.

Fig.1 Measurement result of total heat loss

Fig.2 Comparison between calculations and experiments about effect of specific heats of regenerator materials on refrigeration capacity

Fig.3 Progress of refrigeration capacity of 4K-GM refrigerator and applications to superconducting magnets

(1) Increase of volume of expansion space, (2) Improvement of the optimum cycle frequency, (3) Stack of different kinds of regenerator materials, (4) Improvement of thermal conductance of cooling stage

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「4K-GM冷凍機に関する研究」と題し、液体ヘリウムの補充が不要あるいは液体ヘリウム自体が不要な超電導マグネットを実現するため、蓄冷器を用いる極低温小型冷凍機であるギフォード・マクマホンサイクル(GM)冷凍機について、絶対温度4.2K(液体ヘリウムの沸点)以下で3Wの冷凍能力を実現するとともに、その計算モデルを構築し、冷凍能力や効率を向上させるための設計指針を得たものである。

 論文は7章よりなる。第1章の「序論」では、到達温度(無負荷時の最低発生温度)が10K程度であったGM冷凍機の歴史的背景を述べる一方で、産業用超電導マグネットの用途を概観し、4.2Kでの冷凍能力が3W程度の冷凍機の開発が必要であることを示している。そして、高い信頼性が期待できるGM冷凍機によりこれを実現するための研究計画について述べている。

 第2章は「GM冷凍機の損失に関する基礎研究」と題し、到達温度を制限する各種損失について実験的検討をまとめている。即ち、GM冷凍機の動作特性を理解するため、単段型GM冷凍機において、各種損失の測定方法を組み合わせて各種損失の分離測定を実施し、従来不明であった各種損失の定量的位置づけを行なっている。この結果として、蓄冷器損失が最も大きな損失であるとともに、全損失に占める蓄冷器損失の割合は低温となるほど増大するため、到達温度及び冷凍能力を向上するには蓄冷器損失を大幅に低減する必要があることを示している。そこで、蓄冷器損失に最も関係のある蓄冷材単位体積当たりの熱容量に注目し、低温で熱容量の大きな蓄冷材を蓄冷器低温部に充填することにより到達温度が顕著に下がることを実証し、蓄冷器損失の低減の重要性を検証している。

 第3章は「4K-GM冷凍機の実験的評価」と題し、2段型GM冷凍機について、具体的にヘリウム液化の可能な4.2K以下の温度を発生させ、4.2Kでの冷凍能力の向上を図るための蓄冷器条件および動作条件を実験的に検討している。まず、第2章の結果に基づき、蓄冷器に鉛および(鉛より15K以下で比熱が大きい)Ho1.5Er1.5Ruを充填した場合の到達温度と冷凍能力を実験的に比較し、後者により到達温度2.56K、4.2Kでの冷凍能力0.47Wを実現している。次に動作条件として図示仕事、サイクル周波数、1段冷却ステージ温度などを選定し、これらを独立に変化させた実験を行ない、各因子の影響を示している。特にサイクル周波数については、より低い温度が得られる周波数は冷凍能力のレベルに依存することを示し、4.2Kにおける冷凍能力は45rpmで最大となり、最適周波数が存在する見出している。

 第4章は「4K-GM冷凍機の冷凍能力の向上」と題し、第2、3章の結果に基づき、4.2Kにおける3Wの冷凍能力を得るための改善方法を検討している。即ち、膨張空間体積の増大による図示仕事の増大、蓄冷器内流動の整流による最適サイクル周波数の向上、異種蓄冷材の積層化、冷却ステージの熱コンダクタンスの改良法を提案し、それを実証するとともに、4.2Kで3Wの冷凍能力を達成している。

 第5章は「4K-GM冷凍機の解析的評価」と題し、冷凍能力及び効率向上のための設計指針を得るための計算モデルを構築し、各種因子の影響を調べている。まず、膨張空間の体積変動を考慮するために、時間とともに変動する一般座標系で流体の方程式を記述し、蓄冷器、膨張空間及び冷却ステージから構成される冷凍機全体システムの計算モデルを初めて提案している。そして、本計算モデルにより、比熱の影響をはじめとして諸条件の影響について実験結果をよく再現できることを示し、本計算モデルの有効性を確認している。また、この計算モデルにより、到達温度は蓄冷材の比熱に大きく依存するが,蓄冷材の比熱は0.8J/(K・cm3)あれば十分であること、蓄冷材の比熱が十分ある場合は冷却ステージの熱コンダクタンスを十分大きくとる必要があること、4K-GM冷凍機が原理的に到達可能な最低温度はヘリウムのλ点近傍の温度であること、蓄冷器の長さ、空隙率、蓄冷材の球径には4.2Kでの冷凍能力に関し最適値があり、(単位処理流量当たりの4.2Kでの冷凍能力では上記のほか)蓄冷器の断面積にも最適値があることなどの設計指針を示している。

 第6章は「4K-GM冷凍機の適用研究」と題し、本4K-GM冷凍機をクライストロン用の伝導冷却型超電導マグネットへ適用し、液体ヘリウムを必要としない超電導マグネットの実証結果を示している。

 第7章は、以上をまとめた「結論」である。

 以上要するに、本論文は4K-GM冷凍機につき、各種損失および動作条件の影響の実験的定量化、各種損失の低減法の提案と実証、冷凍機全体の計算モデルの構築とそれによる設計指針の獲得を行なったものであり、機械工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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