No | 215866 | |
著者(漢字) | 川崎,能典 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワサキ,ヨシノリ | |
標題(和) | 平滑化事前分布による経済・金融時系列解析 | |
標題(洋) | Smoothness Priors Analysis of Economic and Financial Time Series | |
報告番号 | 215866 | |
報告番号 | 乙15866 | |
学位授与日 | 2004.01.21 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 第15866号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文の目的は、経済・金融における時系列データに基づく様々な統計的推論において、平滑化事前分布を利用したモデリングの有用性を、新たなモデリング・推論方法の提案を行いながらさまざまな実際問題に即して示すことにある。統計モデルの選択にあたっては、一貫して情報量規準を用いる。本論文第一章では、各章の内容を要約した後、平滑化事前分布に基づく時系列解析法に関して概観する。更に、統計的モデル選択の議論を振り返り、本論文で用いられるAIC、ABIC、GIC等の各種情報量規準の構成法を簡潔にまとめる。 時系列解析における平滑化事前分布の利用は、具体的なモデルで考えると大きく二つに分けることができる。ひとつは、ある時系列が与えられたときに、それを観測不能な複数の構成要素に分解する、分解型モデルの解法として平滑化事前分布を採用するやり方である。もうひとつは、例えば線形回帰モデルのような基本的なモデルを、各時点で固有の回帰係数を持つように拡張する、いわば時変係数モデルの推定を可能にするための道具として平滑化事前分布を利用することが考えられる。これらの問題に対しては、状態空間表現と呼ばれるマルコフ表現による定式化と、カルマンフィルタに代表される逐次公式が推定上有効であることが1970年代から知られており、本論文もその流れを踏襲している。 第2章から第5章までは、経済時系列に対する分解型モデルとして最も重要なもののひとつである、季節調整モデルに焦点をあてて議論が進められる。第2章は、季節調整法の最適性に関する議論を取り扱っている。季節調整済系列の標本スペクトルが季節周波数において溝を持つとき、実務家は季節成分が過剰に除去されていると判断しがちである。このスペクトルの溝は、最小平均二乗誤差規準に基づくという意味での最適季節調整法の特徴であって、過剰調整の証拠ではないことを、先行研究を引きながら明らかにする。季節周波数におけるスペクトルの溝は理論上必ず存在するのだが、実証で顕在化するか否かはまちまちである。本論文ではこの現象が平滑化事前分布の広がりと観測ノイズの分散との比(トレードオフパラメータ)によって説明できることを明らかにする。 第3章は、状態空間型季節調整法における季節成分モデルのひとつの拡張法を提案し、その特徴を明らかにする。通常は、季節成分の一周期総和がある確率変数に従うという、自己回帰型モデルが季節成分モデルとして採用される。本論文では、移動平均パラメータを一個余計に持つ自己回帰移動平均型の季節モデルを提案する。多くの実例で、自己回帰型で推定した季節成分がダミーのように固定的であるのに対し、MA項を持つモデルから導かれる季節成分は若干変動が増しており、同時にABICの値を改善する。一方、季節成分の変動が大きくなりすぎている場合は、季節モデルを単純にした上で定常AR項に変動を吸収させた方がよい。MA項の追加が成功しているか否かを判定するための道具として、グラフィカルな判定法を提案している。 第4章と第5章は、季節単位根検定をモデル選択問題で置き換える手法を提案し、時系列予測の観点からその有用性を示す。(季節)単位根検定においては、データを生成するイノベーション過程が有限次元自己回帰過程で近似できることを前提にして漸近的な結果を利用するが、真の過程にMA項が含まれるときには性質が良くないことが知られている。しかし一方で多くの実証分析が示すように、経済時系列の多くはエアラインモデル(ARIMA(0,1,1)*(0,1,1)s)によってうまく記述されることが多い。本論文では、状態空間型季節調整モデルとエアラインモデルとの自己相関構造の類似に着目し、ある季節周波数に対応する変動が定常か非定常化を情報量規準で比較する。シミュレーション結果によれば、極端に非定常に近い定常でない限り、提案した手法は真のデータ生成過程を正しく判別する。第5章では、プロシジャを月次時系列に対応するよう拡張した上で、各国の鉱工業生産指数を例に取った模擬予測で有効性を検証する。季節周波数の中でも概して高周波成分ほど季節性は定常と判断され、定常根を導入したモデルの方がアウトサンプル予測の平均二乗誤差にして最大20%超の改善が見られる場合もある。 第6章は季節調整問題から離れ、多変量時系列に共通な定常変動成分を抽出する方法を提示する。本論文では、多変量時系列に対する主成分分析あるいは因子分析の諸種法を、推定問題が周波数領域で構成されるかそれとも時間領域で構成されるかをひとつの軸とし、更に手法が主成分分析か因子分析かで、おおまかに4つのマトリックスで既存の手法を整理する。周波数領域での推論は、主成分分析であれ因子分析であれ、元の時系列の離散フーリエ変換によって通常の独立同一分布の場合に帰着させる。時間領域における因子分析では、概して潜在過程に明示的なモデルが与えられる。それらは共分散構造のモデリングによるもの、構造時系列モデルやARMAモデルを採用するものなどがある。時間領域での因子分析は、背後の因子過程が観測時系列に持つ影響が同時であれば推論上問題はないが、因子過程が遅れを持って作用している場合には適切でない。このことを、平滑化事前分布を利用した動的因子分析モデルを用い、産出ギャップの推定によるインフレ予測の問題を例に説明する。 第7章は、時変係数ベクトル値重回帰モデルの推定法と株価収益率予測への応用を示す。時点を止めたときの時系列は例えば東証一部全銘柄などの銘柄集団(100から1000程度)である一方、説明変数の次元は時変定数項を含めても4から6次元である。このように観測次元が状態ベクトルの次元より大きい場合は、情報量フィルタあるいは情報量平方根フィルタを採用した上で、観測誤差の分散共分散行列(観測次元の正方行列)の逆行列計算を容易にするような共分散構造のモデリングが必要であることが示される。本論文では、3種類の異なるモデルを、情報量規準、運用シミュレーション、推定された時変係数の解釈等から比較検討する。それらのモデルの中では、本稿で提案するtemporal effect modelが最も妥当と判断される。 第8章は、金利の期間構造(イールドカーブ)の推定問題を、平滑化スプラインの枠組みを拡張して議論する。イールドカーブの推定では、割引関数のわずかなゆらぎがスポットレートとフォワードレートの大きな変動として現れる。そこでスポットレートやフォワードレートに直接基底関数をあてはめることが考えられるが、これは必然的に割引関数に対する非線形スプラインに帰着する。ここでは個々の基底関数が非線形なだけでなく、推定すべき未知母数に関してモデルが非線形となっている。これに平滑化事前分布を導入した罰則付き最尤法を考え、罰則項の大きさと基底関数の個数の選択規準を一般化情報量規準GICの枠組みに即して導出する。シミュレーションとデータ解析の結果からは、Bスプラインを積分した単調関数を基底に持つ指数スプラインか、McCulloch流の自然3次スプライン(いずれも平滑化事前分布あり)の推定精度が良い。また、基底をふんだんに用意して、全てを平滑化パラメータで調節するよりはGICで基底数を選択した方が、精度がよいことも示される。最後にブートストラップ法で、推定された曲線の安定性を検証する方法が提示される。 第9章は、市場取引データなどの、不等間隔かつ高頻度に観測される金融データにおける日内周期性(intraday periodicity)のモデリングを取り扱う。ボラティリティと同様に、金融取引の起こりやすさにもクラスター効果があると言われ、その分析目的に自己回帰条件付きデュレーションモデルが利用されることが多い。通常それに先だって、何からの形で日内周期性を推定してイベント生起間隔の規格化が行われる。代表的なものとして、一日を幾つかのbinに等分割してデータを振り分け、各binの平均持続時間に対しスプライン平滑化を行う方法がある。本論文では、この日内周期性調整が妥当であるかどうかを検証する方法として、点過程の条件付き強度関数を三角関数列とラゲール多項式でモデル化する方法を提案する。もし平滑化スプラインによる調整が妥当であれば、クラスター効果に対応するラゲール多項式のみを含むモデルが選択されるはずであるが、実際に円ドル為替取引(実際にはquoteのみ)のデータで調べてみると、周期性が残存していることが明らかにされる。 | |
審査要旨 | 論文の内容 この論文では、経済・金融における時系列データに基づく統計的推論が必要な場合において、平滑化事前分布を利用した新たなモデリングと新たな統計的方法の提案を行い、さまざまな実際的問題においてそのモデリングが有用であることを示している。統計データから統計モデルを選択するにあたっては、一貫して情報量規準を用いている。 まず第一章では、平滑化事前分布に基づく時系列解析法に関して概観し、統計的モデル選択の議論を振り返り、AIC、ABIC、GIC 等の各種情報量規準の構成法を簡潔にまとめている。時系列解析における平滑化事前分布の利用は、具体的なモデルで考えると大きく二つの統計的方法に分けることができる。ひとつは、ある時系列データが与えられたときに、観測不能な複数の構成要素に分解する、分解型モデルの解法として平滑化事前分布を採用する方法である。もうひとつは、例えば線形回帰モデルのような基本的な統計モデルを、各時点でその値が異なりうる回帰係数を持つように拡張する、いわば時変係数モデルの推定を可能にするための道具として平滑化事前分布を利用する方法である。こうした方法を実現する手段としては、状態空間表現と呼ばれるマルコフ表現による定式化とカルマン・フィルタに代表される逐次公式が有効であることが1970 年代から知られており、本論文もその流れを踏襲している。 第2章から第5章までは、経済時系列に対する分解型モデルとして重要な季節調整と季節時系列モデルに焦点をあてて分析が行われている。第2章では、季節調整法の最適性に関する最近の実務的論争を扱っている。季節調整済系列の標本スペクトルが季節周波数において溝を持つとき、季節成分が過剰に除去されていると官庁などの実務家は判断することがある。こうしたスペクトルの溝は、最小平均二乗誤差規準に基づくという意味での最適季節調整法の特徴であり、過剰調整の証拠ではないことを、先行研究を引きながら明らかにしている。このことから理論上からは季節周波数におけるスペクトルの溝は必ず存在すると云えるが、他方ではデータの計測上ではそれが顕在化するか否かはまちまちである。この現象は平滑化事前分布の広がりと観測ノイズの分散との比(トレード・オフ・パラメータ)の違いにより説明できることを明らかにしている。 第3章では、状態空間型の季節調整法における季節成分モデルのひとつの拡張法を提案し、その特徴を明らかにしている。これまで既に、季節成分の一周期総和がある一定の分布に従うという、自己回帰型モデルが季節成分モデルとしてしばしば採用されている。ここでは、移動平均パラメータを一個余計に持つ自己回帰移動平均型の季節モデルを提案している。多くの実例を利用して、自己回帰型で推定した季節成分がダミー変数のようにかなり固定的であるのに対し、移動平均(MA)項を持つモデルから導かれる季節成分は若干変動が増加し、同時にABICの値を改善することができることを指摘している。また、季節成分の変動が大きくなりすぎている場合には、季節モデルを単純にした上で定常AR 項に変動を吸収させた方がよいことが示されている。さらに、MA項の追加が成功しているか否かを判定するための手段として、グラフィカルな判定法も提案している。 第4章と第5章では、季節単位根検定をモデル選択問題で置き換える手法を提案し、時系列予測の観点からその有用性を示している。近年の実証分析で時々行われることがある(季節)単位根検定においては、データを生成するイノベーション過程が有限次元の自己回帰過程で近似できることを前提にして漸近的な結果を利用することが多いが、真の過程にMA 項が含まれるときにはこうした検定方法はかなりの問題があることが知られている。他方、多くの実証分析が示しているように、経済時系列ではBox=Jenkins が開発したエア・ライン・モデル(ARIMA(0,1,1)*(0,1,1)s) によってうまく記述できることが少なくない。ここでは、状態空間型の季節モデルとエア・ライン・モデルとの自己相関構造の類似に着目し、季節周波数に対応する変動が定常か非定常かの判定を情報量規準で比較する方法を提案している。若干のシミュレーション結果によれば、極端に非定常に近い定常過程でない限り、ここで提案した手法により真のデータ生成過程を正しく判別できることが示されている。第5章では、第4章で導入した方法を月次時系列に対応するよう拡張した上で、各国の鉱工業生産指数を例に取ったシミュレーションによる予測により有効性を検証している。季節周波数の中でも概して高周波成分ほど季節性は定常と判断されるが、定常根を導入した統計モデルを利用する方がアウト・サンプルでは予測の平均二乗誤差の意味でかなり改善されることがある、との指摘がなされている。 第6章では、多変量時系列に共通な定常変動成分を統計的に抽出する方法をまず概観している。多変量時系列に対する主成分分析あるいは因子分析を適用する統計的諸手法を、推定問題が周波数領域で構成されるかそれとも時間領域で構成されるか、また手法が主成分分析か因子分析かを用いるか、合計4種類の異なる統計的アプローチとして整理している。周波数領域での推論は、主成分分析であれ因子分析であれ、元の時系列の離散フーリエ変換によって通常の独立同一分布の場合に帰着させるのが一般的である。時間領域における因子分析では、概して潜在過程に明示的なモデルを導入することで様々な統計的モデルが与えられる。例えば、共分散構造のモデリングによるもの、構造時系列モデルやARMA モデルを採用するものなどがある。時間領域での因子分析は、背後の因子過程が観測時系列に持つ影響が同時的であれば統計的推論上では特に新たな問題は生じないが、因子過程が遅れを持って作用している場合には適切でなくなることがある。この問題を、平滑化事前分布を利用した動的因子分析モデルを用い、産出ギャップの推定によるインフレ予測の問題に適用して説明している。 第7章では、時変係数のベクトル値重回帰モデルの推定法とその株価収益率予測への応用を論じている。時点を止めたときの系列は例えば東証一部全銘柄などの銘柄集団(100 から1000 程度) になるが、説明変数の次元は時変定数項を含めてもせいぜい4 から6 次元である。このように観測次元が状態ベクトルの次元より相当に大きい場合には、情報量フィルタ、あるいは情報量平方根フィルタを採用した上で、観測誤差の分散共分散行列(観測次元の正方行列) の逆行列計算を容易にするような共分散構造のモデリングが必要であることが示されている。この章では3 種類の異なるモデルを、情報量規準、運用シミュレーション、推定された時変係数の解釈等から比較検討している。これらの統計モデルの中では、この章で提案している一時的変動(temporal effect)モデルが最も妥当である判断している。 第8章では、金利の期間構造(イールド・カーブ) の推定問題を、平滑化スプラインの枠組みを拡張して議論している。イールド・カーブの推定では、割引関数のわずかなゆらぎが、スポット・レートとフォワード・レートの大きな変動として現れることがある。そこでスポット・レートやフォワード・レートに直接に基底関数をあてはめることが考えられるが、このアプローチでは割引関数に対して非線形スプライン関数で近似することになる。このとき、個々の基底関数が非線形なだけでなく、推定すべき未知母数に関してモデルが非線形となっている。そこで、平滑化事前分布を導入した罰則付き最尤法を考え、罰則項の大きさと基底関数の個数の選択規準を一般化情報量規準(GIC)の枠組みに即して導出している。若干のシミュレーション実験とデータ解析の結果から、B スプラインを積分した単調関数を基底に持つ指数スプラインか、McCulloch 流の自然3 次スプライン(いずれも平滑化事前分布あり) の推定精度が良いことを報告している。また、多くの基底を用意して、それらを平滑化パラメータで調節するよりはGIC で基底数を選択する方法の精度がよいことを主張している。最後にブートストラップ法で、推定された曲線の安定性を検証する方法も提示されている。 第9章では、市場取引データなど不等間隔かつ高頻度に観測される金融データにおける日内周期性(intraday periodicity) のモデリングを扱っている。ボラティリティと同様に、金融取引の起こりやすさにもクラスター効果があると云われているが、こうした現象を表現する手段として自己回帰条件付デュレーション・モデルを利用することがある。これまでの研究では、しばしば分析に先だって何らかの形で日内周期性を推定し、イベント生起間隔の規格化が行われている。例えば、一日を幾つかの細かい間隔(bin)に等分割してデータを振り分け、各間隔での平均持続時間に対しスプライン平滑化を行う方法などが用いられている。この章では、こうした日内周期性の調整方法が妥当であるかどうかを検証する方法として、点過程の条件付き強度関数を三角関数列とラゲール多項式でモデル化する方法を提案している。もし平滑化スプラインによる調整が妥当であれば、クラスター効果に対応するラゲール多項式のみを含むモデルが選択されるはずであるが、実際に円ドル為替取引(実際にはquote のみ) のデータで調べた結果では、なお周期性が残存していることが明らかとなった。 講評: 本論文はこれまで川崎氏が一貫して追求してきた経済時系列の解析方法に関する研究とデータ解析の結果をまとめたものである。近年の経済時系列の分析で特に注目を浴びている季節性の問題と金融時系列の問題に主要な焦点を置いて、ベイジアンの立場から平滑化事前分布と情報量基準を利用する方法をほぼ首尾一貫して用いている。こうした統計的方法が経済時系列の実際的な分析に有用であることを示している点において独自の貢献があると高く評価できる。第二には、この論文で扱われている様々な問題は経済・金融時系列の分野においてかなり広範囲におよび、しかもそれぞれかなり重要な問題であることは注目に値する。近年の経済・金融時系列の分析では、本論文の各章において議論されている問題については、むろんこれまで多種多様な統計的時系列モデルが用いられている。こうした状況で、ここで新たに提唱している統一的な統計的アプローチが実際に応用可能であることが示されているので、各章で展開されている広範な統計的分析の結果そのものもそれぞれに意義深いと評価されよう。 次に個々の章で論じられている内容については審査委員からは次のようなコメントや論点が提起されたことを報告しておく。第1章では情報量基準にまつわる様々な議論が、概ね要領よくまとめられているとの評価である。 第2章から第5章では経済時系列における季節性にまつわる様々な問題が議論されている。第2章では実務家が陥りやすい季節調整済系列スペクトルの溝に関する問題点が提起され、昨今の官庁統計における季節調整を巡る議論を思い起こすと、その実務的意義は少なくないと判断される。しかしながら、より積極的にMSE基準の理論的意味をより掘り下げて検討するに値するのではという意見も有力であった。なお、同様に川崎氏の力量から判断して、より深い理論的分析を期待したいとの希望的意見は、以下の多くの章についても程度の差こそあれ審査委員から寄せられた。次に第3章〜第5章で論じられている問題であるが、ある種のMA項を導入することで季節性のモデリングがよりうまくいくことがあるとの指摘や月次データでは季節単位根の数を探索的に選ぶと、単位根数を節約できるとの指摘も興味深い。こうした結果は共通して既存のボックス・ジェンキンズ流の季節ARIMAモデルではとらえきれない統計的モデリングを巡るより根本的な問題(例えば非線形性など)を提起しているとの解釈も可能であろう。 第6章から第9章にかけては金融時系列の分析に関わる幾つかの重要な問題を扱っている。6章は時系列因子分析を巡る一種のサーベイであるが、主成分分析と因子分析の混同といった、実務家が陥りやすい初歩的な問題の指摘からはじまり、経済時系列の応用分野で行われている統計的モデリングには統計学的に様々な基本的問題があることを間接的に指摘している意味で、有用なサーベイとなっている。第7章ではファイナンス分野におけるファクター・モデルにおいて、特に次元数が大きい場合に生じる問題の処理法を扱っているが、ここで提案している方法は新しい統計数値計算上の問題を指摘している。また、第8章では金利の期間構造の推定問題について平滑化スプラインの利用方法を提唱しているが、これら2つの章で開発されている方法は実務的にも有用と判断されるが、より統計学的に深い理論的分析の必要性も同時に指摘されよう。最後の9章では高頻度データより強度関数(インテンシティ関数)の統計的モデリングを行うという、非常にユニークな方法を応用している。ただ、惜しむらくは利用する統計的モデルが地震現象の解析に開発された尾形氏の強度関数についての統計モデルであり、ファイナンス現象との整合性に関しての説得性を追求することが望ましいとのという指摘もなされたが、これも今後の大きな課題であろう。 論文審査の結論 以上の講評では川崎氏の提出論文に対する全体的な好意的評価とともに、各章における分析について、各審査委員が気がついた改善の可能性や将来の課題などについて比較的細かな論点も指摘した。もちろん、本論文の全体的な内容そのものはオリジナルな内容が多く含まれているだけにとどまらず、既に完成度も高く、本研究科が要求する論文博士の基準を十分に満たしていると考えられる。したがって、この審査委員会は、本論文により博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/49874 |