学位論文要旨



No 216075
著者(漢字) 木方,俊宏
著者(英字)
著者(カナ) キホウ,トシヒロ
標題(和) 環状デプシペプチド"グロボマイシン"とその誘導体に関する研究
標題(洋)
報告番号 216075
報告番号 乙16075
学位授与日 2004.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16075号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 助教授 菊地,和也
内容要旨 要旨を表示する

グロボマイシン(1)は1978年、三共において Streotomyces halstediiなどの四種の異なる放線菌より単離された19員環環状デプシペプチドである(Figure 1)。1はグラム陰性菌に対する抗菌活性を有する化合物として発見され、後にシグナルペプチダーゼII(SPase II)(別名:リポタンパク シグナルペプチダーゼ)を特異的に阻害する新規な作用機序を有することが明らかになったことから、近年脚光を浴びている化合物である。1は側鎖の立体配置のみが非天然型である異常アミノ酸、L-allo-IleおよびL-allo-Thrを含む最初の天然物であり当時としては非常に珍しい化合物であった。また、上記以外にGly、L-Ser、N-Me-Leuおよびβ-ヒドロキシ-α-メチルノナン酸を含んでいることは知られていたが、脂肪鎖部分の連続する不斉中心およびN-Me-Leuのα位の立体配置は長い間不明であった。

 最近、-145°Cという低温下において1のX線結晶構造解析に初めて成功しFigure 1に示される絶対構造であることを明らかにした。その結果、脂肪鎖部分の連続する不斉中心の絶対立体配置は共にR配置であり、N-Me-Leuのα位の立体配置は天然型のS配置であることが判明した。さらに、GlyのアミドプロトンとL-allo-Ileのカルボニルの酸素原子との間に分子内水素結合の存在が示唆された(O-N 間の距離 2.8Å)。また、N-Meアミドを含むすべてのアミド結合はトランス配置を取っていることが明らかとなった。

 新しい作用機序を有する抗生物質を開発することは増加する薬剤耐性菌に対処するうえで必要不可欠である。そこで、より有効な阻害剤の探索を行うために1の誘導体展開を行う必要があると考え、種々の誘導体合成が可能なルートを開発することを目的として1の不斉全合成に着手した。

 Figure 2に示すように、1をヒドロキシカルボン酸部分(フラグメントA(2))、ジペプチド部分(フラグメントB(3))、トリペプチド部分(フラグメントC(4))の三つのフラグメントに分割し、コンバージェントな方法で合成を行った。

 最も問題となるマクロ環化は、マクロラクタム化(環化収率 45%)およびマクロラクトン化(環化収率 51%)の二種類の方法を検討し、いずれの方法においても1に導くことに成功した。合成した1の1H NMRおよび13C NMRスペクトルは天然品と完全に一致したことから、グロボマイシン(1)の最初の不斉全合成を達成した。

 1H NMR分析より、グロボマイシン(1)は溶液中において二種類のコンホメーションを取っていることが判明した(メジャー/マイナー:5.9/1 in CDCl3, 2.8/1 in CD3OD)。そこで、1H NMR分析(温度可変実験、溶媒効果、NOE相関など)および分子動力学(MD)計算を用いて溶液中における1のコンホメーションの推定を行った。得られた結果の一部をTable 1 に示す。CDCl3およびCD3ODのいずれの溶媒においてもメジャー体の構造はtrans-N-Meアミド体であり、MD計算により得られた構造のうち最安定構造であった。一方、マイナー体に関してはcis-N-Meアミド体であり、それぞれ+3kcal/mol(CDCl3)、+2.2kcal/mol(CD3OD)エネルギーが高く、シス/トランスの比率の定性的な傾向は実験結果と一致していた。また、温度可変実験から得られた水素結合の位置(L-allo-ThrのNH)もMD計算の結果と一致していた。なお、X線結晶構造はそれぞれ4.7kcal/mol(CDCl3)、5.9kcal/mol(CD3OD)不安定な構造であることがわかった。以上の結果から、溶液中における1の構造はX線結晶構造とは異なる構造であると考えられる。

 グロボマイシン(1)のさらなる活性の向上を目指し、全合成ルートを用いて誘導体展開を行い以下の構造活性相関を明らかにした(Figure 3)。アルキル側鎖部分の脂溶性が抗菌活性の向上に大きく寄与することが判明した。また、二つ存在する水酸基に関しては、どちらも活性に与える影響は大きく、特にL-Serの水酸基は活性発現に必須であることが明らかとなった。また、L-allo-Ileのメチル基の立体配置が活性に与える影響は少ないことが判明した。1と比較して環状のコンホメーションが大きく変化した誘導体および鎖状化合物の活性は消失したことから、抗菌活性は環状分子の構造に影響を受けやすく、1と類似のコンホメーションが活性発現に必要であることが判明した。

 活性が向上した誘導体に関してグラム陽性菌に対する抗菌活性を調べた結果、驚くことにMRSAを含むグラム陽性菌に対しても抗菌活性を示した。これまで1類縁体はグラム陰性菌に対してのみ抗菌活性を有すると思われていたが、今回初めてグラム陽性菌に対しても効力を有する誘導体が得られた。この結果はリポタンパクがグラム陰性菌のみだけではなくグラム陽性菌にとっても必須であり、シグナルペプチダーゼII阻害剤がすべての菌に対しても有効である可能性を秘めている。このような抗菌スペクトルを有する誘導体の発見は、今後新しいタイプの抗菌剤の開発に繋がると思われる。

まとめ

 X線結晶構造解析および不斉全合成により、グロボマイシン(1)の絶対立体配置の決定に成功した。また、NMR分析および分子動力学法より1の溶液中における構造を推定した。さらに種々の誘導体を合成し、1の構造活性相関を明らかにすると共に、グラム陽性菌にまで抗菌スペクトルが広がった誘導体を見出すことに成功した。

以上

Figure 1. Structure of globomycin (1)

Figure 2. Total synthesis of globomycin

Table 1. Conformation data of globomycin (1)

* : The conformation corresponds to the X-ray crystal structure.

** : Hydrogen bond is present by temperature-dependent 1H NMR analysis

Figure 3. Structure activity relationships on antibacterial activity

審査要旨 要旨を表示する

 グロボマイシン(1)は1978年、三共においてStreotomyces halstediiなどの四種の異なる放線菌より単離された19員環環状デプシペプチドである(Figure 1)。1はグラム陰性菌に対する抗菌活性を有する化合物として発見され、後にシグナルペプチダーゼII(SPaseII)(別名:リポタンパク シグナルペプチダーゼ)を特異的に阻害する新規な作用機序を有することが明らかになったことから、近年脚光を浴びている化合物である。1は側鎖の立体配置のみが非天然型である異常アミノ酸、L-allo-Ileおよび L-allo-Thrを含む最初の天然物であり当時としては非常に珍しい化合物であった。また、上記以外に Gly、L-Ser、N-Me-Leu およびβ-ヒドロキシ-a-メチルノナン酸を含んでいることは知られていたが、脂肪鎖部分の連続する不斉中心および N-Me-Leu の a 位の立体配置は長い間不明であった。

 最近、-145°Cという低温下において1のX線結晶構造解析に初めて成功しFigure 1 に示される絶対構造であることを明らかにした。その結果、脂肪鎖部分の連続する不斉中心の絶対立体配置は共にR配置であり、N-Me-Leuのa 位の立体配置は天然型のS配置であることが判明した。さらに、GlyのアミドプロトンとL-allo-Ileのカルボニルの酸素原子との間に分子内水素結合の存在が示唆された(O-N間の距離2.8Å)。また、N-Meアミドを含むすべてのアミド結合はトランス配置を取っていることが明らかとなった。

 新しい作用機序を有する抗生物質を開発することは増加する薬剤耐性菌に対処するうえで必要不可欠である。そこで、より有効な阻害剤の探索を行うために1の誘導体展開を行う必要があると考え、種々の誘導体合成が可能なルートを開発することを目的として 1 の不斉全合成に着手した。

 Figure 2 に示すように、1 をヒドロキシカルボン酸部分(フラグメントA(2))、ジペプチド部分(フラグメントB(3))、トリペプチド部分(フラグメントC(4))の三つのフラグメントに分割し、コンバージェントな方法で合成を行った。

 最も問題となるマクロ環化は、マクロラクタム化(環化収率 45%)およびマクロラクトン化(環化収率 51%)の二種類の方法を検討し、いずれの方法においても 1 に導くことに成功した。合成した 1 の 1H NMR および 13C NMR スペクトルは天然品と完全に一致したことから、グロボマイシン(1)の最初の不斉全合成を達成した。

 グロボマイシン(1)のさらなる活性の向上を目指し、全合成ルートを用いて誘導体展開を行い以下の構造活性相関を明らかにした(Figure 3)。アルキル側鎖部分の脂溶性が抗菌活性の向上に大きく寄与することが判明した。また、二つ存在する水酸基に関しては、どちらも活性に与える影響は大きく、特に L-Ser の水酸基は活性発現に必須であることが明らかとなった。また、L-allo-Ile のメチル基の立体配置が活性に与える影響は少ないことが判明した。1 と比較して環状のコンホメーションが大きく変化した誘導体および鎖状化合物の活性は消失したことから、抗菌活性は環状分子の構造に影響を受けやすく、1 と類似のコンホメーションが活性発現に必要であることが判明した。

 活性が向上した誘導体に関してグラム陽性菌に対する抗菌活性を調べた結果、驚くことに MRSA を含むグラム陽性菌に対しても抗菌活性を示した。これまで 1 類縁体はグラム陰性菌に対してのみ抗菌活性を有すると思われていたが、今回初めてグラム陽性菌に対しても効力を有する誘導体が得られた。この結果はリポタンパクがグラム陰性菌のみだけではなくグラム陽性菌にとっても必須であり、シグナルペプチダーゼII阻害剤がすべての菌に対しても有効である可能性を秘めている。このような抗菌スペクトルを有する誘導体の発見は、今後新しいタイプの抗菌剤の開発に繋がると思われる。

 以上の結果は、医薬化学研究に対して貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

Figure 1. Structure of globomycin (1)

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