学位論文要旨



No 216606
著者(漢字) 小泉,宏之
著者(英字)
著者(カナ) コイズミ,ヒロユキ
標題(和) マイクロ宇宙推進機に関する研究
標題(洋) STUDY ON MICRO SPACE PROPULSION
報告番号 216606
報告番号 乙16606
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16606号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 國中,均
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

1 緒言

1.1 マイクロスペースクラフト

 近年の宇宙開発において,マイクロスペースクラフトと呼ばれる小型衛星が注目を集めている.小型化による部品コストおよび開発コストの削減,そして最も大きい効果となる打ち上げコストの削減が期待されている.また,小型衛星群を用いて一つのミッションを遂行することによって冗長性が確保される.

 この小型衛星開発の要となるのが推進系の小型化である.ここ十年の間,小型衛星の開発が大学をはじめとした各研究機関で行われているが,いまだミッションは試験的なものにとどまっている.実用的なミッションを遂行するためには,小型衛星に適した推進系が不可欠なのである.

1.2 マイクロ宇宙推進機

 マイクロ宇宙推進機に対する要求は,衛星のサイズ,用途,ミッションによって大きく変化してくる.衛星重量が10kg以下である超小型衛星においては,推進系に割り当てることができる重量は数100gと厳しく,推進系に最も必要なものは小型・軽量といった特徴となる.一方,衛星重量が10kgを超えてくると,推進系およびその他のハードに課せられる制限も緩やかになり,大きなデルタVを要する長期的かつ高度なミッションを行える可能性も出てくる.

1.3 本論文の目的および構成

 このような背景の中,本研究では10kg以下の超小型衛星には小型化に最も有利であるレーザーマイクロスラスタを,10kgを超える小型衛星に小型および高比推力の特徴を併せ持つ液体パルス型プラズマスラスタを選択し,両スラスタに関する研究を行った.また,これと並行して,マイクロスラスタの性能評価に不可欠となる微小推力測定装置の開発を行った.

2 微小推力測定用スラストスタンド

 マイクロスラスタの発生する推力は最小で1μNs,もしくはそれ以下,と極めて微小である.本研究では,汎用的に使用可能かつ1μNs級の推力分解能をもつスラストスタンドの開発を行った.

2.1 スラストスタンド

 本研究で開発したスラストスタンドの概略図をFig.1に示す.スタンドの主な構成は,振子,変位計,ダンパ,カウンタウェイト,および較正装置からなる.

 本研究では振子として,水平式のねじりバネ振子を採用した.回転軸にはフレキシャルピボットを用いた.フレキシャルピボットは摩擦,ヒステリシス,センターシフトのない高精度な回転軸である.

 変位計には感度が高い非接触式の作動変圧器(LVDT)を用いた.本研究で使用したLVDTの感度は12μm/Vである.

 ダンパーは推力測定前および後の余計な振動を抑制するのに不可欠な機器である.LVDTからの出力をフィードバックして作動する.測定直前に出力を切り,減衰のない状態で測定を行った.

 カウンターウェイトは,振子の重心を回転軸に一致させ外部振動による振子への振動励起を防ぐ.本研究では,スタンド上に搭載されたリニアステージを用いて重心を±30μm以内の精度で回転軸にあわせた.

 較正にはスタンドに取り付けられたフォーストランスデューサーを用いた.力の時間履歴を積分することにより,スタンドに与えられた力積を高精度に求めることができる.回帰直線からのずれは小さく,決定係数の値は常時0.99を上回った.

2.2 解析方法

 水平ばね振子の変位を測定し,サイン波形をフィッティングすることによって揺れの振幅を決定する.一方,測定推力が極めて小さく外部振動が無視できない場合,フィッティング関数にノイズの効果を付加した式を用いることを提案した.フィッティングをスラスタ作動の数秒前から行い,外部振動に対してもフィッティングを行うことにより,ノイズの影響を除去することができる.

2.3 スラスタによる測定実証

 Figure 2に,パルス型プラズマスラスタを作動させた場合の測定波形およびフィッティング波形を示す.PPTのインパルスは30-100μNsと,外部振動によってスタンドに誘起される振動(実効的に1μNs程度の大きさよりも大きいため,サイン関数による通常のフィッティングが行われた.

 レーザーアブレーションスラスタのの場合,インパルスが≪10μNsと小さいため,外部振動により励起された揺れが問題となる.ノイズ効果を含めたフィッティングを行うことにより,ノイズの影響を抑えることに成功した(Fig.3).この解析により,レーザーアブレーションスラスタにおける測定のばらつきが,決定係数で0.92から0.98に向上した.

3 デュアルモード半導体レーザーマイクロスラスタ

 一般的に推進系には小さい推力による詳細な制御と大きい推力による素早い動作の双方が要求されることが多い.重量・サイズが極度に制限された超小型衛星では,これら複数の要求を単一の推進システムで満たすことが望まれる.

 本研究で提案するデュアルモード半導体レーザーマイクロスラスタは,レーザーアブレーションとレーザー着火を用いることにより1μNから1Nsにおよぶ広範囲の推力を単一の推進系で提供することができる.

3.1 レーザーアブレーションモード

 大気中の照射試験および真空中の推力測定の結果,塩化ビニル樹脂(PVC)を用いた際に最も高い推力を得た.また,PVC中に含まれる添加物の影響を調べるために,PVC中の炭素濃度を変化させて推力測定を行った.炭素濃度が0%のPVCは無色透明であり半導体レーザーに対し何も反応を示さなかった.2.5および5.0%の炭素濃度における推力測定の結果をFig. 5に示す.この結果,樹脂の材質だけでなくレーザー吸収率を左右する炭素濃度が直接レーザーアブレーションの性能に影響を与えることが示された.

 各樹脂の中でもPVCが優れていた原因を調べるために,アブレーション時の真空チェンバ中の質量分析を行った.この結果,PVC(-CH3Cl-)のアブレーションは脱塩化水素が主であることがわかった.逆にこの分解反応が他の樹脂に比べて生じやすいことから,PVCを用いることによって高い性能が得られたといえる.

3.2 レーザー着火モード

 真空中において半導体レーザーによる着火が可能な火薬の模索を行った.コンポジットおよびダブルベース火薬は,大気中においては半導体レーザーの照射によって着火(自燃)したが,真空中においては着火しなかった.一方,ボロン/硝酸カリウムを試したところ,大気中および真空中におけるレーザー着火に成功した.

 レーザーパワーおよびパルス幅を変化させて着火条件を調べた.この結果,400mW以上のレーザーパワー,300ms以上のパルス幅で確実なレーザー着火が可能であることが示された(Fig.6).このことからパワーレベルの上で,レーザーアブレーションと共用可能であることが示された.

 ボロン/硝酸カリウムが真空中において良好な着火特性を示したのは,支配的な発熱反応が,凝縮層のKNO3と固相(粒状)のボロンによるものであり,外部の圧力の影響を受けないためである.このB/KNO3火薬の着火機構を確かめるために,熱反応を考慮した熱伝導モデルの数値解析を行った.この結果,着火閾値および燃焼時間が実験値と良好に一致した.

 レーザー着火モードによる推力生成の実証として,推力測定試験を行った.この結果,ペレットの大きさにより,11mNsおよび650mNsのインパルスを確認した.

4 液体推進剤パルス型プラズマスラスタ

 衛星重量が10-100kg程度の小型衛星では,長期間におよぶ商用利用などさまざまなミッションが可能となってくる.このような大きなデルタVを必要とするミッションにおいては,高い比推力をもつ電気推進機が有用となってくる.

 本研究では,高性能マイクロスラスタとして,推進剤に液体を用いたPPTの研究を行う。これまで動作実証および性能評価がなされ,高い比推力をもつことが示された.しかしながら,液体の使用による推力の低下という問題がある.本研究では,推力電力比を下げている要因を明らかにし,それを基に性能を向上させる方法を提案し実験によってその効果を示した.

4.1 エネルギー分配

 パルス型プラズマスラスタは一つのRLC回路とみなすことができ,その全抵抗値Rt(otal)を用いて,電磁加速インパルスを

と表すことができる.この全抵抗値は,外部回路の抵抗Rc(ircuit),プラズマ抵抗Rp(lasma),そして電磁加速の等価抵抗RE(M)からなる.

 本研究では,液体PPTにおける各抵抗値を求め,エネルギー分配を明らかにした.ロゴスキーコイルによる放電時の電流波形および高速度カメラによって観察されたプラズマの発光写真から各抵抗値を見積もった(Table 1).この結果,推進剤として液体を用いた場合の高い抵抗値はプラズマ抵抗に起因していることがわかった.本研究ではプラズマ抵抗を下げ推力を向上させる方法として,次節に述べる二つの方法を試みた.

4.2 シードによる抵抗低減

 シードはプラズマ中に電離しやすい物質を混ぜることによって,プラズマの電離度を高める方法である.本研究では,シード物質としてナトリウムを選定した.推進剤としての供給は,取扱の容易さから,塩化ナトリウム水溶液の形で行った.

 推力測定の結果からもとめた推力電力比をFig.8に示す.塩化ナトリウム水溶液を推進剤として使用した場合,精製水を用いた場合に比べて推力電力比がエネルギーに応じて最大で9.5%,平均で5.5%向上した.この推力電力比の向上と対応して,共に測定した全抵抗値の減少も確認された.

4.3 ヒーターを用いた液体の蒸発促進

 プラズマ抵抗を低減させる方法として,小型ヒーター上に液滴を噴射させ,液体の蒸発速度を促進させることを試みた.電極は着火部および加速部からなり,電極間距離が短い着火部での消費を防ぐために,キャパシタを二つにわけた二段放電型とした.

 推力測定を行い得た推力電力比をFig.9に示す.ヒーターを搭載し二段放電タイプとすることにより,これまでの液体PPTに比べて推力が約30%向上した.また,この推力電力比の向上に伴い,抵抗の減少も確認された.

Fig. 1:Schematic diagram of the thrust stand system

Fig. 2: Sample of the oscillation waveforms of the thrust stand by PPT firing at 11.5 J.

Fig. 3: Sample of the oscillation waveforms of the thrust stand by laser ablation at 0.2 s.

Fig. 4: Conceptual drawing of dual propulsive mode microthruster.

Fig. 5: Thrust and ablated mass on laser ablation mode.

Fig. 6: Laser ignition probability of B/KNO3 in vacuum, dependence on the laser power.

Fig. 7: Drawing of a PPT using liquid propellant.

Table 1: Resistances of the LP-PPT.

Fig. 8: Effect of seeding on water propellant.

Fig. 9: Thrust to power ratio of a double discharge PPT.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)小泉宏之提出の論文は「STUDY ON MICRO SPACE PROPULSION(マイクロ宇宙推進機に関する研究)」と題し英文で書かれ,五章および付録からなっている.

 近年の宇宙開発の流れのひとつとして,マイクロスペースクラフトと呼ばれる小型衛星が大きい注目を集めている.小型化による部品コストおよび開発コストの削減,そして最も大きい効果となる打ち上げコストの削減が期待されている.また,小型衛星群を用いて一つのミッションを遂行することによって冗長性が確保される.この小型衛星開発の要となるのが推進系の小型化である.ここ十年の間,小型衛星の開発が大学をはじめとした各研究機関で行われているが,いまだミッションは試験的なものにとどまっている.実用的なミッションを遂行するためには,小型衛星に適した推進系が不可欠なのである.

 マイクロ宇宙推進機に対する要求は,衛星のサイズ,用途,ミッションによって大きく変化してくる.衛星重量が10kg以下である超小型衛星においては,推進系に割り当てることができる重量は数100gと厳しく,推進系に最も必要なものは小型・軽量といった特徴となる.一方,衛星重量が10kgを超えてくると,推進系およびその他のハードに課せられる制限も緩やかになり,大きな比推力を要する長期的かつ高度なミッションを行える可能性も出てくる.

 本研究では100kg以下の小型衛星に搭載可能なマイクロ推進機を実現することを目的に,10kg以下の超小型衛星には小型化に最も有利であるレーザーマイクロスラスタを,10kgを超える小型衛星に小型で高比推力の特徴を併せ持つ液体パルス型プラズマスラスタを選択し,両スラスタに関する研究を行った.また,これと並行して,マイクロスラスタの性能評価に不可欠となる微小推力測定装置の開発を行っている.

 第一章は緒言であり,近年の小型衛星およびマイクロ推進機に対する研究開発の現状と課題を概観している。なかでも小型衛星に適したマイクロ推進機の開発が進んでおらず,実用に向けた開発が早急に必要であることを指摘し,本研究の役割・意義を明確にすると共に,複数種類のマイクロ推進機の作動実験を通じて,衛星サイズ・ミッションに応じて最適な推進機の提案を行っている.

 第二章は,マイクロ推進機の研究開発に不可欠である微小推力測定装置について述べている.開発された微小推力用スラストスタンドは水平式のねじりバネ振子であり,推進機の搭載に関する制限が少なく汎用的な使用が可能である。また,軸に接触摩擦がなく信頼性が高いフレキシャルピボットを用いることにより,微小推力の高精度測定を可能としている。実際に複数種類のマイクロ推進機の推力測定結果が示されている.小型ながらも高い分解能および精度をもち汎用性の高い本スタンドはマイクロ推進機の研究開発にかかせないものといえる.

 第三章は,10kg以下の超小型衛星に適したデュアル推進モードのレーザーマイクロスラスタを提案し動作実証および基礎性能の把握を行っている.単一の半導体レーザーを用いた両モードの成立性,超小型衛星に適した1W以下の小電力動作,および1μNから1Nまでの幅広い推力発生性能が実証されている.また,排気プルームの質量分析および内部の熱解析により半導体レーザーによるポリマーのアブレーション機構および,熱反応を含めた数値解析により推進薬のレーザー着火過程の解明を行っている。

 第四章は,10kgを超える小型衛星に対し小型で高比推力の特徴を併せ持つ液体パルス型プラズマスラスタを選択し研究を行っている.従来の固体推進剤を用いたスラスタでは,推進剤の流量制御ができず過剰な推進剤消費による性能低下が現れていた.これに対して本研究では液体を用いることによって,高比推力が得られ,また推力電力比についても,液体への導電性物質のシーディングおよびマイクロヒータによる液体の蒸発促進を試み,一定の向上があったことを確認している.

 第五章は,結論であり本研究において得られた結果と知見を要約している.

 以上要するに,近年,注目をあつめている小型衛星に搭載可能な推進系として,サイズ・ミッションに応じた複数のマイクロ推進機を提案し,それぞれの動作確認,物理現象の解明,性能向上の実証を行っており,その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49016