学位論文要旨



No 215635
著者(漢字) 水越,利巳
著者(英字)
著者(カナ) ミズコシ,トシミ
標題(和) (6-4)photoproductを含むDNAの合成と構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 215635
報告番号 乙15635
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15635号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 岩井,成憲
内容要旨 要旨を表示する

研究背景と目的

 (6-4)photoproductは紫外線により生じる、最も有害なDNA損傷の一つである。こうしたDNA損傷からゲノム情報を守るため、生物は損傷したDNAを修復する機構を獲得してきた。ヌクレオチド除去修復機構(NER機構)は、(6-4)photoproductをはじめとして様々なDNA損傷を修復する、大腸菌から真核生物に至るまで保存されている重要な機能である。高等生物のNER研究は、色素性乾皮症(XP)に代表されるヒトのNER欠損遺伝病の遺伝的解析や、無細胞NER反応系を用いた生化学的な解析により現在盛んに進められている。

 (6-4)photoproductは主にジピリミジン配列(TC配列で最も多く、次にTT配列)で生じることが知られている。ゲノム中に生じる(6-4)photoproductの構造をFigure 1に示した。変異原性が高い(6-4)photoproductを含むDNAは、NERをはじめとするDNA修復研究の生化学実験に必須な対象化合物となっている。従って(6-4)photoproductを含むDNA((6-4)DNA)の効率的かつ高純度で大量調製可能な調製法が確立できれば、NER等の機能解析実験にいっそう貢献でき、損傷DNA修復機構の解明につながるDNA修復因子との複合体の構造解析にも応用できると考えた。本編はこの(6-4)DNAをテーマに行った研究であり、大きく分けて次の二つの内容で研究を行った。

 一つ目は生化学実験に用いる(6-4)DNA基質の効率的な供給を目的とした、固相合成法による(6-4)オリゴヌクレオチドの調製法の確立である。まず主要な二つの(6-4)photoproductのうち調製法が確立されていないT(6-4)Cオリゴヌクレオチドの固相合成を確立し、生化学実験にT(6-4)T、及びT(6-4)C DNAの両基質を提供できるようにした。また、長鎖のT(6-4)T及びT(6-4)Cオリゴヌクレオチドの固相合成の際に、共通の機構により生じると推測される副生成物が生じ純度を下げる原因となっていたので、その原因を推測し、カップリングの活性化剤を検討する事で改善を行い、長鎖の(6-4)オリゴヌクレオチドも効率的に調製可能にした。

 二つ目はNER因子等、DNA修復因子の損傷DNA認識機構の解明に重要な知見を与えると考えられる、(6-4)DNAの構造研究を行った。これまでT(6-4)T DNAの折れ曲がりの有無に関し互いに矛盾する二つの結果の報告があったが、著者は第三の手法(FRET)で解析し、折れ曲がりが無いとする報告を支持した。また、その結果からNER因子の一つであるDDBタンパク質の損傷DNA認識機構を考察した。詳細を以下に示した。

1)T(6-4)C photoproductを含むオリゴヌクレオチドの合成とその応用

 T(6-4)Tオリゴヌクレオチドの固相合成法による効率的な調製法は既に我々のグループにより報告されていた。まずT(6-4)T photoproduct building block(固相合成機で用いる事ができる修飾体)を合成し、DNA合成機でオリゴヌクレオチドに挿入する方法である。しかし、T(6-4)T photoproductよりも高頻度で形成されるT(6-4)Cオリゴヌクレオチドに関しては、シトシン塩基の紫外線や有機合成反応条件下での不安定さから合成が困難であると予想され、その調製法が検討されていなかった。そこで著者は固相合成法によるT(6-4)C DNA調製法の検討を行った。

 まずT(6-4)C photoproduct building blockの合成を行った。チミジリル(3'-5')2'-デオキシシチジン誘導体を合成して紫外線を照射したところ、予想通りシトシン塩基特有に生じる副生成物(水和物)により収率は低くなったが、T(6-4)C photoproduct誘導体へと変換できた。続く数行程で適当な保護基で修飾し、DNA合成機で用いる事のできるT(6-4)C photoproduct building blockを合成した。

 次にDNA合成機でT(6-4)C photoproduct building blockを挿入し、T(6-4)Cオリゴヌクレオチドの合成を行ったところ、T(6-4)C photoproduct塩基に特有に存在するチミン側5位のアミノ基にキャッピング試薬である(4-tert-butylphenoxy)acetic anhydrideがアシル化反応を起こして副生成物を生じ、T(6-4)Cオリゴヌクレオチドの収率を下げる事が解った。そこでT(6-4)C photoproduct building blockのカップリング後はキャッピング行程を省く様にDNA合成機のプログラムを改良した結果、T(6-4)Cオリゴヌクレオチドが収率良く得る事ができた。

 最後に、上記の方法で調製されたT(6-4)Cオリゴヌクレオチドの、初めての生化学への応用実験も行った。可視光や近紫外光を利用して(6-4)photoproductを直接修復する(6-4)photolyase(ここではXenopus由来)が、14-merのT(6-4)Cオリゴヌクレオチドを光回復反応で損傷のない14-merのオリゴヌクレオチドに変換する事を、初めてヌクレオシドレベルで証明した。以上の検討の結果、DNA修復機構の解明に重要なT(6-4)TおよびT(6-4)C photoproductを含むオリゴヌクレオチドを、どちらも固相合成により効率的に調製できる様にした。

2)新しい活性化剤を用いた(6-4)オリゴヌクレオチドの固相合成法の改良

 (6-4)photoproductを含むオリゴヌクレオチドはDNA修復機構の解明に重要な基質である。従ってそのより効率的な調製方法を検討する意義は大きいと考えた。前章までの研究でおよそ50塩基以上の長鎖のT(6-4)T及びT(6-4)Cオリゴヌクレオチドを合成した場合、共通な機構で生じると考えられる副生成物により、その高純度な調製が困難であった。問題となった副生成物は(6-4)photoproductのN3位へのオリゴヌクレオチド鎖の分岐が原因であると推定した。そこで固相合成で用いる活性化剤を、tetrazoleから塩基部のアミノ基の活性化を抑えると報告されているbenzimidazolium triflateに変更した。その結果、副生成物が大幅に抑えられ、長鎖の49-mer T(6-4)Tオリゴヌクレオチドが以前の方法より純度良く調製できる事を示した。

 次に、上記の改良法で調製できる様になった、長鎖の(6-4)オリゴヌクレオチドの生化学実験における有効性を示すための実験を行った。長鎖のT(6-4)T DNA 49-merを用いてHela細胞抽出液からT(6-4)T photoproductに結合するタンパク質の検出実験を行い、T(6-4)T DNA 30-merで同様な実験を行った結果と比較した。その結果、T(6-4)T DNA 30-merでは核抽出物からしか検出できなかったNER因子の一つであるDDBタンパク質を、T(6-4)T DNA 49-merでは細胞質成分からも検出する事ができた。また、T(6-4)T DNA 30-merでは全く検出できなかった、glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenaseと推測されるタンパク質がT(6-4)T DNA 49-merでは検出できる事も示した。以上の検討から、生化学実験では長鎖の(6-4)オリゴヌクレオチドがより有用性が高い事が示せ、著者が改良した固相合成法の有効性を証明した。

3)FRETを用いたT(6-4)T DNAの構造研究

 NERの最初のステップである損傷DNA認識を研究する場合、認識される基質の性質を理解する事が重要である。しかし生化学実験で最も多く利用されているT(6-4)T photoproductを含むDNAの構造情報は、44°の大きな折れ曲がりを示唆するNMRの解析結果と、折れ曲がりが無いとするunrestrained molecular dynamics手法による解析結果の、互いに矛盾するものであった。そこで第三の手法で検証するために、我々のグループで開発した固相合成法を用いて蛍光標識T(6-4)T photoproduct DNAを調製し、FRET解析を行った。T(6-4)T DNAの解析結果からは、30°から40°の折れ曲がりが報告されているシスプラチンDNAの様に大きな蛍光共鳴エネルギー移動は観測されなかった。また、B-DNAの解析結果と殆ど差が無かった事から、T(6-4)T photoproduct形成によるT(6-4)T DNAの全体構造変化は小さい事がわかり、折れ曲がりが無いとするunrestrained molecular dynamicsの報告を支持した。また、T(6-4)T photoproduct周辺のDNAヘリックス構造の変化についても配列連続的なFRET解析を行い、56°の巻き戻しや0.37Aの伸長がある事を示した。

 上記に示したT(6-4)T DNAにはそれ自体に折れ曲がりが無いという結果と、DDBタンパク質は複合体中でT(6-4)T DNAを約55°折り曲げ、かつ多くの解析で折れ曲がりが無いとされているabasic DNAも同様に約55°折り曲げるという我々のグループのゲル解析結果を併せてDDBタンパク質の認識機構の考察を行った。その結果、DDBタンパク質は損傷によるDNAの局所的な構造の歪みを検知し、結合した結果としてDNAを損傷部位で約55°折り曲げる事を提唱した。

Figure 1 主要なT(6-4)T photoproduct (A)とT(6-4)C photoproduct (B)の構造

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文は、ヒトの色素性乾皮症と関連が深いヌクレオチド除去修復(NER)機構の解明など、DNA修復分野の研究に必須な基質である(6-4)photoproductを含むDNAの合成と構造に関する研究結果を述べたものである。(6-4)photoproductは紫外線によりゲノム上のジピリミジン配列、主にTT配列(T(6-4)T)とTC配列(T(6-4)C)、に生じる事が知られている。(6-4)photoproductを含むDNA((6-4)DNA)は変異原性が高く、生成頻度も高いため、DNA修復機構解明や突然変異解析を目的とした生化学実験に多く用いられている。従って、(6-4)DNAの効率的な調製法が確立されれば、NER機構等の機能解析に大きく貢献できると期待される。また、(6-4)DNAの構造情報はDNA修復機構の第一ステップである、損傷DNA認識機構を解明するための有用な情報となると考えられる。

 本論文は(6-4)DNAの合成に関する研究(第一章、第二章)と構造に関する研究(第三章)から構成されている。第一章では、主要な二つの(6-4)photoproductのうち、まだ固相合成による効率的な調製法が確立されていなかった、T(6-4)Cオリゴヌクレオチドの調製法を検討している。第二章では、前章までの方法をより価値の高いものにするため、長鎖の(6-4)オリゴヌクレオチドを調製する際に不可避であった副生成物を抑えるための改良法を検討している。第三章では、損傷DNA修復機構を解明する上で重要である、(6-4)photoproductを含むDNAの全体構造を、蛍光共鳴エネルギー移動法で検証している。

 第一章では先ず、チミジリル(3'-5')2'-デオキシシチジン誘導体への紫外線照射条件を検討してT(6-4)C photoproduct構造へ変換し、ゲノム中で形成されるT(6-4)C photoproductと同じ立体配置をもつ鍵中間体を得ている。続く数行程で適当な保護基で修飾し、DNA合成機で用いる事のできるT(6-4)C photoproduct building blockへの誘導に成功している。次に、DNA合成機を用いてT(6-4)C photoproduct building blockを挿入したT(6-4)Cオリゴヌクレオチドの合成を行い、DNA合成機のプログラムも検討してその調製法を確立した。最後に、調製したT(6-4)Cオリゴヌクレオチドの生化学への応用例として、(6-4)photolyaseが光回復反応の後に、T(6-4)Cオリゴヌクレオチドを損傷の無いオリゴヌクレオチドに修復する事を初めてヌクレオシドレベルで証明した。以上の検討の結果、既に固相合成法による調製法が確立しているT(6-4)Tオリゴヌクレオチドと共に、DNA修復研究に重要なT(6-4)Cオリゴヌクレオチドも効率的に調製できる様になった。

 第二章では先ず、第一章までに確立した方法で長鎖のT(6-4)T及びT(6-4)Cオリゴヌクレオチドを合成する際に生じる副生成物の生成機構を考察し、副反応を回避するために近年報告された新しい固相合成の活性化剤、benzimidazolium triflateを用いた方法を検討している。その結果、長鎖の49-mer T(6-4)Tオリゴヌクレオチドが以前の方法より純度良く調製できた事を示した。次に、上記の改良法で調製できる様になった、長鎖の(6-4)オリゴヌクレオチドの生化学実験での有効性を検証している。Hela細胞抽出液中のT(6-4)T photoproductに結合するタンパク質を、T(6-4)T DNA 30-merとT(6-4)T DNA 49-merで検出したところ、T(6-4)T DNA 30-merでは核抽出物からしか検出できなかったDDBタンパク質(NERの損傷DNA認識因子)が、T(6-4)T DNA 49-merでは細胞質成分からも検出する事ができ、またT(6-4)T DNA 30-merでは全く検出できなかった、glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenaseと推測されるタンパク質がT(6-4)T DNA 49-merでは検出できた。以上の検討から、本章で改良した長鎖の(6-4)オリゴヌクレオチドを効率良く調整法が、生化学実験に大きく貢献できる事を示した。

 第三章では、NERの最初のステップである損傷DNA認識を理解するために、生化学実験で最も多く利用されているT(6-4)T DNAの全体構造をFRET法で解析した。これまでT(6-4)T DNAの全体構造に関して、結果の矛盾する二つの報告がある。一方はNMRの解析結果で44°の大きな折れ曲がりが示されており、DNA修復因子による認識に関与すると考えられて来た。一方unrestrained molecular dynamicsを用いた報告では同じ配列のT(6-4)T DNAで大きな折れ曲がりは無いとしていた。本章のFRET解析で、T(6-4)T DNAには損傷部位周辺にDNA二本鎖の巻き戻しや伸長が存在するが、全体構造としては折れ曲がっていない事を示し、後者の報告を支持する結果を得ている。またこの結果と、DDBタンパク質が複合体中でT(6-4)T DNAを約55°折り曲げるという、以前に得た知見も併せて考察し、DDBタンパク質が認識するのは損傷による大きな構造変化ではなく、(6-4)photoproductの形成によって生じた、局所的な構造変化を見知して結合し、結果として55°DNAを折り曲げるという新しい機構を提唱した。

 以上、ヒトの色素性乾皮症などの原因解明に重要で、近年盛んに行われているNER等のDNA修復機構解明に有用な基質である、(6-4)DNAの効率的な調製法の確立に貢献し、またDNA修復因子の損傷DNA認識機構を考える上で重要な、(6-4)DNAの構造情報を提供した。このように遺伝性疾患のXPの原因解明研究など、DNA修復分野の研究に大きく貢献する技術や情報を提供するものであり、本研究は博士(薬学)の学位を授与に値すると判断した。

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