学位論文要旨



No 214813
著者(漢字) 小竹,美子
著者(英字)
著者(カナ) コタケ,ヨシコ
標題(和) GPSデータ解析に基づく西太平洋のテクトニクスの研究
標題(洋)
報告番号 214813
報告番号 乙14813
学位授与日 2000.09.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14813号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 教授 歌田,久司
 東京大学 教授 加藤,照之
 高知大学 助教授 田部井,隆雄
内容要旨 要旨を表示する

 西太平洋・東アジア地域は太平洋プレート,ユーラシアプレート,インド・オーストラリアプレートなど大きなプレートが互いに沈み込み,衝突しあう収束の場である.このため,この地域では複雑・多様な地学現象が発生する.たとえば,インド大陸の衝突によるヒマラヤ山脈の隆起,チベット高原〜中国大陸に至る地殻の変形,インドネシア〜フィリピンの複雑なテクトニクス,背弧海盆の拡大や太平洋プレート,フィリピン海プレートの沈み込みによる日本列島の変形など多くの興味深い現象が指摘されている.これらのプレートに関しては,海洋底磁気異常の縞模様などから,地質学的な時間スケールでの剛体的なプレート運動モデルが提唱されている.いっぽう,この地域ではアムールプレートをはじめとする,いくつかのマイクロプレートが提唱されているが,これらのプレートの運動や境界は必ずしも明確になっていない.そこでこの地域のテクトニクスを解明するためには,まず計測に基づく現在のプレート相対運動モデルを確立することが必要である.プレートモデルが確定すれば,さらに詳細な観測事実からプレートの内部や境界における変動場を検出することが可能になり,そこからプレート間相互作用を推定してテクトニクスをより詳しく知ることが可能になるであろう.

 このような,現在のプレート相対運動と内部変形の精密な解明のためには宇宙測地技術を用いることが必要であり,わけても上記のような目的のためにはGPSを用いることがもっとも適切と考えられる.そこで本研究では地震研究所が中心となって実施してきたこの地域のGPS観測のデータを解析して以下のことを解明しようと試みた: 1)西太平洋〜アジア地域の変位速度場を明らかにする. 2)フィリピン海プレートの運動を精密に明らかにし,特に西南日本の収束過程を精密に明らかにする,3)マリアナの背弧拡大やヤップパラウ地域の変位速度場を前項に基づいて明らかにする.

 使用したデータは当地域における1995年7月から1998年6月までのWING,IGS,GSIによる連続観測データおよび沖の鳥島,マリアナ,ヤップ・パラウにおける1992年以降のキャンペーンデータである.連続観測点は解析当初においては十数点にすぎなかったが,その後増加して1998年には38点にのぼった.したがって観測点により解析期間が異なり1年未満の観測点では誤差が大きく信頼性に欠けるかもしれない.解析にはIGSのfiducial観測点6点を含めグローバルネットワーク解析を試みた.解析にはBernese software v4.0を用いfiducial-freeの方法を適用した.基線長が2,000kmを越える長基線も含まれるので,初期位相不確定の解決にはMelbourne-Webbena一次結合も導入した.座標系はHeki(1996)によるKinematic Reference Frameに固定して,ユーラシア安定地塊に対する変位を求めた.以下に述べる速度はすべてユーラシア安定地塊に対するものである.

 Fig.1はGPS連続観測データの解析結果である.図から特徴的な以下のことを読み取ることができる; 1)南鳥島,トラック島など,太平洋プレートやフィリピン海プレートなどの海洋プレート上の観測点でプレート境界から隔たった内部の観測点は,剛体プレートモデルから予測される速度と大変よい調和を示す.しかしパラウやマニラのようにプレート境界近傍の観測点は剛体的プレートモデルから予想される速度ベクトルとは有意に異なりプレート境界近傍の局所的変位・変形の影響を受けていることを示唆する. 2)石垣島やグアムなど,プレート境界で背弧拡大を示唆する観測点がある. 3)ユーラシア大陸地殻上の観測点では大規模なプレート内変形が進行している.例えばラサはインド大陸の衝突の影響で4.0cm/yrの速度で北東に変位する.この衝突による地殻の塑性変形が中国大陸を東方へ伝搬していく様子を西安,武漢,上海の観測点速度は示している.

 次にフィリピン海プレートの回転運動を詳細に調べるため,沖の鳥島のGPS繰り返し観測データに地理院の南大東島,父島,八丈島の観測データをあわせてフィリピン海プレートの回転運動を求めた.GPSによる変位速度ペクトルから線形最小二乗法を用いてEuler poleを求めることで,観測誤差以外の曖昧さが含まれない精度のよい推定が可能となった.求まったEulervectorは(41.55N±0.42, 152.46E±0.43, -1.50±0.04deg/my)である.この回転ベクトルから予測される運動と西南日本のプレート境界におけるGPSおよび地震の観測データを比較すると,琉球海溝では予測値,GPS観測値,地震のスリップベクトル全ての方向がほぼ一致するのに対し南海トラフでは地震のスリップベクトルの方向が有意に東西寄りにオフセットをもっていることが明らかとなった(Fig.2).また,台湾付近ではフィリピン海内部の観測点の変位速度が剛体モデルから有意に遅く,大陸と島弧の衝突のためフィリピン海プレート内に圧縮が生じていると考えられることが示唆された.

 次にフィリピン海プレート内部で顕著な変形を示すマリアナトラフの背弧拡大の解明を試みた.グアム島を含む北マリアナ諸島のGPS繰り返し観測のデータを解析し,以下の結論を得た; 1)マリアナ諸島はフィリピン海プレートの主要部分に対し近似的には1つのブロックとして回転している, 2)マリアナトラフの拡大速度はグアム島付近で約6cm/yrに達するが,その速度は緯度に依存して北に行くほど遅くなる.これは,海底磁気異常データから得られる速度と定量的にも調和的である, 3)マリアナ小プレートの剛体的モデルから推定される運動と観測値を比較すると,北部のパガン島,ググアン島,アナタハン島はわずかに北向きにずれており,南部のサイパン,グアムではほぼ一致する.マリアナ小プレートは北緯16度近傍において南北に分かれている可能性があり,提唱されているセグメント化の考えと調和的である(Fig.3).

 最後に,フィリピン海南端に位置するヤップ.パラウ付近の変位速度場について考察した.パラウの連続観測に基づく変位速度の観測値(約2年)とモデル値は有意に異なっており,その原因は明らかでない.そこで太平洋プレート側のウリシ島・ファイス島を含むこの地域で実施された繰り返し観測のデータ(1992〜1996)を解析して,より長期間の変動を調査したところ,以下のことが明らかとなった; 1)ヤップ島の変位速度はモデル値よりも22〜25%遅くその差は有意であると思われる. 2)ヤップ海溝で両側のプレートはおよそ1cm/yrの速度で収束していることが示唆される. 3)ウリシ島・ファイス島の変位速度は太平洋プレートのNUVEL1-Aの速度とほぼ一致する.またトラック島とウリシ島・ファイス島間の距離に有意な違いはなく,カロリンリッジはこの地域では変形していないと考えられる.すなわち,台湾で観察されるような沈み込み(衝突)直前の海洋プレートの変形は,ここでは観測されない. 4)パラウ島では観測された変位速度はモデルに比較して35%程度遅いが,連続観測による推定値と非調和的であり,さらに観測と解析を継続する必要がある.

 以上を要するに,GPS観測から得られた数年間のデータを用いて精密な基線解析を実施することによって,西太平洋・東アジア地域の精確かつ詳細な測地的変位速度場とそれに基づくプレートの剛体運動および内部変形がはじめて明らかにできた.

Fig.1 Site in the western Pacific and Asia velocities relative to Eurasian stable continent. The solid arrows represent the site velocities by continuous observations, and the dark arrows represent those by campaign observations.

Fig.2 Velocity vectors in and around the southwesten part of Japan; Open arrows: estimated velocity vectors at plate boundary from the pole of the present study, dark arrows: selected velocity vectors taken from the nationwide GPS array(Tada et al.,1997), and bars with dot: direction of slip vectors of interplate earthquakes used by Seno et al.(1993),respectively.

Fig.3 Velocity vectors at Mariana Islands, solid arrows: observation vectors, light gray arrows: estimated ones from the pole of the present study, dark grey arrows: difference with observation and estimated, and open ones: estimated from the pole of rigid mariana platelet model, respectively.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、西太平洋からアジアにかけての地域において実施されたGPS(全地球測位システム)を用いた観測のデータを統一的に解析し、この地域のプレート運動と関連するテクトニクスを論じたものである。論文は7章から構成されている。

 第1章では、西太平洋からアジアにかけての地域のテクトニクスを概説し、本研究の意義について述べられている。当該地域のプレート運動の特徴が簡潔に、かつ手際よく述べられ、そこでの研究にGPSが如何に重要であるかが述べられている。

 第2章では、本研究で使用した解析手法をやや詳細に解説している。GPSは高度にシステム化した技術であり、解析に使用したソフトウェア(Bernese v4.0)も完成度の高いものであるが、その汎用性ゆえに高い精度を得るためには目的に応じた適切な対応が要求される。この章では、本研究で用いた解析の戦略について詳しく解説されており、著者独自の解析手法についても述べられている。また、以下の章において得られる変位場が、著者によって導入された手法による、ユーラシア安定地塊に準拠したものであることが述べられている。

 第3章では、西太平洋〜アジア地域のGPSによる変位速度場について述べられている。本章はこの研究の根幹をなす部分である。東経60度〜東経180度、南緯10度〜北緯65度の領域に設置されている38のGPS連続観測点について、1995年7月〜1998年6月の3年間のデータを基線解析し、各観測点の変位速度を求めている。大量のデータを効率よく処理し、当該地域のテクトニックな動きがGPSによって精度よく見てとれることが示されている。特に、太平洋プレートやフィリピン海プレートの変位速度が、地質学的プレートモデルとよい一致を示すことや、インドのユーラシア大陸への衝突過程が精度よく示されていて興味深い。本章の成果は、世界に先駆けて当該地域のプレート運動の現状を検出したものであり、学術的価値が極めて高いと判断される。

 第4章では、フィリピン海プレート内部において実施されたGPS観測に基づき最近数年間のフィリピン海プレートの回転運動を高精度に推定している。フィリピン海プレートは周囲を全て沈み込む境界で囲まれていて、従来の地質学的、地球物理的方法では正確なプレート運動を決定するのは困難であった。フィリピン海のほぼ中央にある沖の鳥島において実施された数次にわたるGPS観測の解析と、国土地理院による連続観測の結果を用いて測地学的データによる回転運動をこれまでになく高い精度で求めている。さらにフィリピン海プレートの沈み込みが西南日本の地殻変動に及ぼす影響についての議論が付け加えられている。この章は、フィリピン海プレートの回転運動という、これまで多くの研究がなされてきた分野においてGPSによる新たな知見を提示しており、オリジナリティに富む一章である。

 第5章では、マリアナトラフの背弧拡大について述べられている。北マリアナ諸島でのGPSキャンペーンデータを解析して、現在のマリアナトラフの拡大速度と拡大様式を求めている。マリアナトラフにおける地形および地磁気縞模様の観測から、マリアナトラフは北緯18度付近では約3cm/yrの速度で拡大しているとされており、本研究では、地質学的に求められていた拡大速度に対し、GPSに求められた速度がよくあう、という結果となっている。背弧拡大について、測地学の立場から新しい知見が得られているといえよう。

 第6章では、ヤップ、パラウ地域のテクトニクスについて述べられている。フィリピン海南東部の島嶼地域で実施されたキャンペーン観測を解析して、この地域のテクトニクスを議論し、フィリピン海南東端に位置するヤップ、パラウ地域は剛体的なフィリピン海プレートの変位速度場とは異なる変位速度が観測されていると述べられている。まだ、確定的な成果とは言い難い部分もあるが、まだあまり研究が進んでいないフィリピン海南束部に焦点があてられており、今後の当該地域の研究に重要な資料を提供するものである。

 第7章は本研究で得られた結論と今後の課題について述べている。以上を要するに、本研究は、西太平洋地域において実施されたGPS観測のデータ解析により、この地域のプレート運動をはじめとして、プレート境界部における詳細な変位・変形を、世界に先駆けて精度よく検出し、そのテクトニックな意義を論じたものであり、博士(理学)に充分な学術的価値を持つものと判断する。

 なお、本論文第4章は、加藤照之他2名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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