学位論文要旨



No 215239
著者(漢字) ケネス,ペクター
著者(英字) Kenneth,Pechter
著者(カナ) ケネス,ベクター
標題(和) 日本の産学連携に関する定量的研究 : 技術革新政策立案のためのシステム評価
標題(洋) Measuring the University-Industry Linkage in Japan : System Assessment of Innovation Policy Formation
報告番号 215239
報告番号 乙15239
学位授与日 2002.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15239号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 藤井,眞理子
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 ロバート,ケネラー
内容要旨 要旨を表示する

背景

 不景気に長く低迷している日本経済は回復のために幅広く改革を行っている.改革の対象として日本のイノベーション・システムは大きな的になっており,特に科学技術立国を目指している日本には産業開発と公共研究を繋ぐ産学連携が脚光を浴びている.改革のモデルとして米国が注目されており,様々な米国の産学連携政策の設置が日本に採用されつつある.設置の例として,大学の民間企業からの研究費支出に対する依存,大学の積極的な特許獲得,技術移転機構(Technology Licensing Offices)の設立,大学教官の利潤追求の動機付け(インセンティブ)などが挙げられる.しかし,経済業績が日本を上回っている米国に注目するのが適切とは言え,現在の産学連携政策の立案のために十分な比較システム評価が的確に行われているとは言えない.的確な評価の代わりに,改革の方法に関して政治家,官僚,産業界のリーダー,教官と研究者の間の合意を達しやすくするために単純なイメージが描かれている.これは,米国の産業界は大学の研究者との密接な関係により好景気ができたのに対して,日本では大学研究との連携がないことにより日本産業が不景気から突破できないということ.この主張の主な証拠として,民間企業から日本の大学への研究費の支出,日本の大学が所有している特許や日本の大学が得ている特許権使用料などの産学連携指標が米国と比較し不足していることである.(図1,表1, 2).

問題点

 この一般通念により改革が進んでいるが,この道理は誤っている.米国の経済業績は単なる上記の要因によって生じた証拠が少ないので,上記の指標の日米の差によって直接に産学連携のパフォーマンスの差が示されるとは言えない.特に一般通念が見逃しているのは,日本と米国との各々の大学に対する政策枠組みが,基本的に異なる原理によって築かれていることである.米国の政策枠組み(quasi-market model)では市場原理は既に公共研究システムに利用されているのに対して,日本の政策枠組み(public investment model)では公共研究は公務であり個人の利潤追求などの市場原理は原則として許されていない.政策枠組みの違いにより上記のようなセクター間比較と国家間比較は産学連携の効率の指標としては利用ができない.

分析方法

 誤っているにも関わらず,この道理は主流になり根強くなってきたので,論文の第1章と第2章は根本的に論点を分析し,4種類の誤り(偏った認識,システム測定の誤り,実証的比較の誤り,規範的比較の誤り)を指摘して分類した.そして,このような誤りを避けるために比較システム測定のプロセスを分析した.分析の方法としては1990年代の日米対話の経験を利用した.対話した団体は日本学術振興会の産学共同委員会第149の先端技術と国際環境委員会と,全米科学アカデミーと全米工学アカデミーの米国研究会議との技術革新の日米ジョイント・タスク・フォースである.論文で利用した概念は対話のなかで論議された収斂(convergence)というメカニズムである.ジョイント・タスク・フォースの結論としては制度の収斂(institutional convergence)と問題の収斂(problem convergence)という二つの別々のメカニズムが考案された.論文の主張は各々の収斂の概念の立場によって技術革新政策立案のためにシステム評価の結果が異なるということである.異なる理由は各々の収斂の概念によって観点が異なるからである(表3).日本の技術革新政策制度の改革の場合,問題の収斂の観点のほうが適当であろう.

従来の誤りを把握するために,第3章は現在まで中心的な役割を果たしている民間企業から大学への研究開発費の流れを分析した.従来の研究開発費の流れの分析によると,調査機関が国内外でも米国と比べると日本の流れは弱いという判断が多い.しかし,問題の収斂の観点から再比較をすると日本の流れは特に弱いとは言えない(表4).

問題の収斂の観点から分析すると,イノベーション・システムの国際比較のためには各々のシステムの政策モデルに偏っていない尺度や水準が必要である.従来の誤りと尺度の重要性を把握するために,第4章は今まで配慮されていなかった尺度を導入した.それは産学共著論文の分析から得た物差である.この尺度により,日本の産業の研究活動における日本の大学の役割は大きく,この20年間の推移は著しい(図2, 3).

この分析の結果は従来の考え方と大幅に異なっているので,結果の信憑性を調べた.例えば,日本の産学共著率は米国に劣っているのではないかという仮説に対して,米国と比べると日本の産学連携はこの尺度により全くアメリカに遅れていないということを証明した(図4, 5).

その他に,日本の産学共著論文のパターンは日本の大学ではなく海外の大学に依存していること,バブル経済の影響,日本の特殊な論文博士制度の影響の仮説を立てた.総ての仮説は証明することができなく,産学共著論文結果の信憑性が高いという結論を得た.

結論

 日本の産学連携は弱いという判断が一般通念になっているが,分析の結果は研究費の流れ,大学が所有している特許の数,産学共著論文などの尺度により日本の産学連携は特にアメリカに遅れていないと判断した.この結果と従来の通念をどのように調和するかという問題に関して,第5章は調和するために技術革新のプロセスを配慮しながら各々の判断を調べた.結論として,日本とアメリカの政策枠組みが異なるにも関わらず,技術革新は普遍性がある活動のため,技術革新の過程のなかで変化があればその結果は両国のイノベーション・システムに見える.そこで,この数十年間に渡る超競争(mega-competition)のなかの新規産業創出の重要性を考えると,イノベーション・システムの基盤として大学などの公共研究の役割はどのような国にも現れる.しかし,異なっている政策枠組みにより,現れ方も異なるかもしれない.そこで,技術革新政策立案のための定量的なシステム評価が不可欠となる.そして,システム評価には,問題の収斂は適切な観点であるという結論に達した.

図1. 産業界による日本産学連携の問題点

表1. 日本政府による日本のイノベーション・システムの主要指標のセクター別構成比

表2. 大学研究者による産学連携の主要指標の日米比較

表3. 比較システム評価のための観点の特徴

表4. 産業の研究費と大学の研究費に対する民間企業からの大学研究費の割合(1996年)

図2. 日本産業の相手別論文数の推移

図3. 業種別産学共著率の推移

図4. 米国産業の相手別論文数の推移

図5. 日本と米国産学共著率の推移

審査要旨 要旨を表示する

 産学連携の重要性は、日本だけに限らず世界において、指摘されることが多くなってきている。しかし、その政策立案のために、産学連携を一つのシステムとして把握して、システム評価を行う必要があるが、その方法は確立されていない。本研究は、各国における産学連携のシステム評価を、政策や組織形態から中立的な形で、客観的・定量的に行う方法を確立することを目的として、いくつかの指標についての日米比較の測定を行い、適切な指標群を見つけ出すことに成功したものである。

 従来の研究においては、産学連携の実態を定量的に評価する方法として、産業から大学への流れる研究資金の大きさ、大学から出願された特許の件数、民間企業と大学との間に成立した技術移転契約件数などの指標が使われていた。このような指標群により日米両国を評価すれば、日本の産学連携は米国に比べて数段劣っているというのが、常識とされていた。しかし、これらの指標は、日米で異なる政策の枠組みや大学の組織形態に大きく左右される指標群である。

 そこで、本研究においては、政策の枠組みや組織形態から独立している指標の選択基準を明らかにした。その基準としては、1)中立的な評価が出来ること、2)客観的データを根拠にしていること、3)政策枠組みに影響を受けないこと、4)機能の等値性に基づく評価を可能にすること、5)システムの進化を動的に測定することが可能なこと、の5つの基準を採用している。

 産業から大学へ供給される研究資金の金額の推定について、上記の基準を1996年度のデータに適用した。具体的には、自然科学と工学に関する研究開発活動だけに限定して集計する、連邦政府が大学内に設立している研究開発センターの経費は大学が支給しているとする、FTE(Full Time Equivalence)による調整、日本の国立大学の一般校費の研究活動への換算比率の採用などである。その結果、資金の供給元の産業側からの視点で集計したもの(産業が負担する研究開発費の中で大学に支給される金額の割合)では、日本は米国の70%の水準である。受け手の大学側からの視点(大学が使用する研究費の中で産業から受け取る研究費の割合)で集計すれば、日本は米国の9割の水準であるという結果を算出している。

 日米の政府による従来の集計によれば、日本の水準は米国の60%(米国の国立科学財団の推計)、あるいは、70%(日本の科学技術政策研究所の推計)という推定値であり、それらと比べると、日米の違いは、従来考えられていたよりは、大きくないことを明らかにした。さらに、産業から大学への資金の供給量の増加率を1979年を基準に計算したところ、その増加傾向は日米でほとんど同一てあることも明らかしている。

 研究資金の統計よりもさらに客観的で、中立的な指標を探索した結果、産業の研究者と大学の研究者が共著で発表している論文数に注目した。そのため、米国のISI(Institute of Scientific Information)のデータベースに収録されている論文(1981-1996年)を分析対象にした。この論文の中で、日本企業に属する研究者が著者になっている論文だけを抽出した。その結果、110,588の論文が抽出され、これを母集団とした。

 これらの論文を、企業だけの研究者の共著論文と企業と大学の研究者の共著論文に分類した。その結果、次のことが明らかになった。企業の研究者だけが共著者となっている論文が母集団に占める割合は、1981年の70.3%から、1996年の43.3%へと大きく減少している。これに対して、大学の研究者との共著論文の割合は、1981年の23.1%から、1996年の46.6%へと大きく増加している。その結果、企業の研究者により国際的な学会誌に発表される論文では、企業内での共著より、大学の研究者との共著が主流になってきていることを発見した。

 この共著論文の割合という指標で日米比較を行っている。米国科学財団から公表されているデータによれば、大学研究者との共著論文の割合は、1981年の21.6%から、1995年の40.8%へと増加している。大学と企業の研究者の共著論文の割合で見ると、日本と米国の間には違いがなく、過去20年間の推移はほとんど同一であることを明らかにした。この結果の一般性を検討するため、英国における共著論文の割合を調査している。英国の数値も、1981年の18%から、1994年の39%へと上昇しており、日本や米国との違いがないことを明らかにしている。

 以上を要するに、本研究を通じて、産学連携のシステム評価のための新たな指標を提案した。この指標に基づき、日米比較を行い、日米間の格差は、従来想定されていたより少ないことを明らかにした。特に共著論文数の割合による時間的変化やその国際比較は、関連する学会での公表により、国際的に注目されている。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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