学位論文要旨



No 215954
著者(漢字) 根岸,真人
著者(英字)
著者(カナ) ネギシ,マヒト
標題(和) 修正研磨による自由曲面創成に関する研究
標題(洋)
報告番号 215954
報告番号 乙15954
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15954号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 助教授 高橋,哲
 東京大学 助教授 割澤,伸一
内容要旨 要旨を表示する

序論

形状測定と修正研磨を繰り返す形状創成は1970 年代に登場したCCP(Computer Controlled Polishing) ,小さな工具を用いた修正研磨の研究を発端に天体望遠鏡の主鏡製作を主な目的として発展してきた.これは加工精度を測定精度にまで高める画期的なものだったが特殊な形状を単品加工する場合での発展でもあった.一方デジタルカメラやレーザービームプリンタに見られる非球面あるいは自由曲面光学素子は近年急速に実用化が進んでいる.さらなる性能向上のため益々複雑かつ高精度が求められ,そのシーズとして修正研磨による自由曲面創成が有望視されている.しかしながら自由曲面への対応,光学面の複数化への対応については研究例が少なく,以下に述べる課題において不十分であるため,コストが高いのが現状である.本研究の目的は自由曲面光学素子を修正研磨により経済的に生産する方法を明らかにすることである.この課題を3つ,自由曲面の測定,修正研磨そして修正研磨戦略と捉えて検討を進めた結果,以下の知見が得られた.

大型自由曲面測定

修正研磨において測定は被加工物の最終精度を左右する重要課題である.干渉計は望遠鏡開発の例に見るように全面を一括に,短時間しかも高精度に測定できるが,この方法で自由曲面に対応するのは参照波面を作る点,および傾斜角度に対応する点で困難であった.また既往研究には部分的な形状の微分を測定,積分する技術が報告されているが修正研磨に適用するためには面情報に展開する時の誤差,加工前の粗面への対応にはなお配慮が必要である.但しこの時,測定の目的が修正研磨であるため工具サイズで決まる粗い空間周波数成分だけを測定すれば良く,また全体の曲率誤差についても条件が緩い.本研究ではこの点に着目し,全面を一括測定するのではなく1点づつ接触測定する方法がむしろ自由曲面の測定には有利と考え,次の3種類の被測定物に適した測定方法を研究した.

まず,大型被加工物では加工と測定で被加工物の着脱を避ける事が重要となるためオンマシン形状測定が必要である.しかし従来の切削装置に例を見るように,加工と測定とで工具軸を共用する方法では移動軸の姿勢誤差が大型化に伴い増大するため困難である.本研究ではワーク軸が加工と測定エリアを往復する構成とし,メトロロジフレームの概念を3軸の座標測定に拡張することにより,大型化しても移動軸の姿勢誤差に対応する装置構成を提案した.但し計測基準が複数となるため,その相対位置誤差を抑える課題が新たに生じる.そこで冗長なレーザー測長軸を設けることによって相対位置誤差の一部を自律的に校正する方法を提案,CSSP と呼ぶ装置を実際に開発し,有効性を実証した.

小型自由曲面形状測定

しかし前章の方法は空気揺らぎの影響を受けるレーザー測長器の軸数が多くなることと,複数あるメトロロジフレーム間の相対位置安定性に課題があり,精度がまだ不十分なことが明らかになった.小型被加工物ではオンマシン測定の必要が無いと考えると,レーザー軸数の課題については直交配置した3つの参照ミラーに対し僅か5軸のレーザー測長器により座標測定する既往研究がある.この方法に加え,参照ミラーを保持するメトロロジフレームの安定性を向上すればさらに高精度測定が可能になると考え,本研究では次の装置構成を提案した.

第1にメトロロジフレームと測定物搭載台を分離し3点で結合する.被測定物によって重量が異なるためメトロロジフレームの安定性向上のためには両者を分離すべきであるが,測定中に相対位置が変化すると誤差になるため分離しただけではだめで,3点を機構学的に支持( kinematic support)する.3点の結合部が移動するので被測定物重量変化を吸収できる.効果をさらに高めるため,本研究ではメトロロジフレーム構造よりも箱構造,言わばメトロロジボックス構造にすべきことを提言した.

第2に測定物搭載台と装置架台も分離し3点で結合する.測定ループの中に入る精度基準には高い寸法安定性が必要であるが,その他の部分は移動軸があるのでむしろ寸法変化は避けられない.この構造を用いれば両者を分離できるので高精度測定が期待できる.実際,開発したAruler と呼ぶ装置は前章よりも高い精度で測定することが可能であり有効性を実証できた.

両面同時測定

非球面レンズでは芯とりが原理的に難しいため,レンズ面形状と同時に相対位置も測定し仕上げる必要がある.また接触式点計測方法の弱点である測定時間についても短縮の要求が強い.本研究ではこの課題に対するブレークスルーポイントが両面同時測定であると考えた.これまでの知見をベースにレンズの両面を2つのプローブで測定することにより表裏両面の相対位置と形状誤差を同時測定可能なことを示した.前章でメトロロジボックス構造を提案したが,測定ループの中に被測定物搭載台が含まれていたため,厳密には被測定物の重量による変形の懸念が残っていた.そこで本研究ではメトロロジボックスの考え方をより完全なものとするため,参照ミラーを保持する部品だけで箱構造を構成し被測定物搭載台がそれを貫通する構造を提案した.そして装置架台,被測定物搭載台そしてメトロロジボックスの3者を同じ3点で機構学的に支持(Kinematic support)する.この装置デザインにより被測定物の重量が変化しても被測定物搭載台がそれを受け持ち,メトロロジボックスは影響を受けない.また,プローブ軸の運動に伴って装置架台が変形しても被測定物搭載台,そしてメトロロジボックスは影響を受けない.実際に開発したARuler2 と呼ぶ装置は前章よりもさらに高精度であった.

以上,高精度測定が可能になると清浄度が重要課題であり,プローブや被測定物のよごれが様々な測定誤差として観察され,信頼性を低下させる主要因であることが判明した.そこで,よごれを剛体と仮定するモデルを立てて解析した結果,モデルから予測する測定誤差と実際に現れる測定誤差がよく一致する事を見出した,このモデルによるとスパイク状の形状誤差はよごれが被測定物に付着した場合,そして山状の形状誤差はプローブによごれが付着した場合であることが判明,この知見から測定結果を見てよごれの場所を特定することが可能となり,再測定の成功率向上に貢献できた.

複数自由曲面形状解析方法

測定データを最小2乗法などで設計形状にフィットする方法は知られているが,複数自由曲面についてはさらに次の観点が必要である.まず複数測定結果を精密に接続する必要がある.既往研究ではスティッチと呼ばれる部分分割測定法や,特徴点を使って位置あわせする方法が知られているが,共通に使用できる高精度面が存在しないレンズやプリズムの場合には適応が難しい.本研究では4つの球を位置マークとして設けたジグに被測定物を固定し,光学面とともに球の中心位置も測定することによって複数測定結果を精密接続する方法を提案した.この方法によれば高精度な位置あわせを簡単なジグだけで実現できる.さらに4番目の球を使い接続誤差を自律的にチェックする方法を提案した.これによって特に信頼性も必要な実際の生産工程への展開も可能となる.また,この方法は前述した両面同時測定において上下測定座標系の相対位置を校正するのに利用できる.両面同時測定によれば,一度上下座標を校正すれば被検レンズを次々に測定することができるので生産性が高い.

次に,接続した測定データに対して複数面をフィットする方法を定式化した.この計算処理により4つの球をもつジグの中で被測定物の位置がずれてセットされてもその影響をキャンセルすることが可能となり,測定作業を大幅に簡便化できる.さらに本研究で定式化した計算方法は目標修正形状を算出にも使用できる.前述したように面形状だけでなく相対位置も同時に修正しなければならない.しかし加工面の形状誤差に相対位置を修正する加工形状を加えて目標修正形状とする方法では加工時間が長い上に収束が悪いことが判明した.本研究では複数面のフィット計算においてパラメータを面ごとに選択する新しい方法を提案した.この計算方式によれば片面だけの修正加工で光軸を一致させる修正が可能であり,しかも相対位置を修正する加工形状を上乗せする方法に対して加工時間を格段に少なくできることを確認した.

また,測定軸の直角度誤差は測定結果に大きな影響を与える.直角度の測定法にコリメータと直角プリズムを用いる方法が知られているが校正精度の面で課題があった.本研究ではまず直角度誤差が球面測定に与える影響を定式化した結果,球面原器を測定して直角度を十分な精度で校正可能なことを示した.しかし一方で球面原器の形状誤差の影響も明らかになった.そこで複数測定を組み合わせて校正する方法を提案した.この方法によれば球面の誤差に影響されずに高精度な校正が可能となる.直角度誤差の影響は被測定物の形によって様々であるが,想定する被測定物の中で最も影響が大きな形を用いて校正することにより,その装置にとっては十分な精度で直角度を補正することができる.さらに,校正された原器を用いる必要がないため,例えば加工途中のサンプルを用いても可能である.

自由曲面の修正研磨加工

修正研磨においては除去の再現性が重要との観点から,摩擦力の影響で工具の圧力分布が変化する現象に着目した.従来から多用される「かんざし」とよばれるジョイント構成では支持高さを下げることがポイントであったが,本研究では球座を工具保持に用いることを提案,この方法によれば支持高さをゼロ,すなわち被加工物表面上に支持点を配置でき,不安定な摩擦力に影響されない安定した工具接触状態が実現できる.シミュレーションによりこの効果を解析した結果,被加工物形状が曲面であっても支持高さは十分低く,広範な応用が期待できることがわかった.また,工具の運動方法についてシミュレーションによる解析を進めた結果2つの運動方式について次の知見が得られた.第1は円形工具を一方向に往復運動する方法.この時,振幅を工具直径の1/4 としたとき良好な除去形状が得られる.第2は自転する円形工具を自転軸と異なる軸で公転する方法.この時,自転公転の回転比を-1,偏心量を工具直径の4分の1としたとき良好な除去形状が得られる.また表面粗さを左右する要因として工具運動の等方性に着目,速度ベクトルを調べた結果,前記第2の運動条件は,この新しい評価からも支持された.つまり表面粗さを向上し,なおかつ形状修正に適した運動条件であった.

修正研磨戦略

研磨工具の運動軌跡は滞留時間分布から計算するが,滞留時間はプレストンの仮説から導出される研磨加工モデルを用い目標除去形状と単位除去形状から計算する.この計算はデコンボリューションと呼ばれ,その計算方法の良し悪しが形状修正能率を左右する重要なポイントであった.既往研究に最小2乗法を用いるもの,連立方程式に帰着するもの,そして歴史の長い研磨のシミュレーションに基づく計算方法が提案されている.しかしいずれの方法もデータサイズの増加に伴って計算量が急増する問題,修正能率が低い問題があった.本研究では計算法の開発に先立ち,まず計算結果を定量的に正しく評価することが重要と考え,滞留時間と残差のRMS 値をプロットするチャートを提案した.テストデータに対して実際に計算してみると,入力するデータに影響されずに傾向が把握できることがわかった.このチャートを用い,本研究ではフーリエ変換を利用した新しいデコンボリューションアルゴリズムを開発した.その要点は解が発散しないように計算を安定化することであり,次の2つの方法が有効であった.第1は研磨工具の特性にあわせて空間周波数を制限する方法,第2は評価関数を最良にする方法である.テストデータを用い,研磨のシミュレーションによる従来法と比較したところ次の結果を得た.第1に新しい方法では計算時間が少ない.計算の中核にFFT(Fast FourierTransformation)アルゴリズムを使用した効果である.256 x 256 のテストデータで比較すると僅か1/45 と高速であった,被加工物の大口径化を考えるとこの点は特に重要であり,2000 x 2000 では1/1462と桁違いの差になる.第2に新しい方法では形状修正能率も高い.特に評価関数を最適にする方法では評価関数の中に残差の項を含んでいるので効果が大きいことが示された.

自由曲面修正研磨システムの検証

修正研磨に先立ち単位除去形状を測定する必要があるが,走査させない時の除去形状は形が安定しないので使用できない.本研究では開発したデコンボリューションアルゴリズムで単位除去形状も計算可能であることを示した.その結果を用い,本研究で得られた成果を総括するため実際に修正研磨を行った.その結果,自由曲面修正研磨システムCSSP 装置を用い,加工物を着脱することなく形状修正可能であることを実証した.

結論

以上の章をまとめたものである.3つの課題,測定,修正研磨そして修正研磨戦略について検討し,自由曲面光学素子を修正研磨により生産する方法を明らかにすることができた.

審査要旨 要旨を表示する

測定と修正研磨を繰り返す形状創成技術は1970年代から急速に発展し、今や超高精度光学素子の製作には無くてはならない技術となっている。しかし単品加工のため望遠鏡や露光装置など高額な特殊用途に限られた発展でもあった。近年、光学を利用した情報機器、特にカメラなどの急速な小型高性能化の要求を背景に、民生品用光学素子においても高精度への要求が高まっている。この要求に応えるシーズとして修正研磨技術は有望であり、産業界にとっても意味の大きい工学分野である。

しかしながら民生品への展開は高い形状自由度に対応しなければならず、しかも経済的な生産システムを構築することが困難なため進んでいない。特に多面を組み合わせた自由曲面光学素子に対する取り組みは例が無い。本論文は多面自由曲面に対応可能な高精度測定方法、そして経済的な修正研磨方法を開発し、両者を合体した加工システムの構築を目指している。

高精度測定については干渉計が一般的に用いられているが自由曲面には対応できない。本論文は、修正研磨においては必要な空間周波数が限定されているという性質を利用し、接触式測定法を検討、実際に測定装置を開発しナノメートルオーダの精度が現実的な測定時間で可能なことを実証している。次にこれを多面自由曲面へ展開する必要から、複数測定結果の接続法として、位置マークを用いる方法および2本のプローブを用いる方法を検討している。さらに接続したデータから有効な目標修正形状を算出する方法について検討を進めている。

修正研磨については重要課題として除去の安定性をあげ、シミュレーションに基づいた解析を行っている。その結果をもとに工具保持、揺動機構を含む装置全体構成を提案している。この装置を制御する滞留時間分布の計算方法として、従来の除去のシミュレーションによる方法にかわる新しい方法を検討し、実際の測定と加工を通じて全体が有効に機能することを実証している。

以上のように本論文では自由曲面における修正研磨を行うために必要となる加工計測システム全体について検討を行っている。

本論文は[修正研磨による自由曲面創成に関する研究]と題して全9章からなっている。

第1章「序論」においては既往研究の背景、そして修正研磨による形状創成の必要性と意義を述べている。また修正研磨における計測要求の検討から測定に対する方向性を明らかにし、さらに応用分野を民生品に向けたときの課題を抽出、本研究の狙いを明らかにしている。

第2章「大型自由曲面測定」においてはメトロロジフレームを3軸に応用することにより、修正研磨装置と一体になった測定法を提案している。特にプローブを含む移動軸の姿勢を補償することにより接触式形状測定法においても高精度測定が可能なことを明らかにしている。また、大きな誤差要因となるよごれについて仮説モデルを提案し、実際の現象と合致することを確認している。

第3章「小型自由曲面測定」においては計測基準を箱構造にすることにより精度を向上できることを示している。また、接触プローブに関する3つの誤差要因を同時に補正する方法を提案、さらに高い精度が可能であることを確認している。

第4章「両面同時測定」においては、2本のプローブと箱型の計測基準を貫通する被測定物搭載台の構造をもつユニークな装置構成を提案している。この構成により被測定物の重量変動をキャンセルできるため、さらに高い精度と両面同時測定が可能であることを実際の装置開発を通じて実証している。

第5章「複数自由曲面解析方法」においては、自律的にチェック可能な4つの球を用いる測定結果の接続方法を提案している。また、それをもとに複数面のデータを設計形状にフィットする手法を提案している。これよれば被測定物の取り付け誤差の影響を排除できる他、従来にくらべて格段に少ない除去量で相対位置と形状誤差を同時に修正する目標除去量が計算できることを示している。また、大きな誤差要因である直角度を複数姿勢の原器測定から導き出す方法を提案し、原器の形状誤差に影響されない高精度補正を実現している。

第6章「自由曲面の修正研磨加工」においては、工具の支持点を被加工物との接触面上に配置する機構を提案し、シミュレーションにより効果を確認している。またその工具の揺動方法についてもシミュレーションにより最適な運動条件を見出し、装置全体の構成および制御の方法を明らかにしている。

第7章「修正研磨戦略」においては従来法である除去のシミュレーションにかわるFFTを用いたデコンボリューション計算法を提案し、新しい方法が加工残差および計算時間,従って経済性について格段に優れていることを確認している。

第8章「自由曲面修正研磨システムの検証」においては、前章までで開発したシステムを使用し、平面とトロイダル面において実際に修正研磨が可能であり、本論文で提案した方法が有効に機能することを実証している。

第9章「結論」は以上の章を要約したものである。

以上のように、本論文は自由曲面光学素子の生産技術に新しい分野を開くものであり、工学的にも工業的にも非常にインパクトのある結果を導出している。機械加工学の進展に大いに寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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