学位論文要旨



No 215074
著者(漢字) 奥平,典子
著者(英字)
著者(カナ) オクダイラ,ノリコ
標題(和) プロドラッグの体内動態に関する研究 : トランスポーターの関与
標題(洋)
報告番号 215074
報告番号 乙15074
学位授与日 2001.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15074号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

脂溶性のプロモイエティを導入することにより消化管粘膜透過性を改善したプロドラッグには、抗生物質、ACE阻害剤などの例がある。プロドラッグ化の成功には、(1)膜透過性の上昇が吸収率に反映されること、(2)プロモイエティが生体に作用しないことなどが必要である。本研究では、それぞれの点について、プロドラッグの開発研究で問題となった事例をとりあげメカニズムの解明を行った。

I.抗血小板薬GP-IIb/IIIa拮抗薬は、多くの製薬企業においてカルボキシエステル型プロドラッグが合成されたが、いずれも経口吸収率が改善されなかった。この原因を解明するため、GP-IIb/IIIa拮抗薬のプロドラッグME3229をモデル化合物として消化管吸収動態を解析した。

II.プロモイエティとPivaloyloxymethyl(POM)基を持つプロドラッグを、長期間大量に服用した小児において、血中及び筋肉中carnitine濃度が低下し、carnitine欠乏症の症状を呈した例が報告されている。通常の用法、用量で、血漿中濃度は正常時の約50%に低下するものの、carnitine代謝に関連する副作用は報告されておらず、臓器中濃度に関する情報は乏しい。そこで血漿中carnitine低下時における臓器中carnitineの動態を解析した。

【結果及び考察】

I.GPIIb/IIIa拮抗剤のエステル型プロドラッグの消化管吸収動態

I-1.カルボキシエステル型プロドラッグの消化管吸収動態の検討

 GP-IIb/IIIa拮抗薬ME3277は、分子内にカルボン酸とアミノ基を有する極性化合物であり、それ自身はほとんど経口吸収されない。ME3277の2つのカルボン酸をブチルエステル化したプロドラッグME3229は、その脂溶性、Caco-2細胞膜透過性より、良好な経口吸収性が期待されたが、ラットに14C-ME3229を経口投与後の尿中及び胆汁中排泄率より求めた吸収率は10.0%であった。

 ラットの消化管一回灌流法により、ME3229の吸収動態を解析した結果、ME3229はその脂溶性、膜透過性に応じた速度で消化管粘膜を透過し、消化管細胞内に移行するものの、細胞内で生成した代謝物(モノエステル体及びME3277等のdiacid体)の血液側への到達率が低いことが示された。ME3229を含む溶液で灌流後、薬物を含まない灌流液に切替え、血液側、管腔側への代謝物の出現速度を測定したところ、灌流液を切替え管腔からプロドラッグが消失した後も、引き続き代謝物が出現し、その速度比は17:1(管腔側:血液側)であった。従って、細胞内で生じた代謝物が主として管腔側へ排出され、血液側への到達率が低かったため、プロドラッグ化が吸収率の上昇につながらなかったものと推定された。

 ME3229の代謝物の消化管組織透過性は、モノエステル体及びME3277共に、glucose存在下では排出方向>吸収方向の方向性が認められた。glucose非存在下ではその差が縮小したことから、代謝物は、brush border membrane上に存在するtransporterにより、エネルギー依存的に管腔側へ排出されるものと考えられた。

 消化管粘膜上に存在し、消化管吸収のバリアーとして機能することが示唆されているefflux transporterとしては、P-glycoprotein(P-gp), canalicular multispecific organic anion transporter/multidrug resistance associated protein 2(cMOAT/MRP2)等が報告されている。代謝的に安定なME3277を用いて、これら既知のtransporterが関与している可能性について検討した。ME3277のCaco-2細胞単層膜透過性には方向性が認められず、ラット小腸における透過定数に部位差は認められなかった。P-gpの特異的阻害剤であるverapamilによるeffluxの阻害効果は認められず、cMOAT/MRP2が遺伝的に欠損したEisai hyperbilirubinemic rat (EHBR)におけるeffluxの低下も認められなかった。以上の知見より、ME3277のeffluxには、P-gp、cMOAT/MRP2以外のtransporterが関与している可能性が示された。また、ME3277のeffluxは、1-naphtol、CDNB及びBSPにより有意に阻害されたことから、MRP familyまたはOATP familyと類似の基質特異性を持つことが示された。

I-2.ダブルプロドラッグの消化管吸収動態の検討

 ME3230は、GP IIb/IIIa拮抗剤EF5154のカルボン酸及びアミノ基をマスクしたダブルプロドラッグであり、ラットにおいて良好な経口吸収率(52.1%)を示した。小腸一回灌流実験及びUssing chamber法による吸収動態及び消化管粘膜透過性を検討した結果、プロドラッグ化により膜透過性が上昇したME3230は、消化管粘膜を透過して細胞内に移行し、カルボン酸またはアミノ基のプロモイエティが加水分解され、膜透過性の低い代謝物に変換されることが示唆された。これらの代謝物は徐々に管腔側及び血液側に移行するが、ME3229と比較すると血液側への移行率が高く、このため、ME3230は、高い経口吸収率を示したものと考えられた。

I-3.プロドラッグ消化管吸収におけるefflux transporter の関与

 プロドラッグが消化管細胞内移行した後、細胞内で生成された代謝物は、細胞内→管腔、細胞内→血液側の両方向に濃度勾配を生じるが、ME3229のように、代謝物が消化管粘膜上に存在するefflux transporterの基質となり管腔に排出される場合、血液側への移行率が低下し、これがプロドラッグの経口吸収性を決定する重要な要因の一つであることが明らかになった(図1)。

II.プロモイエティpivaloyloxymethyl(POM)基が内因性carnitine動態に及ぼす影響

 POM基をもつプロドラッグは、吸収過程で遊離されるpivalic acid (PVA)が、carnitineと抱合しcarnitineの排泄を促進することにより、血漿中carnitineレベルを低下させる。ラットにPVAを反復投与すると、ヒトと同様にcarnitineとの抱合体(pivaloylcarnitine)が尿中に排泄され、血漿中carnitine濃度(Cp)が低下した。腎臓中のcarnitine濃度は、血漿とほぼ同様の推移を示したが、肝、筋、心臓中の濃度は投与期間中ほとんど低下しなかった。肝臓を除く臓器ではcarnitineは生合成されず、血液からの取り込みにより濃度を維持しているにも関わらず、血漿中濃度低下時に臓器中濃度が変化しなかった原因を解明するため、無処置ラットとPVA投与ラットにおける血液から各臓器への取り込み能(CLuptake)をin vivoで測定した(表1)。腎におけるCLuptakeは、inulinのCLuptakeと近い値を示し、PVAにより変化しなかった。また、心臓におけるCLuptakeもPVA投与により変化しなかった。一方、肝臓、筋肉におけるCLuptakeは、PVA反復投与により約2〜6倍に上昇した。

 以上の結果より、各臓器におけるcarnitine濃度推移は、以下のように説明された。

腎:主に糸球体ろ過されたcarnitineを腎尿細管から再吸収することにより濃度を維持しており、PVA投与により糸球体ろ過速度は変化しないため、腎への取り込み速度がCpに比例して低下し、turn overが速いため速やかに新たな平衡状態に達した。

肝、筋:CLuptakeが上昇したため、Cpが低下しても臓器への取り込み速度(CLuptake x Cp)は低下せず、臓器中濃度が維持された。

心:CLuptakeからは臓器中濃度を説明できないが、turn over rateが遅いため濃度変化が緩慢であることが緩やかな濃度推移を示した一因と考えられた。

 CLuptake上昇のメカニズムを検討するため、無処置ラット及びPVA投与ラットより肝細胞を調製し、取りこみ速度定数を測定した結果、PVA投与により飽和性のある取り込み過程のVmaxが有意に上昇し、carnitine transporterのup-regulationが示唆された。transporterを介したcarnitine取り込み能の上昇による臓器中濃度の維持は、POM基を持つプロドラッグを投与した場合の安全性に寄与しているものと考えられた。

【結論】

(1) 吸収率の低いカルボキシエステルタイプのプロドラッグは、消化管細胞内に移行後、細胞内で生じた代謝物がBBM上のefflux transporterにより管腔に排出され、血液側への到達率が低いため、膜透過性の上昇が経口吸収率の改善につながらなかった。

(2) PVA投与時のcarnitineの動態を定量的に解析した結果、血漿中carnitine濃度は必ずしも臓器中濃度の低下を意味せず、各臓器中のcarnitine濃度推移は、carnitineの臓器取り込み能の変化等を考慮することにより説明された。

(3) プロドラッグ化による効率的な経口剤の開発には、従来の評価項目(膜透過性、活性体への変換率)に加え、消化管細胞内で生成された代謝物のefflux transport、吸収過程で遊離されるプロモイエティの挙動と生体への作用を考慮することが重要である。

図1.プロドラッグの消化管吸収におけるefflux transporterの関与

表1 無処置ラット及びピバリン酸投与ラットにおける3H-L-carnitineの組織取り込みクリアランス

審査要旨 要旨を表示する

近年、溶解度、膜透過定数などの物理科学的なパラメータにより薬物の経口吸収性を予測する方法が確立されつつあり、未変化体として吸収される薬物の場合、比較的正確に経口吸収性が予測できるようになった。しかし、プロドラッグの吸収動態の予測は極めて困難であり、膜透過性の改善が必ずしも吸収率の上昇に結びつかない事例が多い。その原因としては消化管管腔内での安定性、吸収過程における代謝的変換など、プロドラッグの吸収率を支配する要因が十分に解明されていないことにある。また、吸収過程でプロモイエティより生成される代謝物の体内挙動についての情報も非常に少ない現状にある。そこで本研究では、プロドラッグ化による吸収改善効果が得られなかったGlycoprotein IIb/IIIa拮抗剤のカルボキシエステル体プロドラッグME3229をモデル化合物として、種々の要因、特にトランスポータの関与について解析され、消化管吸収に及ぼす影響が検証された。また、プロモイエティより生成される代謝物については、多くのプロドラッグに使用されているPivaloyloxymethyl (POM)基が取り上げられ、薬物動態解析及び内因性物質であるcarnitine代謝への影響について検討された。

1.カルボキシエステル体プロドラッグME3229の消化管吸収動態の解析

ラットの消化管一回灌流法により、ME3229の吸収動態を解析した結果、ME3229はその脂溶性、膜透過性に応じた速度で消化管粘膜を透過し、消化管細胞内に移行するものの、細胞内で生成した代謝物の血液側への到達率が低いことが示された。ME3229をpreloadした後、血液側、管腔側への代謝物の出現速度を比較したところ、その速度比は17:1(管腔側:血液側)であった。従って、血液側への到達率が低かった原因は、細胞内で生じた代謝物が主として管腔側へ排出されたためであることが示された。

2.消化管内で生成される代謝物の消化管管腔への排出メカニズム

ME3229の代謝物の消化管組織透過性を、反転腸管法及びUssing chamber法により検討した。その結果、消化管組織内でME3229より生成される代謝物(活性体ME3277及びモノエステル体代謝物)は、brush border membrane上に存在するtransporterにより、エネルギー依存的に管腔側へ排出されることが示された。消化管粘膜上に存在し、消化管吸収のバリアーとして機能することが示唆されているefflux transporterとしては、P-glycoprotein(P-gp), canalicular multispecific organic anion transporter/multidrug resistance associated protein 2(cMOAT/MRP2)等が報告されている。ME3277の膜透過特性を、既知のtransporterの輸送特性と比較した。ME3277のCaco-2細胞単層膜透過性には方向性が認められず、ラット小腸における透過定数に部位差は認められなかった。

P-gpの特異的阻害剤であるvcrapamilによるeffluxの阻害効果は認められず、cMOAT/MRP2が遺伝的に欠損したEisai hyperbilirubinemic rat (EHBR)におけるeffluxの低下も認められなかった。以上により、ME3277のeffluxには、P-gp、cMOAT/MRP2以外のtransporterが関与している可能性が示された。また、ME3277のeffluxは、1-naphtol、CDNB及びBSPにより有意に阻害されたことから、MRP familyまたはOATP familyと類似の基質特異性を持つことが示された。

3.プロドラッグの消化管吸収におけるefflux transporterの関与

プロドラッグが消化管細胞内移行した後、細胞内で生成された代謝物は、細胞内→管腔、細胞内→血液側の両方向に濃度勾配を生じるが、ME3229のように、代謝物が消化管粘膜上に存在するefflux transporterの基質となり管腔に排出される場合、血液側への移行率が低下し、これがプロドラッグの経口吸収性を決定する重要な要因の一つであることが明らかになった。

4.プロモイエティPOM基が内因性carnitine代謝に及ぼす影響

POM基より消化管吸収過程で遊離されるpivalic acid(PVA)は、carnitineと抱合して排泄され、血漿中carnitineレベルを低下させるが、通常の用法・用量においてcarnitine代謝に関連する副作用の発現は報告されていない。ラットを用いた検討結果より、PVAは血漿中carnitine濃度を低下させるが、carnitineの利用臓器である肝、筋、心臓中の濃度は投与期間中ほとんど低下せず、血漿中濃度は臓器中濃度を必ずしも反映しないことが示された。無処置ラットとPVA投与ラットを用いて、各臓器への取り込み能(CLuptake)をin vivoで測定した結果、臓器によりcarnitineのturnover rateが大きく異なり、また、PVA投与により肝臓、筋肉においてCLuptakeが上昇することが示された。これらのパラメータを用いることにより、各臓器中のcarnitine濃度推移を説明することができた。CLuptakeの上昇メカニズムとしては、carnitine transporterのup-regulationの関与が示唆された。

以上、トランスポーターの関与に注目したプロドラッグの体内動態解析により、消化管粘膜上のtransporterによる、活性代謝物の管腔への排泄がプロドラッグ化による経口吸収性改善の障害になること、また、代表的なプロモイエティであるPOM基の安全性には、内因性物質carnitineの利用臓器における取り込み能力の調節が関わっていることが明らかにされた。本研究により、プロドラッグ化による経口剤の効率的開発に有用な知見を与えることができ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと考えられた。

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