学位論文要旨



No 215294
著者(漢字) 原,寛
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ヒロシ
標題(和) DNA合成促進活性をもつ肝特異的新規タンパク質ヘパソシンのラットおよびヒト肝臓からの分離と同定
標題(洋) MOLECULAR CLONING AND FUNCTIONAL EXPRESSION ANALYSIS OF RAT AND HUMAN HEPASSOCIN, A LIVER-SPECIFIC PROTEIN WITH DNA SYNTHESIS-STIMULATING ACTIVITY
報告番号 215294
報告番号 乙15294
学位授与日 2002.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15294号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 助教授 広野,雅文
 東京大学 講師 上島,励
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

◆Introduction

 ラット肝臓を部分切除すると肝臓が再生することが、HigginsとAndersonによって1931年に初めて実験的に証明された。その後,肝再生を司る因子の解明に向け多くの研究が行われ、中村らにより、肝非実質細胞から分泌され、肝実質細胞に作用する強力なDNA合成刺激因子HGFが見出された。また、TGF-α、EGF、FGF-1も肝実質細胞に対し同様の作用がある。一方、肝再生の中期では肝実質細胞DNA合成抑制因子としてのTGF-βが発現し、肝再生を停止に向かわせていると考えられる。また、部分肝切除後、30分以内に活性化される遺伝子としてLRF-1等のいくつかの転写因子も報告されている。このように多くの報告がなされているにもかかわらず、肝再生の仕組みの詳細はまだ十分明らかになったとは言えない。

 本研究では、Differential cDNA cloning技術とXenopus oocyte expression screening法を用いて、ラットの肝再生に伴い活性化される新規の遺伝子を分離し、その遺伝子の産生する蛋白質(ヘパソシンと命名)が肝実質細胞のDNA合成を刺激する活性をもつことを見出した。本遺伝子は肝部分切除だけでなく、ガラクトサミンによる肝の傷害によっても活性化されることから、肝の再生に重要な役割を果たしていることが示唆された。次にこのラット遺伝子をプローブとしてヒト肝cDNAを得た。ヒト型組換え蛋白質を生産し、肝実質細胞のDNA合成を刺激する活性を検討したところ、ラット蛋白質と同様に活性をもっていた。

◆Results

(1)再生肝で活性化し、肝細胞のDNA合成を刺激する新規遺伝子の単離

 肝部分切除12時間後のラット肝からcDNAライブラリーを作製した。次に、再生肝cDNAと擬手術肝cDNAをそれぞれアイソトープ標識したものをプローブとして、differential hybridization法によりcDNAライブラリー70,000クローンを分析した。その結果、擬手術肝cDNAプローブより再生肝cDNAプローブでより強く結合するものとして357クローンを選択した。さらに正確にクローンを選択するため、357クローンからDNAを抽出してフィルターにブロッティングし、同様に2種類のプローブを用いて2次スクリーニングを行い、再生肝で活性化されるcDNA38クローンを得た。

 cDNAデータベースに基づく解析の結果、これらのクローンのうち、17クローンが新規遺伝子であった。これらの38クローンについて、それぞれcDNAをプローブに谷口らの方法により再生肝よりmRNAを抽出し、アフリカツメガエル卵母細胞にマイクロインジェクションを行い、蛋白質を発現させた。ここで得られた蛋白質(培養液中に発現しているので、培養液を濃縮したもの)をラット初代培養肝実質細胞に与えた。38クローンのうち、クローン#41がDNA合成を刺激する活性をもっていた。得られたクローン#41は完全長でなかったので、5'RACE法によって完全長ラットcDNAを得た。これは5残基のシステインを含む314アミノ酸からなる蛋白質をコードしていた(Fig.1)。

 一方、このラットcDNAをプローブとして312アミノ酸からなる蛋白質をコードするヒト肝cDNAを得た。

(2)ヘパソシン組換え蛋白質の発現と解析

 ラット・ヘパソシンcDNAをpCDL-SRα296に組込み、Verots S3細胞に導入し蛋白発現を行い、DEAE-Sepharose及びSephadex G-25を用いて精製した。得られた蛋白質は、SDS-PAGE還元下で34kDa、非還元下で66kDaであった(Fig.2)。精製蛋白質のN末端アミノ酸配列を解析したところ、その配列は、Asp-Glu-Asn-Cys-Leu-Gln-Glu-Gln-Val-Arg-Leu-Arg-Ala-Gln-Val-Arg-Gln-Leu-Glu-Thr-Arg-Val-Lys-Gln-Gln-Gln-Val-Val-Ile-Alaであった。この配列は、cDNAから予想したアミノ酸配列(Fig.1)の25番目から54番目のアミノ酸に相当していた。精製した蛋白質をラット初代培養肝実質細胞に作用させたところ、EGFと同等なDNA合成刺激活性をもつことが明らかになった(Fig.3)。

 ヒト・ヘパソシンcDNAをCHO細胞を用いて蛋白発現したところ、N末端アミノ酸配列の解析から290アミノ酸からなることがわかった(Fig.4)。即ち、cDNAの配列から予想したN末端側22アミノ酸はシグナルペプチドと考えられた。得られたヒト・ヘパソシン蛋白質をウサギ、イヌの初代培養肝実質細胞に作用させたところDNA合成促進活性を示した。ヒト・ヘパソシンは、ラット、マウスの肝実質細胞に対してラット・ヘパソシンより作用は弱いがDNA合成促進活性を有していた(Fig.5)。

(3)ラット肝からのヘパソシンの精製と解析

 ラット肝からヘパソシンを精製するにあたり、部分ペプチド3種を合成し、これをウサギに免疫し抗ペプチド抗体を作製した。うち1種の抗ペプチド抗体は高い抗体価を示したため、これを用いて抗体アフィニティー・カラムを作製し、肝部分切除24時間後のラット肝(200頭:600g)homogenateからヘパソシンを精製した。精製蛋白質は組換え蛋白質と同様に、還元下34kDa、非還元下66kDaであることがわかった。精製蛋白質をラット初代培養肝実質細胞に与えたところ、EGFと同等なDNA合成刺激活性をもつことが改めて確認できた。また、精製蛋白質のN末端アミノ酸配列を解析したところ、組換え蛋白質のアミノ酸配列と一致する結果を得た。

(4)ヘパソシンmRNAの組織特異的発現

 ラット心、脳、胎盤、肺、筋、腎、睾丸でのヘパソシンmRNAの発現をNorthern blot解析した。その結果、ヘパソシン遺伝子は肝でのみ発現する組織特異性の高い遺伝子であった(Fig.6)。また、肝組織内でのヘパソシン遺伝子の発現を調べると、発現部位は、肝実質細胞に限られており、内皮細胞等の非実質細胞には認められなかった。

 ヒト・ヘパソシンmRNAをDot blot解析したところ、肝で発現が高く、膵で僅かに発現していた。

(5)ヘパソシンmRNAの肝切除及び肝傷害に伴う発現変化

 ラット部分肝切除後のヘパソシンmRNAの発現を調べたところ、48時間後に発現のピークが認められた(Fig.7)。また、ガラクトサミン投与時には8〜12時間に発現のピークが認められた。

◆Discussion

 肝部分切除12時間後のラット肝cDNAライブラリー70,000クローンから擬手術肝に比し再生肝でより強く発現する新規cDNAクローンを得、その遺伝子産物がラット初代培養肝実質細胞のDNA合成活性を高めることを見出したので、この新規蛋白質をヘパソシンと名付けた。組換え蛋白質を調製したところ、314アミノ酸のうち25番目のアミノ酸から始まる290アミノ酸から成り、ホモ2量体を形成していた。N末端側24アミノ酸はシグナル・ペプチドとして存在し、分泌型蛋白質であった。抗体カラムを用いてラット肝から分離した天然型蛋白質を解析したところ組換え蛋白質と同様な結果を得た。よってヘパソシンは、TGF-βスーパー・ファミリー蛋白質のように2量体として機能する蛋白質と考えられる。

 肝切除後活性化される即時反応型の遺伝子であるc-fos、c-myc等の発現が、切除30分後に認められている。HGFのmRNAは12時間後にピークを示すが、TGF-βのmRNAは72時間後でピークを示す。本遺伝子は肝切除後、40〜50時間に発現のピークが認められる。我々は最近、ヘパソシンが、肝実質細胞DNA合成抑制作用をもつTGF-βに結合することを見出している。これらのことからヘパソシンは肝細胞の増殖に深く関わっていることが示唆される。物性面ではHGFやFGF-1がヘパリン・カラムに吸着する一方で、ヘパソシンは吸着しないことから化学的には異なる群に属すると考えられる。

 また、ヘパソシンは肝特に実質細胞で発現し、autocrineに作用すると思われる。一方、これに対してHGFは非実質細胞(内皮細胞、クッパー細胞)及び肺・腎の上皮細胞からparacrine、endocrineに作用している。このように肝細胞に作用する多くの因子が、個々に時間と場所を変えて発現している。これらのことから、生体内ではヘパソシンを含む多くの因子がクロスリンクして互いに協調的に働いていることが考えられる。

 ヘパソシンの構造はフィプリノーゲンγ鎖とC末端側アミノ酸配列で37.5%の相同性(Fig.8)をもち、2次構造もよく似ていることから細胞外基質として働いていている可能性も考えられる。

 また、ヒト・ヘパソシンが、ラットと同様の構造と活性を有していた。このことは肝細胞のDNA合成促進活性を有する同様の分子が種を越えて存在していることが明らかになった。しかしながら、また、この分子は活性面において若干の種特異性があることが明らかになった。進化多様性の面から興味深く、さらなる研究進展を図って行きたい。

◆Figures

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

Fig.5

Fig.6

Fig.7

Fig.8

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章はラット再生肝で発現の亢進する新規遺伝子の分離とその遺伝子のコードするタンパク質ヘパソシンの性質について、第2章は、ヒト由来ヘパソシン遺伝子の分離とその遺伝子産物としてのヘパソシン・タンパク質の性質について述べられている。

 ラット部分肝切除後に遺伝子発現の亢進する新規遺伝子ヘパソシンを分離した。この遺伝子は、314アミノ酸からなるタンパク質をコードするORFを含み、その内のN末端側の24アミノ酸はシグナル・ペプチドをコードしていた。サル腎細胞にこの遺伝子を導入してタンパク質を生産したところ、還元下で34kDaの、非還元下で66kDaの分子であった。一方、ラット・ヘパソシンの親水性部分ペプチド(22アミノ酸)を合成し、ウサギに免疫して抗ペプチド抗体を調製した。この抗体を活性化セファロースに結合して抗体カラムを作製した。本抗体カラムを用いて、ラット再生肝からタンパク質を抽出・精製して、ペプチド・シーケンス、電気泳動等で解析したところ、組換え型タンパク質の解析結果と一致した。組換え型タンパク質、天然型タンパク質共にラット初代培養実質肝細胞のDNA合成促進活性をもっていた。即ち、ラット・ヘパソシンは290アミノ酸からなるタンパク質のホモ2量体で構成されていることが示唆された。

 次にラット・ヘパソシン遺伝子と83.8%の相同性をもつヒト・ヘパソシン遺伝子をヒト肝臓から分離したところ、312アミノ酸からなるタンパク質をコードするORFからなり、その内のN末端側22アミノ酸はシグナル・ペプチドをコードしていた。ヒト遺伝子をチャイニーズ・ハムスター卵巣細胞に導入してタンパク質を生産した。得られたタンパク質は還元下34kDa、非還元下68kDaの分子であった。ヒト・ヘパソシンも290アミノ酸からなるタンパク質のホモ2量体で構成されていることが示唆された。この組換え型ヒト・ヘパソシン精製タンパク質もウサギ初代培養肝実質細胞のDNA合成促進活性を示した。また、このタンパク質を2-メルカプトエタノールで処理すると活性を失った。

 ラット・ヘパソシン遺伝子mRNAは、1.4kbの長さで、肝臓に特異的に存在していた。さらに、肝臓中の肝実質細胞で発現しており、非実質細胞での発現は認められなかった。ヒト・ヘパソシン遺伝子は成人、胎児共に肝臓に多く存在するが、成人膵臓でも僅かに発現していた。ラット・ヘパソシン遺伝子は肝切除後、発現が亢進するが、このような物理的傷害時のみならず、D-ガラクトサミンを腹腔内投与して化学的傷害を惹起した場合でも発現が亢進していた。

 ヘパソシンタンパク質は肝実質細胞から分泌され、自らの細胞のDNA合成促進を行っており、肝再生に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 このようにオートクラインに作用する肝実質細胞のDNA合成促進活性をもつ新規のタンパク質の存在が明らかとなった。今後、このタンパク質の作用をさらに検討することで、肝再生機構解明の一助となることが期待される。これら哺乳動物だけでなく、両生類、爬虫類、魚類等でこのような遺伝子が存在するのか、存在するとしたらどのような作用を有するのか進化多様性の観点から興味深く、さらに研究を深く、広く発展させたい。

 なお、本論文第1章は、内田さえこ、吉村広光、青木真理、豊田由美子、坂井慶子、森本繁夫(以上大正製薬)、深町博史、塩川光一郎(以上東京大学)、花田和紀(大正製薬)との、第2章は、吉村広光、内田さえこ、豊田由美子、青木真理、坂井慶子、森本繁夫(以上大正製薬)、塩川光一郎(東京大学)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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