学位論文要旨



No 216416
著者(漢字) 高村,実
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,マコト
標題(和) 新規抗糖尿病薬の合成研究
標題(洋)
報告番号 216416
報告番号 乙16416
学位授与日 2006.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16416号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

オキシム構造を有する新規チアゾリジンジオン誘導体の構造活性相関

本研究に着手した当初、インスリン抵抗性改善薬はトログリタゾン1(三共)、ピオグリタゾン2(武田)、ロジグリタゾン3(GSK)の3剤が臨床試験中であり、未だ治療薬として確立されていなかった(fig.1)。トログリタゾン1は開発面では先行していたが、血糖降下作用の薬効強度という点では十分な薬効を有しているとはいえなかった。そこで既知のピオグリタゾン2、ロジグリタゾン3を凌駕する血糖降下作用を有する新規化合物の創製を目指して本研究に着手した。

in vitroスクリーニングとしてPPARγ活性化能試験を行った。またin vivoスクリーニングとしては糖尿病病態動物であるKKマウスに化合物を投与し血糖降下率を測定した。オキシム誘導体について詳細な検討を行った結果、ピオグリタゾン2、ロジグリタゾン3に匹敵する血糖降下作用を有する化合物群を得た。望ましい構造を以下に示す(fig.2)。

オキシム構造を有する新規チアゾリジンジオン誘導体とPPARγLBDのドッキングスタディ

1998年、NolteらによりPPARγリガンド結合ドメインとロジグリタゾンの複合体の結晶構造が明らかにされた(fig. 3)

著者らは強力なアゴニスト活性に重要なリガンドー受容体相互作用について明らかにする目的でオキシム構造を有する新規チアゾリジンジオン誘導体と、PPARγのドッキング計算を行った。強い活性をもつ化合物ではfig.2におけるR1およびR2が、受容体の共通の疎水性部と相互作用を形成しており、それらが活性に重要であるという結果が得られた。

ピリジルフェニル基を有する2-置換-3-フェニルプロピオン酸の構造活性相関

1995環太平洋国際化学会議(ホノルル)でファイザー社より2-エトキシ-3-フェニルプロピオン酸誘導体4が強力な血糖降下作用を示すことが報告された。そこで著者らは強力な薬効を期待して、先に見出した開発候補化合物5をリードとして種々の2-置換-3-フェニルプロピオン酸6を合成することにした。さらに水素結合受容基と考えているオキシム基をアミド基に変換した誘導体7も合成することにした。またグルコーストランスポーター増強薬8の構造にも着目して誘導体を合成することにした。

評価はPPARγ活性化能、KKマウスによる血糖降下作用に加え、PPARα活性化能の評価も行った。PPARαはベザフィブラートに代表されるフィブラート系の脂質代謝改善剤の標的分子となる核内レセプターである。もしPPARαおよびγのデュアルアゴニストが見出されれば血糖降下作用のみならず脂質(トリグリセリド)の低下も期待され、NIDDMにおける循環器系疾患の改善が期待できる。

光学異性体(S)-9のPPARαおよびγの活性化能はそれぞれGW9578 10およびロジグリタゾン3を凌ぎ、報告されている中で最強クラスのPPARα、γデュアルアゴニストであった。さらに8を参考にして合成したカルボン酸のα位にメチル基を有する化合物11はラセミ体であるにもかかわらず(S)-9よりもさらに強いPPARα、γ活性化能を有していた。

多機能不斉触媒を用いた(S)-2-フェノキシー3-フェニルプロピオン酸誘導体の効率的合成

2-フェノキシ-3-フェニルプロピオン酸誘導体の血糖降下作用は(2S)-体が強い。これらの効率的合成法を開発することは工業的見地から意義がある。筆者らは柴崎らの開発した多機能不斉触媒を用いたアルデヒドに対するシアノシリル化反応を検討した。触媒的不斉シアノシリル化は広範なアルデヒドに対し大変優れた結果を与えることが明らかになっている。しかしフェニルアセトアルデヒド12のような不安定でしかも容易にエノール化するアリールアセトアルデヒドを基質として用いた例はなく、候補化合物の効率合成という観点だけでなく不斉反応の適応範囲を知る上でも興味が持たれた。(R)-13は収率85%、96%eeで得ることができ、(R)-13は強い血糖降下作用を有する(S)-14へと効率よく導かれた。

多機能不斉触媒を用いたニューロキニン受容体拮抗薬鍵中間体の効率合成

さらに触媒的不斉シアノシリル化をニューロキニン受容体拮抗薬鍵中間体の合成に適用した。ケトン15を基質として触媒的不斉シアノシリル化を行い、ニューロキニンレセプター拮抗薬の鍵中間体(R)-16の合成を行った。 (R)-17が定量的に、89%eeで得られ、(R)-17は光学純度を下げることなく(R)-16へと導かれ、得られた光学純度89%eeの(R)-16はヘキサン-酢酸エチルから再結晶して>99%eeにすることができた。

Fig.1 Chemical structure of pioglitazone 1,rosiglitazone 2 and troglitazone 3

Fig.2 Chemical structure of oxrme derivatives having potent antidiabetic activity

1. R1は3-ビフェニリルまたは4-ビフェニリル基、または同等の構造を有するピリジルフェニルまたはフェニルピリジル基

2. R2=Me

3. n=2

Fig.3 Schematic representation of the interaction of rosiglitazone with PPARγLBD in the ternary complex crystal structure.

Scheme 1 Design of 2-substituted-3-phenylpropionic acids

Fig.4 Chemical structure of(S)-9,GW9578 10 and 11

Scheme 2 Synthesis of(S)-14

Scheme 3 synthesis of(R)-16

審査要旨 要旨を表示する

新規チアゾリジンジオン系化合物の合成と活性評価

高村が研究を開始した当初、PPARγレセプターを活性することで活性を発現するインスリン抵抗性糖尿病改善薬として、トログリタゾン1(三共)、ピオグリタゾン2(武田)、ロジグリタゾン3(GSK)の3剤が臨床試験中であったものの、未だ治療薬として確立されていなかった。トログリタゾン1は開発面では先行していたが、血糖降下作用の薬効強度という点では十分な薬効を有しているとはいえなかった。そこで高村は、ピオグリタゾン2、ロジグリタゾン3をも凌駕する血糖降下作用を有する新規化合物の創製を目指して本研究に着手した。

チアゾリジンジオン系の化合物を種々合成し、in vitroスクリーニングとしてPPARγ活性化能試験を行った。またin vivoスクリーニングとしては糖尿病病態動物であるKKマウスに化合物を投与し血糖降下率を測定した。詳細な検討を行った結果、活性化合物のリードとしてオキシム誘導体4を見出した。4を母核としてチューニング可能なR1、R2およびメチレン鎖長を最適化したところ、R1を3-ビフェニルまたは4-ビフェニル基、またはピリジルフェニルまたはフェニルピリジル基とし、R2はメチル基、リンカー炭素鎖長2の化合物群がピオグリタゾン(2)、ロジグリタゾン(3)に匹敵する血糖降下作用を有することを見出した。

4のPPARγへの結合様式を明らかにする目的で、Nolteらにより報告されたPPARγリガンド結合ドメインとロジグリタゾンの複合体の結晶構造を参考に、PPARγと4のドッキング計算を行った。その結果、強い活性をもつ化合物ではオキシム部位のR1およびR2が、受容体の共通の疎水性部と相互作用を形成しており、それらが活性に重要であることがわかった。

ピリジルフェニル基を有する2-置換-3-フェニルプロピオン酸の構造活性相関

研究の途上でファイザー社の研究グループにより、2-エトキシ-3-フェニルプロピオン酸誘導体5が強力な血糖降下作用を示すことが報告された。そこで本報告と、先に見出したオキシムを含有するチアゾリジンジオン4での知見をあわせて、高村は種々の2-置換-3-フェニルプロピオン酸6を合成することを計画した。さらに水素結合受容基と考えているオキシム基をアミド基に変換した誘導体7も合成することにした。

これらの化合物に対してPPARγ活性化能、KKマウスによる血糖降下作用に加え、PPARα活性化能の評価も行った。PPARαはベザフィブラートに代表されるフィブラート系の脂質代謝改善剤の標的分子となる核内レセプターである。もしPPARαおよびγのデュアルアゴニストが見出されれば血糖降下作用のみならず脂質(トリグリセリド)の低下も期待され、循環器系疾患の改善が期待できる。検討の結果、7の化合物群から見出された(S)-9が、報告されている中で最強クラスのPPARα、γデュアルアゴニストであることがわかった。さらにカルボン酸のα位にメチル基を導入し四置換炭素を有する化合物10は、ラセミ体であるにもかかわらず(S)-9よりもさらに強いPPARα、γ活性化能を有することを見出した。

(S)-9の効率的合成法をめざし高村は、柴崎研究室で開発された多機能不斉触媒11を用いたアルデヒド12に対するシアノシリル化反応を検討した。11は触媒的不斉シアノシリル化において、広範なアルデヒドに対し大変優れた結果を与えることが明らかになっている。しかしフェニルアセトアルデヒド12のような不安定でしかも容易にエノール化するアリールアセトアルデヒドを基質として用いた例はなく、候補化合物の効率合成という観点だけでなく不斉反応の適応範囲を知る上でも興味が持たれた。検討の結果、9mol %の11の存在下、12から目的としたシアノヒドリン13を収率85%、96%eeで得ることができた。(R)-13は強い血糖降下作用を有する(S)-9へと効率よく導けた。

ケトンに対する触媒的不斉シアノシリル化を鍵工程とするニューロキニン受容体拮抗薬中間体の効率合成

2で述べた研究から高村は、不斉四置換炭素を有する医薬リード化合物の合成に興味を持ち、柴崎研究室で開発された糖を母核とした不斉配位子14を用いた触媒的不斉シアノシリル化を鍵とするニューロキニン受容体拮抗薬鍵中間体15の合成を計画した。すなわち14とGd(O-i-Pr)31:2の比から調製した触媒を5mol%用い、ケトン16に対する触媒的不斉シアノシリル化をおこなった結果、(R)-17が定量的に、89%eeで得られた。(R)-17は光学純度を下げることなく15へと導かれ、得られた光学純度89%eeの15はヘキサン-酢酸エチルから再結晶して光学的に純品とすることができた。

以上の業績は、医薬品の合成化学の分野に有意に貢献するものと考えられ、博士(薬学)の授与に値するものと考えられる。

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