学位論文要旨



No 216016
著者(漢字) 河本,一郎
著者(英字)
著者(カナ) コウモト,イチロウ
標題(和) 高機能ルイス酸触媒の探索と新反応場の研究
標題(洋)
報告番号 216016
報告番号 乙16016
学位授与日 2004.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16016号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 有機合成化学分野において、最近Green Sustainable Chemistry への志向が高まり、環境にやさしい省力的な方法論がますます求められている。また化学工業界や学術界においても、単に高収率、高選択率を実現する新反応の開発ばかりではなく、廃棄物削減や有害物質の代替プロセス等の研究が脚光を浴びるようになってきている。

 このような背景のもと、本研究ではまず、工業的にも重要なFriedel-Crafts 反応をモデルとして新たな高活性触媒反応の探索を行った。また、近年有機溶媒の代替として注目を集めている超臨界二酸化炭素(scCO2)中でのルイス酸触媒反応について検討し、界面活性効果を示す新たな化合物を開発することにより、様々な有機合成反応に有効な反応場が構築できることを明らかにした。

 まず、Friedel-Crafts アシル化反応における新規高活性ルイス酸触媒の探索を行った。これまでに、Sc(OTf)3、Yb(OTf)3、Hf(OTf)4 等の3、4 族の金属トリフラートをルイス酸として用いたFriedel-Crafts アシル化反応が検討されてきたが、さらに高活性な金属トリフラート類を探索するべく検討に着手した。初期検討として、m- キシレンのFriedel-Crafts アセチル化反応をモデルとして、種々の金属トリフラートのスクリーニングを行ったところ、13〜15 族の金属トリフラートが比較的高い収率を与えることがわかった。特に、Sb(OTf)3 を用いた場合、収率77%と最も良好な結果を得た。Sb(OTf)3 はこれまで有機合成に用いられた例がなく、本反応が最初の例となった。Sb(OTf)3 を触媒とするFriedel-Crafts アシル化反応は広範な基質に適用でき、またSb(OTf)3 はエステル化反応やアルドール反応、アザDiels-Alder 反応においても有効な触媒として機能することを明らかにした。

 次に、これまであまり研究が行われていなかった芳香族ヘテロ環類のFriedel-Crafts アシル化反応について検討した。まず、フランのアセチル化の検討を行ったところ、塩化アルミニウムや塩化(II)スズでは収率は低かったが、Sc(OTf)3 やSn(OTf)2 を用いると、アセチル化体が高収率で得られることがわかった。フラン以外にも、チオフェン、ピロール類等を基質として反応を行った結果、それぞれ金属トリフラートを選択することにより、高収率で対応するアシル化体を得ることができた。

 さらに、これまで困難と言われたアニリン誘導体のFriedel-Crafts アシル化反応を、ガリウムトリフラート類を触媒として用いて検討した。アニリン誘導体のアシル化反応は多くの場合、アニリンの塩基性窒素原子が反応を不活性化するため、触媒量の酸を用いての効率的な反応例はこれまで報告されていなかった。今回Ga(OTf)3 を触媒量用いてLiClO4 を反応系中に添加することにより、劇的にアセチル化体の収率が向上することを見出した。ここで開発したGa(OTf)3/LiClO4 触媒を用いるアニリン誘導体のFriedel-Crafts アシル化反応は、ベンゾジアゼピン等の医農薬中間体として有用な核アシルアニリン誘導体の簡便な合成手法として、有用性が高いものと考えられる。

 次に、Sb(OTf)3 を用いて、抗炎症剤ナプロキセンの合成中間体である、2-メトキシ-6-アセトナフトン1 の効率的、高選択的合成法の検討を行った。これまで2-メトキシナフタレンのアセチル化においては、毒性の高い酸触媒を用いる場合や酸触媒を基質に対して当量以上用いなければならない場合があり、合成法の改良が望まれていた。筆者はまず、前述のSb(OTf)3 を用いて2-メトキシナフタレンのアセチル化を行ったところ、ニトロメタン中LiClO4 を添加することで選択性が劇的に向上し、93%の高収率で目的の1 が得られることを見出した。また、LiClO4 に替わりリチウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)を添加剤として用いた場合、76%の良好な収率で目的物が得られた。この反応は速度論的に生成する2-メトキシ-1-アセトナフトンが、熱力学的に安定な1 に異性化することにより選択的に進行していることを、反応経時変化を追跡することにより確認した。

 続いて、scCO2 中でのルイス酸触媒反応について検討した。scCO2 中では、反応基質である有機化合物が溶解しないことがしばしば問題となり、これを解決するためにこれまでscCO2-水二相系での水素化反応を界面活性剤で均一化する報告や、フルオロアルキル鎖を持つポリマ−を添加剤として均一にポリメチルメタクリレート合成を行う報告等がなされている。

 このような状況下、scCO2 中に界面活性効果を示す添加剤を加えれば、ルイス酸触媒反応が均一な分散反応系中で円滑に進行するものと考えた。実際、scCO2 中で金属トリフラートをルイス酸として用いたMannich 型反応を行ったところ、ポリエチレングリコール(PEG)がscCO2 と触媒/反応基質との間の界面活性剤として有効に機能し、高収率をもってMannich 型付加体が得られることを見出した。この反応系は興味深いことに、ルイス酸触媒である金属トリフラートのパーフルオロアルキル鎖を長くしていくことにより反応収率が低下するという、通常のscCO2 中での傾向とは逆の性状を示すこともわかった。

 またPEG 類の代替として、更に高性能化した界面活性剤を設計・合成して、アルドール型反応をはじめ、他の反応への展開を図ることとした。界面活性剤の設計にあたっては、親油性基と親CO2 性基を同一分子内に持つ化合物を考え、1-アルキルオキシ-4-パーフルオロアルキルベンゼン類を設計、合成した。これを用いてアルドール反応を行ったところ、パーフルオロアルキル基がある程度の鎖長を持った、1-ドデシルオキシ-4-ヘプタデカフルオロオクチルベンゼン 2 が特に有効であることを見出した。scCO2/2 反応系は、観察実験によりPEG と同様にエマルジョンを形成していることが確認された。本反応系はアルドール型反応において有効に作用し、PEG 類を添加した場合よりも総じて高い収率で目的物が得られた。ルイス酸触媒であるSc(OTf)3 および界面活性剤2 は、それぞれ反応後に容易に回収でき、再使用も可能であることも明らかにした。また本反応系は、アルドール型反応だけでなく、Friedel-Crafts 反応においても有効であることを見出した。

 以上、環境調和と反応の効率化を目指して様々な角度から検討を行った結果、Friedel-Crafts 反応において優れた活性を有する新規触媒系を開発することができた。また、scCO2 中での高効率的ルイス酸触媒反応を達成することができた。ここで開発した反応や触媒系は、医薬品開発に有効な手法を提供するものである。 一方、高効率、高選択率の合成が益々重要になっている昨今において、本研究はその要望にかなうものであると考える。

表1 各種の金属トリフラートを用いたFriedel-Crafts アシル化反応

図1 アニリン誘導体のFriedel-Crafts アシル化反応

図2 2-メトキシナフタレンの選択的アセチル化反応

図3 ScCO2/PEG 反応系でのMannich 型反応

図4 ScCO2/2 反応系でのアルドール反応

審査要旨 要旨を表示する

 現代有機合成化学の分野において、大量の補助剤を使用しない真に効率的な触媒反応の開発は、環境調和型の省力的な方法論にもつながる最重要課題の一つになっている。なかでもルイス酸触媒は多様な機能を有し、独自の反応性、選択性が穏やかな反応条件下で具現できるため注目を集めている。こうした背景から本論文では、医薬工業的にも重要なFriedel-Crafts反応をモデルとして新たな高活性ルイス酸触媒の探索を行い、さらに現在、有機溶媒の代替として注目を集めている超臨界二酸化炭素(scCO2)中での、ルイス酸触媒反応について検討した結果について述べたものである。

 まず第一章では、Friedel-Craftsアシル化反応における新規高活性ルイス酸触媒の探索を行っている(第一節)。これまでに、Sc(OTf)3、Yb(OTf)3、Hf(OTf)4などの3、4族の金属トリフラートをルイス酸触媒として用いるFriedel-Craftsアシル化反応が検討されているが、本論文ではさらに高活性なルイス酸触媒の探索を行い、13〜15族の金属トリフラートに優れた活性を見いだしている。すなわち、m-キシレンのFriedel-Craftsアセチル化反応をモデルとして、種々のルイス酸触媒のスクリーニングを行い、13〜15族の金属トリフラートが比較的高い収率を与えること、なかでも特にSb(OTf)3を用いた場合、収率77%と最も良好な結果を与えることを明らかにしている。Sb(OTf)3はこれまで有機合成に用いられた例がなく、本論文が最初の成功例となった。Sb(OTf)3は広範な基質を用いるFriedel-Craftsアシル化反応に適用できる一方で、エステル化反応やアルドール反応、アザDiels-Alder反応においても有効な触媒として機能することを明らかにしている。

 続いて第二節では、医薬品開発などにおける重要性にもかかわらずこれまであまり研究が行われていなかった、芳香族ヘテロ環類のFriedel-Craftsアシル化反応について検討を行った結果について述べている。すなわち、まずフランのアセチル化の検討を行い、典型的なルイス酸であるAlCl3やSnCl2では収率は低いが、Sc(OTf)3やSn(OTf)2を用いると、アセチル化体が高収率で得られることを見いだしている。さらにフラン以外にも、チオフェン、ピロール類等を基質として反応を行い、それぞれ金属トリフラートを選択することにより、高収率で対応するアシル化体が得られることも明らかにしている。さらに第三節では、アニリン誘導体のFriedel-Craftsアシル化反応について検討している。アニリン誘導体のFriedel-Craftsアシル化反応では多くの場合、アニリンの塩基性窒素原子がルイス酸触媒を不活性化するため、触媒量の酸を用いての効率的な反応例はこれまで報告されていなかった。今回本論文では、Ga(OTf)3を触媒量用いてLiClO4を反応系中に添加することにより、劇的にアセチル化体の収率が向上することを見出している。本論文が開発したGa(OTf)3/LiClO4触媒を用いるアニリン誘導体のFriedel-Craftsアシル化反応は、ベンゾジアゼピンなどの医農薬中間体として有用な核アシルアニリン誘導体の簡便な合成手法として、有用性が高いものと評価される。

 第四節では、Sb(OTf)3を用いるFriedel-Craftsアシル化反応を鍵反応として、抗炎症剤ナプロキセンの合成中間体である、2-メトキシ-6-アセトナフトンの効率的合成を行っている。これまで、鍵反応である2-メトキシナフタレンのアセチル化においては、毒性の高い酸触媒を用いる場合や酸触媒を基質に対して当量以上用いなければならない場合があり、合成法の改良が望まれていた。本論文はまず、Sb(OTf)3を用いて2-メトキシナフタレンのアセチル化を行い、ニトロメタン中LiClO4を添加することで位置選択性が劇的に向上し、93%の高収率で目的とするアセチル化が得られることを見出している。また、LiClO4の代わりにリチウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)を添加剤として用いた場合、収率76%で目的物が得られることも明らかにしている。さらに、反応機構の解析も行い、この反応は速度論的に生成する2-メトキシ-1-アセトナフトンが、熱力学的に安定な目的生成物に異性化することにより、選択的に進行していることを明らかにしている。

 第二章では、scCO2中でのルイス酸触媒反応について検討している。scCO2中では、反応基質である有機化合物が溶解しないことがしばしば問題となり、これを解決するためにこれまでscCO2-水二相系での水素化反応を界面活性剤で均一化する方法や、フルオロアルキル鎖を持つポリマ−を添加剤として均一にポリメチルメタクリレート合成を行う方法などが報告されている。本論文はこのような背景のもと、scCO2中に界面活性効果を示す添加剤を加えれば、ルイス酸触媒反応が均一な分散反応系中で円滑に進行するものと考え、金属トリフラートをルイス酸として用いるscCO2中でのMannich型反応において、ポリエチレングリコール(PEG)がscCO2と触媒/反応基質間の界面活性剤として有効に機能し、高収率をもってMannich型付加体が得られることを見出している。この反応系では、ルイス酸触媒である金属トリフラートのパーフルオロアルキル鎖を長くしていくことにより反応収率が低下するという、通常のscCO2中での反応収率の傾向とは逆の傾向を示すことも明らかにしている。さらに本論文では、PEG類の代替として、新たな界面活性剤を設計、合成して、アルドール型反応をはじめ他の反応への展開を図っている。界面活性剤の設計にあたっては、親油性基と親CO2性基を同一分子内に持つ化合物として、1-アルキルオキシ-4-パーフルオロアルキルベンゼン類を設計、合成している。これを用いてアルドール反応を行い、パーフルオロアルキル基が適度の鎖長を有する1-ドデシルオキシ-4-ヘプタデカフルオロオクチルベンゼンが特に有効であることを見出している。scCO2/1-ドデシルオキシ-4-ヘプタデカフルオロオクチルベンゼン反応系は、観察実験によりPEGと同様にエマルジョンを形成していることも示している。本反応系はアルドール型反応において有効に作用し、PEG類を添加した場合よりも総じて高い収率で目的物が得られている。ルイス酸触媒であるSc(OTf)3および1-ドデシルオキシ-4-ヘプタデカフルオロオクチルベンゼンは、それぞれ反応後に容易に回収でき、再使用も可能であることも明らかにしている。また本反応系は、アルドール型反応だけでなく、Friedel-Crafts 反応においても有効であることを見いだしている。

 以上、本論文は、ルイス酸触媒について環境調和と反応の効率化を目指して様々な角度から検討を行い、Friedel-Crafts反応において優れた活性を有する新規触媒系を開発するとともに、scCO2中で新たな反応場を創製することにより高効率的ルイス酸触媒反応も達成している。したがって本論文は、有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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