学位論文要旨



No 215621
著者(漢字) 田原,鉄也
著者(英字)
著者(カナ) タバル,テツヤ
標題(和) 相関関数のウェーブレット解析とむだ時間測定への応用
標題(洋)
報告番号 215621
報告番号 乙15621
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15621号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 嵯峨山,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では相関関数のウェーブレット解析とそれを利用した線型時不変系のむだ時間測定という二つの関連する内容から構成されている。

 まず最初に相関関数のウェーブレット解析について述べる。相関解析とその周波数領域版であるスペクトル解析は画像処理、計測、システム同定、振動解析など幅広い分野で利用されている。一方、ウェーブレット解析はアナライジングウェーブレットと呼ばれる母関数を拡大縮小(スケーリング)と平行移動して作られる基底関数を用いて信号を解析する手法である。様々な特徴を持っているが、そのうち本論文に関連して重要なものとして時間-周波数領域解析であること、分解能が周波数依存であり自動的に適切に調整されること、基底関数が互いに相似であることがあげられる。ウェーブレット解析では信号そのものの解析は幅広い分野で行われ応用されているが、相関関数に対して適用された例は殆ど無い。本論文の目的の一つは、相関関数のウェーブレット解析の性質を定量的に調べ、その有用性を明らかにすることである。ウェーブレット解析は未知の対象を解析する手段として優れており、初期解析には特に有効である。後述するように相関関数のウェーブレット変換は相関解析とスペクトル密度の解析の両方の性質を持ち合わせているので、従来の相関ベースの解析手法の長所を活かしつつ、未知の対象を中心として更に強力なツールとなることが期待される。

 本論文では相関関数のウェーブレット変換の性質を2つの観点から解析した。一つはスペクトル密度やその推定法との関係であり、その関係を強くする適切なアナライジングウェーブレットについてである。もう一つは相互相関関数のウェーブレット変換を介した伝達特性の間接的なウェーブレット解析についてである。

 従来から相関関数のウェーブレット変換とスペクトル密度との関係は指摘されていたが、定性的な解析が主であり、定量的な解析は為されていなかった。本論文では両者の関係を定量的に解析した。その結果、適切なアナライジングウェーブレットを選べば、相互相関関数のウェーブレット変換は相関をとった2つの信号の時間差をずらしながらスペクトル解析を行なっていることと等価であることがわかった。また、アナライジングウェーブレットとして正弦波ejωpt(ωpはアナライジングウェーブレットの中心周波数)と偶関数の窓関数の積を選ぶと良いことがわかった。このようなアナライジングウェーブレットは相関関数のウェーブレット変換を用いてスペクトル密度を推定する際のバイアスを抑え、どの周波数を解析しているのかを明確にする。これまでアナライジングウェーブレットの選択については経験的にガボール関数(ガウシアンと正弦波の積)などが良い結果を出すことが知られていたが、本研究では相関関数のウェーブレット変換に限られた結果とはいえ、ガボール関数の有用性を理論的に示すことができた。

 伝達特性の間接ウェーブレット解析については、信号とアナライジングウェーブレットが一定条件を満たした時、相互相関関数のウェーブレット変換と、相関をとった2つの信号間の伝達特性のインパルス応答のウェーブレット変換とが等価になることを示した。すなわち、相互相関関数をウェーブレット解析することで間接的にインパルス応答をウェーブレット解析することができる。インパルス応答には伝達特性の有用な情報が含まれるが、一般には直接ウェーブレット解析することはできないので、比較的容易に計算できる相関関数のウェーブレット変換を介して解析できることには大きな意味がある。この性質は後述するむだ時間測定の解析でも利用されており、信号処理や計測などへの応用が期待される。

 次に相関関数のウェーブレット変換を用いたむだ時間測定について述べる。制御系においてむだ時間は重要なパラメータであり、これまでも様々な方法が提案されてきた。また、むだ時間測定は音響学では遅延時間測定、流体計測では流量や流速の計測に対応し、これらの分野でも様々な手法が提案されてきた。主なものだけでもステップ応答を用いる手法、相関解析やスペクトル解析に基づいた手法、モデルを用いた手法などがある。

 ここで、本研究の元となった研究や手法について簡単に触れる。相関関数を用いたむだ時間測定法は古くから利用され、様々なバリエーションが存在する。しかし、むだ時間以外のダイナミクスの影響により正確なむだ時間が測定できない場合があった。また、ウェーブレット解析を用いたむだ時間測定法としてステップ応答のウェーブレット変換からむだ時間を測定する手法があったが、ステップ入力を加えられない測定対象には適用できないという問題点があった。一方、ウェーブレット変換に相関解析を適用することでむだ時間を測定する手法が提案された。本研究はそれらの研究を元に理論的解析しやすいよう修正や工夫を加えたものになっている。

 提案した手法の手順は以下の通りである。まず、測定対象の入力と出力の相互相関関数を計算する。次に複素関数のアナライジングウェーブレットを用いてそのウェーブレット変換を求める。それからその位相値を時間-周波数領域上に等高線プロットする。するとその等高線からグラフィカルにむだ時間を読み取ることができる。

 従来手法に対する本手法の長所について述べる。本手法では試験信号として特別な信号を必要とせず、通常の不規則信号を利用してむだ時間を測定できる。また、測定対象の構造に関する事前情報(次数、相対次数、閉ループ系かどうかなど)を必要としない。これはモデルベースの手法と比べて有利な点と言える。加えて閉ループ系全体が安定であれば測定対象そのものが不安定系でも測定可能という長所もある。精度に関して言えば従来の相関関数を用いた手法より高い精度で測定可能である。これはウェーブレット解析が時間-周波数解析であるため、むだ時間による遅れ(周波数に依らず一定)とそれ以外の遅れ(周波数に依存する)が容易に区別できるからである。

 本論文では提案したむだ時間手法を2つの方法で解析し、むだ時間が測定可能であることを理論的に示した。ひとつ目の方法では、相関関数のウェーブレット変換とスペクトル密度の関係を利用し、相関関数のウェーブレット変換と周波数応答の関係から測定可能であることを示した。もう一つの方法では、むだ時間に対応するインパルス応答の特異点(不連続点)を相関関数のウェーブレット変換から間接的に検出できることを示すことで測定可能であることを示した。この特異点検出においては、ウェーブレット解析の特徴の一つである基底関数の相似性が利用されている。結局、両者の間では測定可能となる条件など多少の相違はあるが、得られた等位相線(位相値の等高線)は同一となった。

 本論文で提案した手法をドラムボイラプラントに適用した結果が図1である。横軸が時間に相当するシフトパラメータで、縦軸が周波数の逆数に対応するスケールパラメータである。スケールパラメータを0に近づけた時に等位相線が集まる場所がむだ時間に対応している。また、他の実プラントヘの応用実験や計算機上での数値実験でも良い結果が得られ、提案した手法の有用性が確認された。

図1.入出力の相互相関関数のウェーブレット変換の等位相線図(位相値の等高線)。

横軸が時間に対応するシフトパラメータ、縦軸が周波数の逆数に対応するスケールパラメータ。スケールパラメータを0に近づけると(周波数を高くすると)、等位相線は8秒付近に集まってくる。よってむだ時間は8秒前後と推定される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は入出力信号の相関解析と時間-周波数解析であるウェーブレット変換を融合させることで、線形システムのむだ時間を測定できることを理論的に示すとともに実際のプラントで測定できることを実証した研究である。ウェーブレット変換は産業界で活用されているフーリエ変換を精密化した信号処理手法であり、1980年ごろから音声処理や画像処理に使われてきた。そして、1990年頃からは著者らが先導してシステム同定へ応用が始まった。その過程における成果をまとめた論文である。本論文では、入出力の相関関数をウェーブレット変換するとむだ時間を中心に位相曲線が集中することを理論的に示した。さらに、この手法を用いて空調設備やボイラープラントにおけるむだ時間が実際に測定できることを示した。

 論文自体は7章からなっている。第1章は「序論」である。ここでは、研究の背景や基礎知識、および研究内容の概略が論じられている。第2章は「数学的準備」であり、本論文で用いる相関解析やウェーブレット変換の基礎的な理論が紹介されている。第3章「相関関数のウェーブレット変換の性質」では、本研究の根幹となる相関関数のウェーブレット変換の各種性質が導出されている。その中には、相関関数のウェーブレット変換とスペクトル密度との関係やウェーブレット関数の選択法、ならびにデータの長さの有限性がこれらの解析におよぼす影響などの興味深い結果も含まれている。つづく第4章の「開ループ系のむだ時間測定」では、制御対象単体の入力むだ時間測定法の理論が展開されている。ここでは、入出力の相関関数をウェーブレット変換するとむだ時間を中心に位相集中が見られる原理を理論的に明かにしている。同時に、このような位相集中が見られるための十分条件も明示している。また、数値実験により、理論どおり位相集中が起こることを確認している。第5章「閉ループ系のむだ時間測定」では、フィードバック制御装置を切り離せないような対象におけるむだ時間測定というニーズはあるが、理論的な扱いが難しい課題に挑戦している。この結果として、むだ時間に対応した周期で相関関数のウェーブレット変換に位相集中が見られることを示している。そして、このような現象が見られるための十分条件を導出している。また、このことを数値実験を通して確認している。第6章「実プラントによるむだ時間測定実験」では、研究したむだ時間測定法を開ループ系である空調設備と閉ループ系であるボイラープラントに適用した事例が論じられている。いずれも、位相集中現象からむだ時間が測定できることを確認している。最後の第7章である「今後の課題」においては、本論文で研究したむだ時間測定法の有効性を確認するとともに、これから解決すべき課題を網羅している。

 以上、システムの特性解析や制御に不可欠なむだ時間測定法を相関関数とウェーブレット変換の組合せという観点から確立し、しかも実在の複数のプラントで提案手法の有効性を確認した本論文は学術面においても産業面においても大きな貢献である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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