学位論文要旨



No 216317
著者(漢字) 井原,尚也
著者(英字)
著者(カナ) イハラ,ナオヤ
標題(和) ウシ高密度連鎖地図の作製と和牛における遺伝性疾患の連鎖解析
標題(洋) Development of a high-density bovine genetic map and linkage studies on hereditary diseases in Japanese Black cattle
報告番号 216317
報告番号 乙16317
学位授与日 2005.09.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16317号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 酒井,仙吉
 岡山大学 教授 国枝,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

高品質な畜産物の供給には、育種選抜による経済形質の優れた個体の作出と遺伝的不良形質の制御が課題となる。従来の表現型値に基づいた個体選抜に比べ、分子生物学的手法に基づくマーカーアシスト選抜(MAS)は、経済形質や遺伝的不良形質の責任遺伝子や原因遺伝子、それらの遺伝子に連鎖した分子マーカーを同定し、それらを指標として個体選抜を行うため、選抜精度と遺伝的改良の加速が大いに期待されている.ウシでは、優れた個体を作出するために特定の個体が限られた集団内で交配に多用され、遺伝的不良形質の発生がしばしば深刻となっているが、分子生物学的手法による原因遺伝子の同定により、既にいくつかの遺伝性疾患例でMASを用いた早期診断が行われている.しかし、経済形質など一部の形質については、未だそれらの責任遺伝子を対象としたMASはほとんど行われていないのが現状である。その背景には、環境や複数の遺伝子の寄与という量的形質(QTL)本来の複雑な特性に加え、現在のウシゲノム地図情報の乏しさが根底にあり、精度の高い遺伝子マッピングや、比較地図を利用した候補遺伝子の同定に限界があるからである.これを解消するためには、遺伝子のマッピングに必要なゲノム地図の整備、詳細化が極めて重要となる.特に生物種間の比較ゲノム情報を付加できる物理地図の開発は急務であるが、何よりも連鎖地図上のマーカーの高密度化が優先すべき課題である.なぜなら連鎖地図上に正確に配置された高密度なマーカーの順序が物理地図の基本骨格となるからである.そこで本研究では、肉質などの経済形質や遺伝的不良形質の責任遺伝子同定に必須であるウシ高密度連鎖地図を作製し、それを用いた遺伝性疾患(盲目症とキサンチン尿症)の解析を行った.

第一章では、ウシゲノムDNAマイクロサテライト(MS)濃縮ライブラリーから採取した57,600クローンに対し、コロニーハイブリダイゼーションにより5,750個の(AC/GT)。含有 MS を単離した。繰り返し数 n ≧ 9 の条件でプライマーを設計した2,382個に対し、1,969個において適切なPCR産物を得た.それらの多型度を米国農務省肉畜センター(USDA MARC)ウシマッピング家系の親28頭で調べたところ1,750個が多型を示した.多型を示したMSの平均のヘテロ接合率は0.51、平均のアレル数は6であり、遺伝形質のマッピングに有用な多型性に富んだマーカーになり得るが判明した.

第二章では、特定の遺伝子近傍からのMSマーカーの開発を試みた.仮に肉質QTL解析によりマップされた染色体領域内にこれらの特定遺伝子マーカーが存在すれば、これらの遺伝子が肉質QTLの有力な候補遺伝子となり得るため、この手法も連鎖地図を充実させる上で重要な役割を果たすと考えた.CEBPA(CCAAT/enhancer-binding.protein α)、PPARG(peroxisome proliferator-activated receptor γ)、CEBPD(CCAAT/enhancer-binding protein α)遺伝子を解析対象とした.これら3つの遺伝子はウシにおいて未だマッピングされておらず、これらの遺伝子産物は、マウスにおいて脂肪細胞分化時に重要な役割を果たす転写因子として知られているため肉質への影響が想定された.まず、既報告のcDNA配列を基にこれらの遺伝子を含有するBACあるいはYACクローンをスクリーニングし、FISH(fluorescence in situ hybridization)による物理的マッピングを行った.また、それらのクローンから単離したMS、DIK114(CEBPA)、DIK115(PPARG)、DIK121(CEBPD)の連鎖マッピングを行った.これら二法によるマッピング結果は一致し、ウシCEBPA、PPARG、CEBPD 遺伝子はそれぞれ BTA18q24(ウシ18番染色体)、BTA22q24、BTA14q15-17の座位に存在することが判明した.近年、複数の研究グループが肉質に関わるQTLをCEBPD近傍のマーカー周辺で検出しており、また、和牛においても、鹿児島県と動物遺伝研究所が14番染色体に複数の産肉形質のQTLを同定していることから、本研究で着目したCEBPDが興味深い候補遺伝子となり、DIK114がMASの有益なマーカーとなる可能性が期待される.

第三章では、1997年以来ウシゲノム地図の標準であるUSDAの連鎖地図(Kappes etal.1997)をより高密度化することを意図し、第一章で単離したMS1,750個と、第二章のMSなど染色体特定領域から単離したMS196個を連鎖地図上にマップした.さらに、既報告のMSであるがUSDAの連鎖地図上には未だマップされていない424個も加え、計2,370個のマッピングを行った.その結果2,293個が正確にマップされ、新しい連鎖地図は、性平均総ゲノム長3160 cM、3,802個のMSを含む3,960個のマーカーで構成されるものとなった.平均のマーカー間隔は1.4cMとなり、1997年の地図上に多数存在していた10cMを越えるギャップは消失した.全ゲノム長の51%が2cM未満の間隔で、91%が5cM未満の間隔でカバーされ、遺伝形質の正確なマッピング、および詳細な物理地図の作製に十分耐えうる非常に高密度なウシ連鎖地図が作製できた.

第四章では、ウシにおけるMASを用いた遺伝的不良形質の制御システムの開発を意図し、遺伝形質のマッピングに必要不可欠である連鎖地図を用いた連鎖解析を行った.解析対象となった遺伝性疾患は、特定の黒毛和種集団で発症が確認された盲目症、およびキサンチン尿症の二疾患である.盲目症の解析では、常染色体劣性発症様式を確証するために、共通祖先を有する16頭の発症固体サンプルが集められた.7頭の父方半きょうだい発症個体家系に対し、常染色体上において父が多型を示すマーカー180個(平均16cM間隔)が型判定された.連鎖解析プログラムはGENEHUNTERを用いた.その結果、劣性遺伝様式としてBTA5(ウシ5番染色体)に疾病との連鎖が認められ、この座位をbod1(bovine ocular disorder1)と命名した.追加マーカーにより詳細なハプロタイプを調べると、3頭はヘテロ接合体であることがわかった.そこでこの3頭に対し全常染色体の連鎖解析を行った結果、BTA18に疾病と連鎖する領域が認められ、これをbod2と命名した.集められた発症個体16頭においてbod1およびbod2領域を詳細に調べると、12頭がbod1のホモ接合体、3頭がbod2のホモ接合体、1頭がbod1およびbod2のホモ接合体であることが判明した.疾病と連鎖するそれぞれの染色体領域は、bod1がDIK5237-DIK5210の25cM(Zmax = 17.0、LODmax = ll.8)に、bod2がDIK5411-INRAO38の7cM(Zmax = 13.0、LODmax = 4.0)に限定された.以上の結果から、本疾患が本質的に臨床診断では識別不能な遺伝的異質性であることが連鎖解析により明らかとなった.キサンチン尿症の解析では、発症様式や経歴などから常染色体劣性遺伝様式が示唆され、共通祖先を有する21頭の発症個体サンプルが集められた.これら発症個体の連鎖解析では、本疾病とBTA24が有意に連鎖した.ヒトにおいて本疾患は、キサンチン脱水素酵素(XDH)、アルデヒド酸化酵素(AO)、イオウ酸化酵素(SO)活性の有無により、3つのタイプに分類されている.XDH活性のみが欠損するI型、XDHおよびAOが欠損するII型、すべての酵素が欠損するモリブデン補酵素欠損症である.そこで、これらの酵素活性を患畜で調べると、XDH、およびAO活性の欠損が認められ、II型であることが示唆された.一方、モリブドブテリン補酵素硫化酵素(MoCo sulfurase)の欠損が原因のDrosophila ma-l変異はII型同様、XDHおよびAO活性を欠くことから、ウシMoCosulfurase gene (MCSU)がII型の機能的候補遺伝子と考え、ウシorthologueの単離を試みた.Finnerty教授(Emory 大学)から提供を受けたMa-1アミノ酸配列を基にデータベース検索(tblastn)を行いホモロジーの高いマウスEST断片を得た.それをもとに設計したプライマーにより得られたウシYACクローンの物理的マッピングが、連鎖解析の結果とBTA24q13.1-13.3座位で一致したことからMCSUを原因遺伝子と想定し、発症牛と健常牛のcDNA配列を同定し、比較を行った.その結果、すべての発症牛において257番目のチロシン残基の欠失変異が確認され、この変異を指標とした効率的な遺伝子診断が可能となった.

以上、本研究で開発されたウシ高密度連鎖地図は、遺伝形質の高精度マッピング、さらに種々の詳細な物理地図の作製、および近年着手されたウシゲノムシークエンス解読に大きく貢献するものである.これにより、経済形質や遺伝性疾患の責任遺伝子や原因遺伝子の同定が加速され、高い選抜精度を与えるMASの導入の結果として、高品質な畜産物をより効率的に生産することが可能になると期待される.

審査要旨 要旨を表示する

家畜の改良には,経済形質の優れた個体の作出と遺伝的不良形質の制御が課題である. 分子生物学的手法に基づくマーカーアシスト選抜(MAS)は,従来の表現型値に基づいた個体選抜に比べ,選抜精度と遺伝的改良の加速が期待されている. ウシでは,特定の種雄牛が限られた集団内の交配に多用されるため,しばしば,遺伝的不良形質が発生する. しかし,責任遺伝子を対象としたMASはほとんど行われていない. その理由は, 量的形質(QTL)には環境や複数の遺伝子が関与し,また,現在ウシゲノム地図情報が乏しいためである. そこで本研究では,肉質などの経済形質や遺伝的不良形質の責任遺伝子同定に必須であるウシ高密度連鎖地図を作製し,それを用いて遺伝性疾患である盲目症とキサンチン尿症の解析を行った.

第一章では,ウシゲノムDNAマイクロサテライト(MS)濃縮ライブラリーから採取した57,600クローンに対し, 5,750個の(AC/GT)n含有MSを単離した. 多型度を米国農務省肉畜センター(USDA)ウシマッピング家系の親28頭で調べたところ,1,750個が多型を示した. MSの平均のヘテロ接合率は0.51,平均のアレル数は6であり,遺伝形質のマッピングに有用な多型性に富んだマーカーになり得ることを明らかにした.

第二章では,特定の遺伝子近傍からのMSマーカーの開発を試みた. 肉質QTLの有力な候補遺伝子と想定されるCEBPA(CCAAT/enhancer-binding protein α),PPARG(peroxisome proliferator-activated receptor γ), CEBPD(CCAAT/enhancer-binding protein δ)遺伝子を解析対象とした. まず, BACあるいはYACクローンをスクリーニングし,FISH法による物理的マッピングを行った. また,それらのクローンから単離したMSの連鎖マッピングを行った. その結果,ウシCEBPA,PPARG,CEBPD遺伝子はBTA18q24, BTA22q24,BTA14q15-17の座位に存在することが判明した. 和牛の14番染色体に複数の産肉形質のQTLが同定されていることから,CEBPDが候補遺伝子と推定され,DIK114がMASの有益なマーカーとなる可能性が期待された.

第三章では,ウシゲノム連鎖地図をより高密度化する目的で,第一章で単離したMS1,750個と,第二章で単離したMS196個を連鎖地図上にマップした. さらに, USDAの連鎖地図上に未だマップされていない424個を加えた計2,370個のマッピングを行った. その結果,2,293個が正確にマップされた. 新しい連鎖地図は,平均のマーカー間隔が1.4 cMとなり,地図上に多数存在していたギャップは消失した. 以上,遺伝形質のマッピングおよび物理地図の作製に有用な高密度なウシ連鎖地図が作製できた.

第四章では, 黒毛和種集団で確認された盲目症およびキサンチン尿症の二疾患について、MASを用いた連鎖解析を行った. 盲目症の解析では,共通祖先を有する16頭の発症固体サンプルを採集した. 7頭の父方半兄弟発症個体家系に対し,連鎖解析プログラム(GENEHUNTER)を用いて解析した結果, BTA5(ウシ5番染色体)に疾病との連鎖が認められ,この座位をbod1と命名した. 追加マーカーによる詳細なハプロタイプ解析や連鎖解析を行った結果,BTA18に疾病と連鎖する領域が認められ,これをbod2と命名した. 発症個体16頭においてbod1およびbod2領域を詳細に調べ,疾病と連鎖するそれぞれの染色体領域は,bod1がDIK5237-DIK5210の25 cMに,bod2がDIK5411-INRA038の7 cMに限定された. つぎに,キサンチン尿症の解析では,常染色体劣性遺伝様式が示唆されたので,共通祖先を有する21頭の発症個体からサンプルを採集した. 連鎖解析では,本疾病とBTA24が有意に連鎖した. ヒトのキサンチン尿症に関連する酵素活性を患畜で調べたところ, キサンチン脱水素酵素およびアルデヒド酸化酵素活性の欠損が認められた. さらに,モリブドプテリン補酵素(MCSU)欠損の可能性を考え,ウシorthologueの単離を試みた. ウシYACクローンの物理的マッピングが,連鎖解析の結果とBTA24q13.1-13.3座位で一致した. そこで,MCSUを原因遺伝子と想定し,発症牛と健常牛のcDNA配列を比較した. その結果,すべての発症牛において257番目のチロシン残基の欠失変異が確認され,この変異を指標とした効率的な遺伝子診断が可能となった.

以上,本研究で開発したウシ高密度連鎖地図は,遺伝形質の高精度マッピング,さらには種々の物理地図の作製およびウシゲノムシークエンス解読に大きく貢献するものである. また,MASの導入により経済形質や遺伝性疾患の責任遺伝子や原因遺伝子の同定が加速され,高品質な畜産物の効率的な生産に寄与することが期待される.

よって審査委員一同は,本論文は博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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