学位論文要旨



No 216808
著者(漢字) 丸山,奈保
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,ナホ
標題(和) 植物精油の抗炎症作用に及ぼす影響について : ゼラニウム油の好中球への関与を中心として
標題(洋)
報告番号 216808
報告番号 乙16808
学位授与日 2007.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16808号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 准教授 折原,裕
 東京大学 講師 山田,麻紀
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

植物精油を用いるアロマセラピーは、現代医療(西洋医学)を補う補完・代替医療の一つとして近年広く使用されるようになった。アレルギー、関節リウマチなどの炎症性疾患に対して、アロマセラピーが実施され、その効果が主張されているが、これらは主に臨床的な経験に基づくものであり、薬理学的活性に関する研究は非常に遅れ、その有効性については疑問の声も多い。

植物精油の抗炎症作用に対する基礎薬理学的研究の結果としては、ラベンダー油がマスト細胞の関与する即時型アレルギーを抑制すること、高濃度でin vitroでマスト細胞からのヒスタミン遊離や腫瘍壊死因子(TNF-α)産生を抑制すること、ティートリー油皮膚塗布が接触性皮膚炎やヒスタミンによる腫脹を抑制することなどが報告されている。しかしながら、炎症性疾患で重要な働きを有し、特に組織障害と関連する好中球機能に対する植物精油の効果はほとんど報告されていない。

このような状況下、アロマセラピーが炎症性疾患の予防・治療の一角を担うためには、好中球に対する植物精油の作用をin vitro で解析し、動物モデルを用いて抗炎症活性を解析することが必須と考え本研究を企図した。具体的には、以下の4項目に分けて研究を行った。

1.In vitroで好中球機能を抑制する植物精油を探索する

2.In vitroで効果が示された植物精油の、In vitroでの好中球機能抑制効果を検討する

3.薬物研究にも使用される動物モデルを用いて、植物精油の抗炎症効果を検討する

4.植物精油を皮膚に塗布した際の抗炎症効果を検討する

[本論]

1.TNF-αにより誘導される好中球粘着反応に対する植物精油の阻止効果

まず、好中球機能を抑制する植物精油の探索を目的としてIn vitro実験を行った。

好中球活性化はTNF-αなどの炎症性サイトカインにより起こるが、その初期の活性化状態は好中球のプラスティック培養プレートへの粘着の程度により測定できることが報告されている。

そこで、一般的にアロマセラピーにおいて抗炎症作用を期待してよく使用される植物精油について、TNF-α刺激によるヒト好中球の粘着反応に対する抑制効果を検討した。その結果TNF-αが誘導する好中球の粘着反応に対して、レモングラス油が最も低濃度(IC50:〈0.00625%)で、続いてゼラニウム油、スペアミント油が抑制作用を示すことがわかった。

これら植物精油の主要成分の活性を検討したところ、植物精油の場合と同様、レモングラス油及びゼラニウム油の主要成分であるシトラール、ゲラニオール、シトロネロールで最も低濃度(IC5。:〈0.00625%)で抑制活性を示し、スペアミント油の主要成分であるカルボンと続いた。このことから、これら植物精油には好中球粘着抑制活性があり、その活性にはテルペノイドが大きな役割を果たしていることが示唆された。

次に、この抑制効果が好中球刺激に用いたTNF-α選択的なのかを確認するため、大腸菌リポポリサッカライド(LPS)、及びホルボール12-ミリステート13-アセテート(PMA)を用いて同様の検討を行った。その結果、これら3植物精油は、LPS刺激に対してはTNF-αの場合と同様低濃度で粘着抑制活性を示したが、PMA刺激の場合は低濃度では抑制活性を示さなかった。

以上の結果から、レモングラス油、ゼラニウム油及びスペアミント油が、TNF-α誘導またはLPS誘導の好中球粘着反応を低濃度で抑制することが明らかとなった。間後の白血球集積に対する各植物精油腹腔内投与の効果を検討した。その結果、in vitroでの結果と同様、レモングラス油、スペアミント油及びゼラニウム油が有意な白血球集積抑制作用を示した。

腹腔内より回収した細胞の好中球数を測定したところ、カゼイン投与により誘導される白血球の85-90%が好中球であり、ゼラニウム油により有意に抑制されることが明らかになった。

以上より、In vitroでも、ゼラニウム油などの植物精油を腹腔内投与することにより、炎症部位への好中球集積が抑制されることが示された。

3.カラゲナン及びコラーゲン11誘導炎症モデルにおけるゼラニウム油の炎症抑制

好中球集積の伴う炎症に対する植物精油の効果を、薬物研究にも利用される動物モデルを用いて確認するため、好中球の働きを抑制することが示されたゼラニウム油を用い、急性及び慢性炎症モデルマウスで検討した。

まず、急性炎症モデルとして、カラゲナンにより誘導されるマウス足蹄腫脹に対するゼラニウム油の効果を調べた。その結果、ゼラニウム油腹腔内投与により有意な腫脹の減少が認められた。また、24時間後のマウスの足を切除し、足の腫脹(体積)を重さとして測定したところ、ゼラニウム油はカラゲナン注入による重量増加を有意に抑制した。次に、同部位への好中球の集積をみるため、マーカー酵素であるミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性を測定した。その結果、カラゲナン注入によるMPO活性増加をゼラニウム油が有意に抑制することが示された。

次に、慢性炎症疾患モデルとして、関節リウマチモデルであるコラーゲンII誘導関節炎モデルマウスを作成し、ゼラニウム油を長期投与(週5日×3週間、腹腔内投与)した際の効果を、マウスの足の腫れをスコア化することにより検討した。コントロール群では、大部分のマウスで足の腫れが認められ、また、その腫れの程度も経時的に悪化した。それに対し、ゼラニウム油5FI投与群では、腫れが観察されたマウスはわずかで、その程度も軽度であり、投与終了後も足の腫れが認められなかった。

以上より、ゼラニウム油が、急性炎症及び慢性炎症疾患に対し、実際の抗炎症剤スクリーニングに用いられている炎症モデルにおいても抑制作用を示すことが明らかになった。MPO活性を用いた。

その結果、カードラン皮内投与部位のMPO活性はゼラニウム油背部塗布により濃度依存的に抑制された。5種の植物精油の比較から、MPO活性の抑制作用はゼラニウム油で最も強いことが示された。植物精油の主要成分を用いた場合は、有意差はなかったもののゼラニウム油の主成分であるゲラニオールの抑制傾向が認められたことから、ゼラニウム油の抑制作用の一部はゲラニオールが果たしていると考えられた。

炎症抑制効果の指標として腹部皮膚切片の重量を測定したところ、ゼラニウム油塗布群の皮膚重量がコントロール群の約半分に減少した。MPO活性と皮膚重量には高い正の相関関係が認められ、ゼラニウム油は好中球集積と腫脹をともに抑制することが示された。

以上のように、ゼラニウム油背部皮膚塗布が、(1→3)一β一グルカン皮内投与による局所への好中球集積及び炎症反応(腫脹)を抑制されることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

植物精油を用いるアロマセラピーは、現代医療(西洋医学)を補う補完・代替医療の一つとして近年広く使用されるようになった。アレルギー、関節リウマチなどの炎症性疾患に対して、アロマセラピーが実施され、その効果が主張されているが、これらは主に臨床的な経験に基づくものであり、薬理学的活性に関する研究は非常に遅れ、その有効性については疑問の声も多い。植物精油の抗炎症作用に対する基礎薬理学的研究の結果としては、ラベンダー油がマスト細胞の関与する即時型アレルギーを抑制すること、高濃度でin vitroでマスト細胞からのヒスタミン遊離や腫瘍壊死因子(TNF-α)産生を抑制すること、ティートリー油皮膚塗布が接触性皮膚炎やヒスタミンによる腫脹を抑制することなどが報告されている。しかしながら、炎症性疾患で重要な働きを有し、特に組織障害と関連する好中球機能に対する植物精油の効果はほとんど報告されていない。

このような状況下、アロマセラピーが炎症性疾患の予防・治療の一角を担うために、丸山は好中球に対する植物精油の作用をinvitroで解析し、動物モデルを用いて抗炎症活性を解析することが必須と考え本研究を企図した。具体的には、以下の4項目に分けて研究を行った。

1.TNF-αにより誘導される好中球粘着反応に対する植物精油の阻止効果

まず、好中球機能を抑制する植物精油の探索を目的としてIn vitro実験を行った。好中球活性化はTNF-αなどの炎症性サイトカインにより起こるが、はじめにアロマセラピーにおいてよく使用される植物精油について、TNF-α刺激によるヒト好中球の粘着反応に対する抑制効果を検討した。その結果TNF-αが誘導する好中球の粘着反応に対して、レモングラス油が最も低濃度(IC50:〈0.00625%)で、続いてゼラニウム油、スペアミント油が抑制作用を示すことがわかった。これら植物精油の主要成分の活性を検討したところ、レモングラス油及びゼラニウム油の主要成分であるシトラール、ゲラニオ・一ル、シトロネロールで最も低濃度で抑制活性を示した。これら植物精油には好中球粘着抑制活性があり、その活性にはテルペノイドが大きな役割を果たしていることが示された。

以上の結果から、レモングラス油、ゼラニウム油及びスペアミント油が、TNF-α誘導またはLPS誘導の好中球粘着反応を低濃度で抑制することが明らかとなった。

2.マウス腹腔内への好中球集積に対するゼラニウム油の抑制効果

植物精油が好中球め応答をin vitroでも抑制するかを調べるため、功実験で強い好中球粘着抑制活性を示した3植物精油を中心に、炎症部位への好中球集積反応に対する植物精油の効果を調べた。その結果、in vitro での結果と同様、レモングラス油、スペアミント油及びゼラニウム油が有意な白血球集積抑制作用を示した。

3.カラゲナン及びコラーゲンII誘導炎症モデルにおけるゼラニウム油の炎症抑制

好中球集積の伴う炎症に対する植物精油の効果を、薬物一研究にも利用される動物モデルを用いて確認するため、好中球の働きを抑制することが示されたゼラニウム油を用い、急性及び慢性炎症モデルマウスで検討した。まず、急性炎症モデルとして、カラゲナンにタり誘導されるマウス足踪腫脹に対するゼラニウム油の効果を調べた。その結果、ゼラニウム油腹腔内投与により有意な腫脹の減少が認められた。また、慢性炎症疾患モデルとして、関節リウマチモデルであるコラーゲンII誘導関節炎モデルマウスを作成し、ゼラニウム油を長期投与した際の効果を、マウスの足の腫れを論スコア化することにより検討した。その結果、ゼラニウム油5μ1投与群では、腫れが観察されたマウスはわずかで、その程度も軽度であり、投与終了後も足の腫れが認められなかった。以上より、ゼラニウム油が、急性炎症及び慢性炎症疾患に対し、実際の抗炎症剤スクリーニングに用いられている炎症モデルにおいても抑制作用を示すことが明らかになった。

4.ゼラニウム油皮膚塗布による抗炎症作用

アロマセラピーでは植物精油を皮膚に塗布することが一般的であることから、皮膚局所炎症に対するゼラニウム油の皮膚塗布による抑制効果を検討した。皮膚炎症は、不溶性(1→3)-β-グルカン(カードラン)の腹部皮内投与により誘導し、炎症マーカーとしてMPσ活性を用いた。その結果、カードラン皮内投与部位のMPO活性はゼラニウム油背部塗布により濃度依存的に抑制された。5種の植物精油の比較から、MPO活性の抑制作用はゼラニウム油で最も強いことが示された。炎症抑制効果の指標として腹部皮膚切片の重量を測定したところ、ゼラニウム油塗布群の皮膚重量がコントロール群の約半分に減少した。MPO活性と皮膚重量には高い正の相関関係が認められ、ゼラニウム油は好中球集積と腫脹をともに抑制することが示された。

以上、本研究で、ゼラニウム油などの植物精油がin vitroでの好中球粘着反応、in vitroでの好中球集積とそれに伴う炎症を抑制することを初めて明らかにした。アロマセラピーでは、炎症症状に対してマッサージや皮膚塗布による植物精油の臨床的な効果が報告されている。しかし、これらの効果は経験的なもので、十分な対照群のない報告であり、その作用の科学的実証ほほとんどなされていない。その意味で、本研究はゼラニウム油を中心とした植物精油の抗炎症作用をin vitro.in vitroの系を用いて明らかにした点で、アロマセラピーの抗炎症分野での基礎研究として、意義のある報告といえる。特に、塗布により抗炎症活性を示すこと、また、関節リウマチモデルでも有効性を発揮しうることを示した点で、今後の臨床研究へ進む土台を与えた。これらの成果は、博士(薬学)の値するものと評価できる。

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