学位論文要旨



No 216575
著者(漢字) 東野,陽子
著者(英字)
著者(カナ) トウノ,ヨウコ
標題(和) Hi-net傾斜計記録を用いた日本列島下におけるマントル不連続面と異方性構造の推定
標題(洋) Use of Hi-net tiltmeter records to image mantle discontinuities and anisotropic structure beneath the Japanese islands
報告番号 216575
報告番号 乙16575
学位授与日 2006.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16575号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 教授 本多,了
 東京大学 助教授 飯高,隆
 東京大学 助教授 塩原,肇
内容要旨 要旨を表示する

 地表とコア-マントル境界を往復するS波であるScSnとsScSnの前後にはマントル不連続面やモホ面などで反射された波が多数到達する。日本周辺で発生した3つの巨大深発地震に対する高感度地震観測網(Hi-net, 555点)の観測点に設置している傾斜計(高感度加速度計)記録と広帯域地震観測網(F-net, 64点)の記録には、これらの反射波が明瞭に観測されている。1つの地震に対し500点を越すHi-net傾斜計記録を用いることで反射波などの非常に小さい振幅である波の検出が容易になり、観測された地震波の走時異常分布が高い空間分解能を持って得ることができた。

 本論では、(1)日本列島下の410-km,660-kmマントル不連続面の深さ分布を面的に求め、沈み込んだスラブによる温度異常を示すマントル不連続面の深さ変化と、(2)日本周辺下におけるマントル異方性構造の解析を行い、火山フロントに沿った系統的な異方性のもつ極性の変化と日本列島下にある統一的な異方性構造を明らかにする。

 1)Mapping of the 410- and 660-km boundaries beneath the Japanese islands

 深さ410km, 660kmに存在する地震波速度不連続面はオリビン成分の相転移が原因であると考えられており、沈み込んだスラブなどによる温度条件の変化によって相変化を起こす圧力条件が変化するため不連続面の深さが変化する。従って日本列島下のマントル不連続面の深さ異常を調査することでマントル内の温度変化を推定することができる。

 2002年6月28日のウラジオストック付近で生じた巨大深発地震に対するHi-net傾斜計記録とF-netの記録には、マントル不連続面からの反射波が明瞭に観測された。マントル不連続面での反射点を限定するためsScSの後続波に着目し、理論波形との相関をとることで理論走時との差を求め、410-kmおよび660-kmマントル不連続面の深さを推定した。理論波形の計算にSpectral Element Methodを用い3次元マントル構造モデル(S20RTS)と地殻モデル(Crust2.0)に地形と海底面の標高を取り込むことにより観測との波形合致度を向上させた。マントルおよび地殻の不均質や地形の影響が理論波形にも含まれていることから、マントル不連続面からの反射波の理論走時と観測走時との差をそのまま不連続面の深さ異常と考えることができる。

 求めた不連続面の深さ異常をP波マントルトモグラフィーと比較すると、410-km不連続面沈み込むスラブと410-km 不連続面が交差する領域では、スラブの中央で410-km不連続面が約15km上昇する長波長(約300km)の変形とそれに重なった振幅20−30kmの短波長の凸凹が見られた。短波長の凹凸はスラブ上面に沿った変化を示しているのスラブ上面での反射波の影響だと考えられる。スラブが660-km不連続面の上に停留している西南日本下では、660-km不連続面の深さが西に行くほど緩やかに下降し、平均約15kmの下降が見られた。スラブが660-km不連続面上には停留していない東北日本下では、410と660km不連続面の深さにやや上昇傾向が見られるが、平均的には660-km不連続面は標準的な深さ、410-km不連続面は約10km浅いという結果が得られた。クラペイロンカーブを -2.5 〜 -3 MPa/K と仮定すると西南日本下のスラブの底でマントルの温度は200K低下していると推定される。

 2)Interference of anisotropic strcuture around the Japanese islands

 上部マントルの地震波速度異方性の原因は、主に上部マントルの主要な造岩鉱物であるオリビンの選択配向によると考えられている。従って、観測された異方性の方向や強さを鉱物物理などに基づいて解釈することで、地球内部の対流や応力方向を推定することができるため、地球内部ダイナミクスの解明には非常に有効な手段である。

 S波偏向異方性は異方性媒体中をS波が伝搬すると振動方向が互いに直交し異なる速度をもつ2つのS波に分離する(S波スプリッティング)。2002〜2003年に日本周辺下で生じた3つの巨大深発地震に対し、Hi-net傾斜計によって観測されたScSとその多重反射波(ScS, sScS, ScS2, sScS2)に明瞭なS波スプリッティングが確認された。この観測記録を用いてS波偏向異方性の特性を示す早いS波の振動方向(異方性の軸)と時間差を求め、日本列島周辺下に存在する異方性構造を明らかにすることができた。

 多重反射波を用いることで共通な伝播領域に存在する異方性の影響を取り除くことができた。また、震源メカニズムによるS波の振動方向に平行に異方性の軸があった場合、S波スプリッティングは生じないことに着目し、震源メカニズムの違う3つの巨地震を解析することで、2種類の異方性構造が和達-ベニオフ面の上部に存在し、これらとは異なる異方性構造が和達-ベニオフ面の下部に存在することを明らかにした。

 図1に示すように、和達-ベニオフ面の上の2種類の異方性は火山フロントを境にして異方性の軸が変化する様子が北海道、本州北部、琉球孤に沿って確認できた。火山フロントから太平洋側では、トレンチの走行に平行な軸をもつ異方性が存在し、火山フロントから沿岸海側では、日本下のプレート収斂方向に平行な軸をもつ異方性が分布している。沿岸海側の異方性と同じ方向に軸をもつ異方性は背孤下、サハリン列島南西部下にも見られた。 一方、和達-ベニオフ面の下の異方性構造は太平洋の海底に見られる地磁気の縞模様にほぼ垂直なNWN方向軸を持つ。この異方性は沈み込むスラブ内に一様に存在すると考えている。

Fig.1 Estimated anisotropic model above the Wadati-Benioff zone. In this model, the splitting parameters under the Japanese islands vary from station to station but uniform from point to point of ScS2 surface reflection under the Japan Sea. They also vary from epicenter to epicenter of the analyzed events. Red and blue arrows show the fast directions with the NE and NW quadrants, respectively, and the two-way time lags estimated from the ScS phase of the Sakhalin and Vladivostock events. Black arrows plotted at the surface reflection points of the ScS2 phase for the Sakhalin event show the uniform anisotropy with the fast direction of N60°W and two-way time lag of 1 s. Black arrows plotted at the three epicenters represent anisotropy with the fast directions and two-way time lags, (N30°W, 1s), (N55°E, 1.5s) and (N55°W, 2s) for the Kuril, Vladivostock and Sakhalin events, respectively. Red arrow plotted at station MDJ shows anisotropy with the fast directions and time-lag of the direct S phase observed at this station from the nearby event.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなる.第1章は全体のイントロダクションである.第2章には日本列島下のマントル不連続面のマッピングについて,第3章には日本列島周辺下のマントル異方性のマッピングについてまとめており,大きく分けて2部構成になっている.

 本論文では防災科学技術研究所が運用している高感度地震観測網(Hi-net)に同時に設置されている傾斜計を長周期地震計として応用することで,稠密な観測点分布を活かし高分解能な地球内部構造マッピングが可能となることを提案している.全体のイントロダクションでは,傾斜計の基本構造・振幅および位相特性・ノイズレベルを示し,長周期地震計として応用可能であることを提案している.

 深さ410km, 660kmに存在する地震波速度不連続面はオリビン成分の相転移が原因であると考えられており,沈み込んだスラブなどによる温度条件の変化によって相変化を起こす圧力条件が変化するため不連続面の深さが変化する.従ってマントル不連続面の深さを調査することでスラブの沈み込みがもたらす温度場の擾乱などを推定することができる.トモグラフィーイメージなどにより日本列島下に沈み込むスラブの存在は明瞭にされているが,詳細な形状や,沈み込みに伴う熱的擾乱を明白にするためには,トモグラフィ-イメージとは別の情報が必要である.第2章では地表とコア-マントル境界を往復するS波であるScSnとsScSnの前後に到来するマントル不連続面からの反射波に着目し,Hi-net傾斜計(高感度加速度計)記録と広帯域地震観測網(F-net)の記録を解析した.本研究は,(1)使用した地震数は1個ながら500点を越すHi-net傾斜計記録を用いることにより従来にない空間分解能を達成した,(2)理論波形の計算に地殻構造の不均質性や地形の影響までも取り込む手法を用いことにより観測との波形合致度を向上させ,(3)地球シミュレータを用いることにより上記計算を現実的なものとしたという点に特徴がある.実際に得られた深さ異常分布に基づいて,沈み込むスラブに伴うマントルの温度異常の水平勾配を見積もっている.

 第3章では,日本列島周辺下のS波偏向異方性を扱っている.本研究の特色は,面的に密な観測点分布をもつHi-net傾斜計記録を用いることで,(1)多重反射波を用いて共通な伝播領域に存在する異方性の影響を取り除き,(2)震源メカニズムによるS波の振動方向と異方性の軸の方向とのなす角によって異なるS波スプリッティングが生じることを理論波形で検証し,(3)震源位置と震源メカニズムの違う3つの大深発地震を解析し日本列島下の3次元的な異方性構造を明らかにした点にある.上部マントルの地震波速度異方性の原因は,主に上部マントルの主要な造岩鉱物であるオリビンの選択配向によると考えられている.従って,観測された異方性の方向や強さを鉱物物理などに基づいて解釈することで,地球内部の対流や応力方向を推定することができるため,地球内部ダイナミクスの解明には非常に有効な手段である.本研究で明らかにされたウエッジマントル内の異方性については,他の沈み込み帯においても指摘されており,全く先行研究がないというわけではない.しかしながら,日本の稠密なデータを用いて火山フロントを境にして異方性軸が変化することを明瞭にしたこと,さらにスラブ内に太平洋プレートで獲得したオリビンの定向配列がそのまま保存され異方性構造を形成している可能性が強いことを示したことは,沈み込み帯における研究において地震学だけでなく地球科学のあらゆる分野に波及効果がある重要な結果である.

 以上のように本論文は,Hi-net傾斜計を長周期地震計として応用することにより,地球内部の構造推定において,従来にくらべ遥かに高い空間分解能のイメージを得ることができることを示した初めての研究である.また,本論文で得られた日本列島周辺下のマントル不連続面の深さ異常,マントル異方性の3次元的分布は地震学のみならず,地球科学の他分野の研究の進展に貢献すると期待される.

 なお,本論文第2章は,功刀卓・深尾良夫・坪井誠司・神定健二・笠原啓司との共同研究であり,第3章は,深尾良夫・功刀卓・坪井誠司との共同研究であるが,どちらも論文提出者が主体となってデータ解析・理論計算・解釈を行ったもので,論文提出者の寄与は十分であると判断する.

 以上の理由より,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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