学位論文要旨



No 215975
著者(漢字) 鷹尾,元
著者(英字) Takao,Gen
著者(カナ) タカオ,ゲン
標題(和) 森林管理へのリモートセンシング実用化の研究 : 北方林の調査と監視への応用
標題(洋) A Study on Remote Sensing Implementation in the Forest Management : Applications to the Boreal Forest Inventory and Monitoring
報告番号 215975
報告番号 乙15975
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15975号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 露木,聡
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

 人類の地球環境と資源に対する認識は、無限の搾取と成長から、有限な成長と持続可能な利用管理へと、この数十年間で大きく変化し、国際政治にも大きな影響を及ぼしてきている。一方、時を同じくして地球観測衛星による地球環境の観測が開始され、新たな方法として大きな期待と共に研究開発が進められてきた。林業、林学分野においても、人跡少ない遠隔の森林を同時広域的に、定期的に、そして自動的に観測し、照査・監視できる手法として、その利用に大きな努力が払われてきた。これまでに行われてきた研究開発はおびただしいものである。最初の観測衛星打ち上げより30年以上が経過した現在、これら研究開発の成果が実用化に結びついたかと問うと、残念ながらその例は少ない。これは、観測技術自体が未熟であった点に加え、その利用技術の開発に当たり潜在的利用者と研究開発者との調整が執られなかった、特に実用的利用者が最も重視するであろうデータの取得可能性、継続性について、開発者があまり意識を払わなかったことが原因である。

 この点を踏まえ、1)変化量ではなく管理者により親しみのある現存量として既往の森林管理諸元を表す、2)対象地の地域特有の生態系および気候に立脚した、3)最も取得可能性が高くかつ生物季節的に安定している季節のデータを用いた森林管理のための観測・照査システムの開発を行うこととした。また、4)現存植生の林齢または更新段階を記述する手段としての過去のデータにさかのぼる解析も重視した。

 研究対象は北方林である。この地域は低温による不活発な分解活動により地表に多くの炭素を集積している。地球温暖化により地球上で最も気温上昇が激しいことが予想され、集積した炭素を一気に放出することや気候変化による植生変化、森林火災多発による森林破壊、さらにはそれらの気候変動へのフィードバック等が懸念されている。また、大きな木材供給源であり、独特の生物相の多様性も危機に瀕している。

 用いる衛星画像は、冬の積雪期に取得されたものである。このような画像はこれまで積雪調査以外には森林関係でもほとんど用いられていない。しかし、北方林では一般的に夏に降水量が多く、光学衛星の観測可能性は冬に高い。既存画像の集積もそれを物語る。しかも、疎林が多い北方林は林床にも光が届き林床植物が繁茂するため、通常の夏期の衛星画像では林木と林床の分離が容易ではないが、積雪期には林床が雪という単一の媒体に覆われて構造が単純化し、衛星からも観測しやすいであろうと予測される。

 そこで、まずロシア極東ハバロフスク市近郊の森林を対象として、時系列衛星画像による伐採など森林撹乱の監視手法を開発した。光学センサーを用い当地で数年おきに定期的に植生を観測するためには、晴天率に鑑み冬の積雪期が唯一の観測可能季節である。そこで、同一地域で積雪期に撮影された1980年から1999年までの5つのシーンを用い、さらに比較のために夏期の画像も一部用いた。研究の方針は以下のとおりである。マルチスペクトラル画像のうちの単バンド画像、またはそれら同士の演算によって得られる「植生指数」、「積雪指数」等の代表的指標値を用い、ある指標値の経時的変化により得られる森林変化を実際の変化と比較し、より正確かつ安定的に変化を抽出できる指標を選定する。また、撹乱後の回復過程の監視手法も、ある1時点の画像からの指標の上に現れる撹乱後経過年数との関係により検討した。その結果、積雪期画像は夏期画像よりも撹乱の抽出に優れ、しかもその影響は長く残ることから、観測頻度が少なくても撹乱を抽出する可能性が高いことが明らかになった。中でも可視単バンド画像とTasseled Cap変換のWetness指標は安定した結果を得られた。1時点の画像の指標の撹乱後経過年数による変化は、積雪期の指標では非常に緩やかで明らかな傾向が見られなかった。一方夏期画像では、植生指数などが撹乱直後から不安定または急激な変化により撹乱後経過年数との線形な関係を見せないのに対し、Wetness指標は単調かつ適度な回復を見せ、20年ほどの長さでは撹乱後経過年数の指標となりうることを示唆した。このように、積雪期画像はこの地において唯一定期的に実用可能な光学衛星画像であるばかりでなく、積雪期画像自体も植生観測する上で非常に有効なデータであることが明らかになった。

 次に、同じくロシアのヤクーツク市周辺において、永久凍土上のカラマツ林の監視手法の開発を行った。ヤクーツクにおいても冬期のほうが晴天率が高く良好な画像が得られる可能性が高い。ここではまず、対象地内に存在する様々な遷移段階のカラマツ林の林分構造を把握するために、多点で林分調査を行い、文献による値も含めて、その相対成長関係を解析した。その結果、火災や伐採などの撹乱を受けた直後や更新不良地を除き、胸高断面積合計は立木サイズによらず約25m2/haでほぼ一定となり、地上部現存量の成長は非常に遅く、かつ成長に連れて相対幹距が低下し相対的に疎林へと移行することが確認された。これは、日本などの針葉樹林とは全く異なる、永久凍土上のカラマツ林独特の成長様式であると考えられる。さらに、カラマツ林の地上部バイオマスは胸高断面積合計と平均樹高、または胸高断面積合計と立木本数密度とによりよく推定されることが明らかになった(R2=.82-.84)。

 その結果を踏まえ、積雪期画像上の森林からの反射を解析した。積雪期の落葉針葉樹林からの反射は雪面、幹枝、それらから投影された影の部分に分解されると考えられる。積雪の反射は可視光の波長では幹枝や影に比べ際立って高く、中間赤外域ではほとんど影に近くなる。幹枝は波長を通じて反射率が低く、影は最も暗い。このように可視域と中間赤外域で反射率が大きく異なる3つの要素は、それら2つの波長の観測バンドにより分解可能である。そして、それら地上に投影される3つの要素の比率は立木の量の変化によりその比率が変化すると考えられる。そのような三次元的な反射構造があることを前提として、胸高断面積合計、地上部現存量、成長段階としての平均胸高直径などと積雪期画像との統計的関係を明らかにして、広域での推定を行った。さらに、落葉期ではあるが相対成長関係を用い衛星画像から葉面積指数を推定したところ、夏期画像からの植生指数による推定よりも、精度が高かった。この結果は、疎林であり林床植生が繁茂する北方林において、積雪により林床植生の影響を画像から取り除き、立木の情報のみを画像から得られたためであると考えられる。

 以上の解析により次のことが明らかになった。積雪期の衛星画像は、これまで植生観測にはほとんど用いられてこなかったが、夏期画像とは異なった有効な遠隔探査データである。現地の森林植生特有の林分構造や成長様式と関係付けて解析することにより、積雪期画像からは現存量や撹乱後の林齢など、森林管理に有用な指標を求められる。北方林では冬期のほうが観測可能性が高い地域が多いため、積雪期画像の利用は有用である。さらに、過去に蓄積されたデータの解析により現在の林分の重要な属性である(撹乱後の)林齢が明らかになったことからも分かるとおり、長期に集積された衛星画像は最新の観測技術にも代えがたい長所を持つ。

 本研究では、これまでの遠隔探査研究が往々に陥っていた点に鑑み、まず対象地におけるデータ取得可能性を検討し、それに基づき得られる画像の特徴を利用して地域の森林情報を抽出するという手順を踏んだことに意味がある。ここで開発された手法は全世界に適用可能なものではないが、この地域では唯一適用可能なものである。実際に用いられるようになるにはさらに既往の手法との費用、精度などを含めた総合的な比較が必要である(図)。

 現在唱えられている生態的森林管理は、概念が先行して管理の実際には反映されているとはいえない。遠隔探査は森林生態の解明のために用いられるのと同時に、実際の森林管理の指標を与えるのにも用いられなければならない。そのため遠隔探査の技術開発には、管理者が何を求めているのか、どのようなデータが入手可能なのかをまず念頭に置かなければならない。

Figure Flow of the remote sensing methodology development for operational use

審査要旨 要旨を表示する

 地球観測衛星による地球環境の観測は、林業、林学分野においても、人跡少ない遠隔の森林を同時広域的に、定期的に、そして自動的に観測し、照査・監視できる手法として、その利用に大きな努力が払われてきた。これまでに行われてきた研究開発はおびただしいものである。最初の観測衛星打ち上げより30年以上が経過した現在、これら研究開発の成果が実用化に結びついたかと問うと、残念ながらその例は少ない。これは、観測技術自体が未熟であった点に加え、その利用技術の開発に当たり潜在的利用者と研究開発者との調整が執られなかった、特に実用的利用者が最も重視するであろうデータの取得可能性、継続性について、開発者があまり意識を払わなかったことが原因である。

 この点を踏まえ、本研究は、1)変化量ではなく管理者により親しみのある現存量として既往の森林管理諸元を表す、2)対象地の地域特有の生態系および気候に立脚した、3)最も取得可能性が高くかつ生物季節的に安定している季節のデータを用いた森林管理のための観測・照査システムの開発を行うことを目的としている。

 研究対象は北方林で、地球温暖化により地球上で最も気温上昇が激しいことが予想され、集積した炭素を一気に放出することや気候変化による植生変化、森林火災多発による森林破壊、さらにはそれらの気候変動へのフィードバック等が懸念されている地域である。

 用いる衛星画像は、冬の積雪期画像で、このような画像はこれまで積雪調査以外には森林関係でもほとんど用いられていない。北方林では一般的に夏に降水量が多く、光学衛星の観測可能性は冬に高い。積雪期には林床が雪という単一の媒体に覆われて構造が単純化し、衛星からも観測しやすい。

 そこで、まずロシア極東ハバロフスク市近郊の森林を対象として、時系列衛星画像による伐採など森林撹乱の監視手法を開発した。光学センサーを用い当地で数年おきに定期的に植生を観測するためには、晴天率に鑑み冬の積雪期が唯一の観測可能季節である。そこで、同一地域で積雪期に撮影された1980年から1999年までの5つのシーンを用い、さらに比較のために夏期の画像も一部用いた。可視単バンド画像とTasseled Cap変換のWetness指標は安定した結果を得られた。夏期画像では、植生指数などが撹乱直後から不安定または急激な変化により撹乱後経過年数との線形な関係を見せないのに対し、Wetness指標は単調かつ適度な回復を見せ、20年ほどの長さでは撹乱後経過年数の指標となりうることを示唆した。このように、積雪期画像はこの地において唯一定期的に実用可能な光学衛星画像であるばかりでなく、積雪期画像自体も植生観測する上で非常に有効なデータであることが明らかになった。

 次に、同じくロシアのヤクーツク市周辺において、永久凍土上のカラマツ林の監視手法の開発を行った。ここではまず、対象地内に存在する様々な遷移段階のカラマツ林の林分構造を把握するために、多点で林分調査を行い、文献による値も含めて、その相対成長関係を解析した。その結果、火災や伐採などの撹乱を受けた直後や更新不良地を除き、胸高断面積合計は立木サイズによらず約25 m2/haでほぼ一定となり、地上部現存量の成長は非常に遅く、かつ成長に連れて相対幹距が低下し相対的に疎林へと移行することが確認された。さらに、カラマツ林の地上部バイオマスは胸高断面積合計と平均樹高、または胸高断面積合計と立木本数密度とによりよく推定されることが明らかになった(R2 = .82 - .84)。

 その結果を踏まえ、積雪期画像上の森林からの反射を解析した。雪面反射は可視光の波長では幹枝や影に比べ際立って高く、中間赤外域ではほとんど影に近くなる。幹枝は波長を通じて反射率が低く、影は最も暗い。これら地上に投影される3つの要素(雪面、幹枝、影)の比率は立木の量の変化によりその比率が変化すると考えられる。そのような三次元的な反射構造があることを前提として、胸高断面積合計、地上部現存量、成長段階としての平均胸高直径などと積雪期画像との統計的関係を明らかにして、広域での推定を行った。さらに、落葉期ではあるが相対成長関係を用い衛星画像から葉面積指数を推定したところ、夏期画像からの植生指数による推定よりも、精度が高かった。

 以上、本論文は、対象地におけるデータ取得可能性を検討し、それに基づき得られる画像の特徴を利用して地域の森林情報を抽出し、森林内の相対成長関係や画像情報と森林情報との間の統計的関係を援用することにより、北方林の管理に特有の森林調査・モニタリング手法を開発したもので、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50245