学位論文要旨



No 215056
著者(漢字) 清水,克彦
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,カツヒコ
標題(和) 規制行政とスタンダードの活用
標題(洋)
報告番号 215056
報告番号 乙15056
学位授与日 2001.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15056号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,学
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 西尾,茂文
内容要旨 要旨を表示する

 技術に関係する政府の行政施策として重要な、(1)「産業技術振興行政:産業技術を振興すると共に産業技術基盤を整備して、国の経済基盤を確実なものとすること」、及び、(2)「技術規制・監督行政:技術の使用を伴う産業界及び公共の活動が法的観点及び技術的観点の双方から見て、適正に行われるよう規制すると同時に監視・監督すること」の内、近年、わが国において繰り返し起きている、原子力施設事故、食品中毒・薬害事件、鉄道事故、リコール隠しなど、上記(2)に関連する諸事件を詳しく検討して、規制行政の改革が必要であること、及び、わが国において現在進められている規制改革は、そのような事件の再発防止の観点からは十分でないことを明らかとした。(第1章、第2章)

 技術の使用に関係する諸事件の発生を全く無くすことは困難であるが、連続して起きることだけは防止しなくてはならない。再発の防止を図るため、英米両国がこれまで取組んできた、行政府の構造改革と行政施策【procedure】の改革を、政策と運用の両面から研究し、次の諸事項を明らかとした。

(1)米英両国政府はそれぞれ、上記(2)の規制行政の改革に関して、「(i)立法府、司法府と行政府の三者の役割分担をどのようにするか、(ii)政府の構造・機構をどのようなものとするか、及び、(iii)政府の各部門の機能をどう規定するか」などについて、長年にわたって検討を重ね、規制行政の改革を推進してきたこと。(2)その過程で、規制・監督行政を円滑に進める上において、近代の国民国家の基本思想である「三権分立の理念」を、理論通りに遂行することが実務上は困難であるという問題に直面した、米国議会が、その困難を克服する工夫として、英国に先例があった、「準立法機能」と「準司法機能」を併せ持つ行政機関としての「行政委員会制度(Independent Agency)」の採用が望ましいと考え、1887年に、「連邦州際通商委員会(Interstate Commerce Commission)」を設立し、また同時に、「行政機関に準立法機能と準司法機能を委任することに対する、憲法上の疑義の可能性」を解消するため、「スタンダードを活用する」工夫を編み出したこと。(3)英国において1960年代に労働災害が多発したため、労働安全衛生行政上の問題の根源を見出しその改革方針の提言を目的として発足した政府調査委員会が、1972年に公表した報告書Robens Reportの骨子は、「行政委員会制度を採用すること、及び、民間のVoluntary Standardsを活用すること」の2点にあり、上記、米国議会が1887年に採った政策を踏襲するものであったこと。【英国議会は、この報告書に基づき、新しい労働安全衛生法(Health & Safety at Work Act)を1974年に制定した。】(4)1990年に制定された英国の環境保護法(Environmental Protection Act 1990)と1995年に制定された改正環境保護法によって採用された改革の手法も、「Robens Reportの提言に沿うもの」であったこと。及び、(5)以上の諸点を総合的に勘案した結論として、英国と同様、行政権の基本体制として議院内閣制を採用しているわが国にとって,「行政委員会とスタンダードの活用」による、規制行政の改革が望ましいものであること。(第3章)

次いで、ヨーロッパの市場統合の実現が長年停滞する原因となっていた、ローマ条約Article 100(現Article94)の制約、すなわち、全加盟国の合意を必要とするという規定達成の困難を克服するために、EC理事会とEC委員会が採用した、「ニューアプローチ」の政策の狙いが、製品安全の分野で「民間のVoluntary Standardsを活用する」ことにあり、この手法も「Robens Reportの提言に沿うもの」であることを示した。(第4章)

 他方、長年の検討に基づき、環境保護行政の実効性を高めることを意図して、米国議会が1990年に制定した環境汚染防止法(Pollution Prevention Act of 1990)の下で、環境保護庁(Environmental Protection Agency)が採用した、スタンダード(環境規制基準)を弾力的に運用するという手法は、「事業者に新技術を創出する活動を促す」ことにより、環境汚染を未然にかつ効果的に防止し、行政の実効性を挙げるものであることを示した。また、この手法が新技術の創出促進に有効であることを、経済学及びリスクマネージメントの両視点からの検討を含めて、多角的に検証した。(第5章)

 「欧米諸国において、スタンダードの活用が重要視されている」ことと較べて、「わが国おいては、その認識が低いこと」、かつ、「わが国のスタンダードに対する基本的理解が米英両国と異なっている」ことを明らかとした、また、これまで「スタンダードは与条件として考えられてきていた」が、スタンダードを重視するこれからの技術開発競争の下において、「スタンダードを達成目標として考える必要のある」ことを明らかとすると共に、(1)産業技術振興に係わる、「人工資源産業の育成」などを柱とする「スタンダードを基盤とする産業技術戦略」と(2)技術規制行政に係わる、「規制改革戦略」とを併せて推進することが、わが国にとって有意義であることを示した。(第6章)

 スタンダードは安全・健康・環境に係わる規制行政と新技術の創出において、極めて重要な働きをしているが、近年は、各種のISOマネジメントシステム規格の制定と採用が進むと共に、サービスの貿易の進展に伴って資格に関するスタンダード制定の検討も進められるなど、これまでとは比べものにならないほど広い分野で、かつ多様に活用されようになってきているスタンダードを、関係する法律のあり方と併せて体系的に検討すると共に、スタンダードの制定と運用のあり方を総合的に研究する「スタンダード学」の必要性と、スタンダード学に法学体系の一部として位置付けを与えると同時に、スタンダード学を含み、法学と工学の融合を目指す総合的学としての「法工学」研究の意義を多角的に検討し、その必要性を明らかとした。(第7章)

 総括として、わが国と米国のスタンダードへの取組み方を対比して、わが国にとって、スタンダード政策を検討するナショナルセンターが必要であること、及び、工学系の学協会の役割が重要であること、並びに、工学系の学協会がそのような役割を果たすためには、その性格を技術者協会として変えてゆくことが必要とされることを示した。(第8章)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は欧米における規制行政とスタンダードとのかかわりを分析し、わが国における今後のあり方について提言を行ったものである。

 まず第1、第2章においては、技術に関係する政府の行政施策として重要な、(1)「産業技術振興行政:産業技術を振興すると共に産業技術基盤を整備して、国の経済基盤を確実なものとすること」、及び、(2)「技術規制・監督行政:技術の使用を伴う産業界及び公共の活動が法的観点及び技術的観点の双方から見て、適正に行われるよう規制すると同時に監視・監督すること」の内、近年、わが国において繰り返し起きている、原子力施設事故、食品中毒・薬害事件、鉄道事故、リコール隠しなど、上記(2)に関連する諸事件を詳しく検討して、わが国の規制行政の改革が必要であること、更に、わが国において現在進められている規制改革は、そのような事件の再発防止の観点からは十分でないことを明らかにしている。

 次に第3章においては、事故の再発の防止を図るため、英米両国がこれまで取組んできた、行政府の構造改革と行政施策【procedure】の改革を、政策と運用の両面から研究し、次の諸事項を明らかにした。即ち、

(1)米英両国政府はそれぞれ、上記(2)の規制行政の改革に関して、「(i)立法府、司法府と行政府の三者の役割分担をどのようにするか、(ii)政府の構造・機構をどのようなものとするか、及び、(iii)政府の各部門の機能をどう規定するか」などについて、長年にわたって検討を重ね、規制行政の改革を推進してきたこと。(2)その過程で、規制・監督行政を円滑に進める上において、近代の国民国家の基本思想である「三権分立の理念」を、理論通りに遂行することが実務上は困難であるという問題に直面した米国議会が、その困難を克服する工夫として、英国に先例があった、「準立法機能」と「準司法機能」を併せ持つ行政機関としての「行政委員会制度(Independent Agency)」の採用が望ましいと考え、1887年に、「連邦州際通商委員会(Interstate Commerce Commission)」を設立し、また同時に、「行政機関に準立法機能と準司法機能を委任することに対する、憲法上の疑義の可能性」を解消するため、「スタンダードを活用する」工夫を編み出したこと。(3)英国において1960年代に労働災害が多発したため、労働安全衛生行政上の問題の根源を見出しその改革方針の提言を目的として発足した政府調査委員会が、1972年に公表した報告書Robens Reportの骨子は、「行政委員会制度を採用すること、及び、民間のVoluntary Standardsを活用すること」の2点にあり、上記、米国議会が1887年に採った政策を踏襲するものであったこと。【英国議会は、この報告書に基づき、新しい労働安全衛生法(Health & Safety at Work Act)を1974年に制定した。】(4)1990年に制定された英国の環境保護法(Environmental Protection Act 1990)と1995年に制定された改正環境保護法によって採用された改革の手法も、「Robens Reportの提言に沿うもの」であったこと。及び、(5)以上の諸点を総合的に勘案した結論として、英国と同様、行政権の基本体制として議院内閣制を採用しているわが国にとって,「行政委員会とスタンダードの活用」による、規制行政の改革が望ましいものであること、などを示した。

 次いで、第4章においては、ヨーロッパの市場統合の実現が長年停滞する原因となっていた、ローマ条約Article 100(現Article94)の制約、すなわち、全加盟国の合意を必要とするという規定達成の困難を克服するために、EC理事会とEC委員会が採用した、「ニューアプローチ」の政策の狙いが、製品安全の分野で「民間のVoluntary Standardsを活用する」ことにあり、この手法も「Robens Reportの提言に沿うもの」であることを示した。

 更に、第5章においては、長年の検討に基づき、環境保護行政の実効性を高めることを意図して、米国議会が1990年に制定した環境汚染防止法(Pollution Prevention Act of 1990)の下で、環境保護庁(Environmental Protection Agency)が採用した、スタンダード(環境規制基準)を弾力的に運用するという手法は、「事業者に新技術を創出する活動を促す」ことにより、環境汚染を未然にかつ効果的に防止し、行政の実効性を挙げるものであることを示した。また、この手法が新技術の創出促進に有効であることを、経済学及びリスクマネージメントの両視点からの検討を含めて、多角的に検証した。

 続いて第6章においては、「欧米諸国において、スタンダードの活用が重要視されている」ことと較べて、「わが国おいては、その認識が低いこと」、かつ、「わが国のスタンダードに対する基本的理解が米英両国と異なっている」ことを明らかとした、また、これまで「スタンダードは与条件として考えられてきていた」が、スタンダードを重視するこれからの技術開発競争の下において、「スタンダードを達成目標として考える必要のある」ことを明らかとすると共に、(1)産業技術振興に係わる、「人工資源産業の育成」などを柱とする「スタンダードを基盤とする産業技術戦略」と(2)技術規制行政に係わる、「規制改革戦略」とを併せて推進することが、わが国にとって有意義であることを示した。

 このような分析をふまえて、第7章において、スタンダードは安全・健康・環境に係わる規制行政と新技術の創出において、極めて重要な働きをしているが、近年は、各種のISOマネジメントシステム規格の制定と採用が進むと共に、サービスの貿易の進展に伴って資格に関するスタンダード制定の検討も進められるなど、これまでとは比べものにならないほど広い分野で、かつ多様に活用されようになってきているスタンダードを、関係する法律のあり方と併せて体系的に検討すると共に、スタンダードの制定と運用のあり方を総合的に研究する「スタンダード学」の必要性と、スタンダード学に法学体系の一部として位置付けを与えると同時に、スタンダード学を含み、法学と工学の融合を目指す総合的学としての「法工学」研究の意義を多角的に検討し、その必要性を明らかとした。

 最後に、総括として、わが国と米国のスタンダードへの取組み方を対比して、わが国にとって、スタンダード政策を検討するナショナルセンターが必要であること、及び、工学系の学協会の役割が重要であること、並びに、工学系の学協会がそのような役割を果たすためには、その性格を技術者協会として変えてゆくことが必要とされることを示した。

 以上要するに、本論文は、わが国の将来のためにスタンダードの活用を軸とする産業政策および規制行政を推進すべきであり、それを実効あらしめるために、行政委員会を中心とする政策執行機関の整備が必要であることを、広範な資料の分析を通して明らかにしたものであり、工学と行政、工学とスタンダード、更に広くは工学と法との相互作用を究明することを通して、将来の工学・技術のあり方を追及する新しい学問領域を開拓したものであると考えられ、その成果は高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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