学位論文要旨



No 215540
著者(漢字) 大石,祐一
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,ユウイチ
標題(和) 栄養と内分泌因子による皮膚中コラーゲンおよびヒアルロナンの代謝制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 215540
報告番号 乙15540
学位授与日 2003.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15540号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトは、何十兆という細胞によって構成されている。これらの細胞は、細胞間基質(細胞外マトリックス)によってお互いに結合し、サイトカイン、ホルモン等によって相互に連絡し、高度に分化した細胞が臓器・器官を構成している。この臓器として成人で1.8m2もの面積を有しているのが皮膚である。皮膚には2つの大きな役割がある。1つは、生体内の水分の蒸散を抑制することであり、もう1つは、外界から生体を防御することである。

 この役割を果たすために皮膚に存在する細胞は、コラーゲン、ヒアルロナンなどの細胞外マトリックスを合成、産生している。これらは、細胞の足場となり、また、細胞膜に存在するインテグリンを介して細胞を刺激し、これら細胞外マトリックスの合成の促進あるいは、これらを分解する酵素の合成を促進したりする。

 とくにコラーゲンは、皮膚においては75%を占めるが、タンパク質栄養条件やホルモンの影響について、分子レベルでの研究はなされていない。また、ヒアルロナンは、最近合成酵素がクローニングされたのみである。そこで、本研究は、タンパク質栄養条件の悪化およびホルモンの1つで皮膚疾患の治療薬として使用されているグルココルチコイドの投与が、コラーゲン、ヒアルロナン代謝にどのような影響を与えるのかについて分子レベルで解析することを目的とした。

(1)タンパク質栄養の悪化が皮膚コラーゲン代謝に与える影響

 タンパク質栄養が真皮コラーゲンにどのような影響を与えるのかについて、12%カゼイン食(C食)をコントロールとして、12%グルテン食(G食〉および無タンパク質食(PF食)で7日間給餌したラット背部皮膚を用いて、合成して間もないコラーゲンであるトロポコラーゲンと線維性コラーゲンに分けてそれらの量をwestern blotting法にて測定し、皮膚一定面積当たりで検討した。

 その結果、1型トロポコラーゲンおよびIII型トロポコラーゲン量は、PF食によって顕著に減少した。しかし、I型およびIII型線維性コラーゲンは減少しなかった。また、G食においてもC食に比してIII型トロポコラーゲン量は減少傾向を示した。トロポコラーゲン量の減少の原因を検討するため、α1(1)およびα1(III)コラーゲンのmRNA量をlysate RNase protection assay法にて、コラーゲンのタンパク質量と同様に、皮膚一定面積当たりで測定した。その結果、C食に比してPF食で、有意な減少を示した。G食ではα1(III)コラーゲンで減少した。これらの結果からIII型コラーゲンの方がI型コラーゲンよりもタンパク質栄養の影響を受けやすいと考えられた。III型コラーゲンは、創傷治癒の際、I型コラーゲンよりも先に合成されるコラーゲンであることから、タンパク質栄養の悪化によって、III型コラーゲン合成量は減少し、創傷治癒の遅延の原因になっていることが示唆された。一方、分解系であるコラーゲン分解酵素コラゲナーゼは不活性型(60kDa)で分泌され、細胞外で活性化されるので(48kDa)、それぞれについてwestern bloting法にて測定したところ、PF食給餌により減少または減少傾向を示した。また、コラゲナーゼmRNA量も減少傾向を示した。コラゲナーゼの阻害物質TIMP1、-2、および・3のうち、TIMP1および-2のmRNA量はPF食給餌によって有意に減少した。これら分解系分子の減少率は合成系分子の減少率よりも小さく、タンパク質栄養条件の悪化はコラーゲン合成系により大きな影響を与え、トロポコラーゲン量を減少させることが示唆された。また、タンパク質栄養条件の悪化により皮膚重量は減少するが、トロポコラーゲン量は線維性コラーゲン量に比して非常に小さいので、皮膚重量の減少をコラーゲン代謝で説明することはできなかった。

(2)グルココルチコイド投与が皮膚コラーゲン代謝に与える影響

 グルココルチコイドは、皮膚疾患の治療に頻繁に使用されるが、皮膚の萎縮など多くの副作用がある。そこで、グルココルチコイドが真皮コラーゲン代謝にどのような影響を与えるのかについて、デキサメタゾン(1mg/kg body weight)を7日間毎日投与したラット背部皮膚を用いて、トロポコラーゲンと線維性コラーゲンに分けて皮膚一定面積当たりで検討した。

 その結果、I型トロポコラーゲンおよびIII型トロポコラーゲン量は顕著に減少した。III型線維性コラーゲン量も減少したが、I型線維性コラーゲン量は変化なかった。本結果は、タンパク質栄養条件の悪化と類似していたが、より顕著な減少だった。また、III型コラーゲンの方がI型コラーゲンよりもデキサメタゾン投与の影響が大きかった。

 α1(1)およびα1(III)コラーゲンのmRNA量は、1ysate RNase protection assay法にて、皮膚一定面積当たりで測定したところ、デキサメタゾン投与により、ほとんどバンドとして認められない程に顕著に減少した。一方、分解系であるコラーゲン分解酵素コラゲナーゼおよびその阻害物質TIMP-1、2、3についても検討したところ、TIMP3のmRNA量以外は、減少あるいは減少傾向を示した。しかし、その減少率は合成系よりも小さく、グルココルチコイドの皮膚コラーゲン代謝への影響は、合成系への方が大きいと考えられた。グルココルチコイド投与は、創傷治癒を遅延させることが知られているが、その原因としてタンパク質栄養条件の悪化と同様にコラーゲン合成量の顕著な減少が考えられた。

(3)III型コラーゲン遺伝子発現の制御機構の検討

 III型コラーゲンは、タンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイド投与により顕著に減少したが、α1(III)コラーゲンの上流域のシークエンスは不明であり、プロモーター、エンハンサーについても不明である。そこで、なぜタンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイドの投与がIII型コラーゲン合成を抑制するのかを解明する目的で、まずα1(III)コラーゲン遺伝子の上流域のシークエンスを決定することにした。上流域-2649塩基まで決定することができ、-400塩基まではマウスとの相同性が約80%と高かった。また、-25から-30の領域の位置にはマウスやヒトと同様にTATAボックスが存在した。さらに、AP-1あるいはそれに類似するタンパク質結合部位、SP-1siteなどが存在したが、有効なsiteであるか否かは更なる研究が必要であった。

(4)タンパク質栄養条件の悪化が皮膚ヒアルロナン代謝に与える影響

 タンパク質栄養が皮膚ヒアルロナン代謝にどのような影響を与えるのかについて、C食をコントロールとして、G食およびPF食で7日間飼育したラット背部皮膚を用いて検討した。その結果、ヒアルロナン量は、G食およびPF食ともにC食に比して顕著に減少した。この原因を検討するために、ヒアルロナン合成酵素2および3(rhas2、rhas3)のmRNA量を測定したところ、ヒアルロナン量と同様に顕著に減少した。また、合成系の減少がヒアルロナン減少に重要なのかについて、さらに検討するため、給餌1日間のラット皮膚を用いて検討した。その結果、1日間給餌によってヒアルロナン量には変化がなかったが、rhas2およびrhas3mRNA量は顕著に減少した。皮膚でのヒアルロナンの半減期は半日であり、ヒアルロナン合成酵素の半減期は数時間であるので、本結果は、タンパク質栄養条件の悪化によるヒアルロナン量の減少には、ヒアルロナン合成系の影響が大きいことを示唆した。また、タンパク質栄養条件の悪化により皮膚重量は減少する。ヒアルロナンは1gで何リットルもの水分を保持できる能力を有するので、上記結果は皮膚重量の減少に、ヒアルロナンが大きく関わることを示唆した。

(5)タンパク質栄養条件の悪化およびグルココルチコイド投与によるコラーゲン合成、

 ヒアルロナン合成減少のメカニズム本研究により、タンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイド投与によって、I型およびIII型トロポコラーゲン量、各mRNA量、ヒアルロナン量、およびその合成酵素(rhas2、rhas3)のmRNA量が減少することがわかった。このメカニズムにはインスリン様成長因子-I(IGF-I)およびその結合因子IGFBP-1の関与が考えられた。IGF-1は、コラーゲン合成量の増加、ヒアルロナン合成酵素のmRNA量を増加させるとの報告がある。タンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイド投与によって血中のIGF-1の減少およびIGFBP1の増加が認められており、その結果、活性のあるIGF-1量が減少し、コラーゲン合成量の減少、ヒアルロナン合成量の減少、さらにヒアルロナン量の減少が考えられた。

(6)総括

 本研究で得られた結果を下表にまとめた。タンパク質栄養条件は皮膚の機能に影響を与えることは知られていたが、その分子機構は不明な点が多い。本研究によって、III型コラーゲンやrhas2および3の分子がタンパク質栄養に対する皮膚の応答において鍵となっていることが明らかとなった。これらの現象から、タンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイド投与は皮膚機能を低下させ、皮膚の老化や免疫機能の低下を引き起こすことが考えられた。本研究のアプローチにより、皮膚の機能を理想的に維持するという観点から、新しい食餌摂取の基準設定の一助になることが期待される。

Summary of the Protein Malnutrition and Dexamethasone on Collagen Metabolism and Hyaluronan Metabolism.

審査要旨 要旨を表示する

 皮膚は、体内の水分の蒸散抑制と外界からの生体防御という役割を担う臓器である。これらの機能を果たすうえで、コラーゲン、ヒアルロナンなどの細胞外マトリックスが適切に維持されることが不可欠である。栄養やホルモンは、皮膚の機能に大きな影響を与えるが、それらが皮膚の細胞による細胞外マトリックスの合成や代謝をどう制御するかについては、未知の点が多い。申請者は、タンパク質栄養状態の変化、および皮膚疾患等の治療薬として頻用されるグルココルチコイドの投与によって、コラーゲンとヒアルロナンの代謝がどのような影響を受けるか、さらにその機構について分子生物学的に解析し、その結果を4章にまとめた。

 序論では、皮膚でのコラーゲンおよびヒアルロナンの役割および制御機構についてこれまでの知見をまとめ、本研究の意義について記している。

 第一章では、タンパク質栄養状態が皮膚の主要なコラーゲンの代謝におよぼす影響について述べている。Wistar系雄ラットに12%グルテン食および無タンパク質食を一週間給与してタンパク質栄養状態を悪化させ、真皮コラーゲン代謝に関わる分子の変化について12%カゼイン食との比較により解析した。合成系については、I型および皿型トロポコラーゲン量が顕著に減少すること、α1(I)およびα1(III)コラーゲンmRNA量が顕著に減少することを明らかにした。分解系に関しても、コラーゲン分解酵素コラゲナーゼと2種類の組織由来コラゲナーゼ阻害物質(TIMP)のmRNA量が減少することを示した。これらのうち、III型コラーゲンの合成系が最も顕著な影響を受けており、III型トロポコラーゲン量減少と代謝速度減少は、タンパク質栄養条件の悪化に伴う創傷治癒の遅延の原因となることが示唆された。

 第二章では、グルココルチコイドが真皮コラーゲン代謝に与える影響について述べている。抗炎症剤として多用される合成グルココルチコイドであるデキサメタゾン(1mg/kg体重)を、ラット皮下に一週間投与し、皮膚の萎縮を誘導した。この際、I型およびIII型トロポコラーゲン量低下とIII型線維性コラーゲン量の減少、α1(I)およびα1(III)コラーゲンのmRNA量の極端な減少、コラゲナーゼおよび2種類のTIMPのmRNA量の減少が生じることを明らかにした。分解と合成はいずれも減少したが、分解系よりも合成系への影響が大きく、とりわけコラーゲンmRNA量は対照の約1%まで減っており、合成はほとんど止まっていると考えられた。コラーゲン量の減少には分解の亢進は伴っていないことから、架橋を有する老化したコラーゲンの割合は増えていると予想された。以上の結果によって、グルココルチコイド投与の副作用についての新しい機構を提唱した。

 第三章では、タンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイド投与によりmRNA量が減少したα1(III)コラーゲンの遺伝子の制御領域を明らかにする目的で、上流域の3kb弱の配列を決定したことが述べられている。TATAボックス、AP-1あるいはそれに類似するタンパク質の結合部位、SP-1結合部位と考えられる配列を明らかにし、これらの部位がα1(III)コラーゲン制御に関わっている可能性について議論している。

 第四章では、タンパク質栄養の悪化による皮膚ヒアルロナン代謝への影響について述べている。まず、ラット皮膚中のヒアルロナン量を測定し、これがタンパク質栄養の悪化で有意に減少することを明らかにした。この場合、ヒアルロナン合成酵素rhas2およびrhas3mRNA量の顕著な減少が伴っていることを示し、これらの遺伝子の発現が哺乳類の生理条件により制御されることを初めて明らかにした。ヒアルロナンは水を多量に保持し、皮膚重量の多くを占めることから、タンパク質栄養条件の悪化による皮膚の萎縮とバリアー機能の低下にヒアルロナン量の減少が大きく寄与している可能性が示された。総合討論では、本研究での結果をまとめ、タンパク質栄養条件の悪化やグルココルチコイド投与が、コラーゲン量減少やヒアルロナン量減少など皮膚の老化で認められる現象と似た結果を生じることや、これらが創傷治癒の遅延や免疫機能の低下を引き起こす機構の一端である可能性について述べられている。また、コラーゲンやヒアルロナン代謝の変化を仲介する因子について考察し、展望が述べられている。

 以上、本論文はタンパク質栄養条件およびグルココルチコイドが皮膚の構造と機能に影響をおよぼす機構について分子レベルでの解明を試みたものであり、特にコラーゲンとヒアルロナンの合成・分解系の遺伝子の調節に関して多くの新しい知見が得られた。これらの知見は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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