学位論文要旨



No 216078
著者(漢字) ソムチャイ,バイモン
著者(英字) BAIMOUNG SOMCHAI
著者(カナ) ソムチャイ,バイモン
標題(和) RS/GIS 技法と作物生長モデルを用いたタイ・ナコンラチャシマにおけるトウモロコシ生産量推定
標題(洋) A STUDY ON ESTIMATION OF SWEET CORN PRODUCTION USING CROP GROWTH SIMULATION MODEL WITH SATELLITE REMOTE SENSING AND GEOGRAPHICAL INFORMATION SYSTEM TECHNIQUES,IN NAKHON RACHASIMA PROVINCE, THAILAND
報告番号 216078
報告番号 乙16078
学位授与日 2004.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16078号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 沖,大幹
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 楊,大文
内容要旨 要旨を表示する

 近年タイにおいては、急激な農地面積拡大に伴う生産量増加がその経済発展の礎となっている。しかし同時に、非持続的な農業手法により荒廃農地の増加も加速しており、国全体としての生産率低下を招いている。そのようなタイ農業の状況の一端を担う、タイ東北地方でのトウモロコシ栽培は、生長期間が短く二期作や三期作に適しているが、その栽培時期の決定は農民の習慣によるところが大きく、農業気象学的観点に基づいた生産量予測は、気象・土壌データ、衛星データ等の欠乏といった理由によりまだ行われていない。もしそれが可能になるならば、当該地方の計画的な農地利用に役立つだけではなく、国際市場への堅実な輸出政策にも影響を与える。

 本研究では、そのようなトウモロコシ栽培について、様々な空間スケールにおいて生産量を推定することを目的とする。まず、衛星リモートセンシング(SRS)と地理情報システム(GIS)を統合的に組み込んだ作物生長モデルによる、畑単位の妥当な生産量推定を行う。次に、それらの技法に衛星画像解析を加え、地域・地方スケールの可能生産量推定につなげる。最後に、グローバルスケールの生産量推定にまで発展させ、エルニーニョ・ラニーニャといった気候変動イベントと生産量との関係について考察を加える。

 著者はまず、畑単位における推定を行った。対象地域としてタイ東北部ナコンラチャシマ県パクチョン地方の国立トウモロコシ・ソルガム研究所(National Corn and Sorghum Research Center)の所有地を選んだ。その研究所で観測されている日単位降水量・日射量・最高気温・最低気温・風速・気圧といった気象要素、及び土壌水分量・土壌有効深さ・有機物存在量といった土壌要素を、栽培期間や作物種を指定した作物成長モデル「WOFOST(世界食料研究モデル)」に入力し、その出力を検証した。栽培地域はGISによってデジタル化され、トウモロコシ栽培に適しているかどうかを指標としてグループ化された。1999年から2000年にかけてのLandsat-Thematic Mapper(TM)データを用い、SRS分析により正規化植生指数(NDVI)を推定し、トウモロコシの生産量を分類した。モデルによる地上総生産量と、実際に収穫されたバイオマス乾燥重量を比較し、各成長段階におけるモデル出力の修正項を見出した。ここでいう各成長段階は、Landsat-TMの連続イメージからの線形回帰によって求められる積算NDVIから求められる。この2つの式により、実際の生産量と積算NDVIとの間に有意な相関があることが認められた。すなわち、畑単位において、成長途中段階の衛星画像によってトウモロコシ生産量が予測可能であることが示された。

 次に領域スケールでの推定を行った。ナコンラチャシマ県において、高解像度のLandsat-TM画像から、低解像度のNOAA-AVHRR画像の有効性を確認し、積算NDVIをAVHRR画像から求め、県全体の生産量を推定した。

 さらにグローバルスケールでは、NOAA-AVHRRの1992年から2000年までの10日間コンポジットを用い、積算NDVIの経年変化を求めた。特にエルニーニョ年、ラニーニャ年、それ以外の時のナコンラチャシマ県におけるトウモロコシ生産量を求めた。その検証にはナコンラチャシマ県の数地域(ダンクントッド・コンブリ・パクチョン・パクトンチャイ・ワンナムカウ)における1998-2001の生産量を使用した。その結果、衛星画像による積算NDVIから推定された生産量は、実際の気候変化に伴う生産量変化を妥当に再現していることを確認した。

 本研究の最後には、本手法を用いて生産量を推定する場合の留意点について言及している。すなわち、当該作物生長モデルの適用可能範囲、衛星画像のミクセル問題、相関の有意性、そして各気候イベントの期間設定についてである。上記のような諸問題を抱えながらも、本研究で提案した手法は、農地利用とその管理において十分利用可能であり、基本的な農業指標への適用も可能であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 コメに代わる換金作物として、タイに於いてはトウモロコシ栽培が注目されている。それは、生長期間が短く、二期作、三期作が可能であるからである。しかし、その収穫量は、年々の気候条件によって変化し、しかも、作付け時期によっても変動する。したがって、農業気象管理政策的には、何時頃植えたとうもろこしからどの程度の収穫量を期待できるのかをあらかじめ知ることが、輸出政策、あるいは生産調整、資源配分などの観点から極めて重要となっている。

 しかしながら、栽培時期の決定は農民の経験に基づいて定められていることが多く、また、広域に、どの程度作付けが行われているかを知ることは容易ではない。まして、数週間後に、その地域からどの程度の収穫が期待できるかを推定することは困難であった。

 本研究では、こうしたトウモロコシ栽培に関する実用的な収穫量予測を目指したものである。

 著者がとった研究戦略としては、まず、最終的に地域の総生産量を求めるためには面的にどのくらい作付けされているか、そして、それらの各耕作地からの収穫量がどの程度かを推定する必要があるため、衛星リモートセンシングから得られる情報を使わざるを得ない、ということであった。衛星リモートセンシングから得られる植生指標と、現地で実際に観測される収穫量との関係を見出した論文は過去にあったが、しかし、それは、頻繁な生長モニタリングが可能で、詳細な衛星リモートセンシングデータが頻繁に得られるという、極めて限られた条件下にしか適用ができない。

 そこで、筆者は、作物生長数値モデルを用いて、耕作地でのサンプリング調査による生長量、収穫量のデータと、衛星リモートセンシングから得られる指標とが時間的に必ずしもマッチングしないところを結びつける手法を考案した。

 すなわち、まず、タイ東北部ナコンラチャシマ県の試験地におけるトウモロコシの生長モニタリングデータに対し、日単位の降水量、日射量、最高・最低気温、風速、気圧といった気象要素や、土壌水分量、土壌有効深さ、有機物存在量などの土地の条件を考慮して栽培期間や作物種に応じて乾燥重量の増大具合、すなわち生長を推定するWOFOSTという作物生長数値モデルから得られるデータを対照し、モデル推定値を校正して、実際に観測される生長量への対応付けを行った。

 こうすることにより、5日に一度、と、限られている生長モニタリングと、必ずしも一致しない高解像度低頻度観測の地球観測衛星、LANDSAT衛星のThematic Mapperデータとを対応付けることが可能となった。ここでは、可視ならびに近赤外の2つのチャンネルにおける反射率から算定される正規化植生指標(NDVI)の積算値と、実観測によって校正された作物成長数値モデル出力値とが良く対応していることが示され、畑単位において、成長途中段階に関する衛星観測データに基づいて、トウモロコシ生産量の予測が可能であることが示された。

 さらに、この成果を広域に広げるにあたっては、データ入手可能性の制約条件から、低解像度ながら高頻度観測が可能なNOAA AVHRR画像の利用が検討された。本論文では、NOAA/AVHRRから算定される正規化植生指標と、LANDSAT/TMから算定される正規化植生指標とをマッチングさせ、線形変換により、両者を対応付けることが可能であることが示された。これにより、NOAA/AVHRRから算定される正規化植生指標の積算値をLANDSAT/TMの正規化植生指標の積算値相当に換算し、さらにその値から、とうもろこしの生長量に換算して、ナコンラチャシマ県全体のともろこし生長量を推定することが可能となった。

 さらに、実際に収穫量を予測するためには、収穫時期まで数値シミュレーションを延長する必要があるが、それにはWOFOSTで計算するために必要な気象条件の予測が不可欠である。ここで、本論文では、焦点としているタイ国に関しては、グローバルな気候変動のひとつのメジャーモードであるエルニーニョ南方振動(ENSO)の影響を非常に受けることに着目し、ENSOの予測に基づき、エルニーニョモード時、平常時、ラニーニャモード時、の3パターンそれぞれに関して、平均的な気象条件をあらかじめ求めておき、作物生長シミュレーションによる予測に利用することが提案された。広域に検証可能な地点数が十分には得られなかったものの、ここで提案された手法により、NOAA AVHRRに基づいた正規化植生指標の積算値に基づいてWOFOSTを援用しつつ推定した生産量は、実際の気候の変動に伴う生産量変化を妥当に再現していることが確認されている。

 これまで、地理情報システム、衛星リモートセンシングに作物生長数値モデルを組み合わせ、野外での観測データを参照しつつ実証的な利用可能性を示した研究は他になく、また、工学、農学、理学の知識を適切なバランスで融合させた本研究は当該分野の研究としては先導的であり、高く評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク