学位論文要旨



No 215467
著者(漢字) 森山,賢治
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,ケンジ
標題(和) コフィリンの2つの活性の構造基盤、及びリン酸化やCAP1による制御機構の解析
標題(洋) Structural Basis for Dual Activity of Cofilin and Its Regulation by Phosphorylation and Cyclase-Associated Protein
報告番号 215467
報告番号 乙15467
学位授与日 2002.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15467号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 榎森,康文
内容要旨 要旨を表示する

1.コフィリンのリン酸化部位決定、及びリン酸化によるコフィリンの機能制御.

 コフィリンは真核生物の生存に必須な低分子量アクチン結合タンパク質で、細胞運動、細胞質分裂やストレス応答に機能している。コフィリンはG-アクチンにもF-アクチンにも結合し、アクチン線維の切断と脱重合を行なう。その脱重合活性は、中性付近ではpHの上昇につれて増強される。また、PIP2等のイノシトールリン脂質はコフィリンに結合し、そのアクチンとの相互作用を阻害する。

 従来、哺乳類コフィリンにはリン酸化型の存在が報告されていたため、1994年よりリン酸化の部位同定と活性への影響を解析した。その結果、ヒト培養細胞HEK293ではコフィリンのSer-3が主要なリン酸化部位であり、リン酸化されたコフィリンはPIP2との結合は影響されないものの、アクチンとの結合が著しく阻害された。また、このSer-3をAla、またはAspに置換した変異体は、アクチンとの相互作用に関して各々脱リン酸化型、及びリン酸化型コフィリンと同等の活性を示した。Ser-3のAla置換体や野性型のコフィリンを培養細胞に強制発現させると細胞質に太いアクチン線維の束が出現したが、Asp置換体(疑似リン酸化型)はアクチン細胞骨格に影響を及ぼさなかった。また、コフィリン遺伝子(COF1)を欠失した出芽酵母は、ブタ・コフィリンのSer-3のAla置換体の発現で救済されたが、Asp置換体では救済されなかった。従って、コフィリンは、細胞の生育に必須なアクチンヘの作用がSer-3のリン酸化で負の制御を受けることが判明した。

2.コフィリンのアクチン結合ヘリックス中央の3つ組み水素結合の機能的意義.

 アクチン線維には極性が有り、その両端は、よりダイナミックな(+)端(反矢じり端)とダイナミクスの小さい(-)端(矢じり端)から成る。1997年、コフィリンがアクチン線維の(-)端からの脱重合を著しく加速し、線維のターンオーバー(トレッドミル)を促進することが明らかにされた。この作用でアクチン・サブユニットの線維(-)端から(+)端へのリサイクルが加速され、それが(+)端の伸長に基づく仮足伸展等の細胞運動を駆動すると言う訳である。この重要な発見に伴い、コフィリンには実はアクチン線維切断活性が無い(若しくは、たとえ在っても生理的意義は小さい)とする説が有力視されて来たため、この点について検証を行なった。先ず、F-アクチンの脱重合を経時的に観測する一般的方法を応用し、アクチン線維切断効率と脱重合速度の双方を同一観測結果から測定する方法を考案した。それを軸として、コフィリンがアクチン線維(-)端からの脱重合を加速することを確認するとともに、それのみならず、アクチン線維を有意に切断することを示した。また、この切断活性の生理的意義の検証には、以下に記すコフィリン変異体の解析が役立った。

 私自信も貢献したコフィリン・ファミリーの立体構造決定の結果、アクチン分子のサブドメイン1とサブドメイン3の間に結合すると推定されるコフィリンの長いα-ヘリックス(以下、アクチン結合ヘリックス)は中央付近で歪んでおり、この歪みがコフィリン固有の作用に重要ではないかと考えた。α-ヘリックス構造では、本来ポリペプチド主鎖のC=O:::H-N間で水素結合が形成されるが、コフィリンのアクチン結合ヘリックスでは、主鎖の連続する3箇所のNHがセリン等の側鎖のOHで代替されており、これらが歪みの原因と考えられる。そこで、これら主鎖-側鎖間の水素結合を断ち切った変異体を作製した。哺乳類コフィリンでは、Ser-119,Ser-120,及びTyr-82の側鎖のOHが3つ組みの水素結合のドナーであるため、2つのSerをAlaに、Tyr-82をPheに置換したブタ・コフィリン変異体、及び、その二重、三重変異体を作製した。上述したアクチン線維切断検定法を軸として、Ser-120のOHとIle-116のCOとの水素結合(3つ組みの中央)がアクチン線維の切断とそのターンオーバー促進に極めて重要であることが示唆された。出芽酵母でも、コフィリンの相当セリン残基を改変すると生育が高温感受性となった。その一方、Tyr-82のPhe置換体では脱重合促進活性のみ減弱したものの、出芽酵母では生育に影響しなかった。こうして、Ser-120が拘わる立体構造形成が機能的にも生理的にも重要であり、同時に、コフィリンのアクチン線維切断活性にも生理的意義が在ることが示唆された。

3.構造・機能相関に基づくコフィリンのアクチン線維結合・切断機構の解析.

 コフィリンのF-アクチン・ターンオーバー促進機能が報告された同年、コフィリンが側面結合するとアクチン線維の捩れが大きく増強されるという興味深い報告が成された。私達は、コフィリンのリン酸化部位同定の過程で作成した複数のブタ・コフィリン変異体を解析し、コフィリンのアクチン線維結合様式や線維の捩れを増強する分子機構を探った。結局は、3種類の変異体がこの目的に有用であった。先ず、Ser-94のAsp置換体は、アクチン脱重合やターンオーバーの促進は十分可能であったが、アクチン線維結合・切断が不能であった(表1)。従って、コフィリンによるアクチン脱重合の加速は、アクチン線維の捩れの増強には殆ど依存しないと言える。次に、コフィリンのN末5アミノ酸残基の欠失体(△N5)は、アクチン線維結合は可能であったが、線維切断が不能で、脱重合促進活性も著しく減弱していた(表1)。また、上述したSer-120のAla置換体は、野生型より活性は数倍以上弱いながらもアクチン線維結合もその切断も可能であった。更に、前述の2者はCOF1を欠失した出芽酵母の生育維持は不能であったが、Ala-120変異体は、高温感受性で増殖が遅いながらも酵母の生育維持が可能であった(表1)。従って、アクン線維の脱重合やトレッドミルの促進だけではコフィリンは細胞の生存を維持出来ず、アクチン線維切断活性(若しくは線維を振る作用)が細胞の生育に必要不可欠であることが示唆された。

 また、Ala-120変異体は線維に結合して線維の(捩れの増強と思われる)構造変換を誘導する一方、△N5変異体が線維に結合する際には、線維の構造変換を伴わないことも示唆された。従って、コフィリンのアクチン線維結合様式と線維切断機構は、以下のモデルが妥当であろう。コフィリンは、Ser-120を含むヘリックスで線維内アクチン分子の(+)端側に結合し、Ser-94を含むループ部分でその1つ(+)端側のアクチンにも結合する(両結合が線維側面との結合に必要)。後者ループ部分は、最終的にはアクチン分子の裏側(内側)に配置するであろう。その結果、コフィリンのN末端部分とループ部分とが上下のアクチン分子を線維軸の回りに互いに逆向きに押し合うこととなり、線維の捩れが増強されると考えられる。線維の切断は、コフィリン結合型線維と非結合型線維との不安定な捩れをしている箇所で起こるのであろう。一方、アクチン線維の(-)端での脱重合加速作用は、コフィリンの主要なα-ヘリックスとN末端部分とが(-)端の(或いはその隣りの)アクチン分子に結合することによって成され、Ser-94を含むループ部分の寄与は小さいと考えられる。

4.コフィリンのアクチン・ダイナミクス促進に果たすCAP1/ASP56の新機能.

 コフィリンのリン酸化部位同定の過程で、細胞抽出液のアクチン・コフィリン複合体中に他の2つのタンパク質を見い出したが、その1つは出芽酵母のアデニル酸シクラーゼ結合タンパク質Cap/Srv2のホモログ(CAP1/ASP56)であった。このタンパク質は、そのC末端側でG-アクチンに結合して重合を強力に阻害すると報告されてきた。そこで、全長のヒトCAP1をヒト培養細胞に、また、そのN末端側領域(CAP1-NT)、及びC末端側領域(CAP1-CT)をE.coliに発現させて各々精製した。CAP1は、単独でF-アクチンを脱重合し、コフィリンによるF-アクチンの脱重合も加速した。しかし、従来の報告とは異なり、CAP1もCAP1-CTも、特にコフィリン存在下でアクチン線維(+)端でのアクチン重合を促進した。また、CAP1もCAP1-CTもG-アクチンのヌクレオチド交換を劇的に促進した。更に意外なことに、従来アクチン系制御には全く無関係とされてきたCAP1-NTが、実はコフィリン・アクチン複合体とCAP1との結合を担っていた。CAP1-NTは、単独でアクチン線維の(-)端からの脱重合を加速するほか、コフィリンとの複合体として(-)端から遊離して来るADP-アクチンをコフィリンから解離させて重合型(ATP-アクチン)に再生する過程に機能した。それは同時にコフィリンを活性型(G-アクチン・フリー)に再生する過程(図1参照)でもあり、この反応には、CAP1のN末端とC末端側の両領域が必要であった。CAP1は、そのような分子内ドメイン間の独特な協調作用とそのN末端側領域に依存したコフィリンとの連繋によってF-アクチンのターンオーバーを一層加速し、細胞運動を促進するものと考えられる。

表1.ブタ・コフィリン変異体の性状解析結果の概要

図1.コフィリンとCAP1の連繋によるアクチン線維のターンオーバー促進機構

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は序章、第一章、第二章、第三章および第四章から成る。

 序章では、細胞内でのアクチンの動態の調節におけるコフィリンの機能について概説されている。

 第一章では、コフィリンのリン酸化部位決定、およびリン酸化によるコフィリンの機能制御について述べられている。哺乳類コフィリンの主要なリン酸化部位がSer-3であることが同定され、そのリン酸化によってコフィリンのPIP2結合能は影響されないのに対し、アクチンヘの作用が著しく阻害されることが明らかにされた。Ser-3のAla置換体や野性型コフィリンを培養細胞に強制発現させると、細胞質に太いアクチン線維束が出現したが、Asp置換体はアクチン細胞骨格に影響をおよぼさないことがわかった。また、コフィリン遺伝子(COF1)を欠失した出芽酵母は、Asp置換体コフィリンの発現では救済されず、脱リン酸化型コフィリンの機能が細胞の生存に必要不可欠であることが示された。

 第二章ではコフィリンのアクチン結合ヘリックス中央の3つ組み水素結合の機能的意義について述べられている。アクチン線維切断効率と脱重合速度の双方を同時に測定する方法が考案され、コフィリンが、アクチン線維の(-)端からの脱重合を加速するのみならず、アクチン線維を有意に切断することが示された。コフィリンのアクチン結合ヘリックスでは、主鎖の連続する3箇所の水素結合がセリン等(哺乳類では、Ser-119,Ser-120,及びTyr-82)の側鎖のOHで破壊されている。その機能的意義を知るために、これら主鎖-側鎖間の水素結合を断ち切った変異体が作製された。解析の結果、Ser-120が関わる水素結合が、アクチン線維の切断とそのターンオーバー促進に極めて重要であることが示された。

 第三章では、構造・機能相関に基づくコフィリンのアクチン線維結合・切断機構の解析について述べられている。コフィリンが側面結合すると、アクチン線維の捩れが増強される。変異体を用いた解析を行うことによって、コフィリンのアクチン線維結合様式や線維の捩れを増強する分子機構が探られた。その結果、コフィリンのアクチン脱重合加速作用は、線維の捩れの増強には依存しないこと、また、アクチン線維切断活性(若しくは線維を捩る作用)が細胞の生育に必要不可欠であることが示された。更に、線維の捩れの増強は、コフィリンのN末端部分とその反対のループ部分とが上下のアクチン分子を線維軸の回りに互いに逆向きに押し合って起こるという可能性が示唆された。一方、アクチン線維(-)端における脱重合の加速は、コフィリンのアクチン結合ヘリックスとN末端部分とがアクチン繊維の(-)端に作用することによって引き起こされることが示された。

 第四章では、コフィリンのアクチン・ダイナミクス促進に果たすCAP1/ASP56の新機能について述べられている。ヒト培養細胞抽出液のアクチン・コフィリンを含む複合体中に、アデニル酸シクラーゼ結合タンパク質であるCAP1/ASP56が見出された。ヒトCAP1の全長や部分領域の組換え体を用いた解析の結果、CAP1は、単独でF-アクチンを脱重合し、そのC末端側領域でG-アクチンのヌクレオチド交換を促進するのみならず、コフィリン存在下で、アクチン線維の(+)端でのアクチン重合を促進することが示された。CAP1のN末端側領域は、線維から遊離して来るADP-アクチン・コフィリン複合体に作用し、CAP1のC末端側領域がATP-アクチンを再生する過程を促進することによって、アクチン重合を加速することがわかった。CAP1は、その分子内ドメイン間の協調作用とコフィリンとの連繋によって、F-アクチンのターンオーバーを加速し、細胞運動を促進する因子であることが証明された。

 本研究では、細胞生物学的、分子生物学的、構造生物学的、遺伝学的、生化学的手法を複合的に用いることによって、アクチンの動態制御におけるコフィリンの機能を解明している。本研究によって得られた結果は、新しい知見を多く含み、細胞骨格の研究に寄与するところが多いと考えられる。第一章は飯田和子氏、矢原一郎氏と、第二章、第三章および第四章は矢原一郎氏との共著という形で学術雑誌に掲載されているが、いずれの章についても、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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