No | 215590 | |
著者(漢字) | 秦,浩司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハタ,ヒロシ | |
標題(和) | サンゴ礁生態系における群集生産と炭素循環 | |
標題(洋) | Community production and carbon dynamics in the coral reef ecosystem | |
報告番号 | 215590 | |
報告番号 | 乙15590 | |
学位授与日 | 2003.03.10 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第15590号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに サンゴ礁は、サンゴの石灰化により形成される石灰岩の地形上に展開する生態系であり、光合成による有機炭素生産と、石灰化による無機炭素生産の両過程を通じて地球上の炭素循環に関わっている。サンゴ礁は単位面積あたりの一次生産量が最も大きな生態系のひとつであり(Whittaker, 1975)、その群集生産の研究は1950年代から始まった。初期の研究では、群集レベルの光合成量が非常に大きいものの、呼吸による消費もほぼ等しく、群集総生産量(Pg)と群集呼吸量(R)の比、Pg/R比がほぼ1になるという結果が報告された(Odum and Odum, 1955)ことから、サンゴ礁は極相状態にあり、物質循環が閉じているとの考え方が広まった。一方、1970年代以降の研究では、群集総生産量は呼吸を上回り、正味の炭素固定(群集純生産量:E)がプラスになっているという結果も多く報告されるようになった。しかし群集純生産量の見積もりは未だ精度が十分ではなく、誤差の評価を含めたより高精度の見積もりが必要である。また、炭酸系変動の測定による群集生産量の見積もりと共に、生産された有機物の挙動に伴う炭素循環についての情報が必要であるが、研究例はまだ少ない。特に有機物の外洋への流出の直接測定についての研究はなかった。これらの測定結果を元に、サンゴ礁の炭素循環を閉じた系ではなく開いた系として捉えることが必要であると考えられる。 近年、大気中のCO2の増大による地球温暖化への懸念から、陸上・海洋の生態系の群集生産に伴う炭素循環への関心が高まっている。光合成はCO2吸収反応であるが、石灰化はCO2放出反応であり(Ware et al., 1991)、サンゴ礁の群集生産による海水中CO2分圧の挙動は群集純生産量(E)と石灰化量(G)の比EG比によって判定されている。しかし、Eの見積もり精度が十分でないこと、サンゴ礁上海水中CO2分圧の長期測定が行われていないことから、その変動や、群集生産の影響についての知見は未だ十分ではない。 このような背景から、本研究ではサンゴ礁の群集生産と、それに伴う炭素循環を明らかにすることを目的に、西太平洋のパラオ諸島サンゴ礁と沖縄県石垣島白保サンゴ礁において、 ・炭酸系の精密測定による群集生産の見積もり ・日生産量の誤差の評価法の導入 ・有機物フラックス測定による純生産量の確認 ・有機物の系外への流出の直接測定 ・海水中CO2分圧の長期連続測定 を行った。長期観測によって、1998年に起こった全球規模のサンゴ礁の白化(高水温によるサンゴ共生藻の離脱現象)の時期を捉えることができ、白化の影響による群集生産と炭素循環の変化から、健全なサンゴ礁の機能が明らかとなった。これらの結果から、サンゴ礁の群集生産の特徴と地球上の炭素循環に対する寄与を考察した。 2.結果 群集生産と石灰化速度の見積もりは、最も高精度と考えられる全アルカリ度と全炭酸の直接測定を元に行った。海水中の炭酸系成分の変動の測定(図1)から光-光合成・石灰化曲線を作成し、光の実測値を用いて各時間の生産量を積分することにより日生産量を算出した。白化前は、パラオ、白保の両調査域において、PgとGは礁原の標準的な値(Kinsey, 1985)の範囲にあり、Eは100-130mmol m-2 d-1と見積もられた。本研究では、データのばらつきに由来する群集純生産量(E)の誤差を算出する方法を初めて導入した結果、有意にプラスであることが示された(表1)。Pg/R比は1.2-1.3、E/G比は0.7-14の値を示した。一方、白化後は、パラオ、白保の両調査域でEが1/4程度にまで低下し、それに伴ってPg/R比は1:1に、E/G比は0.3に低下した。 サンゴ礁海水中の有機物濃度は外洋海水よりも高くなっていた(図1)。健全なサンゴ礁礁原では、生産されたEの66-83%が、主に溶存態の有機物(DOC)として海水中に放出され、潮汐に伴う海水の交換によって系外に流出することが分かった。堡礁型のパラオサンゴ礁では、磯原からラグーンに流入した有機物は、滞留時間16-35日の間に分解が進むが、礁原とラグーンのサンゴ礁全体としてはPgの4%が主に懸濁態の有機物(POC)として外洋に流出している。一方、裾礁型の白保サンゴ礁では海水の滞留時間は4-8時間と短く、Pgの17%が外洋に流出している見積もりになった。また、サンゴの白化時には、Eの低下に伴って有機物のフラックスが小さくなった(表1)。 外洋側に設置したセジメントトラップによる外洋の有機物鉛直フラックスの測定では、サンゴ礁に近いほど、また、サンゴ礁内の群集純生産量が大きいほどフラックスが大きくなる傾向が認められ、サンゴ礁からの有機物の流出が、外洋の有機物フラックスに影響を与えていることが示された(表1)。 サンゴ礁上海水中のCO2分圧は、日中は150-200μatmまで低下し、夜間は500-700μatmまで上昇する日周変動を示す(図1)。季節変動は、夏に高く冬に低い傾向が明瞭で、主に海水温の変動に規定されている。サンゴ礁上に流入した海水CO2分圧の変動は、主にサンゴ礁の群集生産の影響に因り、サンゴの白化時にはE/G比の低下に伴い、海水中CO2分圧が上昇することが認められた。 3.考察 本研究では、従来よりも高精度な炭酸系パラメータの計測と、新しいデータ処理法の導入によって、健全なサンゴ礁では定常状態においてPg/R>1を維持していることが確認された。また、群集生産の測定と同時に、有機物のフラックスを直接測定することにより、礁内で生産された有機物の大部分が系外に流出していることが示された。 サンゴ礁における群集生産と炭素循環では、外洋との海水交換の過程で栄養塩を取り入れて海水中の溶存無機炭素を有機物に変換し、外洋に放出しているという機構が考えられる。このように、サンゴ礁における炭素循環は、従来考えられてきたように系内で閉じているのではなく、開いた系として外界との交換を行っていることが示された。健全なサンゴ礁は固定した炭素を外洋に放出することによって炭素固定能力を維持している。また、サンゴの白化により、群集生産と有機物フラックスのポテンシャルが劣化し、海水CO2分圧が上昇することが認められたことから、サンゴ礁の群集生産と炭素循環の機能に対し、造礁サンゴが重要な役割を果たしていることが明らかとなった。 本研究で得られたサンゴ礁礁原の群集純生産量と、礁原の面積284,300km2(Spalding et al., 2001)から、サンゴ礁礁原の有機生産による炭素固定量は約0.12-0.16Gt/年と概算され、全球の炭素循環の中でも無視できない値であることが示された。 図1:サンゴ礁上海水中の物理・化学成分の変動の一例(白保サンゴ礁1998年9月) TA:全アルカリ度 TIC:全炭酸 PCO2:二酸化炭素分圧 DOC:溶存態有機炭素 POC:懸濁態有機炭素 表1パラオおよび白保サンゴ礁の群集生産と有機物フラックス SST:水温 Pg:群集総生産量 R:群集呼吸量 E群集純生産量 G:群集石灰化量 ND:Not detected | |
審査要旨 | 本論文の目的は,サンゴ礁における炭素に関わる群集代謝の特徴と生成物(有機炭素)の系外への流出を,現地調査による測定に基づいて明らかにして,炭素循環におけるサンゴ礁の機能を評価することである.そのために,有機炭素生産・炭酸カルシウム生産を,海水の炭酸系(全炭酸,アルカリ度)変化によって見積もるとともに,群集代謝に伴って変化するCO2分圧を実測し,系外への生産物のフラックスを測定した.その結果,サンゴ礁が全体として有機物の過剰生産を持つこと,群集代謝に伴ってCO2分圧が変動すること,過剰生産に見合った量の有機物の系外への流出があること,白化による生物群集の劣化によって群集代謝とCO2変動が低下することなどが明らかにされた. サンゴ礁は高い光合成ポテンシャルを持つが,生態系全体としての過剰生産は0とされていた.しかしながらこれは一次近似としての値であり,従来の研究には,手法上の問題と系外のフラックスを測定していないという問題があった.生態系の過剰生産が0という見方は,サンゴ礁は極相に達した生態系であり,炭素や栄養塩などの生元素を系内でリサイクルして系外とのやり取りがないという概念と結びついている.従来の研究に含まれていた問題点を整理した上で,現地における調査・観測に基づいてこの概念を再検討するという本論文の問題設定は,博士論文に見合った課題を取り上げている.また,本論文ではこうした調査を,裾礁型サンゴ礁である石垣島と,堡礁型サンゴ礁であるパラオ諸島の2つのタイプのサンゴ礁において行って,それぞれの結果を比較することによって,サンゴ礁一般に通じる議論を展開している. 手法上の問題について,サンゴ礁における大きな光合成生産と呼吸との微妙なバランスである過剰生産を高い精度で見積もるには,測定精度や誤差の見積もりの問題と測定が限られた時間・場所で行われていたという問題があった.本研究ではもっとも高い精度で生産を見積もることができる全炭酸と全アルカリ度の組み合わせを用いて,さらに1日あたりの積算の際の誤差の評価を行って,これまで一次近似で0とされてきた過剰生産を,見積もりの誤差も含めて評価した.さらに,こうした調査を通年で行い,その季節による変化,あるいは群集構成の変化による違いを評価した. サンゴ礁系外へのフラックスについては,海水中の有機炭素含有量と海水フラックス,サンゴ礁外海水中の濃度勾配,セジメント・トラップによる沈降粒子の捕集など,異なる手法によって,系外へ流出する様々な過程における有機炭素のフラックスを求めた.こうして求めたフラックスは,独立に見積もった過剰生産の量と比較し,整合的であることを評価した.これは,サンゴ礁が過剰生産を持つという本論文の概念を,両側面から支持する成果になっている. サンゴ礁における群集代謝の問題は,大気CO2との関係においても重要である.有機炭素の過剰生産はCO2吸収過程であるが,炭酸カルシウム生産はCO2放出過程である.本論文では,群集代謝とともにCO2の観測を行って,両者の関係を定量的に明らかにすることができた.さらに研究期間中に起こった白化前後の生産量やCO2変動を比較することによって,白化によるサンゴ群集の劣化に伴う群集代謝の劣化を示し,さらにこれによって健全な群集の機能を評価することに成功した.また,生産量の見積もりに関して,個々の誤差は大きくなるが連続的に測定できるというpH-CO2法の特徴をいかした生産量の新しい見積もり法を提案した. 問題設定,手法,選定したフィールド,結果とその考察の全体にわたって本論文のオリジナリティが高いと判断される.本論文によって,サンゴ礁生態系の群集代謝の位置づけについての概念は変革を迫られ,この概念に基づいた研究の展開が必要となる.また,海水の炭酸系の変化を用いた海洋生態系の群集代謝とCO2変動の測定手法が確立したことによって,こうしたアプローチの他の生態系への適用も期待される. なお本論文第3章の一部は,鈴木淳,丸山正,蔵野憲秀,宮地重遠,池田穣,茅根創との共同研究(Limnology and Oceanography誌に公表),第4章の一部は,工藤節子,山野博哉,蔵野憲秀,茅根創との共同研究(Marine Ecology Progress Series誌に公表)であるが,いずれも論文提出者が主体となって調査・分析を行い,筆頭著者として論文をまとめたのもので,論文提出者の寄与が十分であると判断される. 以上の点を総合的に審査した結果,本論文は地球惑星科学,とくに地球システム科学の新しい発展に寄与するものであり,博士(理学)の学位に十分値すると判断される. | |
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