学位論文要旨



No 215560
著者(漢字) 松尾,宇泰
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,タカヤス
標題(和) 離散変分法の拡張と応用
標題(洋) Discrete Variational Method : Its Various Extensions and Applications
報告番号 215560
報告番号 乙15560
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15560号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 助教授 村重,淳
 東京大学 助教授 張,紹良
 東京大学 講師 大石,泰章
内容要旨 要旨を表示する

 物理現象を記述する偏微分方程式には,しばしば「エネルギー」と呼ばれる量が存在し,それが時間発展とともに保存,あるいは散逸される.このような方程式を数値計算により解析する際には,エネルギーの保存・散逸性を離散系でも再現するようなスキーム(以後,これを「保存・散逸スキーム」と呼ぶ)を用いる方が,安定性や解の定性的な正しさの意味で望ましい.そのため1970年代頃から,個別の問題に対して,保存・散逸スキームを構築する試みが精力的に行われてきた.例えば,Straussらによる線形Klein-Gordon方程式(保存型)に対する保存差分スキーム,Hughesらによる非線形弾性体問題(保存型)に対する保存有限要素スキーム,Delfourらによる非線形Schrodinger方程式(保存型)に対する保存差分スキーム,そしてDuらによるCahn-Hilliard方程式(散逸型)に対する散逸有限要素スキームなどである.

 一方,1990年代の終わりに,降旗・森により,「離散変分法(discrete variational method)」と呼ばれる方法が提案された.これはあるクラスの実数値・単一偏微分方程式に対して,機械的かつ統一的に保存・散逸差分スキームを導出するための方法である.彼らが対象とした「散逸型偏微分方程式」は,以下の形のものである.

 ここでG(u,ux)は実数値関数,δG/δuはGのuに関する変分導関数である、関数Gを「エネルギー関数」,その空間積分,を「大域エネルギー」と呼ぶ.方程式(1)は,しかるべき境界条件のもとで,以下のように大域エネルギーの散逸性を持つ.

 また,もうひとつの対象は,以下の形の「保存型偏微分方程式」である.

 この方程式は,以下のように大域エネルギーを保存する.

 降旗・森は,連続版の変分導関数δG/δuに対応して,離散系において「離散変分導関数」という概念を定義し,連続版の方程式(1),(2)にならって「離散変分導関数」で形式的に差分スキームを構築することを提案した.そしてこのように構築された差分スキームが,常にもとの方程式と同様の保存性・散逸性を持つことを示した.彼らは実際にKorteweg-de Vries方程式(保存型)に対して,離散変分法により構築した保存差分スキームが極めて安定であることを数値実験で示した.またCahn-Hilliard方程式(散逸型)に対して,得られた散逸差分スキームが安定で,その解が刻み幅→0の極限で真の解に収束することを,数値的・理論的に示した.

 本論文は,この離散変分法をさらに拡張して,より広範囲の偏微分方程式に対して,より幅広いスキームが導出可能であることを示すものである.また種々の適用例もあわせて示す.具体的には以下のとおりである.

 複素数値偏微分方程式への拡張 もともと実数値偏微分方程式(1),(2)に対して提案された離散変分法を,複素数値散逸型偏微分方程式:および複素数値保存型偏微分方程式:に適用可能となるよう拡張した.ここでi=√-1,u(x,t)は複素数値関数,G(u,ux)は実数値関数,そしてδG/δuはGのuに関する複素変分導関数である.散逸型方程式(3)の例には,たとえば複素Ginzburg-Landau方程式,Newell-Whitehead方程式がある.また保存型偏微分方程式(4)の例には,非線形Schrodinger方程式がある.この拡張を実現するために,我々は複素変分導関数に対応する新しい概念,「複素離散変分導関数」を提案した.この複素離散変分導関数を用いて,連続版の方程式(3)や(4)にならって形式的に差分スキームを定義することで,自動的に保存・散逸性を再現する差分スキームを構築できる.この拡張された離激変分法を実際に非線形Schrodinger方程式と複素Ginzburg-Landau方程式に適用し,得られた差分スキームが安定で,その解が真の解に収束することを理論的に示した.またNewell-Whitehead方程式に適用した例も示した.

 連立偏微分方程式への拡張 本来単一偏微分方程式に対して提案された離散変分法を,以下の形の連立偏微分方程式に拡張した.

ここでG=G(u1,u2,...,uM)は実数値関数,u1(x,t)(1≦i≦M)はそれぞれ実数値,あるいは複素数値関数,そしてAはM×M行列である.行列Aと境界条件がしかるべき条件を満たすとき,この連立偏微分方程式は散逸性:または保存性:をもつ.我々は,連続版のδG/δuに相当する離散変分導関数が定義でき,それにより保存・散逸差分スキームを構築できることを示した.例題として,Zakharow方程式(保存型)への適用例を示した.

 陰的線形差分スキームの導出 一般に離散変分法で導かれる差分スキームは,もとの方程式の非線形性を引き継いで常に非線形である(時間発展の毎ステップで解くべき方程式が,非線形方程式になる).しかしある場合には,離散変分法の枠組を修正して,陰的線形スキーム(未知数に関して陰的ではあるが線形なスキーム)を導出できることを示した.時間発展の毎スナッブで,非線形スキームが重い反復解法を必要とするのに対して,陰的線形スキームは線型方程式を解くだけでよく,一般にはるかに高速である.また具体的に提案する手法を実際に非線形Schrodinger方程式,複素Ginzburg-Landau方程式,およびNewell-Whitehead方程式に適用した例を示した.

 空間・時間高精度化手法の提案 以上の離散変分法で得られるスキームはすべて,空間・時間方向に高々2次精度であるが,ある種の条件下では,離散変分法の枠組を拡張して,より高精度な差分スキームを導出できることを示した.具体的には,新しく「空間・時間方向に高精度な離散変分導関数」という概念を定義し,これを用いて離散変分法の枠組を書き直した.その結果,空間方向には,周期的境界条件下であれば任意の精度まで,時間方向には安定性の許す範囲で(実際的には6次まで)高精度化できることを示した.

 以上のように,本論文では離散変分法を,その基本的アイデアが適用可能な対象のほとんどにまで拡張し,また,同手法に,線形化(高速化),高次化といった実用上重要な強化を施した.また理論的収束証明を付けたいくつかの例題を含み,本論文で拡張された離散変分法の種々の適用例も示した.

審査要旨 要旨を表示する

 工学や自然科学に現れる現象の多くは偏微分方程式で記述されるが,解析解が得られることは稀であり,数値解法が古くから数多く提案されてきた.とくに,保存型あるいは散逸型偏微分方程式,すなわち,何らかの意味での「エネルギー」を保存,あるいは散逸する偏微分方程式においては,数値スキームに対しても「エネルギー」の保存性・散逸性を要請することは極めて自然なアイデアであり,実際,種々の保存型・散逸型偏微分方程式に対して保存・散逸数値解法が個別に提案されてきた.しかし,それらの解法はすべて天下り的に提示され,職人芸的に構成されたものであった.これに対して,1996年,降旗・森は,「エネルギー」の変分導関数を用いて定義される保存型・散逸型偏微分方程式のあるクラスに対して,個々の方程式の形によらず,機械的に,保存・散逸性をもつ差分スキームを構成する手法を開発した.「離散変分法」と呼ばれるこの手法の出現によって,ある種の偏微分方程式の保存・散逸解法の構成は職人芸から解放されることとなった.しかし,この「離散変分法」の適用対象は,実数値単独方程式に限られており,複素数値偏微分方程式や連立偏微分方程式への拡張が望まれていた.また,「離散変分法」には,解の精度が低いことや,非線形計算を含むために計算時間が多くかかることなどの弱点があり,これらの改良が期待されていた.本論文は,これらの期待に応えるものであり,"DiscreteVariational Method:Its Various Extensions and Applications"(「離散変分法の拡張と応用」)と題し,全7章から成る.

 まず第1章"Introduction"では,代表的な散逸偏微分方程式であるCahn-Hilliard方程式を例にとって,散逸性を再現する数値解法の重要性を説明し,続いて,降旗・森による離散変分法を簡単に説明し,最後に,章立てを述べる形で,本論文の主題である離散変分法の拡張及び改善について簡潔に説明している、

 第2章"Furihata and Morii's 'Discrete Variational Method'"では,本研究の基礎となる降旗・森の離散変分法の概観を与えている.降旗・森の離散変分法では,「エネルギー」の変分導関数を用いて定義されるあるクラスの保存型・散逸型偏微分方程式に対して,変分導関数の離散版を考え,それを用いて偏微分方程式の導出過程を離散化することによって差分スキームを導出する.このことによって,差分スキームに自動的に偏微分方程式のもつ「エネルギー」保存性・散逸性が引き継がれることとなる.

 第3章"Extension to Complex-Valued PDEs and Its Applications"では,降旗・森の離散変分法を,複素数値をとる偏微分方程式の場合,より正確には,「エネルギー」の複素変分導関数を用いて定義されるあるクラスの保存型・散逸型偏微分方程式の場合に拡張している.この場合,複素変分導関数の離散版を考え,偏微分方程式の導出過程を離散化することによって差分スキームが定義され,自動的に「エネルギー」保存性・散逸性が差分スキームに引き継がれる.本章では,さらに,この手法を具体的に,非線形Schrodinger方程式(保存型),複素Ginzburg-Landau方程式(散逸型),Newell-Whitehead方程式(散逸型)に適用し,前二者に対しては,その差分スキームの理論的収束証明も与えている.

 第4章"Extension to Systems of PDEs and Its Application"では,離散変分法を連立偏微分方程式の場合,より正確には,「エネルギー」の変分偏導関数を用いて定義されるあるクラスの保存型・散逸型偏微分方程式の場合に拡張している.この場合にも,変分偏導関数の離散版を考え,連立偏微分方程式の導出過程を離散化することによって連立差分スキームが定義され,自動的に「エネルギー」の保存性・散逸性が引き継がれる.本章の最後では,保存型連立偏微分方程式として有名なZakharov方程式に本手法を適用し,導かれた差分スキームがエネルギー保存以外の,もとの方程式のもつ性質をいくつか引き継いでいることを理論的に示している.

 第5章"Extension for Linearly-Implicit Schemes and Its Applications"では,離散変分法を拡張して,陰的線形な差分スキーム,すなわち,時間発展の毎ステップで,線形連立方程式を解くだけでよい差分スキームを構成する手法を提案している.前章までの離散変分法では,非線形偏微分方程式に対して差分スキームを構成すると,常に非線形な差分スキームが導かれ,時間発展の毎ステップで,非線形連立方程式を解く必要が生じ,多大な計算時間が必要となる.本章では,新しい概念「多段階化された離散変分導関数」を導入し,陰的線形な保存・散逸スキームを導出できるように離散変分法を拡張している.さらにこの手法を種々の保存型・散逸型偏微分方程式に適用し,Newell-Whitehead方程式(散逸型)に対して,陰的線形差分スキームが高速かつ安定であることを数値的に示している.

 第6章"Extension for Higher-Order Schemes"では,離散変分法を拡張して,空間・時間方向により高精度な保存・散逸差分スキームを構成する手法を提案している.前章までの手法で得られる差分スキームはすべて空間・時間方向の精度が高々2次である.本章では,空間方向については,周期的境界条件という制約の下ではあるが,任意次数の精度の保存・散逸差分スキームを導出できるように離散変分法を拡張している.一方,時間方向については,安定性のために高々6次という範囲内ではあるが,高次の保存・散逸差分スキームを構築できるように離散変分法を拡張している.

 第7章"Conclusions and Remarks"では,以上の結果をまとめるとともに,今後の課題について述べている。以上を総合するに,本論文は,離散変分法,すなわち,工学や自然科学に現れる保存型・散逸型偏微分方程式に対して自動的に保存・散逸差分スキームを導出するための手法を様々に拡張し,またその応用例を示したものであり,数理工学の分野の発展に大きく寄与するものである.

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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