学位論文要旨



No 215367
著者(漢字) 近藤,隆祐
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,リュウスケ
標題(和) ドナー・アクセプター型有機超伝導体の開発 : (BETS)2(X2TCNQ)(X=cl,Br)の構造と物性
標題(洋) Development of donor-acceptor type organic superconductors : Structure and electronic properties of (BETS)2(X2TCNQ)(X=cl,Br)
報告番号 215367
報告番号 乙15367
学位授与日 2002.05.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15367号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,憲道
 東京大学 教授 菅原,正
 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 助教授 前田,京剛
内容要旨 要旨を表示する

 有機超伝導体の研究は、1980年の(TMTSF)2PF6における超伝導性の発見に始まったが、それから約20年が過ぎるにおよび、約100種類もの超伝導体が合成され、その最高転移温度は10Kを超えるまでに至った。これまで報告された有機超伝導体のほとんどは、電子供与性(ドナー)分子(=D)を用いて、D2Xと略称される陽イオンラジカル塩である。この場合、伝導に寄与するドナーの価数は+1/2価に固定される一方、陰イオン(X:アニオン)側は閉殻であるため物性には寄与しない。特に、1980年代中頃に2次元的な分子間相互作用をもつBEDT-TTF分子(図1)という優れたドナー分子を用いて、異方性の強い分子性伝導体特有なパイエルス転移が克服されるようになった後は、BEDT-TTFおよびその類似な形をもつ分子と多種多彩なアニオンとの組み合わせた有機超伝導体の開発および研究が関心を集めてきた。

 このような状況に対して、我々はドナー・アクセプター型超伝導体の合成をBEDT-TTF系ドナー分子であるBETS(図1)と1次元的なTCNQ系電子受容性有機(アクセプター)分子(図1)の組み合わせにおいて試み、これを得ることに成功した。この型の代表的な物質には、1次元電気伝導体として有名なTTF-TCNQがある。TTF-TCNQは、ドナー分子からアクセプター分子に移行する電荷移動量が静水圧印加により制御されて基底状態が変化するが、これは二種類の構成分子が双方とも物性に寄与した結果とみなすことができる。このように、ドナー・アクセプター型の錯体は、これまで集中的に開発されてきた陽イオンラジカル塩と質的に異なった構造的、電気磁気的な特徴を持つ錯体が得られることが期待される。本論文では、新規に得られた有機超伝導体(BETS)2(Cl2TCNQ)とその同型Br置換体である(BETS)2(Br2TCNQ)を調べることにより、開発が遅れているドナー・アクセプター型有機超伝導体の構造と物性に関する知見を得ることを目的とした。

 図2に得られた有機超伝導体(BETS)2(X2TCNQ)(X=Cl,Br)の積層軸方向から眺めた結晶構造を示す。ユニットセルは、二つのBETSドナー分子と一つのX2TCNQで構成され、uniformに積層している。Extended-Huckel分子軌道計算およびtight-bindingバンド構造計算の結果、1)この錯体のドナーレイヤーは積層軸方向に大きな重なり積分を持ち、1次元的な電子構造をもつこと、2)ドナー分子カラムは分子の横方向に、ユニットセル内で弱く、セル境界間で強い相互作用を持つ、特徴的なツインカラム構造を持っていることが明らかとなった。

 図3に電気抵抗の測定結果から得られた(BETS)2(X2TCNQ)(X=Cl,Br)の温度-圧力相図を示す。常圧の基底状態はそれぞれ(BETS)2(Cl2TCNQ)は金属状態、(BETS)2(Br2TCNQ)は12K以下において絶縁体相を取る。(BETS)2(Cl2TCNQ)においては、圧力を印加することにより最高転移温度1.3Kの超伝導相が現れるが、更なる圧力印加に伴い、これも抑圧され絶縁相が誘起される。一方、(BETS)2(Br2TCNQ)においては、常圧に観測された絶縁体相が抑圧されるのみであり、超伝導相は見出されなかった。熱起電力およびESR・NMR等の磁気的測定の結果、1)この錯体の伝導的性質を担っているのはBETS上のホールであること、2)バンド計算の結果も考慮すると、絶縁体相はSDW相であることが明らかになった。

 (BETS)2(Cl2TCNQ)と(BETS)2(Br2TCNQ)のユニットセルボリュームを比較すると、TCNQ分子に付加したハロゲン原子の大きさを反映して、(BETS)2(Br2TCNQ)の方が大きくなっている。これは、これまでの化学圧(置換)効果の理解を適用すると、(BETS)2(Cl2TCNQ)が(BETS)2(Br2TCNQ)の高圧側に位置することを意味しているが、実際には逆に(BETS)2(Br2TCNQ)が(BETS)2(Cl2TCNQ)の高圧側に位置するような挙動を示している。この矛盾を解決するため、格子定数の温度依存性から圧力下の格子変形を見積もり、合わせて(BETS)2(Cl2TCNQ)と(BETS)2(Br2TCNQ)の分子間の重なり積分を詳細に検討した。この結果、この錯体に対する静水圧と化学圧効果は、従来の理解であるセルボリュームに応じて単に電子構造の次元性を変化させるのではなく、それぞれ、静水圧は錯体を積層軸方向に圧縮する、化学圧はカラム間の相互作用を変化させるという効果をもっことが判明した。(図3上下)これらの効果は、カラム構造を持つ1次元物質の基本的な次元変化の方法に対応している。

 2次元的な相互作用を持つドナー分子と1次元的な相互作用を持つアクセプター分子の組み合わせにおいて、このような特徴的な結晶構造と特異な静水圧・化学圧効果をもつ新規有機超伝導体が得られたことは、今後更にドナー・アクセプター型錯体の開発を推し進めるべきであることを示している。

図1 Organic molecules

図2 Crystal structure of(BETS)2(Cl2TCNQ), viewed along the stacking c-axis

図3 Phase diagrams of(BETS)2(X2TCNQ)(X=Cl,Br)

審査要旨 要旨を表示する

 有機超伝導体の研究は、1980年の(TMTSF)2PF6(TMTSF=tetramethyltetraselena-fulvalene)における超伝導性の発見に始まったが、それから約20年が過ぎるにおよび、約100種類もの超伝導体が合成され、その最高転移温度は10Kを超えるまでに至った。これまで報告された有機超伝導体のほとんどは、電子供与性(ドナー)分子(=D)を用いて、D2Xと略称される陽イオンラジカル塩である。この場合、伝導に寄与するドナーの価数は+1/2価に固定される一方、陰イオン(X:アニオン)側は閉殻であるため物性には寄与しない。特に、1980年代中頃に2次元的な分子間相互作用をもつBEDT-TTF(=bis(ethylenedithio)-tetrathiafulvalene)分子という優れたドナー分子を用いて、異方性の強い分子性伝導体に特有な金属-絶縁体転移(パイエルス転移)が克服されるようになった後は、BEDT-TTFおよびその類似な形をもつ分子と多種多彩なアニオンとを組み合わせた有機超伝導体の開発および研究が関心を集めてきた。

 有機超伝導体の研究に関するこのような現状において、本論文は、ドナー・アクセプター型超伝導体の合成をBEDT-TTF系ドナー分子であるBETS(=bis(ethylenedithio)tetraselena-fulvalene)と1次元的なTCNQ(=tetracyanoquinodimethane)系電子受容性有機(アクセプター)分子の組み合わせにおいて試み、純粋な有機分子のみによる有機電荷移動錯体としては初めての有機超伝導体およびその関連物質について、その合成から、結晶構造解析および様々な物性測定手段を駆使した電子物性の研究をまとめたものである。

 有機分子のみによるドナー・アクセプター型電荷移動錯体の代表的な物質には、1次元電気伝導体として有名なTTF-TCNQ(=tetrathiafulvalene-tetracyanoquinodimethane)がある。TTF-TCNQは、ドナー分子からアクセプター分子に移行する電荷移動量が静水圧印加により制御されて基底状態が変化するが、これは二種類の構成分子が双方とも物性に寄与した結果とみなすことができる。このように、ドナー・アクセプター型の錯体は、これまで集中的に開発されてきた陽イオンラジカル塩と質的に異なった構造的、電気磁気的な特徴を持つ錯体が得られることが期待される。本論文では、新規に得られた有機超伝導体(BETS)2(Cl2TCNQ)とその同型Br置換体である(BETS)2(Br2TCNQ)を調べることにより、開発が遅れているドナー・アクセプター型有機超伝導体の構造と物性に関する重要な知見を得ることを最大の目的としている。

 有機超伝導体(BETS)2(X2TCNQ)(X=Cl,Br)の結晶の単位胞は、二つのBETSドナー分子と一つのX2TCNQで構成され、それぞれ一様に積層している。Extended-Huckel分子軌道計算およびtight-bindingバンド構造計算の結果、1)この錯体は,ドナー分子の積層軸方向に大きな重なり積分を持ち、1次元的な電子構造をもつこと、2)ドナー分子カラムは分子の横方向に、ユニットセル内で弱く、セル境界間で強い相互作用を持つ、特徴的なツインカラム構造を持っていることを明らかにしている。BEDT-TTF分子およびその類似な形をもつBETS分子と多種多彩なアニオンとを組み合わせた有機導体は、多くの場合2次元的な構造を反映して伝導挙動は2次元的であるが、1次元カラム構造を形成する傾向の強いX2TCNQをアクセプター分子として取り入れた(BETS)2(X2TCNQ)では、ドナー分子の配列は特異な1次元構造であるツインカラム構造になっている。

 電気抵抗の測定の結果、常圧の基底状態はそれぞれ(BETS)2(Cl2TCNQ)は金属状態、(BETS)2(Br2TCNQ)は12K以下において絶縁体相をとることを明らかにしている。(BETS)2(Cl2TCNQ)においては、圧力を印加することにより最高転移温度1.3Kの超伝導相が現れること、更なる圧力印加に伴い、超伝導相が抑圧され絶縁相が誘起されることを発見している。一方、(BETS)2(Br2TCNQ)においては、常圧に観測された絶縁体相が抑圧されるのみであり、超伝導相は見出されなかった。熱起電力およびESR・NMR等の磁気的測定の結果、1)この錯体の伝導的性質を担っているのはBETS上のホールであること、2)バンド計算の結果も考慮すると、絶縁体相はSDW相であることを明らかにしている。

 (BETS)2(Cl2TCNQ)と(BETS)2(Br2TCNQ)における単位胞の体積を比較すると、TCNQ分子に付加したハロゲン原子の大きさを反映して、(BETS)2(Br2TCNQ)の方が大きくなっている。これは、これまでの化学圧(置換)効果の理解を適用すると、(BETS)2(Cl2TCNQ)が(BETS)2(Br2TCNQ)の高圧側に位置することを意味しているが、実際には逆に(BETS)2(Br2TCNQ)が(BETS)2(Cl2TCNQ)の高圧側に位置する挙動を示している。この矛盾を解決するため、格子定数の温度依存性から圧力下の格子変形を見積もり、合わせて(BETS)2(Cl2TCNQ)と(BETS)2(Br2TCNQ)の分子間の重なり積分を詳細に検討している。この結果、この錯体に対する静水圧と化学圧効果は、単位胞の体積に応じて単に電子構造の次元性を変化させるのではなく、静水圧は錯体を積層軸方向に圧縮させ、化学圧はカラム間の相互作用を変化させる効果をもつことを明らかにしている。これらの効果は、カラム構造を持つ1次元物質の基本的な次元変化の方法に対応している。

 2次元的な相互作用を持つドナー分子と1次元的な相互作用を持つアクセプター分子の組み合わせにおいて、このような特徴的な結晶構造と特異な静水圧・化学圧効果をもつ新規有機超伝導体が得られたことは、今後ドナー・アクセプター型錯体から多彩な電子相を発現させるための重要な設計指針になるであろう。

 以上のように、近藤隆祐氏の論文は、純粋な有機ドナーおよび有機アクセプターによる有機電荷移動錯体としては初めての有機超伝導体(BETS)2(Cl2TCNQ)およびその同型Br置換体である(BETS)2(Br2TCNQ)について詳細に研究したものである。その研究内容は、物質合成から、結晶構造解析および様々な物性測定手段を駆使した電子物性の研究をまとめたものであり、特に超伝導相および超伝導相近傍に現れる特異なスピン密度波相(SDW相)の発現条件と結晶構造およびバンド構造との相関関係について極めて重要な知見を得ている。これらの成果は、導電性有機固体の電子物性および分子設計に関わる分野に大きな波及効果を与えるものと期待される。

 以上の論文の内容について審査委員会で審査した結果、本申請論文は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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