学位論文要旨



No 215903
著者(漢字) 島田,神生
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,コウセイ
標題(和) ロイストロダクシンBの全合成
標題(洋)
報告番号 215903
報告番号 乙15903
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15903号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

Leustroducsin B ( LSN-B, 1 ) は、造血因子(Colony-Stimulating factor )誘導活性を指標として、放線菌streptomyces platensis SANK 60691 株から単離、構造決定された新規化合物である。活性として、血小板増多作用を有しており、血小板減少症の治療薬として期待されている化合物である。構造上の特徴は8 位の3 級水酸基を含む3 つの水酸基、α,β-不飽和ラクトンと共役Z,Z-ジエン、それに続く2 置換のシクロヘキサン環等である。また、リン酸基、アミノ基を有する高極性な化合物である。筆者は収束的合成法で1 の最初の全合成を達成した。

【逆合成解析】誘導体合成を視野に入れ、リン酸基、アミノ基、側鎖アシル基の導入は合成の終盤に行うこととした。LSN-B (1) の母骨格の合成は、11 位と12 位の切断に基づく、β-アルコキシアルデヒド 2 に対するエンインユニット 3 の付加反応を用いることとした (Scheme 1)。予備的な検討により、本反応において亜鉛アセチリドを用いると立体選択的に付加反応が進行することがわかった。Β-アルコキシアルデヒド 2 の前駆体として化合物4 を設定した。化合物4 は化合物 5 から導くこととし、化合物 5 の3 級水酸基の立体は対応する対称ジオールの非対称化反応により構築することを考えた。また、エンインユニット 3 は3-シクロヘキセンカルボン酸 (6) から導くこととした。

【アルデヒドユニットの合成】

対称ジオールの非対称化反応による8位不斉点の構築

チオフェノールと4-クロロアセト酢酸エチルから合成したケトエステル 7 をジオールに還元し、アセトニド 8 に導いた(Scheme 2)。オゾン酸化によりスルホキシド体に導いた後、Pummerer 反応によりアルデヒド 9 に変換した。このアルデヒド 9 に対し、過剰のパラホルムアルデヒド、炭酸カリウムを作用させると、aldol 反応、引き続きCannizzaro 反応が効率よく起こり対称ジオール10 が得られた(6工程、71%)。鍵反応である非対称化反応は室温下、酢酸ビニル−n-hexane 中、リパーゼAK を作用させると対称ジオール10 を光学活性モノアセテート体へと変換することができた(90% ee)。本化合物は直ちにTBS 体 11 へと導いた。簡便でかつ容易にスケールアップ可能な方法で3級水酸基を含むchiral building block の合成を示すことができた。

アルデヒドユニットの合成

続いて、9 位の立体の構築と2-ピラノン環の構築を行い、アルデヒドユニットの合成を行った(Scheme 3)。数工程の変換により11 をアルデヒド12 に導いた。得られたアルデヒド12 に対しエーテル中、-78 °C でアリルマグネシウムブロミドを作用させると反応はキレーション制御により立体選択的に進行し、目的のC8,C9−anti の化合物を単一のジアスレオマー( 13 )として得ることができた(2工程, 86%)。ここで、保護基の架け替えを行った。一旦、トリオール体にした後、一級水酸基のみトリチル化し( 14 )、p-シリルオキシベンジリデンアセタール 16 に変換した。引き続き、アリルアルコール部分をα,β−不飽和アルデヒドに変換し( 17 )、酪酸由来の化合物( 18 )とのaldol 反応により、4 位、5 位の立体を制御したほぼ単一の付加体 19 を得ることができた。水酸基をTES で保護し、不斉補助基をLiSEt で除去、チオエステルに変換後、アルデヒドに還元した。生じたアルデヒドをシス−α,β−不飽和エステルに導き、TES 基の脱保護により環化前駆体 20 を得た。この環化前駆体 20 にベンゼン還流中、Ti(Oi-Pr)4 を作用させると、定量的に2-ピラノン21 が得られた。酸性の環化条件では収率の著しい低下が見られた。続いて、末端アルケン部を酸化してアルデヒド 22 に導いてアルデヒドユニットの合成を終了した。

【エンインユニットの合成】3-シクロヘキセンカルボン酸 6 をヨードラクトン化し、脱ヨウ化水素化反応後、ラクトン部を加水分解し、( rac )-ベンジルエステル 23 に導いた(Scheme 4)。ここで、室温下、酢酸ビニル−THF 中、リパーゼAK を作用させると光学活性ベンジルエステル23 が得られた ( 50%, 83% ee )。水酸基を一旦TBDPS エーテルにした後、ベンジルエステルをチオエステルに変換、福山還元によりアルデヒドに還元し、cis 選択的Wittig反応でシスヨウ化アルケン 24 に導いた。続いて、薗頭反応でエンインユニットの導入を行った。ただし、TBDPS エーテルは合成の終盤で脱保護するのが困難であることが分かり、AOM( p-anisyloxymethyl )基に変換した ( 25 )。アセチレン体25 をリチオ化の後トランスメタル化することによりアルキニル亜鉛試薬 26 を合成した。

【両ユニットの縮合−LSN-B (1)の全合成】アルデヒドユニット 22 に対し亜鉛試薬 26 をトルエン-エーテル中、-78 °C で加え徐々に-10 °C まで昇温させると速やかに付加反応が進行し望みのC9,C11-anti の付加体 27 を単一のジアステレオマーとして得ることができた(Scheme 5)。その後、活性化亜鉛を用いて3重結合の部分還元を行った ( 28)。Lindlar 触媒やdiimide を用いた還元ではアルカンまで還元された化合物が得られ制御が困難であった。次に、11 位の水酸基をフェノキシアセチル化し( 29 )、アミノ基の導入を経て化合物 30 へと導いた。続いて、ベンジリデンアセタール部分の脱保護を行い、リン酸基の導入を行った。当初、8,9 位の保護基としてアセトニド、p-メトキシベンジリデンアセタールなどを用いたが、ジエン部の異性化を伴わず脱保護することが困難であった。そこで、温和な条件で脱保護可能なp-シリルオキシベンジリデンアセタール基を考案した。 (HF)3-Et3N でフェノール上のTBS 基を除去し、酸に対してさらに反応性の高いp-ヒドロキシベンジリデン基を生成させ、AcOH-THF-水で処理することにより、酸に対して不安定な他の官能基を損なうことなくジオール体 31 を得た。8 位水酸基をTMS 基で保護した後、ジアリルリン酸エステル体へと導いた。ここでCAN を用いてAOM 基を除去し、生じた水酸基を (S)-6-メチルオクタン酸によりアシル化し32、全官能基の導入を終了した。最後に、Er(OTf)3 を用いてフェノキシアセチル基を除去し、引き続いてPd(PPh3)4、HCOOH、Et3N で処理することにより、Alloc 基、allyl エステル、TMS 基を同時に脱保護しLSN-B (1)の全合成を達成した。

Reagents and conditions (a) PhSH, Et3N, CH2Cl2, 0 °C; (b)NaBH4, EtOH, 0 °C; (c) LAH, Et2O, 0 °C; (d) (CH3O)2C(CH3)2, CSA,DMF, room temperature; (e) O3, CH2Cl2, -78 °C; TFAA, Et3N, 0 °C; (f)(HCHO)n, K2CO3, MeOH, reflux (71% in 6 steps); (g) Lipase AK, vinylacetate, n-hexane, room temperature; (h) TBSCl, imidazole, DMF, room temperature (86% in 2 steps).

Reagents and conditions: (a) K2CO3, MeOH, room temperature; (b) TPAP, NMO, MS4A, CH2Cl2, room temperature; (c) Ph3P=CHCO2Et, toluene, 100 °C (84% in 3 steps); (d) DIBAL, CH2Cl2, -78 °C; (e) TBAF, THF, room temperature; (f) TIPSCl, imidazole, CH2Cl2, 0 °C (83% in 3 steps); (g) TPAP, NMO, MS4A, CH2Cl2, room temperature; (h) AllylMgBr, Et2O, -78 °C (80% in 2 steps); (i) PPTS, MeOH, room temperature; (j) TrCl, DMAP, pyridine, 50 °C; (k) 15, CSA, DMF, 50 °C; (l) TBAF, THF, room temperature (88% in 4 steps); (m) MnO2, CH2Cl2, room temperature; (n) TBSCl, imidazole, CH2Cl2, room temperature (48% in 2 steps); (o) 18, n-Bu2BOTf, i-Pr2NEt, CH2Cl2, -78 °C; (p) TESCl, imidazole, DMF, room temperature; (q) LiSEt, THF, 0 °C (72% in 3 steps); (r) DIBAL, toluene, -78 °C; (s) (PhO)2P(O)CH2CO2Et, BnMe3N・OH, THF, -78 °C; (t) PPTS, MeOH-THF, room temperature (73% in 3 steps); (u) Ti(Oi-Pr)4, benzene, reflux (99%); (v) K2OsO4-2H2O, (DHQD)2PHAL, K3Fe(CN)6, NaHCO3, t-BuOH-H2O, room temperature, (62%); (w) Pb(OAc)4, K2CO3, benzene, room temperature.

Reagents and conditions: (a) NaHCO3, KI, I2, H2O, roomtemperature; (b) DBU, THF, reflux; c aq. NaOH, THF-MeOH,room temperature; (d) BnBr, Cs2CO3, DMF, room temperature(86% in 4 steps); (e) Lipase AK, vinyl acetate, THF, 23 °C, 5 hrs(50%, 83% ee); (f) TBDPSCl, imidazole, DMF, roomtemperature; (g) H2, Pd/C, EtOAc, room temperature; (h) EtSH,DCC, DMAP, toluene, room temperature; (i) Et3SiH, Pd/C,CH2Cl2, room temperature (72% in 4 steps); (j) Ph3P=CHI,HMPA, THF, -78 °C (66%); (k) trimethylsilylacetylene,PdCl2(PPh3)2, CuI, Et2NH, room temperature (76%); (l) K2CO3,MeOH, room temperature (91%); (m) NH4F・HF, DMF, 80 °C(68%); (n) AOMCl, i-Pr2NEt, TBAI, CH2Cl2, reflux (86%); (o)n-BuLi, toluene, 0 °C; ZnBr2, Et2O, -78 °C. AOM =p-anisyloxymethyl.

Reagents and conditions: (a) 26, toluene-Et2O, -78 °C to -10 °C (77% in 2 steps); (b) Zn, BrCH2CH2Br, LiCuBr2,EtOH, reflux; c PhOCH2COCl, pyridine, CH2Cl2, 0 °C (86% in 2 steps); (d) ZnBr2, Et3SiH, CH2Cl2, -18 °C; (e)PPTS, MeOH-THF, room temperature (68% in 2 steps); (f) HN3, PPh3, DEAD, toluene, 0 °C (73%); (g) PPh3,THF-H2O, room temperature; AllocCl, pyridine, room temperature (78%); (h) (HF)3・NEt3, THF, room temperature;(i) AcOH-THF-H2O, room temperature (57% in 2 steps); (j) N-trimethylsilylimidazole, pyridine, room temperature;(k) (HF)3・NEt3, THF, room temperature (51% in 2 steps); (l) (AllylO)2PN(i-Pr)2, 1H-tetrazole, CH3CN-CH2Cl2,room temperature; t-BuOOH, 0 °C (79%); (m) CAN, THF-H2O, 0 °C (82%); (n) 6-(S)-methyloctanoic acid, DCC,DMAP, toluene, room temperature (92%); (o) Er(OTf)3, MeOH, room temperature (68%); (p) Pd(PPh3)4, HCO2H,Et3N, THF, 50 °C (51%).

審査要旨 要旨を表示する

ロイストロダクシンB (1) は、造血因子( Colony-Stimulating factor )誘導活性を指標として、三共のグループにより放線菌streptomyces platensis SANK 60691 株から単離、構造決定された新規化合物である。活性として、血小板増多作用を有しており、血小板減少症の治療薬として期待されている化合物である。さらに、コロニー刺激因子誘導剤として元来単離された化合物であるが、最近、そのメカニズムがnuclear factor-κB (NF-κB) を経由したものである可能性が示され、生化学的ツールとしての有用性も示唆されている。しかし、天然からえらえる量は限られており誘導体合成を含め、合成研究は殆んどない。島田神生は誘導体合成をも視野に入れたロイストロダクシンB (1)の全合成を計画し実行した。

島田はロイストロダクシンB (1)を左右のユニットに分けた収束的合成を計画し実行した。チオフェノール2 と4-クロロアセト酢酸エチル3 から5工程で合成されたアルデヒド 4 に対し、過剰のパラホルムアルデヒドをメタノール中、炭酸カリウムを用いて反応させるとアルドール反応が進行し、引き続いて起こるCannizzaro 反応により対称ジオール 5 が効率よく得られることを見出した(Scheme 1)。鍵反応のひとつである対称ジオール 5 の非対称化による8位の立体構築を島田は種々の酵素を用いて検討した。その結果、ヘキサン中、リパーゼAK、酢酸ビニルで処理することにより90% ee の不斉収率で光学活性モノアセテート体 6 に非対称化することに成功した。本合成経路は簡便で大量合成可能な方法となっている。9 位の立体は8 位の水酸基を利用したグリニヤール試薬の立体選択的付加反応を用いて構築した。その後、数工程の変換を行いラクトン前駆体11 に導いた。ラクトン化反応は非常に温和な条件であるTi(Oi-Pr)4 を用いて達成し収率もほぼ定量であった( 11→12 )。最後に末端アルケンの酸化的開裂反応によりアルデヒドユニット 13 の合成を終了している。

更に島田はエンインユニットの不斉点もリパーゼを用いた光学分割により構築し、大量合成可能な方法を確立した (Scheme 2)。エンイン部分の構築は、シス選択的Wittig 反応後、薗頭反応でアセチレンユニットを導入することにより行った。アセチレン体16 をリチオ化の後トランスメタル化することによりアルキニル亜鉛試薬 17 を合成した。

1 の骨格合成の鍵である左右両ユニットの縮合反応において島田は様々な金属試薬を用いて検討を行った。その結果、亜鉛試薬を用いた付加反応で効率的に1,3-antiの構造を合成できることを見出した。アルデヒドユニット13に対し亜鉛試薬 17 をトルエン−エーテル中、-78 °C で加え徐々に-10 °まで昇温させると速やかに付加反応が進行し11 位の立体を完全に制御した付加体18を得ることができた (Scheme 3)。更に、Lindlar 触媒やdiimide を用いても制御できなかった3重結合の部分還元において活性化亜鉛を用いることにより克服している。続いて、11 位水酸基の保護、アミノ基の導入を経て化合物 19 へと導いた。続いて、ベンジリデンアセタール部分の脱保護を行い、リン酸基の導入を行った。当初、8,9 位の保護基として一般的なアセトニド、p-メトキシベンジリデンアセタールなどを用いたが、ジエン部の異性化を伴わず脱保護することが困難であった。そこで、島田は温和な条件で脱保護可能なp-シリルオキシベンジリデンアセタール基を考案した。まず、(HF)3・Et3N でフェノール上のTBS 基を除去し、酸に対してさらに反応性の高いp-ヒドロキシベンジリデン基を生成させ、酢酸-THF-水で処理することにより、酸に対して不安定な他の官能基を損なうことなくジオール体 20 を与えることを見出した。本保護基はさまざまな合成に応用可能なものと考えられる。その後の変換反応で9 位水酸基をリン酸化、18 位水酸基をアシル化し全官能基の導入を終了した( 21 )。最後に、Er(Otf)3 を用いてフェノキシアセチル基を除去し、引き続いてPd(PPh3)4、ギ酸、トリエチルアミンで処理することにより、Alloc 基、allyl エステル、TMS 基を同時に脱保護しロイストロダクシンB (1)の全合成をここに達成した。

以上のように島田は医薬化学的に興味深いロイストロダクシンB (1)の初の全合成を収束的合成法にて達成した。本合成法は誘導体の合成にも応用可能であると考えら、ロイストロダクシン類の構造活性相関の解明に道を開いた。従って薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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