学位論文要旨



No 216428
著者(漢字) 松平,浩
著者(英字)
著者(カナ) マツダイラ,コウ
標題(和) 腰部脊柱管狭窄症に対する新しい術式の開発
標題(洋)
報告番号 216428
報告番号 乙16428
学位授与日 2006.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16428号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 要旨を表示する

腰部脊柱管狭窄症に対する手術は、神経組織の十分な除圧が目的であり、その歴史が長く現在でも汎用されている椎弓切除術がその代表的術式である。その最大の利点は、後方の支持組織である棘突起および棘上・棘間靭帯を切除することにより、良好な視野を確保でき十分な除圧が行えるため、高度な中心性狭窄を含むあらゆるタイプの狭窄に対応できることである。しかし、腰椎後方要素を切除する術式であることから、術後の腰椎不安定性に伴うすべりの出現および進行の頻度が多いことが問題となり、術前に腰椎不安定性のないことが適応の根本的条件となる。そこで、棘突起および棘上・棘間靭帯を温存した術式である開窓術が開発された。開窓術は、椎弓切除術と比較し腰椎不安定性の出現予防の観点からは有利である。しかし除圧時の操作エリアが限定されることから、高度の中心性狭窄を伴った症例や椎弓幅が狭く椎間関節が矢状化した症例には対応が難しく、神経合併症を伴う頻度が椎弓切除術よりも高率である。除圧術を単独で行なう場合の理想的な術式は、十分な除圧と、後方支持組織である椎間関節・間節包靱帯・棘突起および棘上・棘間靭帯の可及的な温存の両者を兼ね備えたものであるが、このように椎弓切除術と開窓術は、それぞれ一長一短がある。

一方、十分な除圧と術後の不安定性を予防する目的で、変性すべり症など術前に腰椎不安定性を伴う症例に対し、椎弓切除術に固定術を併用する方法が用いられるようになった。その代表的固定術が後側方固定術(posterolateral fusion、以下PLF)であるが、術後安静期間が長いうえ、目的とする骨癒合の獲得が安定しないことなどから、instrumentation、特にpedicle screw instrumentationを併用する術式がすべりを伴う症例で汎用されるようになり、筆者も2000年以前は、1度の変性すべりに対してもこの方法を行っていた。しかし、感染や神経障害をはじめとする合併症が高率なことと、当該椎間の可動性が失われるため上下の椎間にかかる負荷が増すことによる隣接椎間への影響が問題視されている。固定術の適応に関し、2度以上の変性すべり症は、後方除圧後の不安定性出現のおそれが大きいことから固定術を併用することにはほぼ合意が得られている。しかし、すべり率がそれに満たない症例に関しては、どのような症例に固定術を併用すべきか、そして固定術を併用することで手術成績が向上するのかという問題は、未解決のままである。

以上のような背景から、筆者は代表的な後方除圧術である椎弓切除術と開窓術の長所を兼ね備えた術式を開発し、2000年以降、2度以上の変性すべり例など固定術の併用が望ましい症例以外の腰部脊柱管狭窄症手術例に対し、全例に本術式を行ってきた。本研究の目的は、1度の変性すべり症を含む腰部脊柱管狭窄症に対する手術法としての本術式の優位性を、他の代表的な術式と比較し検討することである。

本術式を解説する。棘上・棘間靭帯および椎間関節包を温存し椎弓を展開後、除圧上位腰椎の棘突起をL字に切難し、当該棘間の棘上・棘間靭帯を柄にして尾側に翻転する。この操作により、圧迫の主部位であるarticular segment上において、椎弓切除術と同等の良好な視野および除圧操作エリアを確保できる。除圧操作は、椎間関節を可及的に温存でき、かつ必要十分な除圧が施せるトランペット型切除を採用している。多椎間例では、上位椎間から同様の操作を繰りかえす。最後に棘突起・棘上靭帯を、元の解剖学的位置で再建する。以上の方法をとると、開窓術では対応が難しい中心性の高度狭窄例や、椎弓幅が狭く椎間関節が矢状化している症例でも、椎間関節を温存しての十分な除圧を行うことができる。棘突起の切離・再建部が癒合することにより、後方要素の温存度は開窓術と同等になる。

2000年1月から本術式を行ってきたが、術後2年以上の経過した109例のうち、フォローアップでき、かつ術前後において、脳梗塞や脊髄症などの他疾患に伴う歩行障害合併を除外した89例を対象とし、臨床成績(日整会腰痛治療成績判定基準:JOAscoreの変化および改善率)とすべりの進行(5%以上)の割合等を調査した(研究1)。

対象の内訳は男56例・女33例、手術時年齢は66歳で、70歳以上が48%を占めていた。病因別では、軟骨無形成症が2例・脊椎症性23例・変性すべり症性38例・変性側弯症性9例・変性性に椎間板ヘルニアを伴った複合性が16例・骨増殖性が1例、症候別では、神経根型・馬尾型・混合型がそれぞれ23・13・53例で、馬尾症状を伴う症例が全体の74%を占めていた。狭窄の程度は、開窓術では対応が難しい高度狭窄例が63%を占めていた。また、進行した馬尾症状を示唆する下肢の安静時しびれは40例(45%)に存在した。除圧椎間における下関節突起の形状のタイプでは、椎間関節を温存したうえで十分に除圧することが困難なW型椎間を含んだ症例が30例(34%)を占めていた。

JOA scoreは術後2年で、腰痛・下肢症状(下肢痛およびしびれ)・歩行能力他覚所見・日常生活動作・総合点の全項目において有意な改善が認められた。総合点の平均改善率は62%で、優良を併せると69%であり、過去の後方除圧術の成績と同等だった。本対象では、不可逆的とされる安静時しびれが存在した例が多く、開窓術では対応が難しい椎弓幅が狭く椎間関節が矢状化したW型下関節突起例や高度狭窄例が少なくなかったこと、また、再手術例はなく重大な合併症もなかったことを考慮すると良好な臨床成績であったと考える。

椎間関節は、1/3〜1/2は温存するほうが望ましいとされているが、87%で3/5以上温存できていた。再建した棘突起の癒合率は87%であった。術後のすべり進行例は、16例(18%)で、椎弓切除術後の報告よりも有意に少なかった。また、術前すべりがあった椎間となかった椎間ともすべりが進行したのは約20%で同等だった。すべり進行の危険因子は、棘突起の癒合不全であったため、さらなる高癒合率を獲得する工夫を要すると思われた。尚、合併症率は低く、再手術例もなかった。

また、第2の研究として、1度第4腰椎変性すべり症に伴うL4/5単椎間狭窄症に限定し、本術式と固定術併用および保存療法との症例対照研究(2年後成績)を行った。1997〜1999年に、pedicle screw instrumentationを追加したPLFを併用した19例(固定併用群)と、Part1のシリーズの中でL4変性すべり症性に対しL4/5単椎間除圧を行なった18例(本術式群)を手術群の対象とした。また、同じくL4変性すべり症性のL4/5狭窄症で、1997年以降に、保存療法抵抗'性のため手術を勧めたが、患者側の事情で手術治療を受けず、手術を勧めてから2年間保存的に経過をみることのできた16例の非手術症例も対象に加えた(非手術群)。

両手術群間の背景因子に有意差はなかった。JOA scoreは、非手術群では有意に改善しなかったが、両手術群とも有意に改善した。両手術群間の改善の程度には有意差はなかった。平均改善率は、非手術群・3%、固定併用群54%、本術式群66%と手術群が非手術群よりも有意に改善がよく、手術群間では、本術式による除圧単独術のほうが良い傾向にあった。手術侵襲(手術時間・出血量)は、本術式群のほうが有意に低かった。合併症は、固定併用群で深部感染、pedicle screwの逸脱、隣接椎間L3/4の狭窄を各1例ずつ認めたが、本術式群ではなかった。隣接椎間の変性変化は、固定併用群のほうが本術式群よりも有意に多かった。

また、費用対効果に関し、両手術群間における臨床症状の改善の程度に有意差が見られなかったことから、費用最小化分析を行ったところ、患者一人当たりの入院コストの総額は、固定併用群で165万1940円、除圧単独の本術式群では86万3340円、差額は78万8600円であった。

以上により本術式は、腰部脊柱管狭窄症の代表的な術式である椎弓切除術と開窓術ならびにPLFよりも優位性の高いことが示唆され、1度変性すべり症を含む腰部脊柱管狭窄症に対しては、第一選択としてよい術式であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高齢者社会において重要な整形外科疾患である腰部脊柱管狭窄症の手術治療に関し、その目的である神経組織の安全かつ十分な除圧と、腰椎後方要素の温存の両者を兼ね備えた新術式(棘突起形成することにより、従来の椎弓切除術と開窓術の利点を生かした方法)を開発し、その有用性を検討したものであり、下記の結果を得ている。

新術式の臨床症状は、術後2年において、腰痛・下肢症状(下肢痛およびしびれ)。歩行能力・他覚所見。日常生活動作すべてにおいて有意な改善が認められた。本対象では、術前に不可逆的とされる安静時しびれが存在した例が多く、開窓術では対応が難しい椎弓幅が狭く椎間関節が矢状化した下関節突起例や高度狭窄例が少なくなかったこと、また、神経症状の悪化例および再手術例はなく重大な合併症もなかったことを考慮すると良好な臨床成績であった。つまり、安全に十分な神経組織の除圧が行えることが示された。

椎間調節は、1/2以上は温存するほうが望ましいとされているが、87%で3/5以上温存できていた。再建した棘突起の癒合率は87%であった。術後のすべり進行例は、16例(18%)で、椎弓切除術後の報告よりも有意に少なかった。以上より、腰椎後方要素の温存も良好でることが示された。

腰椎変性すべり症に対しては、固定術を併用されることが多いが、pedicle screw instrumentationを追加した後側方固定術を併用した自験例と、本術式の2年後成績を比較すると(両手術群間の背景因子に有意差はなし)、両手術群とも有意に改善し、両手術群間の改善の程度には有意差はなかった。手術侵襲(手術時間・出血量)は、本術式群のほうが有意に低かった。合併症は、固定併用群で深部感染、pedicle screwの逸脱、隣接椎間の狭窄を各1例ずつ認めたが、本術式群ではなかった。隣接椎間の変性変化は、固定併用群のほうが本術式群よりも有意に多かった。また、費用対効果に関し、両手術群間における臨床症状の改善の程度に有意差が見られなかったことから、費用最小化分析を行ったところ、患者一人当たりの入院コストの総額は、固定併用群で165万1940円、除圧単独の本術式群では86万3340円、差額は78万8600円であった。以上より、1度変性すべり症を伴なう症例においても、固定術を併用するよりも本術式のほうが優位性の高いことが示された。

以上、本論文は、腰部脊柱管狭窄症の代表的な術式である椎弓切除術と開窓術ならびに変性すべり症を伴う症例に対する後側方固定術よりも優位性の高いことを明らかにした。本研究は、今後患者の増加が予想される腰部脊柱管狭窄症の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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