学位論文要旨



No 216276
著者(漢字) 中村,信男
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ノブオ
標題(和) 固体撮像素子の高画質化回路技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 216276
報告番号 乙16276
学位授与日 2005.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16276号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 池田,誠
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

シリコン半導体上に形成される光電変換素子を持った固体撮像素子は、 High Definition(HD) TV用途、カムコーダー(Camcoder)用途、デジタルスチルカメラ(DSC)用途、携帯電話やPDAなどのモバイル用途、PCカメラ、監視カメラ、車載等の入出力デバイスとして使用されている。特に、 DSCと携帯電話へのアプリケーションにより、 CCD(Charge Coupled Devices)イメージセンサと(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)イメージセンサは、画素数が200万画素から1200万画素の多画素化へ、画素サイズはいっきに2.0μmへ、技術開発が進んでいる。

固体撮像素子のSN比、ダイナミックレンジ、感度、飽和信号電荷量、の基本撮像特性は、画素サイズが5.0μm口に微細化されると大きく低下してくる。特に、SN比とダイナミックレンジは固体撮像素子のもっとも重要な特性である。 SN比は、入力信号量とノイズの比で定義される。画素サイズが小さくなればフォトダイオード(蓄積機能を持つので蓄積ダイオードともいう)に蓄積できる信号電荷量が減少するので、ノイズ量を削減しなければ固体撮像素子の高画質化を維持できない。第2のダイナミックレンジは、 1つのシーンの中で、明るい領域から暗い領域までを同一画面上に撮像できるかを数値化したもの、である。CCDイメージセンサ単独のダイナミックレンジは60-70dB程度であり、部屋の中と窓の外を同一の場面に撮影できるダイナミックレンジをもっていない。このように、固体撮像素子のノイズ量を低減することと、ダイナミックレンジを拡大することは、固体撮像素子の重要な研究開発テーマである。

我々は、主要な2種類の固体撮像素子について、新規デバイス技術、と、新規回路技術、を開発した。 2種類の固体撮像素子は、 CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサ、と、 CMOSイメージセンサ、である。

本論文の技術は、 CCDイメージセンサとCMOSイメージセンサで独立に開発した技術であるが、技術上の垣根はなく、いくつかの技術は相互に展開することが可能である。

我々は、画素サイズ5.Oμm X 5.2μm画素のハイビジョン用途の積層形2/3インチ200万画素CCDイメージセンサを開発した。積層形CCDは光電変換部と電荷蓄積部が2階建て構造になっているため、100%の開口率と、アモルファスシリコン材料の特徴である高い量子効率、の両方の特徴により、高感度、を実現している。しかしながら、積層形CCDは電荷蓄積部でkTCノイズと呼ばれるランダムノイズが発生する。このkTCノイズを抑圧しなければ、固体撮像素子のSN比を改資することができない。まず最初に、HDTV用途に開発した2/3インチ200万画素積層形CCDイメージセンサで発生するkTC ノイズを理論的に解析した。その結果、 kTCノイズは、蓄積ダイオード部に残留する電子の熱的分布(フェルミ・ディラック分布)により発生するメカニズム、であることがわかった。その結果、蓄積ダイオードのハードリセット時のkTC雑音は√ (kTC) [個rms]となり、ソフトリセット時のkTC雑音は√(kTC/2)[個rms]となることを証明した。さらに、√ (kTC)と言われてきたkTCノイズが、実は読み出し方法の違いにより(1/√2)に小さくできることを理論と実験の両方から証明した。この理論的考察を本CCDイメージセンサの読み出し方式に適用することにより、 kTCノイズを(1/√2)にする新しい「ソフトリセット駆動方式」、を開発することができた。

次に、暗電流を削減するデバイス技術を開発した。蓄積ダイオードは1/ 60秒信号電荷を蓄積するため、暗電流が蓄積ダイオードで発生すると信号電荷と混合し画像を劣化させる。つまり、蓄積ダイオード自身の雑音を抑圧するためには、暗電流を削減しなければならない。このために開発した第1の技術は、蓄積期間中に蓄積ダイオードのSi/SiO2界面をホール(正孔)によって埋める、 「暗電流抑圧技術」 、である。信号蓄積期間中に、転送電極に印加する電圧を負電圧に固定し、その負電圧を最適化することによって暗電流の発生を削減した。さらに、蓄積ダイオード領域とチャネルストップ領域の分離距離を最適化するレイアウト構造と、 PN接合のドーズ量の最適化により、蓄積ダイオードの空乏層の伸びを抑え、空乏層で発生する暗電流を削減したデバイス技術の開発である。上記の駆動技術とデバイス技術の同時開発により、暗電流起因の固定パターン雑音を、従来の45電子p-pから10電子p-pへ削減することができた。この結果、レンズ絞りF8、光量2000ルクス(光源の色温度: 320OK)において、 5.0/μm画素では世界最高水準のSN比54dBを達成することができた。

第3の技術は、 CCDイメージセンサのダイナミックレンジを拡大する、 「スーパーダイナミックレンジ(SDR)技術」を開発したことである。この技術は、従来提案されていた技術を大幅に改善し、高画質の画像を実現した点に特徴がある。同一ゲートを用いて排出動作と読み出し動作を行う新規技術を開発することによって、knee点の画素ごとのばらつきを1mV以下に抑圧することができた。従来は3シグマで20mVのknee点ばらつきが発生し実用化できなかったが、本技術開発によりKnee点ばらつきを1mV以下に抑圧できたことで、カメラのAWBの実用化の目処が立った。さらに、 3板式カメラに適用した場合のknee点の温度管理を1 %以内で合わせ込むことができた。これは、 3板式カメラとして使用しても問題がないことを示している。この結果、従来は、70dB程度だったダイナミックレンジを100dB以上にすることができた。この値は、ハイビジョン用CCDイメージセンサのダイナミックレンジとしては世界最高性能である。

第4の技術は、蓄積ダイオードで発生するkTCノイズを抑圧する、 「フィードバックセル技術」、であるkTCノイズはその名称のとおり、蓄積ダイオード容量Cの√に比例したランダム雑音を発生する。本技術は、読出し時のみ蓄積ダイオードの容量を実質的に小さくするフィードバックセルを、デバイス構造で実現した。この結果、蓄積ダイオードの容量は大きいままでkTCノイズを削減することができた。その原理は、第1の蓄積ダイオード(容量C1)とCCDチャネルの間に、容量の小さな第2の蓄積ダイオ一ド(容量C2、 C2 < C1の関係)を配置すること、である。このフィードバックセル技術によって、第1の蓄積ダイオードの飽和信号量を一定に保ったままで、 kTCノイズを42雑音電子から18雑音電子へ抑圧することが実現した。

第5に、 CMOSイメージセンサの高感度化に関して、3種類の回路技術を開発した。これらの技術を1/2形130万画素CMOSイメージセンサ、1/4形33万画素CMOSイメージセンサに採用した。特に、1/4形CMOSイメージセンサはDSC用途として量産化に成功した。第1の技術は、画素の増幅トランジスタのしきい値ばらつきを補正する、 「スキミング形新規ノイズキャンセル回路」 、を開発し、各カラムに配置したことである。この結果、 1σで30mVp-pあった固定パターン堆音を、0.1mVp-p以下に抑圧することができた。また、このノイズキャンセル回路の駆動方法の最適化によって、相関二重サンプリング効果とLPF(Low Pass Filter)効果を十分にもたせ、画素のソースフォロア回路で発生する1/f雑音(低周波領域)と熱雑音を抑圧した。その結果、画素のソースフォロア回路の雑音を109μVrmsに出来た。第3の技術は、カラムの信号電圧を増幅する、「フィードバッククランプ方式出力アンプ」 、の開発である。この低雑音化アンプにより、12MHzのデータレ一ト(周波数帯域は60MHz)で54μVrmsと、非常に小さな雑音レベルを達成することができた。これらの成果は、当社で初めて製品化したCMOSイメージセンサ搭載のデジタルスチルカメラに採用された。

2種類の代表的な固体撮像素子である、CCDイメージセンサとCMOSイメージセンサにおいて、固体撮像素子の低雑音化と広ダイナミックレンジ化を実現する、デバイス技術とアナログ回路技術を開発・実用化した。上記技術のいくつかは実際の製品に展開中であり、熱雑音を抑圧する技術として特に重要な役割を果たしている。

本論分では、 kTCノイズの抑圧によるSN比の改善、ダイナミックレンジの拡大に開発の焦点を絞った。その理由は、画素サイズが微細化したときに、もっとも特性を上げることを期待される項目だからである。CCDイメージセンサでは、高画質化を実現するデバイス技術を開発したCMOSイメージセンサでは、高画質化を実現するアナログ回路技術を開発した。独立した技術であるが、 CCDイメージセンサとCMOSイメージセンサの相互に技術展開できるものであり技術上の差はない。これらの高画化技術は、画素サイズが微細化してくると、特に重要になる技術である。将来的に、画素サイズは2.0μm以下まで進むことが予想される。本論分の技術が今後の微細化画素開発に貢献できると期待する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「固体撮像素子の高画質化回路技術に関する研究」と題し,第7章からなる.デジタルカメラ,カムコーダ,産業応用カメラなどの撮像デバイスとして,固体撮像素子は広く用いられており,CCDセンサ,さらにはCMOSセンサとして技術開発が行われ,多画素化・微細化が進められている.固体撮像素子の最も重要な撮像特性は,SN比とダイナミックレンジであり,それらを高くすることが画質を高くする上で必須である.本論文では,CCD型とCMOS型の固体撮像素子に対して,ノイズの低減,ダイナミックレンジの拡大を行うデバイス回路技術について論じている.

第1章は,「序論」であり,本論文の背景,および論文の構成について述べている。

第2章は,「固体撮像素子の高画質化技術」と題して,撮像素子のこれまでの技術的,産業的動向に触れた後に,固体撮像素子の画質を左右する重要な特性であるノイズ,ダイナミックレンジについて論じ,CCDセンサ,CMOSセンサそれぞれにおいての高画質化の課題についてまとめている.

第3章は,「積層形CCD固体撮像素子のランダム雑音解析」と題する.積層形CCDセンサの不完全転送形フォトダイオードの読み出し時に発生するランダム雑音の理論的な解析を行った.ランダム雑音の信号電圧依存性を見出し,小信号リセット動作(ソフトリセット)と呼ぶランダム雑音を抑圧できる駆動技術を開発し有効性を検証した.なお,ソフトリセットは,積層形CCDセンサのみならず,CMOSセンサにおいても利用されている.

第4章は,「低雑音化積層形CCD構造の開発」と題する.まず,不完全転送フォトダイオードの固定パターン雑音の要因について論じ,空乏層と界面順位に起因する暗電流を低減するデバイス構造を開発し,固定パターン雑音を従来の45電子p-pから10電子p-pへの低減を実現した.さらに,不完全フォトダイオードのランダム雑音の一層の低減のために,フィードバックセル技術を考案し,読み出し時のみフォトダイオードの容量を実質的に小さくすることで,信号飽和量を維持したままで,ランダム雑音を理論式どおりに削減する手法を開発した.

第5章は,「積層形CCD固体撮像素子のダイナミックレンジ拡大」と題し,スーパーダイナミックレンジ拡大技術について論じている.1画素に対して2度の読み出しを行うことで高輝度領域へのダイナミックレンジを大きく拡大する.その際,同一ゲートを用いて排出動作と読み出し動作を行う新規技術を開発することで,光電変換特性の画素ごとのばらつきを1mV以下に抑圧することができ,高画質で100dB以上のダイナミックレンジをうることができた.なお,3章から5章において論じた技術は,HDTV用のCCDセンサに用いられ実用化された.

第6章は,「CMOS形固体撮像素子の高画質化」と題する.CMOSセンサの高感度化のために,暗電流の削減,アナログ回路系の雑音の抑圧が必要であり,そのための3つの回路技術について論じている.まず,固定パターン雑音を低減するために,画素ごとの増幅トランジスタの閾値ばらつきを補正する新しいスキミング形ノイズキャンセル回路を開発した.次に,このノイズキャンセル回路の駆動を工夫することにより,相関2重サンプリング効果と低域フィルタ効果を十分にもたせ,画素のソースフォロワ回路での雑音を低減した.さらに,カラムの信号電圧を増幅するフィードバッククランプ方式の出力アンプを開発し,アナログ回路での雑音を抑えている.これらの技術は,CMOSイメージセンサ搭載の世界初のデジタルカメラとして実用化された.

第7章は,「結論」であり,本論文の成果をまとめている.

第8章は,「展望」であり,CCD及びCMOSセンサの今後の開発展望についてまとめている.

以上これを要するに,本論文では,微細化が進む固体撮像素子の高画質化を実現するために,雑音の解析を行い,新しいアナログ回路技術,デバイス技術を考案・開発したものであり,電子工学上の貢献は少なくない.よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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