学位論文要旨



No 216417
著者(漢字) 橋本,唯史
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,タダフミ
標題(和) アルツハイマー脳アミロイド結合蛋白質CLACに関する研究
標題(洋)
報告番号 216417
報告番号 乙16417
学位授与日 2006.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16417号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

序論

アルツハイマー病(AD)は初老期に発症し、進行性の認知記憶障害を主症状とする神経変性疾患である。AD患者脳では広汎な神経細胞死に加え、アミロイド蛋白質の蓄積が出現し、老人斑と呼ばれる。老人斑アミロイドはamyloid β-peptide (Aβ)が凝集した線維から形成される。Aβ はその前駆体蛋白APPよりまず β-secretase、次いで γ-secretaseによって2段階の切断を受け分泌された後凝集したものであり、γ-secretaseの切断部位の多様性により主に40番バリンで終わるAβ40と42番アラニンで終わるAβ42の分子種が存在する。Aβ42はAβ40に比べ凝集性が高く、AD脳において最初期に蓄積する分子種である。ADの一部に常染色体優性遺伝形式を示す家族性ADが存在し、その病因遺伝子としてAPP及びγ-secretaseの活性中心であるpresenilin1, presenilin2が同定され、それらの変異がAβ42の産生を亢進させる効果を持つことがわかった。これらの知見からADの発症メカニズムとして、細胞外に分泌されたAβが凝集、線維化する過程に伴い神経細胞死が生じると考えるアミロイド仮説が提唱されている。

一方免疫組織化学的な検討から老人斑にはAβ以外に多種類の非Aβ成分が蓄積していることが知られ、これらの成分はAβの凝集、蓄積、または代謝に影響を与えていることが示されている。Apolipoprotein E (apoE)はin vivoのマウス脳でAβの凝集を加速することが知られており、またapoEに存在するε2, ε3, ε4の3つの遺伝多型のうちε4アレルがADの遺伝的危険因子となることが示されている。このように老人斑に蓄積する非Aβ成分はAβと相互作用することによりAD発症に影響を与えている可能性があり、その研究はAD発症メカニズムを明らかにする上で重要と考えられる。

私は、老人斑に含まれる非Aβ成分の同定を目的として、AD脳老人斑アミロイドをマウスに免疫し、モノクローナル抗体mAb9D2を得た。MAb9D2は組織学的に老人斑アミロイドを特異的に認識し、生化学的にAD脳のSDS不溶・蟻酸可溶画分に50 kDaと100 kDaのバンドを認識した。逆相HPLC, ゲル濾過を併用し、AD脳老人斑アミロイド由来画分をさらに精製し、mAb9D2の抗原として新規蛋白質CLAC (collagenous Alzheimer amyloid plaque component)を同定した。さらにヒト脳cDNA libraryよりCLACをコードする前駆体蛋白CLAC-P (CLAC precursor protein) cDNAをクローニングした。CLAC-Pは膜貫通領域を持ち、II型の配向性を持つ膜貫通型コラーゲンであることからcollagen type XXVとして登録された。CLAC-P mRNAは神経細胞特異的に発現していること、またCLACの老人斑への蓄積はAβ42の蓄積に次いで生じる早期病変であるが、後期に出現しAβ40・thioflavin S陽性を示すβシート構造が豊富なアミロイド線維には蓄積しないことが分かった。これらの結果は、CLACがAβ線維に対し高い親和性を持ち、早期からADの病態に関与することを示唆しているが、 アミロイドの蓄積に対してどのように作用するのかは不明であった。そこで私は、まずCLAC-PからCLACが産生される代謝機構について検討し、さらにCLACとAβの相互作用メカニズムを明らかにし、CLACがAβの凝集過程に与える影響について検討した。

CLACの産生様式に関する検討

AD脳アミロイド画分から粗精製したCLACを、CLAC-Pの非コラーゲン (NC)領域を抗原として作製した特異抗体でイムノブロット解析したところ、細胞外領域に対する抗体では50, 70, 100 kDaのバンドが認識されたのに対し、これらのポリペプチドは細胞内領域に対する抗体では認識されなかった。またヒトCLAC-P遺伝子を恒常発現するHEK293細胞では、約80 kDaのCLAC-P全長蛋白質に加え、培養上清中に約70 kDaの分泌型CLAC-P (sCLAC)のバンドが認められた。これらの結果から、1回膜貫通型蛋白であるCLAC-Pがプロテアーゼにより切断を受け、細胞外領域を分泌する可能性が示唆された。そこでCLAC-Pの細胞外部分の107KIRIAR112配列に注目した。この配列はproprotein convertase familyの1つであるfurinの認識配列 (BXBXBB; Bはリジンまたはアルギニン残基を表す)に一致し、CLAC-Pがfurinによって112番アルギニンと113番 グルタミン酸の間で切断を受け、カルボキシ末端側がsCLACとして分泌される可能性を考えた。

そこでfurin活性を欠く変異CHO-K1細胞株RPE.40細胞にヒトCLAC-P cDNAを導入すると、培養上清中のsCLAC分泌が消失し、さらにマウスfurin cDNAを導入すると分泌が回復した。また107KIRIAR112をKIAIAAと置換した変異型CLAC-P (RAmt) cDNAをCOS-1細胞に導入すると、やはりsCLACの分泌が消失した。これらの結果から、CLAC-Pはfurinによって切断を受け、細胞外領域が分泌されることが判明した。またsCLACのアミノ末端はグルタミン酸残基で始まることから、分泌後アミノ末端が脱水縮合し、ピログルタミン酸化する可能性を考えた。そこで113番ピログルタミン酸に対する断端特異抗体を作製すると、この抗体はAD脳アミロイド画分で50, 100 kDaのバンドを認識し、AD脳内に蓄積したCLACの一部はピログルタミン酸化した113番グルタミン酸から始まることがわかった。

以上のごとく、CLAC-Pは細胞内においてfurinにより切断を受け、その細胞外領域をsCLACとして分泌すること、分泌されたsCLACは不溶化し、CLACとして老人斑に蓄積すること、また蓄積したCLACの一部はアミノ末端でピログルタミン酸化修飾を受けることが分かった。

sCLACとAβとの相互作用に関する検討

CLACはAD脳において老人斑アミロイドに蓄積することから、線維化したAβと直接相互作用することが予想された。そこで両者の結合を評価するためにin vitro Aβ結合アッセイ系を樹立した。予め凝集・線維化させた合成Aβ1-42をマルチタイタープレートに固定し、CLAC-Pを恒常発現するHEK293細胞から分泌されたsCLACを含む培養上清をインキュベート後、両者の結合を抗CLAC-P抗体により評価した。その結果sCLACは凝集Aβと結合することが示された。そこでsCLACを含む培養上清を、凝集Aβあるいは可溶性Aβで前吸収した後Aβ結合アッセイを行うと、凝集AβはsCLACとプレート上のAβの結合を阻害したのに対し、可溶なAβは阻害しなかった。この結果はsCLACが凝集したAβと特異的に結合することを示すものと考えた。

次にsCLACのコラーゲン様三重らせん構造の、Aβとの結合における重要性を検討するため、sCLACを含んだ培養上清を加熱変性させた後にAβ結合アッセイを行った。sCLACのコラーゲン様三重らせん構造の変性をトリプシン消化実験により評価すると、sCLACはコラーゲン構造の変性に伴いAβと結合できなくなることがわかった。さらにCLAC-Pは膜貫通型コラーゲンファミリーで保存されたcoiled-coilドメインを膜貫通領域の近傍及びNC3領域に有しており、これらのドメインはコラーゲン様三重らせん構造の形成に重要と考えられている。そこでcoiled-coilドメインに重要な1位及び4位の疎水性アミノ酸をリジン残基に置換した変異体を作製すると、これらの変異体もコラーゲン構造が保持されず、Aβとの結合能も失われた。これらの結果から、sCLACのコラーゲン様三重らせん構造はAβとの結合に必須であることが示された。

sCLACとAβの相互作用機構を明らかにするため、まずAβ結合アッセイの反応液中に0.5 M NaClを添加すると、結合は阻害された。またsCLACはヘパリンと結合することを見出し、Aβ結合アッセイの反応液中にヘパリンを添加したところ、濃度依存的に結合が阻害された。ヘパリンは蛋白質の塩基性アミノ酸が豊富な領域に静電的に結合すると考えられ、sCLACとAβとの結合はsCLACのコラーゲン配列の塩基性アミノ酸クラスター領域を介することが予測された。この予想は共同研究者の長田らによる、塩基性アミノ酸クラスター領域の中でもCOL1ドメインをプロリン残基に置換したCLAC変異体がAβとの結合能力を失うという結果から裏付けられた。

またsCLACとAβの結合が、培養上清中の夾雑物質を介していないことを確認するため、CLAC-Pのカルボキシ末端にFLAG tagを付加し、抗FLAG抗体アフィニティーカラムを用いてsCLACを精製し、Aβ結合アッセイを行った。その結果、精製sCLACは凝集Aβと結合し、さらにCOL1領域の塩基性アミノ酸クラスター領域を欠いた変異体sCLAC (COL1mt)は結合が低下した。

以上の結果から、sCLACはコラーゲン様三重らせん構造をとって凝集Aβと結合し、その結合にはCOL1ドメインの塩基性アミノ酸クラスター領域が重要な役割を果たすことが分かった。

sCLACがAβの凝集に与える影響の検討

sCLACはAβと直接結合することから、Aβの凝集・線維化に影響を与える可能性が考えられた。そこで シート構造を特異的に認識する蛍光色素thioflavin T (thioT)を用いた定量的なin vitro Aβ凝集アッセイを構築し、sCLACのAβ凝集に対する効果を検討した。

DEAEカラム、ヘパリンカラム、逆相HPLCを組み合わせ、培養上清中からsCLACを精製する方法を確立した。精製sCLACを合成Aβ1-42と混和し37 ℃でインキュベートしたところ、Aβの凝集は抑制された。In vitroにおけるAβの凝集過程は、可溶なAβが緩徐に立体構造変化して凝集核を形成するnucleation phaseと、一旦形成された凝集核にAβが結合して急速に線維が伸長するelongation phaseからなる。Aβ1-42は凝集核形成能が高く、両過程が同時に進行するため、sCLACがAβ凝集過程のどのphaseを抑制したかの判別が難しい。そこで凝集核形成能の低いAβ1-40を用いたAβ凝集アッセイを行い、sCLACがAβ凝集のnucleation phaseに及ぼす影響について検討した。その結果、sCLACはアッセイ開始後数時間以内のnucleation phaseではAβ凝集に影響を与えないが、その後のelongation phaseにおいて凝集を抑制することがわかった。さらにnucleation phaseをバイパスしてelongation phaseを選択的に評価するために、アッセイ開始時に予め作製したAβ線維を凝集核として添加した。その結果sCLACはAβの凝集をelongation phaseで抑制することが示された。

以上の結果から、in vitroにおいてsCLACはAβの凝集過程を特にelongation phaseにおいて抑制することが分かった。sCLACは凝集したAβと結合することから、sCLACはAβが凝集する際に形成される、特異な立体構造をとる凝集中間体に結合し、凝集の進行を抑制する可能性が考えられる。

結論

本研究において、私はAD脳老人斑に特異的に蓄積する新規アミロイド結合蛋白CLACについて次のことを示した。(1) CLACは前駆体蛋白CLAC-Pからfurinによって切断され分泌される。(2) CLACは凝集したAβと特異的に結合する。(3) CLACはAβの凝集を特にelongation phaseにおいて抑制する。これらの結果は、CLACがAD発症に対し抑制的に働く可能性を示唆する。今後βアミロイド蓄積を生じるAPP Tgマウスと神経細胞にCLAC-Pを過剰発現するCLAC Tgマウスの交配により、CLACがβアミロイド蓄積に及ぼす影響をin vivoで検討する必要がある。また今回の検討によりsCLACがAβの凝集の中間体と結合する可能性が示唆された。近年Aβ凝集の初期に形成される中間体である、可溶性oligomerあるいはprotofibrilがAβ毒性の本態であるとの仮説が提唱されている。CLACとAβの凝集中間体の相互作用による毒性・蓄積制御機構について、今後さらにin vitro, in vivoの検討を進め、解明を図りたい。

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)は初老期に発症し、進行性の認知記憶障害を主症状とする神経変性疾患である。AD患者脳では広汎な神経細胞死に加え老人斑と呼ばれるアミロイド蓄積が出現する。老人斑アミロイドは主にamyloid β-peptide(Aβ)が凝集、線維化して蓄積したものである。Aβはその前駆体蛋白APPよりまずβ-secretase、次いでγ-secretaseによって2段階の切断を受け分泌されたものであり、ν-secretaseの切断部位の多様性により主に40番バリンで終わるAβ40と42番アラニンで終わるAβ42の分子種が存在する。Aβ42はAβ40に比べ凝集性が高く、AD脳において最初期に蓄積する分子種である。さらにADの一部に存在する常染色体優性遺伝形式を示す家族性ADの病因遺伝子としてAPP及びγ-secretaseの活性中心であるpresenilin 1、presenilin 2が同定され、それらの変異がAβ42の産生を亢進させる効果を持つことがわかった。これらの知見からAD発症メカニズムとして細胞外に分泌されたAβが凝集、線維化するのに伴い神経細胞死が生じると考えるアミロイド仮説が提唱されている。

免疫組織化学的な検討から老人斑にはAβ以外に多くの非Aβ成分が蓄積していることが知られており、これらの成分はAβの凝集、蓄積、または代謝に影響を与えているApolipoprotein E(apoE)はin vivoレベルでAβの凝集を加速することが知られ、また疫学調査からapoEに存在する、ε2、ε3、ε4の3つの遺伝多型のうちε4アレルがADの危険因子となることが示されている。このように老人斑に蓄積する非Aβ成分はAβとの相互作用を介してアミロイド蓄積に影響を与えていることが考えられ、その研究はAD発症メカニズムを明らかにする上で重要である。

申請者は老人斑に含まれる非Aβ成分を同定することを目的として、AD脳老人斑アミロイドをマウスに免疫し、モノクローナル抗体mAb9D2を得た。MAb9D2は老人斑アミロイドを特異的に認識し、生化学的解析によりAD脳老人斑の不溶なアミロイド画分に約50kDaと100kDaのバンドを認識した。そしてAD脳老人斑アミロイドを精製し、その抗原として新規蛋白質CLAC(collagenous Alzheimer amyloid plaque component)を同定した。さらにヒト脳cDNA libraryよりCLACをコードする前駆体蛋白CLAC-P(CLAC precursor protein)をクローニングした。CLAC-Pは膜貫通領域を持ち、II型の配向性を持つ膜貫通型コラーゲンであり、神経細胞特異的な発現が確かめられた。またCLACの老人斑への蓄積はAβ42の蓄積に次いで生じる早期病変であるが、Aβ40がその後蓄積し形成する蛍光色素thioflavin S 陽性のβシート構造が豊富なアミロイド線維には蓄積しないことも分かった。これらの結果はCLACがAβ線維に対し高い親和性を持ち、早期からADの病態に関与していることを示唆したが、アミロイド蓄積に対しどのような影響を及ぼしているかは不明であった。そこで申請者はCLACがAD発症に及ぼす影響を検討することを目的とし、まずCLACがCLAC-Pから産生する代謝様式について検討し、さらにCLACとAβの相互作用メカニズムを明らかにし、CLACがAβの凝集過程に与える影響について検討した。

CLACの産生様式に関する検討

AD脳アミロイド画分から粗精製したCLACに対しCLAC-Pの各NC領域を抗原として作製した特異抗体でイムノブロット解析したところ、細胞外領域に対する抗体では50、70、100kDaのバンドを認識したのに対し、細胞内領域に対する抗体で認識されるバンドは認められなかった。またヒトCLAC-P遺伝子を恒常発現したHEK293細胞では約80kDaのCLAC-P全長蛋白質に加え、培養上清中に約70kDaの分泌型CLAC-P(sCLAC)を認めた。これらの結果から一回膜貫通型蛋白であるCLAC-Pがプロテアーゼ作用により切断を受け、細胞外領域を分泌する可能性が示唆された。そこでCLAC-Pの細胞外部分の107-KIRIARI112領域に注目した。この配列はproprotein convertase familyの1つであるfurinの認識配列(BXBXBB;Bはリジンまたはアルギニン残基)であり、CLAC-Pはfurinによって112番アルギニンと113番グルタミン酸の間で切断を受けカルボキシ断片がsCLACとして分泌される可能性を考えた。

そこでfurin活性を欠くCHO-K1由来細胞株であるRPE.40細胞にヒトCLAC-PcDNAを遺伝子導入したところ、培養上清中のsCLAC分泌が消失し、さらにfurinをレスキューすると分泌が回復することが示された。また107KIRIAR112をKIAIAAと置換した変異型CLAC-P(RAmt)をCOS-1細胞に遺伝子導入するとやはりsCLACの分泌が消失し、CLAC-Pはfurinによって切断を受け、細胞外領域を分泌することが確かめられた。sCLACのアミノ末端にはグルタミン酸残基が露出することから、翻訳後修飾を受けアミノ末端がピログルタミン酸化する可能性を考えた。そこで113番ピログルタミン酸断端特異抗体を作製し検討したところAD脳アミロイド画分で50、100kDaのポリペプチドが認識され、AD脳内においてCLACの一部は113番ピログルタミン酸から始まっていることがわかった。

さらにin vivoレベルの検討を目的として、神経細胞特異的発現が知られるThy1.2プロモーターを用いヒトCLAC-P遺伝子を神経細胞に過剰発現するトランスジェニックマウス(CLACTg)を作出した。CLACTgにおいてCLAC-PmRNAは脳特異的に発現し、マウス脳の膜画分にCLAC-P蛋白の発現が認められた。また免疫組織化学的な検討でCLAC-Pの細胞内領域に対する抗体では神経細胞の細胞体が染色されたのに対し、細胞外領域に対する抗体では細胞体の染色に加え細胞外に斑状の蓄積物が観察された。この構造物は113番ピログルタミン酸特異抗体においても陽性であった。この結果はマウス脳神経細胞においてもCLAC-Pは112番アルギニンと113番グルタミン酸の間で切断を受け、細胞外領域を分泌することを示唆した。

以上の結果からCLAC-Pは細胞内においてfurinにより切断を受け、その細胞外領域をsCLACとして分泌すること、分泌されたsCLACは凝集し、CLACとして老人斑に蓄積すること、またCLACの一部はアミノ末端ピログルタミン酸化修飾を受けることを明らかにした。

sCLACとAβとの相互作用に関する検討

CLACはAD脳において老人斑アミロイドに蓄積することから、線維化したAβと直接相互作用することが予測された。そこで両者の結合を評価するin vitro Aβ結合アッセイ系を樹立した。予め凝集させた合成Aβペプチドをマルチタイタープレートに固定し、CLAC-Pを恒常発現させることによりsCLACを分泌するHEK293細胞の培養上清をアプライしインキュベート後、両者の結合を抗CLAC-P抗体で評価した。その結果sCLACは凝集Aβと結合することが示された。そこでsCLACを含む培養上清を、凝集Aβあるいは可溶なAβで前吸収させた後Aβ結合アッセイを行ったところ、凝集AβはsCLACと固定したAβとの結合を阻害したのに対し、可溶なAβは阻害できなかった。この結果はsCLACが凝集したAβと特異的に結合することを示唆した。

次にsCLACのコラーゲン様3重らせん構造の重要性を検討するため、sCLACを含んだ培養上清を加熱により構造を変性させた後にAβ結合アッセイを行ったsCLACのコラーゲン様3重らせん構造の変性はトリプシン消化実験により評価し、sCLACはコラーゲン構造が変性すると同時にAβと結合できなくなることがわかった。さらにCLAC-Pは膜貫通型コラーゲンファミリーで保存されたcoiled-coilドメインを膜貫通領域の近傍及びNC3領域に保持しており、これらのドメインはコラーゲン様3重らせん構造を形成するのに重要であると考えられている。そこでcoiled-coilドメインに重要な1位及び4位の疎水性アミノ酸をリジン残基に置換した変異体を作製し検討したところ、やはり構造が保持できなくなり、またAβとの結合能も失われた。これらの結果からsCLACのコラーゲン様3重らせん構造はAβとの結合に必須であるとわかった。

さらにsCLACとAβの相互作用の機序を明らかにするため、まずAβ結合アッセイの反応液中に0.5M NaClを添加したところ結合は阻害された。またこれまでにsCLACはヘパリンと結合することを見出していたことから、Aβ結合アッセイの反応液中にヘパリンを添加したところ、濃度依存的に結合が阻害された。ヘパリンは塩基性アミノ酸が豊富な領域に静電的に結合すると考えられており、sCLACとAβとの結合はsCLACのコラーゲン配列の塩基性アミノ酸クラスター領域を介していることが予測された。

またsCLACとAβの結合が、培養上清中の夾雑物を介していないことを確認するため、CLAC-Pのカルボキシ末端にFLAG tagを付加し、抗FLAG抗体アフィニティーカラムを用いてsCLACを精製し、Aβ結合アッセイを行った。その結果精製sCLACは凝集したAβと結合し、さらにCOL1領域の塩基性アミノ酸クラスター領域を欠いた変異体sCLAC(COL1mt)では結合が低下した。

以上の検討からsCLACはコラーゲン様3重らせん構造をとって凝集したAβと結合し、その結合にCOL1ドメインの塩基性アミノ酸クラスター領域が重要な役割を果たすことが分かった。

sCLACがAβの凝集に与える影響の検討

sCLACはAβと直接結合することからAβの凝集・線維化に何らかの影響を与える可能性が考えられた。そこでβシート構造を特異的に認識する蛍光色素thioflavin T(thioT)を用いた定量的なin vitro Aβ凝集アッセイにより検討した。

DEAEカラム、ヘパリンカラム、逆相HPLCを組み合わせ培養上清中から精製したsCLACを合成Aβペプチドと混和し37℃でインキュベレ卜したところ、Aβの凝集が抑制されることがわかった。ln vitroにおけるAβの凝集過程は、可溶なAβが緩徐に立体構造変化して凝集核を形成するnucleation phaseと、一旦形成された凝集核にAβが次々に結合してに線維を伸長させるelongation phaseからなる。Aβ1-42ペプチドは凝集核形成能が高いことからこの両過程が同時に進行し、sCLACの凝集抑制効果がAβ凝集過程のどこに作用したか判断することが困難である。そこで凝集核形成能の低いAβ1-40を用いたAβ凝集アッセイを行い、Aβ凝集のnucleation phaseに及ぼすsCLACの影響について検討した。その結果sCLACはアッセイ開始数時間におけるnucleation phaseではAβ凝集に影響を与えないが、その後のelongation phaseにおいて凝集を抑制することがわかった。さらにこのアッセイ開始時に予め作製したAβ線維を凝集核として添加した。この方法によりnucleation phaseをバイパスしてelongation phaseだけを評価することが可能である。その結果やはりsCLACはAβの凝集をelongation phaseにおいて抑制することが示された。

以上の検討から、in vitroにおいてsCLACはAβの凝集過程を特にelongation phaseにおいて抑制する効果があることが分かったsCLACは凝集したAβと結合することから、sCLACはAβが凝集する際に形成される何らかの特異な立体構造変化を生じた凝集中間体に結合し、その後の凝集を抑制する可能性が考えられた。

以上本研究において、申請者はAD脳老人斑に特異的に蓄積する新規老人斑アミロイド蛋白CLACについて、CLACが前駆体蛋白CLAC-Pからfurinによって切断され分泌された断片であること、凝集したAβと特異的に結合すること、Aβの凝集を特にelongation phaseにおいて抑制することを明らかにした。これらの結果はCLACがβアミロイド形成に対し抑制的に働く可能性を示唆する。これらの成果はアルツハイマー病の分子病態解明ならびに新規治療法開発に大きな示唆を与えるものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。

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