学位論文要旨



No 215812
著者(漢字) 松永,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) マツナガ,シゲキ
標題(和) 新規不斉配位子linked-BINOLの開発と触媒反応メカニズムの解析
標題(洋) Development of a Novel Chiral Ligand : Linked-BINOL and Mechanistic Studies of Catalysis with Linked-BINOL
報告番号 215812
報告番号 乙15812
学位授与日 2003.11.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15812号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

新規不斉配位子linked-BINOLの開発とGa-Li-linked-BINOL錯体への応用

柴崎研究室ではヘテロバイメタリック触媒と総称される不斉触媒の開発を行ってきた。これらの金属錯体の構造上の特徴の一つとして2ないし3分子のBINOL 不斉配位子を含む点が挙げられ、複数の不斉配位子により構築される不斉環境が不斉誘導に重要な役割を果たしている。しかしながら、一方で、複数の不斉配位子を必要とするが故に錯体の安定性等に問題が生じる場合があった。私は新規不斉配位子を設計し、錯体の安定化を目指すべく研究に着手した。

錯体安定化を指向した配位子設計概念をFigure 1 に示した。2分子のBINOL ユニットを適切なリンカーにより連結することで錯体の安定化を目指すこととした。リンカー部分に関して種々検討のparagraph、新規酸素原子含有型linked-BINOL が有効であることを見い出した。本新規不斉配位子より調製したGa-Li-linked-BINOL を用いたエポキシド開環反応においては若干の反応性の低下が観測されたものの、触媒量を10mol%に減じても触媒の分解が全く見られなかった (Scheme 1)。一方、Ga-Li-(BINOL)2 を用いる場合には求核剤との配位子交換による触媒の分解が時間とともに進行するため、触媒量10mol%では極めて低い化学収率にとまってしまい、20mol%以上の触媒を使用しても化学収率は中程度である。このparagraphは、新規linked-BINOL配位子により錯体の安定化が達成されたことを示唆している。次にlinked-BINOL により構築される不斉環境に関する情報を得るべくGa-Li-linked-BINOL の構造解析を行った。NMR およびLDI-TOF MS のparagraphからC2 対称性を有するモノマー錯体であることが示唆された。さらにGa アルコキシドから調製したLiCl を含まないGa-Li-linked-BINOL 錯体を用いることでX 線結晶構造解析に成功した(Figure2)。

Et2Zn/linked-BINOL錯体のメカニズム解析

私の開発したlinked-BINOL 配位子は、共同実験者により各種金属錯体へと適用可能であることが明らかとなりつつある。例えば、La-linked-BINOL 錯体やLa-Zn-linked-BINOL は触媒的不斉マイケル反応に対して有効であった。また、Et2Zn/linked-BINOL=2/1 錯体はヒドロキシケトンを求核剤とする直接的触媒的不斉アルドール反応(Scheme 2)および直接的触媒的不斉マイケル反応に対して有効であった。私は、linked-BINOL 配位子を活用した触媒的不斉反応を展開していく上で、反応メカニズムの解析は合理性の高い反応改良、および新規反応への展開に必要不可欠であると考え、Et2Zn/linked-BINOL 錯体によるアルドール反応を対象としたメカニズム解析研究に着手した。

Et2Zn/linked-BINOL=2/1錯体によるアルドール反応において、ケトンの当量、触媒量、基質適用範囲の3点を改善すべき課題として設定し、メカニズム解析により課題克服に向けての手がかりを探すこととした。触媒構造に関してX 線結晶構造解析、NMR、CSI-MS 解析を行ったparagraph、Figure 3 に示すようなZn3(linked-binol)2 という構造を有することが分かった。さらに、エタンガス発生の定量実験により系中には未反応のEt2Zn が0.5 モル当量残っていることが確認された。反応速度実験により、この小過剰のEt2Zn は不斉収率を維持したまま、反応速度の向上に寄与していることが分かった。また、各種触媒量を変化させた場合の反応速度を追跡したparagraph、興味深いことに触媒量を10mol%以上に増やしていくと反応速度が徐々に低下していく傾向が見られた。このparagraphは触媒に対してある一定量以上のケトンの存在が反応の進行に必要であることを示唆している。事実、触媒に対してちょうど1 モル当量のケトンを使用した場合にはアルドール体は全く生成しなかった。過剰量のケトン存在下における触媒構造の変化を追うべくCSI-MS による観測を行った(Figure 4)。そのparagraph、触媒のみを測定した場合にはZn3(linked-binol)2 に相当するm/z=1418.9 のピークが主ピークであったが、ケトンを10 当量添加することでスペクトルに大きな変化が観測された。すなわち、Zn3(linked-binol)2 に相当するピークはほぼ消失し、Zn7(linked-BINOL)3(ketone)4に相当するピークが観測され、オリゴマー種の生成が示唆された。最後に反応速度論解析を行ったparagraph、本反応はケトンと触媒に対しては1次の依存性を示し、アルデヒドに対しては0次であることが分かった。

次にメカニズム解析を基盤に、反応の改良に取り組んだ。反応改良のターゲットとなる段階は生成物の解離と触媒再生のステップであることが予想された。戦略としては小過剰のZn が反応加速効果をもつこと、また、ケトンの当量については触媒との相対量の問題と考えること、の2点が重要である。反応条件の最適化のparagraph、Et2Zn/linked-BINOL=4/1 の比率で反応を行い、さらに添加剤として活性化したMS 3A を加えることで反応速度の改善、ケトン当量の低減化(1.1当量)、触媒量の低減(0.1mol%)に成功した (Scheme 3)。また本反応は50 g を超えるスケールでも容易に行えることも分かった。アルドール反応に対して最適化した反応条件はマイケル反応に対しても極めて有効であり触媒量を最高0.01mol %にまで低減化することに成功した (Scheme3)。また、新規Et2Zn/linked-BINOL=4/1-MS 3A 触媒系はヒドロキシプロピオフェノンを求核剤とする反応にも有効であり4置換炭素を有する生成物を最高96%ee にて得ることに成功した(Scheme 4)。また、本反応ではラセミ体のケトンを使用したが、興味深いことに回収されたケトンは光学活性体であった。この知見を基に光学的にほぼ純粋な(S)-体のケトンを原料として反応を行った場合には、(R,R)-触媒では反応が全く進行せず、(S,S)-触媒では円滑に反応が進行した。このparagraphは触媒のケトンのα位のヒドロキシ基の立体に対する高い認識能を示唆しており、特に触媒的不斉マイケル反応において生成物阻害を受けることなく触媒量を0.01mol%にまで低減化できた事実を支持するものである。ヒドロキシプロピオフェノンを求核剤としたアルドール反応も新規Et2Zn/linked-BINOL=4/1-MS 3A 触媒系を適用することで、ジアステレオ選択性に問題点を残すものの、生成物を効率よく得ることができた (Scheme 4)。この場合には、興味深いことにlinked-BINOL のリンカー中のヘテロ元素を酸素から硫黄へとかえたsulfur-linked-BINOL も有効であり、ジアステレオ選択性が逆転するということを見い出した (Scheme4)。

Strategy to prepare stable Ga-complex-linked-BINOL-

Epoxide Opening Reaction with (R,R)-Ga-Li-linked-BINOL

X-ray structure of LiCl free (R,R)-Ga-Li-linked-BINOL

Et2Zn/linked-BINOL = 2/1 Complex: Direct Aldol Reaction.

X-ray structure of Et2Zn/linked-BINOL complex.

Structure of Et2Zn/linked-BINOL with excess ketone

Direct Aldol and Michael Reaction with Optimized Et2Zn/linked-BINOL = 4/1 with MS 4A System.

Direct Aldol and Michael Reaction with 2-Hydroxy-2'methoxy-propiophenone.

審査要旨 要旨を表示する

新規不斉配位子linked-BINOLの開発とGa-Li-linked-BINOL錯体への応用

柴崎研究室ではヘテロバイメタリック触媒と総称される不斉触媒の開発を行ってきた。これらの金属錯体の構造上の特徴の一つとして2ないし3分子のBINOL 不斉配位子を含む点が挙げられ、複数の不斉配位子により構築される不斉環境が不斉誘導に重要な役割を果たしている。一方で、複数の不斉配位子を必要とするが故に錯体の安定性等に問題が生じる場合があった。松永茂樹は新規不斉配位子を設計し、錯体の安定化を目指すべく研究に着手した。

錯体安定化を指向した配位子設計概念をFigure 1 に示した。2分子のBINOL ユニットを適切なリンカーにより連結することで錯体の安定化を目指すこととした。リンカー部分に関して種々検討のparagraph、新規酸素原子含有型linked-BINOL が有効であることを見い出した。本新規不斉配位子より調製したGa-Li-linked-BINOL を用いたエポキシド開環反応においては若干の反応性の低下が観測されたものの、触媒量を10mol%に減じても触媒の分解が全く見られなかった。一方、Ga-Li-(BINOL)2 を用いる場合には求核剤との配位子交換による触媒の分解が時間とともに進行するため、触媒量10mol%では極めて低い化学収率にとどまった。このparagraphは、新規linked-BINOL 配位子により錯体の安定化が達成されたことを示唆している。linked-BINOLにより構築される不斉環境に関してはGa-Li-linked-BINOLの構造解析を行い、NMR、LDI-TOF MS、X 線結晶構造解析により詳細な解明に成功した。

Et2Zn/linked-BINOL錯体のメカニズム解析

松永茂樹の開発したlinked-BINOL 配位子は、共同実験者により各種金属錯体へと適用可能であることが明らかとなりつつある。その中で、Et2Zn/linked-BINOL=2/1 錯体はヒドロキシケトンを求核剤とする直接的触媒的不斉アルドール反応および直接的触媒的不斉マイケル反応に対して有効であった。松永茂樹はlinked-BINOL 配位子を活用した触媒的不斉反応を展開していく上で、反応メカニズムの解析は合理性の高い反応改良、および新規反応への展開に必要不可欠であると考え、Et2Zn/linked-BINOL 錯体によるアルドール反応を対象としたメカニズム解析研究に着手した。

亜鉛触媒の構造に関してX 線結晶構造解析、NMR、CSI-MS 解析、エタンガス発生の定量実験を行ったparagraph、Zn3(linked-binol)2 という構造を有することが分かった。さらに、各種反応速度実験および質量分析のparagraph、このZn 三核錯体は触媒前駆体であり、真の活性種は多核錯体であることが明らかとなった。また、本反応はケトンと触媒に対しては1次の依存性を示し、アルデヒドに対しては0次であることも分かった。

次にメカニズム解析を基盤に、反応の改良に取り組んだ。反応改良のターゲットとなる段階は生成物の解離と触媒再生のステップであることが予想された。反応条件の最適化のparagraph、Et2Zn/linked-BINOL=4/1 の比率で反応を行い、さらに添加剤として活性化したMS 3A を加えることで反応速度の改善、ケトン当量の低減化(1.1 当量)、触媒量の低減(0.1mol%)に成功した (Scheme 1)。アルドール反応に対して最適化した反応条件はマイケル反応に対しても極めて有効であり触媒量を最高0.01mol%にまで低減化することに成功した (Scheme 1)。また、新規Et2Zn/linked-BINOL=4/1-MS 3A 触媒系はヒドロキシプロピオフェノンを求核剤とする反応にも有効であり4置換炭素を有する生成物を最高96% ee にて得ることに成功した (Scheme 2)。また、本反応ではラセミ体のケトンを使用したが、興味深いことに回収されたケトンは光学活性体であった。この知見を基に光学的にほぼ純粋な(S)-体のケトンを原料として反応を行った場合には、(R,R)-触媒では反応が全く進行せず、(S,S)-触媒では円滑に反応が進行した。このparagraphは触媒のケトンのα位のヒドロキシ基の立体に対する高い認識能を示唆しており、特に触媒的不斉マイケル反応において生成物阻害を受けることなく触媒量を0.01mol%にまで低減化できた事実を支持するものである。ヒドロキシプロピオフェノンを求核剤としたアルドール反応も新規Et2Zn/linked-BINOL=4/1-MS 3A 触媒系を適用することで、ジアステレオ選択性に問題点を残すものの、生成物を効率よく得ることができた (Scheme 2)。この場合には、興味深いことにlinked-BINOL のリンカー中のヘテロ元素を酸素から硫黄へとかえたsulfur-linked-BINOL も有効であり、ジアステレオ選択性が逆転するということを見い出した (Scheme 2)。

以上のように、松永茂樹は新規不斉配位子の開発と詳細なメカニズム解析に基づいた大幅な反応改良を達成した。本研究成果は薬学領域の研究に十分に貢献しており、薬学博士の学位にふさわしいものと考える。

Strategy to prepare stable Ga-complex ?linked-BINOL-Direct Aldol and Michael Reaction with Optimized Et2Zn/linked-BINOL = 4/1 with MS 4A System.

Direct Aldol and Michael Reaction with 2-Hydroxy-2’methoxy-propiophenone.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40219