学位論文要旨



No 216764
著者(漢字) 高山,範理
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,ノリマサ
標題(和) 生活域の自然環境が身近な森林に対する評価と行動に与える影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 216764
報告番号 乙16764
学位授与日 2007.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16764号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 准教授 斎藤,馨
 東京大学 准教授 小野,良平
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、人間の内面に存在し、あらゆる判断に関与することが想定されるパーソナリティの要因として、日常的に生活を営む生活域周辺の自然環境(生自環境)を取り上げ、生自環境の多寡が自然環境に対する態度(「態度」)や、身近な森林に対する評価(『評価』)および行動(『行動』)に与える影響について掘り下げようとする研究である。

本研究の目的は、I.刺激とパーソナリティ、および『評価』や『行動』に関わる人間の内的構造性(スキーマ)の関係を整理し、本論の機軸となるモデル(生自環境-反応系モデル)の構築をおこない、さらに各章における研究の枠組みを明らかにする。 II.自然環境に対する関心の度合い(関心度)や価値観(自然観)を「態度」の指標として捉え、生自環境の多寡との関係を明らかにする。III.『評価』との関係と生自環境の多寡との関係を『評価』の差異に着目して明らかにし、さらに生自環境-「態度」-『評価』の論考的関係について整理する。IV.『行動』と生自環境の多寡との関係を、各活動への参加回数の差異に着目して明らかにし、さらに生自環境-「態度」-『行動』の論考的関係について整理する。V.生自環境-「態度」-『評価』-『行動』の関係を統計的-視覚的な手法を用いて整理し、相互の要因の因果関係について詳細な分析をおこなうことである。

序章では、まず、研究の背景や問題意識、用語の定義を明らかにし、本研究の既往研究における位置づけの明確化などを試みた。また、身近な森林の利用や管理に対する本研究の意義や、達成すべき目標、および研究の目的などについての議論をおこなった。

その結果、これまでの国内外におけるパーソナリティ研究の系譜や動向が明らかになった。さらに各章で達成すべき研究目的や、本研究を通じた研究目的、および達成すべき目標が整理され、序章以降の各章の論点が明確になった。

第1章では、本研究の主題である生自環境のパーソナリティ研究における位置づけについて検討した。次に、「態度」、『評価』、『行動』の用語を用いてスキーマを整理し、最終的に生自環境を考慮した反応系スキーマモデル(生自環境-反応系モデル)を構築し、第2章以降の議論の枠組みをあらかじめ提示することが目的であった。

その結果、生自環境はアポステリオリ的であり、背景的パラダイムに分類された。さらに、背景的パラダイムを構成する環境的側面として整理が可能であり、その一部を、生活域周辺の自然環境(生自環境)という点に着目して取り出したものとして位置づけられた。また、刺激-反応系におけるスキーマを構造的に整理するため、刺激、「態度」、判断、『評価』、『行動』の相互関係をモデル(環境に対する反応系モデル)として整理した。さらに、生自環境の位置づけおよび整理に関する議論と刺激-反応系におけるスキーマに関する議論の結果を統合し、生自環境を考慮したモデル(生自環境-反応系モデル)を作成した。また、最後に、第2章以降でおこなう議論の範囲や分析の考え方、手順をあらかじめ明確にするために、各章で扱うテーマの枠組みについて整理および図化した。

第2章では、評価主体の自然環境に対する関心の度合い((1)関心度)、自然環境に対する価値観(自然観[(2)人間中心主義性、(3)生態中心主義性])との関係、および生自環境と密接な関係を有すると考えられる自然への接触頻度((4)自然にふれる機会)と、「形成期」および「成人期」の生自環境の多寡との関係について数量的に調べることが目的であった。「形成期」および「成人期」の生自環境の多寡によって、それぞれ調査対象者を3グループ(「形成期」:3グループ、「成人期」:3グループ)に分類し、(1)~(4)の各指標に関して3グループが取る傾向についての分析をおこなった。

その結果、生自環境と、関心度および自然にふれる機会については、統計的に有意な関連が確認できた。しかし、自然観については、一定の傾向を示すに留まった。考察の結果、評価主体の有する自然観は、関心度や自然とのふれあいの機会とは異なり、生自環境とは直接的な関連はみられないことが示された。また、その理由として、実体験を伴わず、TVやインターネットなどの情報化や画一的な学校教育によって獲得された概念的な知識が広く共有されている可能性が考えられた。

第3章では、(1)「好ましさ」の『評価』、(2)多次元的な『評価』というふたつの分析軸から、「形成期」および「成人期」の生自環境の多寡と身近な森林景観に対する『評価』との関係について数量的に調べ、さらに生自環境-「態度」-『評価』の論考的関係について整理することが目的であった。

その結果、尾瀬などの審美的対象と比べて、森林景観の『評価』には、生自環境の多寡によって特徴的な差異がある可能性が示唆された。また、森林景観の『評価』の得点を比較したところ、「成人期」の生自環境の豊かなグループは、乏しいグループよりも「好ましさ」の『評価』が高かった。さらに、「形成期」の生自環境の乏しかったグループが、森林景観に対してより風格があり、雰囲気があると『評価』し、「成人期」の生自環境の乏しかったグループが、より珍しく、より自然的であると『評価』するなどの特徴がみられた。

このように、『評価』が異なる理由として、森林景観に対する親近性が影響していることが示唆された。ザイオンスの「単純接触の原理」などより、森林への親近性は、森林とのふれあいの頻度などに影響を受けることが考えられることから、特に「成人期」の生自環境と森林との物理的距離が森林景観の相違性につながる大きな要因のひとつであると考えられた。また最後に、生自環境-「態度」-『評価』の論考的な関係を整理した図を作成した。

第4章では、身近な森林に対するレクリエーションなどの活動((1)ふれあい活動)や、下刈りなどの管理に関わる活動((2)管理活動)などの『行動』と、「形成期」および「成人期」の生自環境の多寡との関係について調べ、さらに生自環境-「態度」-『行動』の論考的関係について整理することが目的であった。

その結果、ふれあい活動については、「形成期」の生自環境との間には有意差は見られなかった。これは生まれ育った「形成期」の生自環境の多寡は、活動の頻度に直接関係ないことを意味していると考えられた。また、活動に参加する回数は、「成人期」の生自環境と有意に比例関係にあることが明らかになった。その理由として、生自環境からの身近な森林の近さと、ふれあい活動に対する心理的な障害が低いことなどが指摘された。

管理活動については、「形成期」の生自環境との間には有意差は見られなかった。これは生まれ育った「形成期」の生自環境が豊かでも、乏しくとも、「成人期」の身近な森林に対する管理活動への参加頻度には関係しないことを意味していた。また、「成人期」の生自環境が豊か、あるいは乏しい場合には、中庸な場合よりも管理活動の参加回数が有意に多いことが明らかになった。根拠として、身近な森林の保全への義務感や身近な森林へのより深い関わりへの希求や、ある程度満たされているが故の無関心などが関係していると考えられた。

このように、「成人期」の生自環境の方が、ふれあい活動、管理活動への参加回数に影響しているという結果が得られた。この結果は、既往研究が指摘する結果を支持していたが、同時に生自環境を原因、『行動』を結果とする関係分析の限界も示唆していた。また最後に、生自環境-「態度」-『行動』の論考的な関係を整理した図を作成した。

審査要旨 要旨を表示する

研究は、人間の内外面に存在し、あらゆる判断に関与することが想定されるパーソナリティの要因として、日常的に生活を営む生活域周辺の自然環境(生自環境)を取り上げ、生自環境の多寡が自然環境に対する態度(「態度」)や、身近な森林に対する評価(「評価」)および行動(「行動」)に与える影響について考究したものである。

具体的な目的は以下の5点である。(1)刺激とパーソナリティ、および「態度」や「評価」、「行動」との関係を整理し、本研究の機軸となるモデル(生自環境一反応系モデル)の構築をおこなう(第1章)。(2)自然環境に対する関心の度合い(関心度)や自然環境に対する価値観(自然観)を「態度」の指標として捉え、生自環境の多寡と「態度」との関係を明らかにする(第2章)。(3)生自環境の多寡と「評価」との関係を、身近な森林景観に対する評価結果の差異に着目して明らかにする(第3章)。(4)生自環境の多寡と「行動」との関係を、身近な森林に対するふれあい活動、管理活動への参加頻度の差異に着目して明らかにする(第4章)。(5)生自環境一「態度」一「評価」一「行動」の関係を統計的一視覚的な手法を用いて整理し、相互の要因の因果関係について詳細な分析をおこなう(第5章)。

第1章では、まず、本研究の主題である生自環境のパーソナリティ研究上の位置づけについて議論するとともに、刺激一反応系における連続的な枠組みを構造的に整理するため、刺激、判断を加え、「態度」、「評価」、「行動」の相互関係をモデルとして整理し、生自環境を考慮した反応系モデル(生自環境一反応系モデル)を作成した。

第2章では、評価主体の自然環境に対する「態度」(関心の度合い(関心度)、自然環境に対する価値観(自然観))との関係と、「形成期」および「成人期」の生自環境の多寡との関係について学生や社会人に対してアンケート調査をおこない分析した。その結果、生自環境と関心度については、統計的に有意な関連が確認できた。しかし、自然観については、一定の傾向を示すに留まっており、この理由として、TVやインターネットなどの情報化や画一的な学校教育による概念的な知識獲得の問題が考察されている。

第3章では、アンケート調査をもとに生自環境と身近な森林景観の「評価」との関係について検討している。その結果、「形成期」の生自環境の乏しかったグループが、森林景観に対してより風格があり雰囲気があると評価し、また「成人期」の生自環境の乏しかったグループが、森林景観をより珍しくより自然的であると評価することが明らかとなった。さらに、「形成期」の生自環境が豊かであると森林景観に対してより「見慣れた」と評価するという結果が得られ、「成人期」の生自環境が豊かであると森林景観に対してより「人工的」で「見慣れた」と評価するという結果を得ている。

第4章では、身近な森林に対するレクリエーションなどの活動(ふれあい活動)や、下刈りなどの管理に関わる活動(管理活動)などの「行動」と、「形成期」および「成人期」の生自環境の多寡との関係について検討している。その結果、ふれあい活動と「形成期」の生自環境との間には際立った関係が見られないものの、ふれあい活動に参加する回数は、「成人期」の生自環境と有意に比例的な関係にあることが明らかになった。

第5章では、生自環境と「態度」-「評価」-「行動」との関係を、「形成期」および「成人期」の生自環境、「形成期」の自然にふれた機会や「成人期」の自然にふれる機会、年齢、性別、関心度、自然観、ふれあい活動、管理活動などの11項目を観測変数として共分散構造分析を行っている。その結果、生自環境から身近な森林に対するふれあい活動、管理活動に至る間に介在する各変数の関係がパス図として表され、「形成期」の生自環境は、「成人期」の生自環境、「形成期」の自然にふれた機会、「成人期」の自然にふれる機会などの、複数の観測変数と強い因果関係を有しており、各観測変数および潜在変数と複雑に連携することが明らかになった。また、「形成期」と「成人期」の生自環境あるいは自然にふれた機会といった要因が、個別に影響をしていると捉えるよりも、「形成期」から「成人期」に至る時系列的な因果関係の中で各要因の総合的な多寡や変化という点から捉える必要があることを明らかにしている。

以上、本研究は、従来から因果関係が指摘されながらも本格的には取り上げられてこなかった、形成期および成人期における生活域周辺の自然環境の多寡と、人々の自然環境に関わる態度、評価、行動との関係を定量的に分析し、関係性を明らかにしたものである。そして、分析の枠組みとしての反応系モデルを提案することと、アンケート調査を用いた分析によって相互関係を明らかにし、一定の成果を得ることに成功している。本研究で得られた知見は、今後の自然環境保全とパーソナリティとの関係に関する研究に資するとともに、身近な森林の取り扱いに際し、合意形成、環境教育、資源管理活動などに応用が可能であり、学問上応用上寄与するところが少なくないと判断される。、よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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