学位論文要旨



No 216184
著者(漢字) 原後,雄太
著者(英字)
著者(カナ) ハラゴ,ユウタ
標題(和) 森林管理を再考する : マネジメントキャピタル(管理資本)、マネジメントコモディティ(管理商品)、および資源管理モデル(RMM)の構築について
標題(洋) Forest Management Reexamined : Management Capital,Management Commodities and Development of a Resource Management Model
報告番号 216184
報告番号 乙16184
学位授与日 2005.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16184号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 井上,真
 東京大学 助教授 石橋,整司
 東京農工大学 助教授 土屋,俊幸
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、森林管理に関するこれまでのとらえ方を批判的に検討する視点から、一般的な天然資源管理モデル(RMM)を構築・提示しつつ、その概念的な適用を行いながら、フィリピンとブラジルにおける村落林業に関する導入事例を分析したものである。研究分野となる学問範疇は、森林政策・環境政策分野に属し、研究の分析手法としては、森林管理を中心とする資源管理にかかる法制度・政策分野の分析を中心に、人的資本論・ソーシャルキャピタル論、人間開発論・社会開発論、プロジェクト評価、農業収入分析などを用いた。

 さらに技術的な分析ツールとして、二つのキーとなる概念―マネジメントキャピタル(管理資本)とマネジメントコモディティ(管理商品)―を考案・提示した。これらの概念をもとに、一般的な天然資源管理モデルを構築した。資源管理モデルは、天然資源一般に適用可能であるが、おもに森林資源をめぐって議論した。本論文でいう森林とは、林地・立木地というよりも、まとまりある流域や生物圏によって区分され、管理対象となる特定の資源環境を想定している。したがって木本性の植生が支配的な被覆地域を念頭におきつつ、農地や牧草地となった代替的な土地利用地や河川や湖沼などの水系システムなどを含んでいる。

 資源管理モデル(RMM)の形成に至る背景には、天然資源の適切な管理は管理対象地域に存在する人的資源の人的資本の形成を通じてのみ可能となる、という根本的な認識がある。地域に存在する人的資源が、組織化された人的資本としてマネジメントキャピタル(管理資本)における中心的な構成要素となる。木材や非木材森林産物・鉱物資源・遺伝子資源などの利用可能な天然資源に恵まれた地域内に居住する住民は、それら資源の効率的な開発を通じて国民経済の発展を希求するシステムのもとでは、地域固有の資源管理の枢要な担い手となる人的資源であるとの認識が共有されることはなかった。

 人的資源としての地域住民は、コミュニティへの組織化と組織強化のプロセスを通じ、組織化された人的資本を形成する。ソーシャルキャピタルの醸成を包含する、この組織化された人的資本こそが、天然資源管理(NRM)に関係するさまざまな具体的な管理行為もしくは活動を可能とする、マネジメントキャピタル(管理資本)の基底をなす要素となる。

 まず第一章では、資源管理モデル(RMM)を構築・提示し、理論付けるとともに、フィリピンにおける村落林業の事例に関して、その適用を例示的に示し、持続可能な天然資源管理(NRM)にとって、マネジメントキャピタル(管理資本)の形成が必要である旨を分析した。第二章は、資源管理モデル(RMM)の適用とともに、持続可能な森林管理の達成に向けて地域住民が特定・希求するマネジメントコモディティ(管理商品)の例を提示した。

 マネジメントコモディティ(管理商品)とは、その判別・開発・市場化の過程を通じて、外部性のある公益的な財・サービス機能を市場システムに内部化し、特定の資源環境の持続可能な管理費用が消費者によって支払われるようになる、さまざまなコモディティ(商品)を指す。例えば、森林環境には伝統的なマネジメントコモディティ(管理商品)として木材製品がある。木材製品は、その市場価格が森林資源の持続可能な経営に必要な経済的・環境的コストを十分に組み込む限りにおいて、マネジメントコモディティ(管理商品)となる。

 本論文では、ブラジル・アマゾン地域におけるさまざまな事例を紹介しつつ、マネジメントコモディティ(管理商品)に関する考察を行った。そこでは、地域住民が経済的・生態的・社会的に持続可能な森林経営システムを導入するために、木材製品と非木材森林産物(NTFPs)の双方をマネジメントコモディティ(管理商品)として特定・導入していることがわかった。ある地域では、伝統的なマネジメントコモディティ(管理商品)と考えられてきた木材は、次第に非木材森林産物(NTFPs)によって代替されつつある。

 また、別の地域では、これまでのラテックス(Hevea brasiliensis)やブラジルナッツ(Bertholletia excelsa)などの伝統的な非木材森林産物(NTFPs)に代わって、次第に木材が代替的なマネジメントコモディティ(管理商品)として導入されつつある。さらに、木材を中心とする伝統的な採取林業は、アグロフォレストリー・プランテーションによる採取業によって代替され、パラ州・トメアス郡による日系農民にみられるように、さまざまな果樹作物がマネジメントコモディティ(管理商品)として導入されている。そうした議論の前提として、まず第二章では、ブラジル・アマゾン地域に焦点をあて、ブラジルにおける森林管理システムに関する法制度や森林政策の概要のレビュー・分析を行った。

 続く第三章では、アマゾン地域において住民主体の森林管理システムを導入するにあたって、主要なアクターとなる地域住民の類型化と、それぞれの地域住民について森林管理システムの導入の必要性に関する制度・政策のレビュー・分析を行った。アマゾン地域の地域住民は、1)先住民、2)河川沿岸住民3)採取住民、4)入植農民の4タイプの区分される。先住民や採取住民のような伝統的な森林住民のほか、森林法で定める法定保留林の指定・保全を義務付けられる入植農民についても、森林管理のアクターとして位置付けることが可能である。

 入植農民は、第六章と第七章におけるケーススタディで示したように、生態的・経済的に持続可能な土地利用を模索するなかで、多様な樹木作物を栽培する生計戦略を立ててきている。果樹栽培を基礎とする樹木作物のプランテーションで被覆された土地は、人工林の造成と類似しており、その管理は人工林管理と似通っている。アマゾン地域におけるそうした土地利用の態様からみても、入植農民は森林の管理者として位置付けられる。こうした地域住民の類型化にもとづき、それぞれの地域住民に関して、森林管理にかかる現行の法規制・政策を解釈しながら、森林管理システムの導入に関する意義と可能性について分析した。

 第三章以降は、上記の四類型の地域住民のうち、1)河川沿岸住民、2)採取住民、および3)入植農民の三類型について、土地利用に関する現状分析を行いつつ、森林管理システムの導入に関する事例を分析した。アマゾン地域における伝統的な商業伐採システムにおいては、河川沿岸住民は木材供給業者に対する重要な原木収穫者となっている。管理を伴わない採取林業として実践されてきた商業伐採は、急速に銘木樹種の木材資源ストックを枯渇に導いてきた。河川沿岸住民にとっては、アサイヤシなどの果実や水産物などと並び、木材は重要な生計手段であり、森林資源が保全されて木材が保続収穫のもとにおかれることは、きわめて重大な関心事である。この意味で、河川沿岸住民が社会組織化を通じた森林管理によって、木材をマネジメントコモディティ(管理商品)化するシステムの導入事例に関する現状分析と資源管理モデル(RMM)にもとづく解釈を行った。

 まず第三章では、潜在的なマネジメントコモディティ(管理商品)である木材を考える前提として、アマゾン地域を舞台に河川沿岸住民が木材収穫人となって実践されてきた伝統的な商業伐採システムについて概観した。続いて第4章では、パラ州・グルパ郡における河川沿岸住民による森林管理システムの導入事例についてレビューした。第5章では、アクレ州・ポルトジアス郡の採取保護林(PAE)を対象として、アマゾン地域における典型的な採取住民であるゴム採取人による森林管理システムの導入事例を概観・分析した。そこでは、ラテックスやブラジルナッツなどの伝統的な非木材森林産物(NTFPs)の採取業から脱却し、持続可能な森林経営を達成する目的で、経済的に魅力的なマネジメントコモディティ(管理商品)である木材の保続収穫システムを導入しようとする事例として解釈し、レビュー・分析を行った。

 第六章と第七章では、アマゾン地域の入植農民による新しい土地利用システムの導入状況を取り上げた。第六章では、パラ州・マラバ郡におけるアマゾン地域の典型的な入植農民による土地利用システムの変遷事例を取り上げ、小規模な入植農民世帯が、牧場造成による土地利用戦略を徐々に放棄し、永年性の樹木作物の栽培を中心とする土地利用戦略に転換していく土地利用の適応過程を分析した。すなわち、小規模な入植農民にとって、牧場経営ではなく永年性の樹木作物こそが、持続可能な経済システムを実現する有力なマネジメントコモディティ(管理商品)となる旨の認識を基礎とした土地利用システムの変遷・適応の過程を実証的・モデル的に提示・分析した。

 さらに、焼畑耕作システム、アグロフォレストリーシステム、大小規模の牧草地システム、近代的な慣行農業システムに類型化される土地利用システムについて、資本と土地の集約度を比較しながら、自律的・他律的な土地利用モデルとして類型化しつつ、アマゾン地域の入植農民が導入しつつある土地利用システムの持続可能性について分析を行った。

 続く第七章では、パラ州・トメアス郡における日系移住農民によるアグロフォレストリーシステムの導入過程と現状の概観・分析を通じ、人工的な森林造成と管理システムの導入に関する先駆的な事例を取り上げた。アマゾン地域に入植した日系農民は、森林農業と地元で呼ばれるアグロフォレストリーシステムを開発し、多様な永年作物と商業樹種の混作を通じて生態的に適合的で経済的な生産性の高い土地利用システムを構築しているが、そうした土地利用システムの変遷に関し、資源管理モデル(RMM)を通じた概念的な解釈を行った。

 最終章では、第四章から第七章において取り上げた地域住民の土地利用と森林管理システムの導入に関する事例に関して、土地の保有制度・土地利用・収入分析の観点から相互に比較分析するとともに、ヘクタール当り生産性と限界生産性を算定して比較・分析した。さらに、資源管理モデル(RMM)の形成・発展に関する今後の研究課題の提示を行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、森林管理に関するこれまでのとらえ方を批判的に検討し、天然資源管理モデル(RMM)を構築・提示し、それを用いてフィリピンとブラジルにおける村落林業の事例を分析したものである。研究分野となる学問範疇は、森林政策・環境政策分野に属し、分析手法としては、森林管理を中心とする資源管理にかかる法制度・政策分野の分析を中心に、人的資本論・ソーシャルキャピタル論、人間開発論・社会開発論、プロジェクト評価、農業収入分析などを用いている。

 まず第一章では、資源管理モデルを構築・提示し、理論付けるとともに、フィリピンにおける村落林業の事例に関して、その適用を例示的に示し、持続可能な天然資源管理(NRM)にとって、マネジメントキャピタル(管理資本)の形成が必要である旨を分析した。人的資源としての地域住民は、コミュニティへの組織化と組織強化のプロセスを通じ、組織化された人的資本を形成する。ソーシャルキャピタルの醸成を包含する、この組織化された人的資本こそが、天然資源管理に関係するさまざまな具体的な管理行為もしくは活動を可能とする、マネジメントキャピタルの基底をなすのである。

 次に第二章では、ブラジル・アマゾン地域に焦点をあて、ブラジルの森林管理システムに関する法制度や森林政策の概要のレビュー・分析を行った。その中でマネジメントコモディティ(管理商品)に関する考察を行った。マネジメントコモディティとは、その判別・開発・市場化の過程を通じて、外部性のある公益的な財・サービス機能を市場システムに内部化し、特定の資源環境の持続可能な管理費用が消費者によって支払われるようになる、さまざまなコモディティ(商品)を指す。木材製品は、その市場価格が森林資源の持続可能な経営に必要な経済的・環境的コストを十分に組み込む限りにおいて、マネジメントコモディティとなる。また場合によっては非木材林産物がマネジメントコモディティとなっている。

 続く第三章では、アマゾン地域において住民主体の森林管理システムを導入するにあたって、主要なアクターとなる地域住民の類型化と、それぞれの地域住民について森林管理システムの導入の必要性に関する制度・政策のレビュー・分析を行った。アマゾン地域の地域住民は、1)先住民、2)河川沿岸住民3)採取住民、4)入植農民の4タイプの区分される。先住民や採取住民のような伝統的な森林住民のほか、森林法で定める法定保留林の指定・保全を義務付けられる入植農民についても、森林管理のアクターとして位置付けることが可能である。

 まず第三章では、潜在的なマネジメントコモディティである木材を考える前提として、アマゾン地域を舞台に河川沿岸住民が木材収穫人となって実践されてきた伝統的な商業伐採システムについて概観した。続いて第四章では、パラ州・グルパ郡における河川沿岸住民による森林管理システムの導入事例についてレビューした。第五章では、アクレ州・ポルトジアス郡の採取保護林(PAE)を対象として、アマゾン地域における典型的な採取住民であるゴム採取人による森林管理システムの導入事例を概観・分析した。ラテックスやブラジルナッツなどの伝統的な非木材森林産物(NTFPs)の採取業から脱却し、持続可能な森林経営を達成する目的で、経済的に魅力的なマネジメントコモディティである木材の保続収穫システムを導入しようとする事例として解釈し、レビュー・分析を行った。

 第六章では、パラ州・マラバ郡におけるアマゾン地域の典型的な入植農民による土地利用システムの変遷事例を取り上げ、小規模な入植農民世帯が、牧場造成による土地利用戦略を徐々に放棄し、永年性の樹木作物の栽培を中心とする土地利用戦略に転換していく土地利用の適応過程を分析、永年性の樹木作物が、持続可能な経済システムを実現する有力なマネジメントコモディティとなり得ることを示した。

 続く第七章では、パラ州・トメアス郡における日系移住農民によるアグロフォレストリーシステムの導入過程と現状の概観・分析を通じ、人工的な森林造成と管理システムの導入に関する先駆的な事例を取り上げ、資源管理モデルを通じた概念的な解釈を行った。

 最終章では、第四章から第七章において取り上げた地域住民の土地利用と森林管理システムの導入に関する事例に関して、資源管理モデルの適応可能性を総合的に評価すると共に、今後の研究課題の提示を行った。

 以上、要するに本研究は、フィリピンとブラジルにおける村落林業にの事例を分析し、マネジメントキャピタルとマネジメントコモディティ−を構成要素とする資源管理モデルを構築・提示し、持続的な森林管理の道筋を示したものであり、学術上応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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