学位論文要旨



No 216476
著者(漢字) 船橋,憲
著者(英字)
著者(カナ) フナバシ,ケン
標題(和) 炭素 : 炭素結合生成反応による不斉四置換炭素の新規触媒的構築法の開発
標題(洋)
報告番号 216476
報告番号 乙16476
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16476号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 講師 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

1位置換イソキノリン類の触媒的不斉Reissert型反応の開発と応用

触媒的不斉Reissert型反応の開発

Reissert型反応は、キノリンやイソキノリンといった含窒素芳香族複素環と、酸クロライド、及びシアニド等の求核剤との三成分反応であり、複素環と求核剤の組み合わせに由来する多種多様な生成物は、天然物や医薬活性化合物合成に広く応用することができる。私は、イソキノリンを基質とした触媒的不斉Reissert型反応の開発を試みた。

報告されていたShibasakiらの研究を踏まえ、触媒1aを用いた反応系を基礎として、まず、触媒のルイス酸性を高め、反応性を高める戦略を立てた。ルイス酸性を高めることで、反応性を向上させるとともに、ルイス酸と基質の配位距離を短くすることで、基質をより強い不斉場に引き込み、不斉選択性も同時に向上させることができると考えた。ビナフチルの6,6'位に臭素を導入してアルミニウムのルイス酸性を高めた触媒1bを合成し、反応に付したところ、収率74%、71% eeを得た。

続いて、よりかさ高い置換基を有する1-(2-bromophenyl)isoquinoline(22a)への応用を検討した。触媒1b(9mol%)存在下、phenyl chloroformate(1.1 equiv)及びTMSCN(2.0 equiv)を用いてReissert型反応に付したが、反応性、選択性ともに低くとどまった(y.49%,33%ee.)。phenyl chloroformateに代えて、vinyl chloroformateを用いると、選択性は改善されたものの、依然70%eeであった。そこで、触媒のルイス酸性を高める戦略を再度検討し、強酸の共役塩基をカウンターイオンとすることとした。触媒のルイス酸性をさらに高めると同時に遷移状態での立体障害を緩和することで、基質の中心金属への配位が強化されて、反応性、選択性とも向上すると期待される。触媒1g-iを調製し反応に付したところ、1g、1hで反応性・選択性ともに高くなり、特に(CH3)3AlとTfOHから調製した触媒1gでは98%eeを得ることに成功した(Table 1,entry2)。なお、シアニドをカウンターイオンとする触媒1jでは低い選択性を与えたことから、本反応はアルミニウムシアニドを反応活性種とはしないと考えられる。

MK801の触媒的不斉合成への応用

MK801((+)-19)は、Merck社によって開発されたNMDA(N-methyl-D-aspartate)型受容体の非競合型アンタゴニストである。本化合物の合成については、これまでは、ラセミ体の合成後に光学分割により光学活性体を得るルートが数例あるのみで、筆者の知る限りでは不斉合成は報告されていない。MK801はテトラヒドロイソキノリン骨格を有しており、その骨格上にある不斉四置換炭素は、1位置換イソキノリンを基質とする触媒的不斉Reissert型反応によって構築することが可能である。

1gを触媒として1-(2-bromophenyl)isoquinolineを不斉Reissert型反応に付すと、収率62%、95%eeで成績体22cを得た。MK801の合成は、続いて(1)環化反応、(2)シアノ基からメチル基への変換で完結する。Reissert成績体から6段階、収率52%で合成することに成功した(Scheme 2)。

α-ケトエステルに対する(CH3)2Znの触媒的不斉付加反応の開発

多中心戦略に基づく新規不斉触媒の開発

アルデヒドへのジアルキル亜鉛の不斉付加反応としては、野依らのグループが開発したDAIBが著名であり、MITのFuらのグループにより、DAIBは、ケトンに対する(C2H5)2Znの不斉付加反応にも適用できることが報告されている。しかし、α-ケトエステルを基質とすると、不斉選択性はほとんど得られないことが知られている。

44の他、立体配置等が異なる類縁体49及び50を用いて、触媒の基本構造の検討を行った(Scheme 3)。49や50では反応性も低く、ほぼラセミ体の成績体が得られたが、44を用いたときは、期待通り高い選択性が得られた(82% ee)。触媒量を20mol%から10mol%に落とすと選択性が低下したが(53% ee)、(CH3)2Znを緩除に加えることで83% eeを保つことができた。

添加剤による改良

亜鉛を核とする触媒や反応剤は、非配位性溶媒中では複雑に会合していると考えられる。配位性の添加剤を加えることで会合状態を変化させ、不斉選択性を向上させられるものと考え、種々の添加剤の効果を検討したところ、アルコール類を加えたときに選択性が向上し、特にMeOH、iPrOHを加えたときに92%ee、EtOHを加えたときに93%eeを得た(Figure 1)。

非線型効果の観測を通した反応機構の解析

アルコールの添加効果を分析するため、nonlinear effectの観測を行った(Figure 2)。iPrOHの非存在下では正のnonlinear effect が観測されたが、iPrOHが存在すると非線型性はほぼなくなった。この結果から活性種の構造について考察すると、反応系に加えられたiPrOHは系中でzinc isopropoxideになるが、これが非配位性の溶媒中で会合している触媒をモノマーに乖離させ、より選択性の高い活性種が生まれるものと考えられる。

以上

Scheme 1.Reissert-Type Reaction of l-Methylisoquinoline with Catalyst 1b

Table 1.Counterion Effect in the Reissert-Type Reaction of 1-(2-Bromophenyl)isoquinoline

Scheme 2.Synthesis of(+)-MK801

Scheme 3. Catalyst Screening for Enantioselective Addition of (CH3)2Zn to α-Ketoesters

Figure 1. Additive effect.

Figure 2. Nonlinear effects a)in the absence of and b)in the presence of iPrOH.

審査要旨 要旨を表示する

船橋憲は、「炭素−炭素結合生成反応による不斉四置換炭素の新規触媒的構築法の開発」と題して、大きく以下の2つのトピックを柱とした研究をおこなった。

1位置換イソキノリン類の触媒的不斉Reissert反応の開発と応用

当研究室で開発したLewis 酸−Lewis塩基不斉触媒1を用いたキノリンに対するReissert反応を発展させて、1位置換イソキノリン類を基質とした不斉四置換炭素構築型の触媒的Reissert反応の創製をおこなった。

触媒的不斉四置換炭素構築を達成するために、1の触媒活性を向上させる必要があった。船橋は、1のナフチル環上に電子吸引性のハロゲンを組み込むことによって金属のLewis酸性の向上を試みた。その結果、6,6'位に臭素を導入した不斉配位子が従来の無置換の配位子に比較して有意に優れていることを見出した。さらに金属の対イオンをトリフラートとすることで、最適な不斉触媒2を見出した。2を用いることで、基質一般性の高い1位置換イソキノリン類に対する触媒的不斉Reissert反応の開発に世界で初めて成功した。

Lewis 塩基性を持たないコントロール不斉触媒を用いた反応結果等から、本反応はアルミニウムがLewis酸として基質のアシルイソキノリニウムを活性化すると同時に、ホスフィンオキシドがLewis塩基として求核剤TMSCNを活性化するdual activation機構で進行していることが示唆された(Figure 1)。

本反応を鍵工程として、Merck社により開発された強力なNMDAレセプター阻害剤であるMK801の初の触媒的不斉合成を達成した(Scheme 1)。MK801合成のための基質である1-アリールイソキノリンに対する触媒的不斉Reissert反応は、触媒量1 mol %で進行し、生成物が59%収率、93% eeで得られた。これをラジカル環化反応条件に付すことで、4環性化合物へと導き、その後シアノ基を還元的にメチル基へと変換することで、効率的にMK801が合成できた。

α-ケトエステルに対するジメチル亜鉛の触媒的不斉付加反応の開発触媒的不斉四置換炭素構築反応の適用範囲を拡張することを目指し、船橋はケトンに対する触媒的不斉アルキル化反応を計画した。求核剤として有機亜鉛を用いて様々な検討をおこなった結果、シスヒドロキシプロリノール誘導体3がα-ケトエステルに対するジメチル亜鉛の触媒的不斉付加反応において優れたエナンチオ選択性を発現することを見いだした(Table2)。高いエナンチオ選択性には、触媒量のi-PrOH の添加とジメチル亜鉛の低速滴下が必須であった。non-linear effectsの実験より、i-PrOH は触媒活性種であるキラル亜鉛アルコキシドの反応系内での会合を解く働きをしているものと考えられた。

以上の業績は、医薬品の合成化学の分野に有意に貢献するものと考えられ、博士(薬学)の授与に値するものと考えられる。

Table 1. Catalytic Asymmetric Reissert Reactioin to 1-Substituted lsoquinolines

Figure 1. Proposed Transition State Model

Scheme 1. Catalytic Asymmetric Synthesis of MK801

Table 2. Catalytic Enantioselective Addition of Me2Zn to α-Ketoesters

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